カヲルが浅い眠りから覚めるのと、リョウジが作業を終えて戻って来るのとがほぼ同時であった。
「手伝ってくれてもいいんじゃないのか?」
「これが奪われても、結局は僕たちの所へ届く事になるわけですからね……別に困りませんし」
「それにしては熱心じゃないか……」
リョウジの言葉に肩をすくめる。
大事なのはアスカちゃんだからね?
言葉にはせずに舌を出す。
「それより早くした方がいいんじゃないかな?」
「ん?」
「あそこですよ……」
チカチカと何かが星に混ざって瞬いていた。
「なんだ?」
「木星艦隊の生き残りですね。空母から逃げ延びた戦闘艇が、ヘヴンズキーパーと交戦に入ってる」
「なんだって!?」
しかしレーダーレンジの外である。
「だとすればかなり大きな爆発だな……」
「こちらにも直に気がつくでしょう」
「ならなぜ今まで黙っていたんだ?」
「急かしても良い結果は得られ無いと思って」
のらりくらりと言う表現が実に似合う。
「アスカちゃん」
「はい!」
パネルの一つでアスカが気を張った表情を見せていた。彼女も戦闘に気が付いていたらしい。
「こちらの動きにリンクして、そちらのブースターが動くようセットしてある」
「はい」
「じっとしててくれればいい」
「何もするなって事ですよね?」
「例え僕たちがやられても、エヴァはきっと君を守るよ」
「……あんた達よりも、こいつを信じておけって事?」
「そこが一番安全と言ったろう?」
ならこちらに移ればいいのに……とは思ったが、アスカは口には出さなかった。
(ここはあたしの場所だから……)
独占欲とも違った、聖域とまで呼べるようなものを抱いてしまっていた。
「加速を開始する」
ボートの動きに合わせて、双方を繋ぐワイヤーが伸び切った。
「ブースタースタート」
エヴァの背中に取り付けられた剥き出しのロケットエンジンも火を吹き始める。
「これで追い付ければいいんだが……」
すでにぎりぎりの計算であった。
──うわあああああああ!
通路に悲鳴が響き渡り、それをかき消すように爆発が重なった。
戦艦と違って空母は一撃で沈められぬよう外装が特殊な多段階構造になっている。横穴の開けられた板状の甲板を、何枚にも渡って重ねてあるのだ。
もちろんそのために巨大化し、また砲台が少なくなるのだが……。
「対空砲火は!」
「相手が早過ぎます!」
主砲クラスの砲頭は、脆い部分が露出してるのと同じことだ。
それを避けるために、三つのレンズがついた円盤状の対空レーザーが用いられている。
ビシュン、ビシュン、ビシュン……。
それが回転しながらビームを放つ。
ローテーションすることにより冷却しながら連射しているのだ……だが。
「焼きついてもいい! 一斉射だ、時間を稼げ!」
三つのレンズが回転をやめ、一度に光を放ち始めた。
三つを束ねた光が薙ぐ。それも連射をやめて連続照射で。
五百メートル級の空母の表面を、滑るようにして二十メートルクラスの船が泳ぎ避けていく。対空システムは光の薮を作り上げ、この白い船を捕まえた。
──首長竜を模した船であった。
「どうだ!」
「駄目です!」
まるで何事も無かったかのように、その船は突き抜けていった。
「あの船を落とすには、まるで出力が足りません!」
「N2爆雷準備! 衝撃波で動きを止める。ばらまけ!」
艦の左右、前後合計八つの穴から、テトラポッドに良く似た形状の物体が排出された。
「自爆させろ!」
カッ!
激震が空母を揺らし、歪んでいたフレームが限界を迎えた。
「駄目です! 艦分裂します!」
木星艦隊の戦闘艇乗りが悲鳴を上げた。
「フレイヤが!」
フレイヤとはその空母の名であった。
前部上甲板がはがれるように分離して、後方へと置き去りにされていく。
中の構造が丸見えになった。まるで蟻の巣の様であった。
機体がばらばらと虚空へ吸い出されていく。その中には当然人の姿も混ざっていた。
「くそっ、敵機は!」
「有効範囲外です!」
木星軍の戦闘艇は標準的なもので、先にエヴァが撃退したものとほぼ同じ形状で作られていた。ただし手と足の区別はない。
四肢にはブースターとアポジモーターが装備されていた。それとミサイルランチャーにレーザーバルカンも付けられている。戦闘用に特化されているのだ。
宇宙空間のような高速戦闘では、正面からの一騎討ちはまずあり得ない。相対速度が人間の認識力の限界を超えるためである。狙い打つなど不可能だからだ。
当然戦闘は追いつ追われつの形となる。だからこそフレキシブルな動きを可能とする兵装とエンジンが必要になるのだが……。
「追い付けない!?」
一瞬で爆発の影響圏から離脱する運動性を敵は持っていた。彼らの戦闘艇ではその機動性に追いすがる事すらできなかった。
「回り込まれた!?」
背後で戦闘船の上部にある仮面の目が光った。
ドゥ!
