Episode:12G





「昨日…、猫が死んでたんです、学校の帰り道で…」
 レイは静かに語りはじめた…


「どうしよっか?」
 帰り道、商店街を抜けたところで、アスカはぽつりと漏らした。
 これから…、のことでないのは、レイにも、ミズホにもわかっていた。
「だって…、シンちゃんがどこに行ったのか、なんにもわかんないし…」
 じわっと、ミズホの瞳に涙が溢れた。
「う、ふえ、ふええぇぇぇぇぇん…」
 泣きはじめる。
 アスカはやめさせようとしなかった、自分も泣きたかったからだ。
 黙り込んで、黙々と歩く、だが足取りは重く、遅い。
 泣きながら歩くミズホが離されることもないほどに、だ。
「あ…」
 角を曲がったところで気がついた。
「猫だ…」
 ミズホがびくっと震えて、顔を上げた。
 そして今までにもまして、泣き崩れた。
「うええええええん!」
 10メートルほど先だろうか?
 仔猫が横たわっていた。
「あれ…、変だよ…」
 艶のある柔かな毛並み、ピンク色で健康的な鼻と足の裏の肉球。
 道の度真ん中で寝ていた、そしてべったりと広がり、固まっている赤いもの。
「死んでんじゃないの?」
 アスファルトに血が広がっていた。
「うえええええええん!」
 ミズホは見たくなかったとばかりに、いやいやをした。
「あ、アスカ…」
 アスカがすっと歩き出した。
「どうするの?」
「埋めてあげなきゃ…」
 ただなんとなく、そうしてあげなきゃいけないと思うの。
 そんな感じの呟き。
 きっとシンジならそうすると思うから…
 だが反対側からやってきたバイクが、アスカたちよりも先に仔猫にたどり着いた。
 アスカも立ち止まる。
 警察官だった、バイクからごみ袋を取り出すと、その中に仔猫の死体をつまみあげ、片付ける。
 今度はレイが、先に歩き出した。
「あの…」
 声をかける。
 怪訝な顔をして、その警官は振り返った。
「あ、どうかしたの?」
 わりと若い警察官だった。
「その猫…」
 ああ、これ?と、抱きかかえた袋を見せる。
「通報があってね、このままじゃ可哀想だし」
 袋を上げて見せたりしないで、仔猫を袋ごしにでも抱いてやっている。
 それだけで、その警官が優しい人なんだとわかった。
「その猫、どうするんですか?」
 レイには、それが気になってしょうがなかった。
「うん、野良猫なんかをちゃんと埋めてくれるお寺ってあるんだよ、そこにね、連れていってあげるんだ」
 青くて、中の見えないビニール袋だった。
 袋ごしに猫の感触を確かめる。
「よかった…、じゃあ、ちゃんとしてもらえるんですね」
 かわった子だな…、警官は不可思議なものを見るような感じで、レイに視線を向けていた。
「この猫も喜んでるとおもうよ、君達みたいな子に、優しい気持ちを向けてもらえたんだからね…」
 え?、とレイは振り返った、アスカがいた、アスカはじっと袋を見ている。
 いないと思っていたミズホもだ、泣きながら、それでも「可哀想ですぅ」と、くり返していた。
 その時、レイには気になってしまった理由がはっきりとわかった…


