真っ黒な空間が虹色に揺れ、銀色の戦艦が煙を吐きつつ現れた。
「どうした! ステルス潜行モードは……」
「キャンセラーに引っかかりました! 再潜行に120秒!」
「エネルギー光弾、来ます!」
 うわあああああああ!
 ゴゥン!
 また一隻の船が沈められた。


 カッ!
 貨物室に照明が灯された。
「な、なによ……これ!?」
 人型のものが寝かされていた。
「頭? 巨大ロボット!?」
「そう見えるのか……」
「見えるって……」
 リョウジはううむと唸って見せた。
「こんなの見せてどうしようってのよ?」
「君は呼ばれたと感じたんだろう?」
 二人は同時にカヲルへと目を向けた。
「……君に乗ってもらう」
「はぁ!?」
 あんたバカァ? っと顔で表現する。
「おいおい……。乗ったからと言ってどうなるもんでもないだろう」
「動かすのさ、もちろん」
「これを見てもそういうのかい?」
 カヲルの正気を疑ってしまう。
「ほとんど化石だ、動くわけがない」
 カヲルは一歩二歩と前に出た。
「それになぜ彼女を乗せる? 乗せなければならない?」
 その言葉の裏には、なぜ君が乗ろうとしないとの響きがあった。
「この中が一番安全だからね?」
「安全だって!?」
「組織の人間はこれを欲しがっている」
 カヲルは呆れたようなため息を漏らした。
「どうやら僕たちに献上すれば、取り入ることができると思っているらしいんだけど」
「君達の命令じゃないのか」
「あまり必要なものじゃないよ……大切ではあるけどね?」
「大切だって?」
「これには思い入れがあるってことさ」
 振り返る。
「装甲は朽ち果てても、この中に宿る命は永遠だ」
「なんの話よ」
「君は守りたくはないのかい? この船を」
「あんたがやればいいじゃない」
「それはできないね」
「なんでよ!」
「君が選ばれたからだよ。彼に」
「彼? あ!」
 アスカは固まってしまった。
 彼という言葉が誰を差すのか。アスカには心当たりがあったからだ。
「でも、そんな、まさか……」
「そのまさかだよ」
 楽しげに笑う。
「夢だと思っていたのかい? 幻だと信じ切れないでいた? でも彼は居るよ、いつもどこでも、君の傍に」
「ほんとに?」
「ああ」
「本当の、本当に?」
「そうだよ? だからこれを任せたい」
「だからどうしてそうなるのよ!?」
「これは君にしかできない……君にならできる事なんだよ」
「そんなの……」
「できない?」
「こんなわけのわからないもの……」
「君は知ってる」
「知らない! なにができるって、きゃあ!」
 突然壁の一部がえぐられた。
 敵機の攻撃がかすめたのだろう。流出する空気の動きに巻き込まれ、アスカは体を泳がされた。
「嫌あああああああああ!」
 そのまま外に吸い出されかける。
「君! うっ!?」
 ドガァン!
 アスカは滑るように床に落ちた。
「いたたたたた……。一体……え!?」
 巨人の腕が動いていた。
「……固定ワイヤーを引きちぎって」
 愕然とするリョウジである。
「勝手に動いた……? いや、守ったのか、彼女を!?」
 巨人は手のひらを叩きつけ、壁に空いた穴を塞いでいた。
「しかし、化石同然で!」
「……あ!」
 アスカは巨人の胸に座る人影に気がついた。
「エヴァンゲリオン……」
「え?」
 カヲルのつぶやきに気をそがれてしまう。
「これの名前だよ」
 ああもう!
 アスカは慌てて視線を戻した。
 また!
 彼の姿が消えていた。
 呆然とする。
 しかし幻ではないと教えられた。
 確かに彼はいるらしい。
「アスカちゃん……彼は君を待っていた」
「あんた!?」
「碇シンジは幻じゃない」
 アスカの体が震え出す。
 歓喜の声に震え出す。
「碇……」
「シンジ。君はその名を知っている」
 ぞくぞくと背筋にしびれが走った。
 嘘?
 震えの原因にアスカは驚く。
 興奮しているの? あたし!
 エヴァを見る目がはっきりと変わった。
「乗る……」
「ん?」
「あたしが乗る!」
「しかし君、これは……」
「わけがわからないけど……。でも、これ、あたしに乗れって事みたいだから」
「お、おい!」
「これが繋いでくれる……。きっと絆を思い出させてくれるよ。君と彼との想い出もね」
「うん!」
 巨人が窮屈な思いをしながら体を起こした。
「そんな! 石化部分が!」
 石はゴムのように崩れず歪む。
「……これは粒子と波、両方の性質を持った光のような物で構成されているからね? 物理的な劣化に意味は無いよ」
 リョウジは彼が敵である事を忘れたくなった。
 こいつは一体……。
 それを知りたくなったのだ。
 シュコン……。
 背中からプラグが排出された。
「あれに?」
「そ、頑張ってね?」
 アスカの心は、すでにエヴァの中へと飛んでいた。


