さよならアスカ。
僕はずっと側にいるから。
嫌ぁ!
なんであたしを一人にするの!
なんで一人で消えようとするの!
そいうところが嫌いだって言ったじゃない!
そんなだからバカだっていうのよ!
あたしがいなくてどうするのよ!
誰があんたを分かるのよ!
あたしぐらいしかいないくせに!
あたしだけにすがったくせに!
自惚れないでよっ、あんたなんにも分かってない!
あたしは、あたしはっ、あたしは!
「ちょっと待ってよ。ねえ!」
見る見る間に船が小さくなっていく。
「ちょっとこいつ、どうなってんのよ!?」
エヴァは完全に復調していた。
しかし何処を捜しても、空間戦闘用の装備は無い。
すなわち、宇宙では漂う事しかできないのだ。
「ちょっと待てってのっ、こらぁ!」
アスカには……叫ぶ事しかできなかった。
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Evangelion another dimension future:2
「やあガギエル」
「艦長!」
直接ブリッジに怒鳴り込む。
「敵は追い払った。船を戻してくれ!」
「無茶を言うな!」
白髪、初老の男も負けじと怒鳴り返す。
「この船の構造を知っているのか? 前後に三百メートル、その半分が貨物室、残りの三分の二が客室になっている、航路変更ならまだしも、とってかえして再加速などできるはずが無いだろう!」
減速、反転、そして再加速。それほどの推力を生み出すような余分な燃料は積んでいないのだ。
だがリョウジにも引き下がれない理由があった。
「さっき捨てた奴には女の子が乗ってるんだっ、見捨てるわけにはいかない!」
「しかし……」
「なら曳航用のボートは? この距離ならなんとか……」
艦長とて見捨てたくは無い。
それに木星艦隊を失った上に、請け負った荷物を捨ててまで保身を図ったとなると、軍からの突き上げが厳しくなるだろう。
下手をすれば船から降ろされるか……会社が彼を許さないだろう、それだけの金も動いていた。
「わかった」
彼は保身に走ることにした。
「ボートにありったけの予備燃料と、それに固定ロケットも持っていけ」
「良いのか?」
「あの重量だ。ボートで曳航できたとしても、減速にかなりのものを使わなければ、今度は引きずられて流されてしまうことになるぞ」
「なるほど、すまない!」
漂うように流れて出て行く。
「まったく疫病神だな? あの巨人は……」
旅客船の艦長であるコウゾウは、年金は諦めねばならないかもしれないなと溜め息を吐いた。
「さすが民間に払い下げられたとはいえ、元特務軍艦とその副官だった人だな。色々と備えてる……」
リョウジはシャトルに積めるだけの荷物を積み込んだ。
「これでよし!」
カーゴから前に回って、パイロットルームのドアをくぐる。
鼻歌?
「遅かったですね?」
「君か、カヲル君」
副操縦席に座っていた。
「何故ここに?」
「リョウジさんのように割り切りの早い人達ばかりでありませんからね。追いかけ回されるのは嫌ですから」
「良く言うよ」
ブリッジに連絡する。
「ハッチを開ける。追い付くつもりだから離脱しないでくれよ?」
「こちらから確認している。反応が無くならない限りは待つつもりだが……ああ、それから……」
隣の通信士とやり取りしているらしい、間が開いた。
「……わかった。リョウジ君に地球政府から連絡だ。なんとしても持ち帰れだそうだ。署名はキール・ローレンツ」
「了解!」
通信を切ってふと思い出す。
「そう言えば……君に聞かれるとまずかったかな?」
「僕がこの船に乗っている時点で、その程度の話に意味は無いと思いますけど?」
「それもそうか」
ハッチを開ける。
そして八メートルクラスの輸送艇が、エヴァめがけて飛び立った。
やだなぁ……、こんな所でひとりぼっちなんて。
アスカは両膝を抱いていた。
ママもこんな気持ちだったの? ねえ、ママ……。
忘れたいはずの記憶が、アスカを内から傷つけていた。
それはアスカが六歳の頃のことだった。
「ねえママ、木星ってどんなところ?」
それまで住んでいた火星を離れて、木星へ向かう途中でのことだった。
「狭い世界よ? アスカにはつまらないかもね」
「えー、やだなぁそれぇ……」
子供だからこそ行動力には制限が無い。
六歳の子が駆け回るには、少しばかりおもしろみのない世界だった。
「でもパパがいるから良い!」
「アスカはパパのことがほんとに好きなのね?」
だがアスカの顔はちょっとだけ曇ったものになってしまった。
「なぁに? アスカ……」
「つまんない……」
「アスカ……」
「向こうに行っても、一緒に住めないんでしょう?」
母──キョウコはアスカを抱き上げ、慰めた。
「仕方が無いのよ……お仕事だから」
「ママも行っちゃうし、一人じゃつまんない!」
しかしアスカは、キョウコの困った顔に気がついて取り繕った。
「だからね? ママ、あたし一杯勉強してハカセになるの!」
「ハカセ?」
「うん!」
満面の笑顔で返事をする。
「ハカセになって、ママの側にずぅっといるの!」
「そう……、ありがとうね? アスカちゃん……」
「うん!」
ズゥン……。
その直後に震動が走り、そして危機が訪れたのだ。
ガコン……。
そんな震動に体が揺さぶられた。
「なに?」