その直後に木星軍の戦闘艇が爆発を起こす。
「なんて性能だ!?」
仲間の死を悼む暇もない。
その機体こそがカヲル達が口にしていたヘヴンズキーパーの戦闘船だった。
「あの大きさで戦闘艇以上の機動力を持っているのか!?」
慣性が働くために一度追い越せば簡単には回り込むことはできないように思える。だが敵機はやって見せていた。
「こっちの動きについて来やがる!」
足を前方へ向けてフルブースト。
一瞬で速度が限りなく零に近くなる。
これで敵機は減速が間に合わず、前方へと流れるはずなのだが……。
「くそ!」
遅れながらも追突寸前の位置に付けて見せた。
「この!」
足を右へ向けるよう指示をして、左にずれるような移動を見せる。
あの大きさだ!
再加速に一秒近い時間がいるはず……、しかしもくろみは外れてしまった。
「なんだと!?」
ぐるぐるとローリングすることで付いてきた。
「そんなでたらめな!?」
敵の大きさに対して戦闘艇は半分の大きさも無い、まるでローラーが迫って来るような感じだった。
(押し潰される!?)
黒い目が光り、無差別に光が放たれた。
ゴン!
「かすった!」
右腕のレーザーバルカンで牽制、両機とも真横へ平行移動しながら撃ち合いをする。
「向こうのバリアはなんだ!?」
一般的にはバリアとは電磁バリアのことを指す。レーザーを磁界によって歪めてかわすようなシステムだ。これを無効化するためには、一定以上の高出力の攻撃を行わなければならなかった。
これは実弾が非実用的だからこそ有効的とされた防御手段である。地球上と違って戦闘空間を立体的に構築できる宇宙空間では、前方へ飛びながら真横へ弾をばらまくような必要性が当然出て来るのだ。慣性に支配されるような武装はあまりにも危険であった。
事実、必要な初速を与えるための無理が初期の開発時代に膨大な事故を重ねさせていた。
ミサイル!
それでも誘導弾は積んでいる。
近距離発射、爆発。
しかしレーザーに対するのと同じく、七色の波は表面を揺らして受け流して見せた。
衝撃は全てそれに吸収されてしまっているようだった。
「ええい!」
意を決して前方へ飛び出す。
二本の足が揃って後方へ向けられ、全速で逃亡を計った。
白い戦闘船の目が光る、爆発。
彼らもとうとう星となった。
「撃て」
味方機がいなくなるのを待って、半壊した空母は対空砲火を再開させた。死んだ彼らはうまく騙して砲塔の生き残っている裏側へと誘導していたのだ。さすがにここまでの雨が降ると避けきれない。
効きはしないまでも衝撃のために離脱運動ができなくなる。
ヘヴンズキーパーの船は、苛立ったのか船首を空母へ向けて止まった。
首長竜の首と思われていた部分が上下に割れた。それはまるで口だった。
──長大なあぎとの奥で何かが光った。
空母が自身の中央へ向かって、ねじれるように落ち込み始めた。まるで局所的な重力場にでも吸い込まれるように沈んでいく。
──爆沈。
戦いにすらならなかった。巨大な炎の華が咲いて、その中から悠々と白い船は泳ぎ出して来た。
「……木星軍も、もう少し粘ってくれればいいものを」
リクライニングシートではないのだが、カヲルが座っているとどうしてもその様に見えてしまう。
「数で勝っていると言うのが実情だが……。このままだとヘヴンズキーパーが世界を押さえるんじゃないか?」
ちらりと横目で反応を窺う。
「そうはならないんじゃないかな」
「その根拠は?」
「あなた達にはエヴァンゲリオンがある。また地球にはMAGIもある」
「MAGIか……」
存在は公にされていながらも、その中身については全てが謎に包まれている。
それはそんなもののことだった。
「あれのおかげで人類は一足飛びに発展したらしいが……コンピューター? みたいなものだと聞いたな」
「リョウジさん……、君は僕につくつもりがあるかい?」
目を剥くリョウジである。
「俺にスパイをさせるつもりか?」
「……リョウジさんが手に入れられる程度の情報に、価値のあるものがあるのかな?」
「あのぉ……」
