Episode:21_4 Take3



 昨夜のこと。
「バカシンジ!」
 アスカは帰って来たシンジに問答無用で張り手をかまそうとした。
 だが実際には手を振り上げただけで、下ろせはしなかった。
「シンジ?」
 戸惑うように声をかけると、シンジは濁ったような目を向けた。
「なに?」
「あ、うん…」
 言葉を失うアスカ。
「ごめん…、少し横になりたいんだ」
 シンジはアスカの脇をすり抜けて、自分の部屋へと上がっていった。



「シンジ、入るわよ?」
 ひょこっと階段から顔だけ覗かせるアスカ。
 その手には紅茶の入ったティーカップを二つ、トレイに乗せて持っていた。
「カヲル、またいないのね?」
 ま、その方が静かでいいけど。
 シンジは部屋の隅に、座椅子にもたれてじっとしていた。
「ほら、入れて来てあげたわよ?」
「…ありがと」
 精彩も覇気もない。
 はぁっと、アスカはため息をついた。
「あんたねぇ、ため息つきたいのはこっちよ?、なによテレビでいちゃいちゃしちゃってさ」
 ゆっくりとアスカへ顔を向ける。
「な、なによ?」
 どもるアスカ。
「…それで、僕とレイが付き合ってるって思ったの?」
「そ、そんなわけ、ないでしょうが…」
 嘘だった。
 そういう風にしか見えなかったわよ!
 だけど意地や見栄があった。
「…ごめん、そうだね、アスカならそうとしか答えてくれないよね」
 それはシンジの求めていた解答とは違っていた。
「シンジ?」
「ねえ?、アスカは僕をいじめていて楽しいって思うこと、ある?」
 なによいきなり!
 アスカは答えにつまった。
「そ、そりゃ冗談でやってる時には楽しいけど…」
「やっぱり…、そうだよね」
 ふうっと、シンジはより深く座椅子に体を預けた。
「シンジ?」
 アスカはシンジの隣へ動くと、寄り添うように座ってシンジの手に手を重ねた。
「どうしたのよ、一体…」
 いつもの笑顔とはかけ離れているような印象を受ける、まるで急に老けこんだような…
「きっと…、レイにとって、僕は最初の人だったんだよね…」
「え!?」
 深読みして、顔が強ばる。
「ずっとどこかの施設に居たって言ってた…、だからきっと、僕が普通に接した最初の人だったんだよ…」
「ああ…」
 納得するアスカ。
 最初の頃の、レイの不自然なくらい溶けこもうと必死になっている様子が浮かんで来た。
「だから…好きでいてくれたんだよね?」
 独り言に近かったが、アスカは首を振った。
「あんたがね?、ほら…入試の直前にいなくなっちゃったでしょ?」
 重ねた手から、シンジの動揺が手に取るようにわかった。
「あの時にね、あいつが言ったのよ…」
 今はアスカがいます、ミズホも、お父さまも、お母さまも、カヲルだって…みんな優しくしてくれます、大切に思ってくれます…、でも今はシンちゃんがいないんです…
「ふふ…、あいつ、シンジがいないって事に、妙にこだわってたわね?」
 それだけが理由ではないのだと、シンジに伝えるつもりだった。
「でも、今は僕の代わりを見つけたんだ…」
「え?」
 シンジの言葉の意味が、アスカに混乱を巻き起こした。
「レイは僕のことを好きでいてくれてるらしいけど…、それはきっと、家族とか、友達に対しての「好き」なんだよ…」
 シンジの…、代わり?
 アスカの思考はそこで止まっていた。
 アスカと視線を合わせるシンジ。
「ミズホも…、カヲル君も同じなのかな?、手に入れたから…、それを手放さなくてすむようにしているだけなのかな?」
「シンジ…」
 バカと言いたくても言えない。
 それ程までに、今のシンジはどんな言葉にでも過剰な反応を示してしまいそうだったから。
 それも後ろ向きな…
「でも…、悪いのは僕なんだ」
 また視線を外す。
「期待に答えようとしなかった僕なんだ…」
 現状維持に努めていた僕なんだ…
「だから、何も言う資格なんて、ないよね?」
 はは…っと、シンジは乾いた笑い声を漏らした。
「バカ…」
 ようやく言えた。
 アスカはシンジの頭を抱きしめた。
「あんたは頑張ってくれたじゃない…」
 入試のために。
 アスカ達と一緒の学校へ行くために。
 アスカの理想へ近づくために…
「でも失敗した…」
「ううん、良い男になったじゃない」
 ちょっとだけだけどね?
 そう冗談っぽく、アスカはシンジの耳をくすぐった。
 良い匂いがする…
 それがシンジの心から、より落ち着きをなくさせた。
「そう…、僕は頑張ったんだよね?」
 シンジの頭をアスカの頬が擦った。
 頷いたのだとわかる。
「だから、アスカはこうしてくれるんだ…」
 もう一度、アスカは頷いた。
「だから、他のみんなはいないんだね…」
 ギュ…
 アスカはシンジが苦しく感じるほどに、抱き締める腕の力を強めた。
 言葉じゃ…、ダメなの?
 アスカには、他に慰め方を見つけられなかった…