顔を上げる。船が一隻密着していた。
「なんだろ?」
「……カちゃん、アスカちゃん!」
この声……。
「えっと……リョウジさんでしたっけ?」
ほっとする息づかいが聞こえた。
「よかった。返事が無いからどうしたのかと思ったよ。通信機は動いてるんだね?」
と言われてもなぁとアスカは困った。
「それが……なにがどう動いてるのかさっぱり分からなくて」
「は? じゃあ通信はどうやって」
「何だか勝手に……」
ウィンドウが一つ開いた。そこにリョウジの顔が映る。
「おっ、そっちの通信機、こっちのとシステムが同じなのか?」
「……君達の使っているシステムの一部は、エヴァと同じ物だからねぇ」
「それはどういう……」
「あ────! あんた!」
カヲルは柔らかい笑みでもって受け止めた。
「彼は感じられたかい?」
「それよりこいつ、宇宙じゃ動けないじゃない! あんた知ってたんでしょ!」
怒るのだが、無意味な笑顔に流されてしまった。
「あんたねぇ! ちょっと待ってなさいよ!?」
「後でね? それより先に教えておこうと思って」
「なによ!?」
映像でお互いの顔が見えるためか? 先程の寂しさは失せていた。
「それの動かし方だよ。エヴァは基本的に君の思考を読んで動作するようになっているんだ」
「え?」
「動けと念じれば動くよ。歩けと命令すれば足が出る」
「……はぁ?」
「便利なものだろ? いまリョウジさんがエヴァに推進ロケットを取り付けにいった」
「あれ? いつの間に……」
画面からいなくなっていた。
「こちらで曳航するからじっとしていて欲しい」
「わかった……」
しおらしく頷き、アスカはシートに横たわった。
「……通信、切らないでよ?」
「彼だけじゃ不安なのかい?」
アスカの顔が赤くなる。
「冗談だよ。可愛いねぇ君は……」
「うっさい!」
ぷいっと背を向けるように丸くなる。
そんな彼女を乗せたエヴァの胸で、露出したままのコアがキラリと太陽の光に輝いた。
ふぅ、接触はうまくいったようだね……。
カヲルはアスカから目を離し、リョウジの船外作業の進行具合を確かめた。
宇宙服を着込み、巨大な推進器をエヴァの背中に取り付けている。
……瞼を閉じて、瞑想する。
カヲルは意識を遊離させた。
遠く離れた世界。
真っ暗な世界に、銀色に輝く人影が生まれる。それはカヲルであった。
「エヴァは目覚めたよ?」
誰かに言う。
「アダムの復活は?」
「地球についてからになるよ、当然だね?」
カヲルの背後にリラックスした体勢でパイプをふかす男が現れた。
空中に、まるで椅子に腰掛けるような姿勢をして浮かんでいる。
「リリスはぁ?」
今度はおかっぱ頭の幼女であった。
手まりをついて遊んでいる。
「まだ眠っているの?」
「エヴァがいるからね……。アダムから生まれた希望たるリリスに出番はないよ」
さらに白髪の青年だ。
「アダムから生まれたアダムの連れ合い」
「もっともアダムに近しい、アダムと通じている人間だからね? エヴァは」
「だから悔しいのよ!」
怒ったのは赤毛の少女であった。
やや髪の色が濃いものの、その顔の作りはアスカとまったく同じであった。どこか造詣めいたものはあるのだが……。
「あたしが何回地球に行っても、顔も見せてくれなかったのに!」
「僕は今日見たけどね?」
「どうしてあたしじゃいけないのよ!? なにもあの子と変わらないのに!」
「……随分違うと思うけどねぇ」
「うっさい!」
くきゃきゃきゃきゃ! っといやらしい笑いが空間に響いた。
「何笑ってんのよ!」
赤毛が一瞬で七色に変化し、闇の中に漂う赤子を浮き彫りにする。
しかし赤子だけではなく、その子を抱いている少女をも浮かび上がらせた。
無言で立ち尽くしている。髪は藍色で、うつむき気味だからかどこか卑屈な印象をたたえていた。
「なんで? どうしてあたしじゃだめなの? あたしだってあんな女に負けてないのに!」
「でも君はアスカちゃんとは違うからねぇ……」
「そのアスカだが……」
最初のパイプ男が話を戻した。
「ヘヴンズキーパーの動きが早いようだが……」
「可愛い連中だよ。僕たちの名を使えば好き勝手できると思っているんだからね」
カヲルは冷笑で彼らを嘲った。
「でも少々度が過ぎて来ているとは思わないかい?」
「ガギエルがそちらへと向かっている。彼らの模造品ではオリジナルには手が出まい」
「縁が深いね? 彼女とアスカちゃんは……」
「それが巡り合わせというものだろう」
表情を引き締める……が、笑みは消さない。
「ヘヴンズキーパーは僕たちの名を辱める存在だよ。そろそろ考えた方がいいんじゃないのかい?」
そう言い残してカヲルは消えた。
「エヴァ初号機……その様な遺物に興味は無い」
パイプも消えた。
「でも見たいな……」
ていんとまりが明後日に跳ねて、それを追いかけて少女が失せた。
「アダムが彼女を望めばいいよ……。だけど彼はエヴァを受け入れるだろうか?」
白髪が闇の中へと吸い込まれていく。
「彼はエヴァの幸せを望んでいるよ。共にあることは彼の願いではないというのに……」
憂いが声に響きを与え、そして残された藍色の髪の少女は、赤子を抱え直して共に沈んだ。闇の底へと。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。