恐る恐ると言った感じで、アスカは話に割り込んだ。
「あたしが聞いてていいの? そんな話」
カヲルは微笑んで、「かまわないよ」と頷いた。
「君はそのエヴァを動かせる唯一の人間だからね」
「え?」
「どういう……いや、そもそもどうしてアスカちゃんには動かせるんだ? いや……動かせることがわかっていたんだ?」
これに対しては答えない。
からかうように、人差し指を口に当てた。
「それは僕たちだけの秘密なので……。そうだよね? アスカちゃん」
「う……、あんたに知られてるってのは気に食わないけど」
二人の秘密だという部分について鳥肌を立てる。
「まあ教えてくれたんだし許してあげるわ」
「ありがとう。で、アスカちゃんはこれからもエヴァには乗らなくてはならない」
「唯一動かせる者として?」
「かといって実験とか研究の対象にされるのは避けたい。僕が言っているのはそういう事なんだよ」
「ボディーガードか」
「適当に事情を知っていて、適当にごまかせる人物となると、そうはいない」
「君が保護するというのは?」
「アスカちゃんを犯罪者とかお尋ね者にするつもりはないんだよ」
「それはそうだな……」
考え込む。
「見返りは?」
「これだよ……」
真っ白なカードだった。
「これは?」
「MAGIへのアクセスカード」
リョウジは半分腰を浮かせた。
「おいおいっ! 地球政府総本部の地下に隠されている古代コンピューターだぞ!?」
「間違いなく本物だよ? これはね」
「なぜこんなものを……」
「……MAGIは異星人の遺産とされている」
唐突に一般知識の講義を始めた。
「数十億年前に落ちた巨大隕石が地球に大きな穴を開けた。その傷痕は海底に円形の断層を描き……いや、開いた穴に海水が流れ込んで断層となった。そしてその中からMAGIが引き上げられた。けどね? おかしいとは思わないかい?」
「何がだ?」
「学者達は随分と騒いでいるけどね……太陽だよ」
「……もう地球を飲み込んでもおかしくないほどの寿命を経ていながらってやつか?」
この五十億年間、太陽はまったくその質量を変化させていないというのだ。
「何が言いたい?」
「本当にお日様は百億もの時を経ているのかな? ということさ……」
カヲルは話を打ち切るように体を伸ばした。
「その真実の一部がこのカードにある。あとは君の判断次第だね?」
良く言う……。
話の成り行きを見守っていたアスカと視線があった。
「……ま、君の話がどうあれ、確かにアスカちゃんをキールに渡すのは避けたいな」
「それでいいよ。カードは好きにすればいい……」
「酷く簡単なんだな?」
「僕たちにとってセキュリティなんてものはないも同然だからね? それは持っていたって仕方のないものなんだよ。ああそうそう、これも知っておいた方がいい」
「ん?」
カヲルは楽しげに笑いを堪えた。
「アスカちゃんのクラスには、エンジェルキーパーの一人がいる」
「なに!?」
「ほんとなの!?」
してやったりとカヲルは笑った。
「僕もアスカちゃんとは同学年だよ。クラスは違うけどね?」
「なんてこった!?」
この輸送作戦のために、何重にもチェックを重ねていたのだ。
「でもそう落ち込むことは無いよ? 僕たちの戸籍は本物だからね」
「なに!? そんなことがあるはず……」
「本物だよ……。遺伝子を調べてもいいけど、父も母も本物さ」
「しかしエンジェルキーパーは少なくとも百年以上前から……」
カヲルは顔をにやけさせていた。
「父も母も組織とは無関係さ。だけど僕は現実にエンジェルキーパーだし、これについてもMAGIに秘密が眠っている」
リョウジはカードを睨むように見た。
ここに……。
酷く重みを感じてしまう。
「なぁんだ、なら答えは簡単じゃない!」
知りたい事があるなら使えばいいでしょ!
きっと君ならそう言うと思ったよ……。
カヲルは笑いを堪えるために奥歯を噛んだ。
それでも頬は、引きつっていた。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。