第二次加速へと突入する。
 この後は慣性と重力と引力を利用して、一路火星を目指す事になる。
 火星軌道上にあるステーションのホテルで一泊し、それから地球へと向かうのだ。
 だが背後でキラリと何かが光った。
 何だろう……星?
 バイザーをかぶり、船外カメラからの映像を楽しんでいたアスカは、その瞬きを星の一つと誤解した。
 ……その正体には気付かない。
 気付かない方が、幸せだった。


 時は数週間前に遡る。
 それは新たに鉱物を採取するための衛星として選ばれた隕石であった。
 大きさは直径二百メートル。
 だが初期発掘において、酷く不自然なものが発見された。
 それは虫の化石であった。
 あり得るはずのない化石に学者達が頭を抱えた。なぜ宇宙空間を漂う隕石に、そんなものが紛れていたのか? それもあろうことか……地球でも発見されている昆虫の化石と、まったく同じものが埋まっていたのか?
 だがしかし、それは始まりに過ぎなかった。
 内部が透視された直後、隕石は軍の管理下に置かれてしまう。
 中には人工のものとしか思えないものが埋まっていた。
「バカな! 人類発祥以前の物質だと!?」
「半減期から測定すると……。しかし、これがどうにも」
 誰もが目を疑った。
 朽ち果てているように見えるのだが、それはまだ内部よりエネルギーを発していたのである。
 未知のものではない。
「で、電気、電流?」
「はい。ちゃんと回路のような筋道を規則正しく流れています。決して静電気のようなものではありません」
 エネルギー源は中央にある直径二メートルから三メートルの何からしい。
 何十億の時を経てもつき果てる事のないエネルギー源。その秘密を求めて発掘は急ピッチで進められた。
 人工のそれには文字が書かれていた。
 規則性のある知的なメッセージである。彼らには解読できなかったのだが、それはただの注意書に過ぎなかった。
 ──caution. そう記述されていた。だがそれだけで十分であった。
 これは明らかに、何者かが残した遺物であった。
 ……そして、掘り出されたものを見て唖然とする。
 出て来たものは巨人であった。それも鬼と言っていい凶悪な面構えをしていた。
「生きて……いるのか?」
「……はい」
 微弱な電流の流れ方がそれを示していた。
「まるで人間のそれですね。これは」
「博士、これを」
 背中の筒の中には、人が座るための場所があった。
 肉体には機械的な干渉を行えるような仕掛けがあった。
 驚くべきは、そのパイロットルームとおぼしき空間を満たすはずの液体だ。
「……腐ってないのか」
 無菌状態で保たれてはいたが、液体の性質からしても腐るはずのものである。
 浄化作用を持った液体だ。長い時間を減れば劣化して自ずとそうなるのが自然であった。
 だがそれは腐ってなどいなかった。
 未だに純度を保っていた。


「なんだこれは、なんなんだ!?」
 ステーションの倉庫に移された巨人は、輸送のための梱包作業を受けていた。
 異様な姿に誰もが畏怖の念を抱いている。俯き加減に、動き出しはしないかと、どこかぎこちなく作業していた
「異星人のものなのか?」
 尻尾髪に無精髭の軍人が、適当な学者をつかまえて訊ねた。
「宇宙戦争でもあったっていうのか?」
「いえ……装甲の一部を採取して検査しましたが、明らかに地球産の鉱物によって作られています。我々にも作れるかもしれません」
 ゴォン……。
 さらに男が何事かを言いつのろうとした時だった。どこかから何かが爆発したらしい音が聞こえてきた。
「どうした!」
 騒々しくなる。
「ダミーの倉庫が破られました! ただいま交戦中です!」
「博士!」
 金髪の男が頷く。
「輸送は予定通り行う。コンテナ移動!」
 巨人を乗せていた巨大ベッドが、そのまま床ごと沈み始めた。
「……船の方は?」
「旅客船を使います。護衛に戦艦を2、巡洋艦を6、空母が4」
「木星艦隊勢揃いだな?」
「こいつの重要性を考えれば、これでも足りないぐらいですね……、敵は!」
「ヘヴンズ・キーパーです!」
 やつらか……。
 男は苦々しげに吐き捨てた。武装集団としては最悪の名を持っている連中である。
「航海中に発見されない事を祈るだけだな」
 木星軍情報部室長リョウジ。
 彼が巨人と共に脱出した後、ステーションは炎に包まれて星となった。
 それがアスカが星と思った、瞬いた光の正体であった。


