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Evangelion another dimension:ONE MORE GENESIS





 緑生える丘の頂で、少女が元気に手を振っていた。
「ほらもう早くしなさいよっ、ばかシンジぃ!」
 はぁはぁと息を切らした少年が、大荷物を背負って登ってくる。
 空は青く、雲は白く、草は青い。
 少年は腰に手を当てて怒った風を装っている少女に、苦笑めいたものを見せた。
 赤い髪が長く風になびいている。不敵な笑みは取り戻した時からそのままだ。
 二人とも破れたシャツを着ているだけ。
 下は一応ズボンとスカート。誰もいないのだからそれで良い。
 誰もいない世界。
 何も無い世界。
 だけど僕たちはいるし、風もあるし、海もあるから……。
 シンジはこの丘が好きだった。
 そこから見える海が好きだった。
「ちょっとは手伝ってくれたっていいじゃないか!」
 ぶつくさと不平を漏らすのだが、アスカには一笑にふされてしまった。
「なっさけない男ねぇ? 女のあたしに頼ろうっての?」
「僕より力があるくせに」
「なんですってぇ!」
「うわぁ!」
 焦った拍子にひっくり返り、ごろごろと転がり落ちてしまう。
「もう! バカなんだから……」
「酷いよもう……」
 うつむいて草をブチッとちぎる。
 気配を感じて顔を上げると、アスカがそこで笑っていた。
 シンジの顔に影が落ちる。
 続いて触れ合う唇と唇。
 ゆっくりと離しながら、アスカは茶目っけを込めて、からかうように口にした。
「ホントはあたしが好きなくせに」
「……悪かったね」
 正面で膝を抱える少女に、シンジは真剣に問いかけた。
「ほんとに良いの?」
「なにが?」
「……わかってるくせに」
 目を逸らさない。
「……もう十分よ」
「そう?」
「うん……シンジにはたくさん付き合ってもらっちゃったから」
「そんな!」
 シンジはまるでつなぎ止めようとするかのように言葉を紡いだ。
「付き合ってくれたのはアスカじゃないか! 何をすればいいのか分からない僕に、たくさん楽しい事を教えてくれたのはアスカじゃないか!」
 だがアスカは小さく首を振って否定した。
「……シンジがいたから、居てくれたから」
 楽しい事を探して見付けた。
「シンジが見ててくれたから」
 シンジと遊ぼうと思ったの。
「ありがとう、居てくれて」
 その微笑みがとても痛い。
「僕はまた何もできなかったのに?」
 シンジは悲しげにアスカを見やった。
「でもあたしはして貰ったと思ってる」
 その微笑みにはかなわなかった。
「……アスカは強くなったよね」
「うん……」
「僕たちは与えられたものを身に付けて価値にしてた。でももうアスカは自分で自分の価値を作り出せるようになった……なっちゃったんだね」
「寂しい?」
「うん……。でもさ、でも……」
 うなだれるシンジの額をつんとつつく。
「でも終わりにしなくちゃいけない……そうでしょ?」
 別にそれは辛くない。
「これからは一緒、ずうっと一緒よ?」
 本当にそれで良いのだろうか?
「ほんとにここで終わっていいの?」
「ここで終わって、始まってくのよ」
 アスカは立ち上がって空を見上げた。
 シンジも立ち上がって海を眺める。
 青い空と白い波。
 だがまだ赤いリングがかかっている。
 それは鮮血。
 レイの首から噴いたもの。あの日の傷痕。
「行こっか?」
「うん……」
 二人はお互いに手を求めた。
「荷物、無駄になっちゃったわね?」
「いいよ。アスカのおもちゃばっかりだから」
「なによやる気!?」
「アスカのばぁか」
 今度はシンジからキスをする。
 さよならだね?
 え?
 生命の実と知恵の実……その二つで世界を満たせば、命は再び芽を開くんだ。
 だから二人で生みましょうよ?
 二人で育てていくんでしょ?
 あたし達はこれから一緒、ずうっと一緒。
 ずうっとずうっと、一緒に生きていくんでしょ?
 この星を満たす空気になって。
 でもそれはアスカに似合わない。
 アスカに見守るなんて姿は似合わないよ。
 だからそれは僕の役目さ。
 アスカは育ててくれればいい。
 みんなと一緒に育ててよ。
 僕は還るよ。アスカの中に。
 アスカに生んでもらいたいから。
 さよならアスカ、ずっと君を見てるから。
 僕が僕でなくなっても。
 アスカがここから居なくなっても。
 僕はアスカの側に居るからね……。
 アスカは人として生きて行って。
 みんなと未来を築いていって。
 僕は体を上げるから。
 僕の命を上げるから。
 世界は満ちるよ。僕を糧に。
 心も体も分けてあげる。
 だからさよなら、僕はなくなる。
 それでもアスカを見守るからね。
 アスカのために僕は言うよ。
 さようなら……アスカ。
 好きになって……ホントによかった。
 僕は僕を好きになれたよ。
 アスカが好きになってくれたから。
 アスカが分かってくれたから。
 僕を分かってくれたから、だからもう僕が望むことは何も無い。
 ありがとうアスカ……嬉しかった。
 僕を見てくれて嬉しかった。
 だからお別れするなら僕からがいい。
 僕から言い出すべきだと思うんだ。
 きっとアスカは後悔するから。
 見てるだけなんて嫌だって。
 自分もあそこに混ざりたいって。
 だから言うんだ、お別れを。
 アスカならきっと、大丈夫。
 月と地球と太陽があれば、アスカはいつまでも輝けるから。
 例え五十億の時が経っても。
 とても寂しいかもしれないけれど……。
 僕はここに生き続けるから。
 だからアスカにお別れするよ?
 ありがとう、アスカ……ありがとう。
 幸せをきっと見付けてね?
 僕より幸せになって下さい。
 これが僕の見付けた、僕に出来る事だから。
 だからアスカには譲らない。
 幸せになって欲しいから。
 僕に出来る事だから。
 だからアスカは奪わないで。
 僕に出来る事を奪わないで。
 ありがとうアスカ、泣いてくれて。
 ありがとうアスカ、求めてくれて。
 ありがとうアスカ、惜しんでくれて。
 もうそれだけで十分だから……うれしくて、涙が出るから。
 アスカに分かってもらえて……本当に良かった。
 アスカが望んでくれて……本当に良かった。
 泣かないでアスカ。僕はずっと側にいるから。
 大好きなアスカの側に居るから。
 アスカが忘れても側に居るから。
 ずうっとずうっと、側に居るから。
 だからもう泣かないで……。
 アスカの笑顔が大好きだから。
 大好きなアスカ……。本当に……。
 嬉しかったよ……。さようなら……。


 金色の光の粒が世界を舞った。
 光は風の中にとけ込んで、命の影を作り出す。
 蝶が舞い、魚が泳ぎ、獣が駆ける。
 やがて人の影が見え始め……。
 そして世界は動き始めた。
 赤い髪の少女と共に。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。