Episode:21_4 Take4



「じゃ、あたし今日は自転車だから、先に帰るね?」
 夕日をバックに微笑むマナ。
「うん…」
 少しだけ…、ほんの少しだけ名残惜しげに、シンジは返事をした。
「うん、また明日ね?」
 きりがないからか、マナはにこっと微笑むだけで、屋根から飛び降りた。



「友達…、親友…、か」
 下駄箱から靴を取り出すシンジ。
「トウジとか、ケンスケになら話せるもんな…」
 ケンスケには警戒心が働いてしまうが…
 それがおかしくて、シンジは笑いを浮かべた。
「なんでも話せる…、友達か…」
 でもそれは無理だ。
 現実がのしかかる。
 レイ達の秘密についてはシンジも知らない。
 誰も教えてくれない事もあるが…
「僕も知りたいとは思わない…」
 それを話す事はできない。
「だから隠すしかないんだ…」
 マナさん…
 友達になりたいって言ってくれた…
 幼馴染のアスカや、父さんが連れて来たレイとも違う…
 不思議な力で惹かれあってるわけでもない。
 今のままの僕と友達になりたいって言ってくれた。
 僕にカッコ良くなって欲しいとか、そんなことは関係なく、今の僕と友達になりたいって…
 靴を履いて校舎を出る。
 校門までは一直線だ。
 僕は僕のままでも良いのかも知れない。
 そんな気がしてくる。
 今の僕のままでも、好きになってくれる人はいるのかもしれない。
 だけど、と思う。
 そんなのはただの「逃げ」だ。
 それがわかってしまうだけに、マナを素直に受け入れられないのかもしれない。
 頑張らなくてもいい、楽にしていられるって逃げてるだけじゃないか…
 つい早足になる。
 頑張る事と、人に好きになってもらう事とは別なんだ。
 校門を見る。
 そこにいじけた女の子が立っていた。
「なら、ミズホはどうなんだろう?」
 振り向いた拍子に黒いポニーテールが大きく揺れた。



「シンジ様ぁ!」
 蹴っていた石を放り出し、ミズホはシンジに走りよった。
「ミズホ?、どうしたのさ、練習は?」
 訝しげにシンジ。
「今日はお休みにするって先輩が…、それでシンジ様を待ってたんですぅ」
 え?っと驚く。
「だって、僕が帰ってたらどうする気だったのさ?」
 ミズホは恥ずかしげにうつむいた。
「下駄箱に靴がありましたからぁ…」
 いじましく感じる。
「でも、いつ来るかもわからないのに…」
 そこではっとする。
「練習が無いって、でももう4時半じゃないか…、授業終わってからずっと待ってたの!?」
 ミズホはもじもじとしながら、それでもしっかりと頷いた。
「はいですぅ…」
 小さな声に、少しだけジン…っと感動してしまう。
「ありがとう、ミズホ…」
「あ…」
 シンジは自然に…、ごく自然にミズホの手を取っていた。
「シンジ様…」
 シンジ様がご自分からこんなことをしてくださるなんて!
 感動に瞳を潤ませる。
「これはもう、愛の告白と受け取るしか!」
「ど、どうしてそうなるんだよ!」
 慌てて振り払おうと頑張る。
「ふふふ、ダメです、もう逃がしませぇん!」
 だがミズホの手は、まるで吸盤でも着いているかの様に離れなかった。