 旅客船は三百メートル級の豪華客船だった。魚の骨と呼ばれる中央ブロックの左右上下に、巨大な長方形のブロックが接続されている。それらは時に貨物用のコンテナであったり、今回のように、客室用のものであったりした。
 地球を目指すような長距離線だから、当然のごとく船室は割り当てられている。
 それでも出港時と入港時には、指定席に座るよう原則として決められていた。これは非常事態を考慮してのことであった
「あんなに静かなら、別に座ってなくてもいいじゃない。ねえ?」
 航行中の着替えだけなので、アスカのバッグは以外と小さい。
「何かあった時にそのまま脱出用の小型艇になるんだよ。あの区画はさ」
「へぇ……」
「もう! ケンスケ君がどうしてここに居るのよ!」
 アスカとケンスケはキョトンとした。
「どうしたのヒカリ……」
「なに荒れてんだよ?」
 ぷうっとヒカリは膨れ上がる。
「ここは女子のブロックよ! 男子は入っちゃいけないって先生からも言われてるでしょ!」
 そんなのなぁ? っと頷き合う。
「ヒカリぃ、固いわよ……」
「別に襲わないって……、命賭けてまで
「ケンスケ君!」
「こわ!」
「まああたしも着替えたいし、後でそっちに行くからさ?」
「へいへい……。トウジの奴、まさかもう食堂に行ってるなんてことないよな?」
 ありえる……。
 ルームキーは一つしか無いのだ、部屋に入れない可能性がある。
 ケンスケは青くなって飛び出した。


「おっすバカトウジ!」
「それやめぇっちゅうとろうが……」
「なんでよう。バカだからバカッつってんじゃない」
 ううっとトウジは小さくなった。
 ここはトウジ達の部屋である。アスカは遠慮なくベッドで跳ねた。
「食堂は営業時間が決まってるってしおりに書いてあったじゃない」
「んなもん読む方がおかしいんやぁ……」
 勝手にトウジの鞄を漁り、アスカは携帯端末を引っ張り出した。
「よっと、HARAHETTAっと」
「何でパスワード知っとんねん!」
「伊達に幼馴染なんてやってないって、なによこれ!」
 入っていたデータに驚いた。
「あ、なに見とんねん!」
 それはアスカのデータだった。
「トウジぃ、ジュース買って来たぞって、どうしたんだよ……、ああ!」
「あ・ん・た・た・ち・いいいいいいい!」
 ひいっと二人で震え上がる。
「まぁた人のフォト売ってたわね!」
「いやほら! 今度の旅行でさ」
「まだ売ってへんって! 小遣い足らんようになったら、ちこーっと……」
「売るんじゃないっての!」
「「ああー!」」
 二人の前でデリートする。
「な、なにすんねん!」
「それはこっちの台詞でしょ! まったく……何で毎回あたしなのよ」
 そんなのなぁ……っと頷き合った。
「売れるもんは仕方あらへんやろ!」
「なに威張ってんのよ!」
「まあまあ、それだけ可愛いって事だからさ……」
「「え!?」」
「ま、まあそうだけどね?」
「こいつの何処に可愛げがあんねん?」
 あちゃーっと天を仰ぐ。
「今あんた何か言ったぁ?」
「可愛いっちゅうんはヒカリみたいなんを言うんや!」
 パン!
 トウジの頬が派手に鳴った。
「な、なにすんねん!」
「どうせあたしは可愛くないわよ!」
「なに妬いとるんや。気持ち悪い……」
「だぁれが妬いてるってのよ!」
「妬いとるやないか!」
「妬いてないわよ!」
「ははぁん、わかったで?」
「何がよ!」
「お前、わしに惚れとるんやろ?」
 パン!
「バカ! もう知らない!」
 頬を叩かれたトウジの首は、限界を越えて回転していた。
 しかも床にキスをして。
「……死んだか?」
 毎度毎度、進歩のない奴……。
 ケンスケは大きな溜め息を漏らしてしまった。


