大好きなアスカ。
僕はずっと側に居るから。
きっと幸せにして見せるから……。
ずっとアスカが笑えるように。
僕はアスカを守ってみせるよ。
それが僕の誓いだから。
「こっちか?」
無精髭に尻尾髪の男が、壁に手を突いて流れてきた。無重力らしく、硬質ガラスに流れ着く。
ガラスの向こう側では巨大な掘削機械が働いていた。中には三メートル程度の大きさの人型工作機械まで混ざり込んでいた。
「あれか……」
そして男は『それ』を見た。
巨大に掘り広げられた空洞内に、半身まで掘り出された鬼の化石が見下ろせた。それは身の丈四十メートルはある、人工の巨人の化石であった。
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Evangelion another dimension future:1
「ここにいたのね!」
「ばかシンジぃ!」
アスカは叫びながら立ち上がった。
ぽかんとみんなが振り返る。
ここは宙港、ステーション7。
外の様子を窓から覗いているように写している壁面には、このドーナツ状のステーションから遠ざかっていく惑星間輸送船の姿が窺えた。
「あ、アスカってば……」
恥ずかしげに隣の女の子が話しかけた。
どやどやとみんな元のように動き出す。
クスクスとそれぞれに笑っていた。
「もう、寝ぼけちゃって……」
よほど他人の振りがしたかったのだろう。彼女は正面を向いたまま、目だけをアスカに向けていた。
「あ、夢?」
はっとして赤くなる。
「またシンジって人の夢を見たの?」
「そう、そうなのよ! 聞いてよヒカリぃ……」
暦として星の周期を用いなくなってもう数世紀になっている。
人類は太陽系全域を生活の場に変えていた。居住可能な星となっているのは地球と火星。それに金星と木星圏の小惑星群であるのだが、特に木星圏の衛星については、月以上に改造が進められていた。
人は衛星をまるごと巨大なドームで包み込み、その中に緑の世界を築き上げてしまったのである。
自転による重力では大気が固定しないため、その様な方法が取られていた。
アスカが居るのはそこから一便で来れるステーションだった。これから修学旅行に出かける所である。
「アスカってよっぽどその人のことが好きなのね……」
「ヒカリぃ!」
「だってずっと言ってるじゃない」
「でもほんとに知らない人なのよねぇ……。あたしやっぱ変になっちゃったのかな?」
膝の上で頬杖をつく。
白い肌と青い瞳。赤と金の中間の髪。
これが金星であったなら、きっとビーナスコンテストにでも推薦されていたことだろう。だがあいにくとここは木星圏である。
辺境、田舎と呼ばれる世界であった。
田舎の小娘……ってあたしはそうだけど。
ヒカリは思う。アスカが自分と同じなのは間違いだ……と。
(…………)
ちらりと見ると、アスカはまだ悩んでいた。
体を前に倒しているからか、重力に負けている胸が大きく見える……ヒカリは思わずつついてしまった。
「やん!」
「あ……ごめん」
「なにするのよ!」
「どうしてそんなに大きくなるの?」
またぁ? とアスカは嫌そうにした。
「だから低重力だからでしょ? 別に珍しくないじゃん」
「それバカにしてる?」
「ヒカリは節制し過ぎなのよ……、合成肉なんだから太ったりしないんだし?」
「だからってアスカは食べ過ぎよぉ! 朝昼晩とんでもないんだから」
「なんやぁ? アスカてそんなに食うんか?」
馴れ馴れしく背後から顔を出したのは角刈りの少年であった。
「トウジ!」
「人の話を勝手に聞くな!」
「ええやないか、暇なんやしぃ」
暇って……っと口にしようとする隙を衝いて、トウジはアスカの隣に座った。
「集合まで時間あるしなぁ……ケンスケはあれやし」
船の映像に驚喜している眼鏡が居た。
カメラを構えて、「おお! あれはアダムス32型旅客船!」などとはしゃいでいる。
「はぁ……どうしてあたしの友達って、こうろくでのないのばっかりなんだろ?」
「お前が言うな!」
「アスカに言われたくない……」
二人の返事にブスッとする。
「ヒカリだって似たもんじゃない」
「え?」
「ヒカリの方が恐いっての」
「は?」
「あたし知ってるもん」
「なんのこと?」
「もう! ヒカリ好きな人がいるんだって」
「ほんまか!?」
「ちょ、ちょっとアスカ!」
「いいじゃない……どうせ夜這いでもかけるつもりなんでしょ?」
「「よ。夜這い!?」」
「こぉら!」
こつんと頭をつつかれて、アスカは首を押さえて振り返った。
「あ、ミサト……」
「子供が物騒な事言ってんじゃないの!」
ミサトはアスカの担任である。
「いい? あんた達特に目を付けられてるんだから、注意してよ?」
「なによぉ、あたし達の勝手でしょ?」
「あかん! 何言うとるんや……ミサトセンセに迷惑なんてかけられるかい!」
「あ、そう」
ジト目などはものともしないトウジである。
そんな生徒に担任の女性は優しかった。
「ありがと、優しいのね? トウジ君は」
ちゅっと頬にご褒美を上げる。
「み、ミサトさぁん」
頬に手を当ててのぼせ上がる。
むーっとアスカは不機嫌になった。
なんでこんな酒樽女に人気があるのよ!