「ふぅん、そんなことがあったんだぁ〜」
 昇降口の屋根の上、マナは端っこに腰掛けて足をプラプラさせていた。
「うん…」
 その背中を、横になったまま見つめるシンジ。
 どうして、話しちゃったんだろう?
 答えは見つかりそうに無かった…
「ねえ?」
「ん?」
 シンジの声に振り返るマナ。
 夕日に照らし出されて、オレンジ色に染まっている。
 …レイそっくりだ。
 シンジは頭を上に向けた。
「なあに?」
「女の子の立場で見てさ…、もう良いやって男が周りをうろつくのって、どう思う?」
 言いづらいのか、マナも再び夕日に向かって顔をそらした。
「あたしは、あんまりいい気持ちはしないけどなぁ…」
 …やっぱり。
「でも、嫌いってほどじゃないなら、気にかけてもあげちゃうし」
 ……
 まさしく今の状態のように思えた。
「シンちゃん…、本当はレイさんから離れたいの?」
 シンジは目を閉じると、胸につかえていたものを吐き出した。
「それほど好きだって思ってくれてるわけでも無いのに…、そんな態度を取られ続けるよりはいい…」
「けど、それじゃ寂しいって思われるかも?」
「…レイとは、家で会えるから、会わなくちゃいけないから」
 それは逃げ場の無さを訴えるものだった。
「息つまっちゃうよ?、あんまり真剣過ぎると…」
 よっと!、マナは立ち上がった。
「逃げちゃう?」
 シンジは弱々しくだが、首を振った。
「前にも逃げたんだ…、でも何も変らなかった」
 逃げちゃダメなんだ…
「その考えがシンちゃんを追い詰めてるんじゃないの?」
 追い詰められてる?
 シンジは首をひねった。
「…わからない」
 シンジの枕元にマナは座り直した。
 シンジの頭を持ち上げ、その下に自分の足を差し込む。
「…マナさんってさ」
「ん?」
「優しいね…」
 少々照れたのだろう、だが頬を赤らめながらも、マナはシンジ頭を軽く撫でた。
「だって、シンちゃんが本当にまいってるんだって、わかるんだもん…」
 わかる?
 ふと疑問符が浮かんだ。
「どうして?」
「え?」
「どうして、マナさんはそんなに優しくしてくれるの?」
 ん〜っと、マナは考え込んだ。
「それは…、それはあたしがシンちゃんとは仲が良くって、それでいて恋人じゃないから…、じゃないかなぁ?」
 よくわからなかった。
「シンちゃんが愚痴を漏らしてくれたのって、きっとあたしに心を開いてくれてたからだよね?」
 そうだろうか?と思う。
 そういう自覚はなかったから。
「それと…、レイちゃんとかに直接話してみないのは、それが恐いからでしょ?」
 シンジは小さく頷いた。
「…だからなのよね?、あたしが恋人とか…、好きとか嫌いとか持ち出さないような相手だから安心して話せるの」
 違う?とマナは微笑みかけた。
「そういう気持ちが無いから、嫉妬とか持ち出さずに冷静に聞いてもらえるから…、そう思ってるから話せたんでしょ?」
 そうかもしれない…
 小さく呟くシンジ。
「他人だから話せる事ってあるよね?、他人でないと話せない事ってあるよね?、きっと今シンちゃんが悩んでる事って、そういう事なんだと思うな…」
 マナ自身、考えをまとめて何とか言葉にしようとしているようだった。
「だから今は優しくしてあげるの…、あたしは、シンちゃんとはそういう友達になりたいから…」
「え?」
 マナの目を真っ直ぐに見る。
 マナは優しくその視線を受け止めた。
「好きとか嫌いとか…、恋人とか男とか女とかじゃなくて…、もっとずっと仲の良い友達?、みたいな…、そう、親友…かな?」
 ニコっと微笑む。
「シンちゃんとは、何でも話し合えるような、そういう友達になりたいの」
 ふらふらと持ち上がるシンジの手を、マナは両手でつかみ、温かく包みこんだ。







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