 六隻の巡洋艦が、その船を中心とした五芒星を描き、さらにそれを包むよう、戦艦と空母が六芒星を描いていた。
「ここからじゃ見えないか」
 旅客船の展望室から、リョウジは外を眺めていた。
「さっすが木星艦隊だ。潜行を見破れるのは地球艦隊ぐらいなもんか……」
 それと後一つ、ヘヴンズキーパーだなと考える。
「戦艦を持ってるって話は聞いたことがないが……」
 しかし幾隻沈められているのが現実だった。
「直接この船を狙って来ることは無い……と思いたいが、ん?」
 比較対象物が無いので距離は分からなかったが、光の球が小さく生まれた。
「来たのか……」
 それを船の爆発であると確信させたのは、遅れてやって来た衝撃であった。


「あーもぉまったく、腹の立つぅ……」
 廊下をずんずんと進んでいく。
「何であたしがあんな奴を……」
 だがホンの少しだけ頬が赤い。その時だった。爆沈した船の衝撃波が船体を揺らした。
「きゃあ!」
 通路に転ぶ。
「なんなのよっ、もう!」
 立ち上がろうとしていると、向こうから慌てて男が走って来た。
「君、大丈夫か!」
「あ、はい……」
 無精髭に尻尾髪。
 クルーの人なのかと考えながら手を借りる。
「大丈夫です……それより何が」
 ああ、ちょっとトラブルが……。
 何か言ってる。
 自分で尋ねたというのに、アスカの耳には遠く聞こえた。
 またなの?
 通路の奥に彼が居た。
 なに? あたし?
 真剣な表情で、アスカをジッと見つめていた……いや。
(待って!)
「あ、君!」
 脇をすり抜けられてリョウジは焦った。
「そっちに行っちゃいけない!」
「でも、呼んでるから……」
「は?」
「ほら、あれ?」
 居なくなっていた。
「あ、れ? いま確かに……」
「とにかく君は自分の部屋に」
「そう言うわけにはいかないんだ」
「誰だ!?」
 驚いて振り返る。長い通路だ、突然誰かが現われるなどというこはありえない。なのにいきなり彼は現れていた。
「君は、誰なんだ……」
 それが出来たのならただ者ではない。
 そこには学生服姿の少年が、銀色の髪を指でつまんで笑っていた。
「……カヲル」
「カヲル?」
「エンジェルキーパー……そう言えば分かりますか?」
 リョウジは仰天のあまり目を剥いてしまった。
「エンジェルキーパー!?」
 ヘブンズキーパーは……あくまで組織としての総称である。
 その上位には組織を統括する17人の天使と呼ばれる者たちが存在していた。
「君が、その……」
「カヲルで良いですよ。リョウジさん」
「俺のことを?」
「知らない者は無い。それより今は彼女を」
「へ?」
 間抜けな声をアスカは漏らした。
「あ、あたしが、なに?」
 カヲルは優しく微笑んだ。
「君を呼ぶ声は、確かにあるよ……僕はそこへと導くためにここに来た」
 アスカはその声に引き寄せられそうになってしまったが、まるで断ち切るように身を翻した。
「ちょっと!」
「行きましょう?」
 すっとリョウジの胸元の辺りを、少年の頭が通り過ぎていった。
「すぐに事情は分かりますよ」
 その声音には、これからのことを楽しむような、そんな響きが込められていた。





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。