「第十七カーゴより緊急コールです!」
「やはりあれのせいか……リョウジ君!」
 艦長の手元に、リョウジの姿が投射された。
「あれを放り出します。エアを抜いて下さい」
「良いのか?」
「子供達は無関係ですからね。巻き添えは」
「それで見逃してくれるとも思えんが……わかった!」
「降伏の信号は発信しておいてくださいよ!」
 リョウジは通信を切ると、慌ててカヲルの姿を探した。
「……消えた?」
 気配も感じられない。
 ゴゥン!
 また震動に揺すられた。
「ちっ、木星艦隊も終わったか……」
 リョウジはエヴァンゲリオンを見上げた。
 ほんとに動くのか? こんなものが……。
 リョウジには、どうしても信じ切ることができなかった。


 シートに座ると、まるで合わせたかのようにぴったりだった。
「……子供用なの? きゃ!」
 床から液体がせり上がってきた。
「やだっ、服が、うぐっ!」
 しばらく口を閉じて我慢したが、結局空気を吐いてしまった。
 一気に液体が流れ込む。それが胃と肺から逆流してきたものとぶつかって、彼女を酷く悶えさせた。
 ──うげ、げぇ!
 喉で詰まって苦しませる。
 少し中身を吐いてしまった。
「……気持ち悪い」
 溺れる心配は無いようだった。それがわかり、アスカはレバーを握ってみた。
「え?」
 ──キュイイイイイン……。
 起動処理が始まった。しかし直後に周囲はERRORの文字によって埋めつくされてしまった。
「な、なに? なんなの!?」
 背後から何かが被さって来た。
「へ!?」
 ヘッドセットだ。アスカの思考が読み取られていく。
 エラー表示が消えて、代わりにREWRITE NOWとの文字が表示された。
 カシャコンとヘッドセットが元の位置に戻される。
「なによ。なんだったの?」
 不安になりながらも気がついた。
「外が見える!」
 モニターが起動していた。
 その上ウィンドウが開かれて、アスカ達の知る文字で情報が伝えられていた。
 ゴォオオオオン……。
「きゃあ!」
 震動にシートにしがみつく。
「もう! こっからどうすればいいのよ!」
 ガシュッとカーゴベイのハッチが開かれた。
「へ?」
 空気と共に吸い出されていく。
「嘘!?」
 ワイヤーが切れた。アスカは否応なく虚空へと放り出されてしまった。
「!?」
 ──言葉が出なかった。  足下にあるのは闇だった。どこまで深く深く広がっている。底なしの虚空が広がっていた。
 恐怖に負けて、歯がかちかちと鳴った。船がどんどんと遠ざかっていく。
 一人取り残された孤独に苛まれ、アスカは心で悲鳴を上げた。
 恐い、嫌、嫌ぁ……。
 寂しさと不安に包まれる。
「痛!」
 エヴァが何かの直撃を食らった。
 背中側にオレンジ色の火球が発生し、その巨体を軽く流した。
「え?」
 戦闘機に手と足を付けたような戦闘艇が襲って来る。前方から見ると薄い菱形をしており、上方から確認するとやや尖端の長い三角形をしている機体だった。
 手と足は左右の翼の中程にあった。上板に手が、下方に足が取り付けられている。
 エヴァの手のひらよりは少しばかり大きい。その程度のものなのだが、アスカは映像越しに見てしまったがために、実際以上に恐ろしいものとして感じてしまった。
 ──殺される!
 尖端部の発光に、アスカは光学兵器だと身を強ばらせてしまった。アスカもその程度の知識は持っていた。なぜなら陳腐な映画で似たような絵を見たことがあったからだ。
 嫌……。
 アスカは思った。
 死ぬのは……嫌。
 ゆっくりと首を振りはじめる。
 いやいやをするように、シートに這い上がり後ろに逃げ下がろうとする。
「い、いやあああああああああああああ!」
 カッ! キン!
 レーザーは直撃するコースにあった。しかしそれは金色の壁によって弾き返されてしまった。
 戦闘艇が旋回をかける。
 グゥン!
 持ち上がったエヴァの腕が、まばゆい閃光を放出した。
 光は固まり、細かく砕けて散った。その下からは真新しい、まるで卸されたばかりのような、装甲付きの腕が現れていた。
 復元したのだ。
 装甲ごと。
 その手のひらは、逃がすまいと戦闘艇を強く掴んだ。
「痛!」
 アスカは自分の手のひらを見た。
 少し赤く腫れている。
 へ?
 自分の手なのに、もっと大きな感じを覚えた。
 あたし……。
 目に別のものが映り込む。
 網膜が映すもの以外に、もう一つの情報が混ざり込んできていた。それはエヴァの見ているも野であった
 これが、あたし?
 光は全身へと広がっていた。壊れていたセンサーまでもが修復されていく。
「凄い……凄い凄い凄い!」
 体が大きくなった感じ。
 自分が強くなった感じ。
 誰かに包まれている感じがした。
 そして誰かの声が聞こえた。
 ずうっとずうっと、側に居るから。
「うん!」
 アスカの目に涙が溢れた。
「ここにいたのね? いたんだ、シンジ!」
 フォオオオオン!
 空気が無いはずの宇宙空間に、エヴァの雄叫びがこだまする。
 ホントにいたんだ、本当に……。
 アスカは嬉しそうに体を丸めた。
 誰かが抱きしめてくれている。
 背中にそのぬくもりを感じて……。
 アスカは、優しさにくるまれているような幸せを感じて、嬉しさを覚えて微笑んでいた。



続く





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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。