「あの時、思ったんです…」
 うつむくレイ。
「もしかしたら、あの猫とあたしって、逆になっていたのかもしれないって…」
 ユイが話をやめさせようと動いた、だがゲンドウは片手を上げて制する。
「あの仔は…、ちゃんと埋めてもらえたみたいです、けど、あたしは、もしかしたら、お墓も何も貰えなかったんじゃないかって…」
 アスカとミズホは顔を見あわせた。
 二人には、今ひとつレイの言っていることの意味が、理解できない。
「今はアスカがいます、ミズホも、お父さまも、お母さまも、カヲルだって…」
 涙が流れる、頬をつたい、落ちる。
「みんな…、みんな優しくしてくれます、大切に思ってくれます…、でも…、でも今はシンちゃんがいないんです…」
 ぐっと顔を上げてゲンドウを見る。
「シンちゃんが、いないんです」
 くり返す。
 涙をと不安と、悲しみで溢れた、とても情けない表情をしていた。
「お父さま…、覚えてますか?」
 ゲンドウは聞くだけだ。
「ここに来ないかって、誘ってくださった時のこと…」
 ゲンドウの言葉をくり返す。
「家には同い年の子がいるから、仲良くしてやって欲しい、普通の子とも仲良くなれるとわかって欲しい、それから…」
 それから、息子と付き合ってみるのも良いかもしれない、冴えない奴だがな…
 確かそんなセリフだった。
「だから…、シンちゃんがいないんじゃ、あたし、あたし…」
 瞳が不安定に色彩を変えている。
 赤く、薄く、濃く、心の動揺が現れているかのように。
「レイ…」
「レイさん…」
 アスカとミズホが それぞれにレイを抱きしめた。
 苦しみの理由は解らなくとも、心の痛みは感じ取れたから。
 ゲンドウは、ほんの少しだけシンジが羨ましく思えた。
「…ふむ、なら、これをやろう」
 だから、内ポケットからチケットを取り出した。
「これ…、なんですか?」
 弾道鉄道と銘打たれたチケット。
「九州から北海道を目指す、新たな首都を祝う鉄道イベントの関係者用チケットだ」
 ミサトがマコトに渡したものと同じものだった。
「今夕、第三新東京市につく、入試を受け、その足で出かけなさい、シンジのところまで運んでくれる」
「シンちゃん、この街にいないんですか!?」
「ああ…、だが心配はないと言ったろう?」
 それでも不満なのか、レイはまだ口を開こうとする。
「シンジのことは気にするな、いざとなれば二次募集がある、帰ってきたなら、叱り付けてでも受けさせればいい」
 ゲンドウはそれ以上話しを続けるつもりが無いのか、背を向けて玄関へ向かった。
「行くぞ、遅れる」
 アスカ、ミズホ、レイは、それぞれお互いの顔を見た、そしてチケットを三人で握り締めた。
「手前から…、かたづけよっか」
 アスカが言った。
「心配だけど…、カヲルが見ててくれるんなら…」
 ヤな奴だけど…
 レイも何とか踏ん切りをつける。
「ですぅ、私たちまで落ちれば、きっとシンジ様はまた僕のせいだって、お嘆きになられますよね?」
 三人でクスリと微笑みあった。
「じゃ、いこっか」
「うん」
「はいですぅ!」
 それを合図に、三人はスカートをひるがえして駆けていった。
 お父さま、おじ様、まってくださぃー!
 そんな声を聞きながら、ユイは子供達の脆さと、強さの両方に感動していた。






 その頃、レイたちと同じく、猫を見ている少年がいた。
 その猫は死んではいない、商店街のペットショップ、その店頭に人寄せとして置いてあるショーケースの中にいた。
 四角いクリアケース、中には仔猫が二匹入っていた。
 目ヤニがつき、毛も何処かくすんでいる。
 仔猫の尿で、敷物が汚れていた、空気が悪いのか、ぐったりと眠ったまま起きようとしない。
「外に出してあげればいいのにね」
 シンジの隣で、頭一つ分背の高い女の子が呟いた。
 ジーンズにダンガリーシャツ、黒いコートはいつもより厚めのもの、そして目深に被った黒いハット。
 洞木コダマ。
 わりと人通りが多い、ペットショップの中にも、かなりの人が覗きこんでいた。
 特に、この仔猫たちを見て、可愛いと嬌声を上げていく女の子たちの多い事…
 シンジはケースごしに人差し指を猫に向けてみた。
 ケースに触れる、だが猫は動かない。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
 そんな二人に声をかけたのは、人形のような白い肌を持つ女性だった。
 流れるような黒髪は腰まで届き、絹のような光沢を放つ完全無欠のキューティクルは、痛むということを知らないのだろうかと、通りすがる女の子たちから羨望の眼差しを受けていた。
 大きく膨らんだ買い物袋を三つ下げている、シンジはその一つを受け取った、以外に重い。
 シンジよりは背が高い、シンジはアスカよりも胸が大きいやと、不届きなことを考えた。
 中学生ばなれしてるって言ったって、普通の高校生ぐらいだもんな、アスカも…
 離れてから、何かにつけてアスカと比較することが多くなっていた。
「じゃあ、行きましょうか?」
 先に立って歩き出す、髪止めで軽くまとめられている髪が、少し大きめのお尻の上で揺れていた。
 アスカのような同年代の女の子とも、ミサトのような大人の女性とも、ユイのような母親とも違う、強いて言えば姉のような人だった。
「どうしたの?、シンジ君」
 その人は薄い紺色の瞳で、シンジを覗きこんだ。
「あ、はい!、なんでもないんです、サヨコさん…」
 シンジは慌てて後について歩き出した。
 コダマは何気に、そんな二人を観察している。
 シンジは今、いまだ寒風吹きすさむ青森にいた。



続く








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