それがチッとばかり気に食わない。
「とにかく頼んだからね? 監視の目がきつくなると困るから」
「なんでよ?」
「ビール飲めないじゃない」
……こいつはホントに教師なんだろうかと思ったのだが、その目に本気の色を見てしまって、アスカはそっとため息を吐いた。
「はぁ……、こんなのに学ばなきゃなんないなんて、ろくでもない話じゃない? ヒカリ……、ヒカリ?」
「嫌、もうだめって、あたし達まだこんなの、みんな帰って来ちゃう……。や、そんなに激しくしないで、だめ、優しくして……。でもみんな帰って、焦っちゃいや、あ、でももっと……」
……こいつの何処がまともだっての。
アスカは静かに逃げ出そうとした。
「……地球行き第25便の搭乗を開始いたします。ガニメデスクールの……」
「あ、ほらヒカリ、行かなきゃ」
「え、いくの? もういっちゃうの?」
「ボケてんじゃないっての! あんたたちも!」
「なんやアスカ? わしはミサトさんと暮らすんや。悪いけどワシのことは諦め……」
──ドガス!
問答無用で顔を蹴る。
ちなみに無重力帯でも安心なマグネットシューズなので、普通は鼻がへし折れる。
「ばぁか、そこで寝てれば? 帰って来るまで」
アスカは行こうと促し、顔を上げた。
──え?
そこに一人の少年が居た。
行き交う人々の真ん中に立ち、アスカに向かって微笑んでいた。
誰?
周囲の音が遠くなる。
彼以外のものが色あせていく。
アスカの知らない服を着ていた。アスカだけではなく、おそらくはこの時代の誰も知らないであろう服だった。
黒いズボンに、白いシャツの組み合わせで、下に見える肌着は黄色をしていた。
典型的な学生服だ。その上、靴はスニーカーだった。なのに人工重力の設定値が低いこのステーションの中で、変善とポケットに手を入れて立っているのだ。
(あんた誰?)
だが絡まる視線は通りがかる人達によって遮られてしまった。
「あ!」
音が溢れた。色も戻った……。その代わり、少年の姿も消えてしまった。
「嘘!?」
見回しても見当たらない。人が間を通った隙に、逃げられてしまったとでも言うのだろうか?
「……幻覚?」
まさかとは思うが、しかし自分の見たものが信じられない。
どうしても夢だとしか思えない。
「あたし、ヤバいかも……」
アスカはその少年を知っていた。
それは夢に出て来る少年だった。
夢に出てくる少年を幻としてみるなど、頭がどうかしてきたとしか思えなかった。
「あんた……誰なの? 一体……」
彼とは会ったこともない。
だがアスカは知っていた。彼を誰よりも知っていた。
胸に動悸を感じて手を当てると、ドキドキと鼓動が高鳴っていた。
自分がどうしてしまったのか分からない。
だが朱のさしたアスカの頬が、彼女の気持ちを代弁していた。
ゆっくりと船が動き出す。
無重力ゆえに意外と大きく震動が伝わってくる。
「すっげー、やっぱ持つべきものは友達だね!」
「まあアスカがおらんかったら地球になんぞ行けへんかったやろしなぁ……」
後ろの二人の声が聞こえる。
「やっぱりアスカのおかげかな?」
「パパ辺りからお金が出たんじゃないのぉ? あたしは火星でもよかったんだけど」
「なに言ってんだよ!」
座席に着けというアナウンスを無視して、背後から身を乗り出して来た。
「地球なんて一生かかったって降りられない世界なんだぜ?」
「旅費がバカにならんからなぁ」
「そう言う問題じゃないよ。資格審査がとんでもなく厳しいんだから」
地球ほど居住可能区域が広いと、人はどこにでも寄生できる。
他星のように、人工の環境を保つために、IDによる管理が徹底されてもいないのだ。それだけに犯罪者にとっては天国でもあった。そして無法者は多いが、特権意識を持った上位階級者の差別意識もまた問題であったのだ。
アスカの憂鬱の原因は、まさにそこに起因していた。
「アスカ……、そんなに嫌なの?」
「まあね? お高くとまった連中に、嫌みったらしいこと言われて、たまんないじゃない?」
でも……と続ける。
「でも行きたいのよ……行かなきゃいけないって気がして」
はぁん? っとトウジが首を傾げた。
「またあのシンジっちゅう奴の話か?」
「……かもしれない」
「お前ほんまおかしいで」
「うん」
「まあまあまあ!」
ケンスケは焦り気味に暗くなった二人の間へと割り込んだ。
「トウジも夢ぐらいでガタガタ言わない! まあ他の男の話なんて聞きたくも無いんだろうけどさ」
「なんやそれ?」
「ケンスケ!」
アスカが赤くなってわめき散らす。
「はいはい、まったくお子様だと苦労するよな?」
「あんたねぇ……」
「なんのこっちゃ分からんけど……」
どかっとトウジは座り直した。
「まあわしは嬉しいで。地球産の本物の肉が食えるんやさかい」
「卑しいんだから……」
「もう合成肉なんて食えなくなるぜ?」
「そら困るなぁ……、やっぱり家畜の飼育に……」
「あんたバカァ? そんなに食べたきゃうちに来ればいいじゃない」
キラキラとトウジの瞳が輝いた。
「ほんまか!」
「え、ええ……」
「よっしゃ! これで心置きなく地球で食える。ほんまええやっちゃでアスカは」
「ありがと……」
ぽんぽんと頭を叩かれると赤くなる。
それはアスカの癖なのだ。これで勘違いした男は数知れず。
あの時はいい雰囲気だったのに! しかししつこい男ほど嫌われる。
「アスカってほんと、可愛い……」
「ヒカリぃ……」
「はいはい。ほんとお似合いだよな」
「ケンスケ!」
「肉……ほんまもんの肉。野菜も食えるぅ……」
女と食い気。
トウジがより重きを置いているのは……食だった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。