「シンジ様の手、シンジ様の匂い、シンジ様の鼓動…」
「あ、妖しいこと言わないでよ…」
 恥ずかしいなぁ、とシンジ。
 結局人目を忍んで下校する羽目になってしまっていた。
「だってだってぇ、シンジ様と手を繋いで歩くなんて…」
「結構あったと思うんだけど…」
「それは言っちゃダメですぅ」
 ぷうっと頬をふくらませる。
 はは…っと困り顔のシンジ。
「それに最近では、あのマナさんってお邪魔虫さんがいらっしゃいましたしぃ…」
 シンジの瞳を覗きこむ。
「あの…、マナさんってどういうお方なんですかぁ?」
 シンジはミズホの瞳を見返した。
 探りを入れて来てるのがわかるから、ごまかしたくはなかった。
「…優しい人だよ?、マナさんって」
 ミズホは無言で先を待った。
「気が楽なんだ…、好きとか嫌いとか、そんなのに関係のない友達になりたいって言ってくれたんだ、マナさん…」
 ミズホの視線は、値踏みをしている時のそれだった。
「…ねえ、ミズホはどうして、僕の側にいてくれるの?」
「え?」
 急な質問にミズホは戸惑った。
「そんなの決まってますぅ!、どうして今更お聞きになられるんですかぁ!?」
 そして一転、怒り出した。
「ど、どうしてって…」
「おわかりになられないんですかぁ!?」
 ミズホは本気で怒っていた。
「そ、そんなのわかるわけ、ないじゃないか…」
 その様子に怯えてしまう。
 視線をそらそうとしたが、ぐいっと手を引っ張られて逃げられなかった。
「好きだからに決まってますぅ!」
 真剣な眼差しに、シンジは息を呑んだ。
「正直、初めてお会いした時はただ好きなだけでした…」
 シンジも思い返す。
「あんなの…、猫を追い払っただけじゃないか…」
 猫から助けてもらった時のこと。
 その後、付きまとうようにしていた事。
 そうですね、と前置いてから続ける。
「でも、あの時…、わたしの為に入院までなさったというのに、シンジ様はご自分のことよりも、わたしのことを心配してくださいました…」
 足を止め、繋いでいるシンジの手を胸に当てた。
「ミズホ?」
 不思議といやらしさを感じなかった。
 トクン、トクンと鼓動を感じる。
「今のわたしじゃシンジ様にはとても釣り合いません…、だってまだまだですから…」
 自信なさげにしょげ返る。
「そんなことはないよ…」
 シンジは小さく口にした。
「だってミズホは可愛いじゃないか…、優しいし頑張り屋だし、僕なんかのことを心配してくれるし…」
 鼓動に意識を取られていたからかもしれない。
 普段ならいくら考えても出ないような言葉が、なぜだかすらすらと出てしまった。
「寝坊なんて僕が悪いだけなのに、ミズホは一緒に行きたいって待っていてくれてる…、さっきだって、いつ来るかわからない僕をずっと待っててくれたんじゃないか…」
 そんな女の子、僕にはもったいないよ…とシンジは締めくくった。
 首を振るミズホ。
「違いますぅ、シンジ様だから、わたしはそれだけのことができるんですぅ」
 ミズホはいつもよりも数倍は華のある笑顔を作った。
 くすっと笑ってしまうシンジ。
「…じゃあ、やっぱりアスカの言う通り、僕も頑張らないといけないね?」
 ミズホに釣り合うように…と言いかける。
 だがそれはミズホ自身によって遮られてしまった。
「ダメですぅ!、シンジ様が頑張っちゃいけません〜!」
 え?っとシンジ。
「シンジ様のお隣に並んでてもおかしくないように頑張ってるんですぅ!、シンジ様が今よりもっともっと素敵になられたら、わたしはいつまでたっても追いつけません〜!」
 なんだよそれ?っとシンジは笑った。
「笑い事じゃないですぅ!、せめてしばらくは待っていただかないと、追い駆けっこになってしまいますぅ!、それではいつまでたっても終わりませぇん!」
 ポカポカとシンジを殴った。
「あいてててて…、ごめんミズホ、でもそれでも良いんじゃないかな?」
 ほえ?っとミズホ。
「…おじいさんになっても、おばあさんになっても、そうやってずっと追い駆けっこしてた方が面白いんじゃないかな?」
 そう思ったんだよ…
 それって…
「つまりわたしと!」
「ってそういう意味じゃないからね、一応先に言っとくけどさ」
 ぶうっとミズホは膨れた。
 そんなミズホも可愛いと感じながら、シンジは頭の片隅で考えていた。
 アスカは僕に、理想の人間になれって言う…
 ミズホは自分が追いつくまで待てって…
 じゃあレイは?
 レイはどうだったんだろう?
 幾つかの記憶を掘り起こす。
「あれ?」
「はい?」
 シンジの呟きに、ミズホはシンジを覗きこんだ。
 だがシンジはうわの空だった。
 なにかが、おかしい。
 首をひねる。
 本当にレイは、いま手に入れたものを手放さないためだけに頑張っているのだろうか?
 ミズホの話に、なにかの考え違いを感じる。
「ねえ…」
 ふと横を見ると、驚くほど近い所に顔があった。
「なに…、してるのさ?」
「…いえ、今のうちなら唇が奪えるかと」
 シンジはコホンと咳払いした。
「帰ろっか?」
「はいですぅ」
 つい今しがた感じたものを失念してしまうシンジであった。






 もうおなじみになった光景、シリンダーの中にレイが浮かんでいた。
「もう我慢できない…、話すって?」
 こくりと頷くレイ。
「そうか…、でもちょうど良いかな、今日で協力してもらうのも終わりだ」
 レイが驚いたような表情を見せた。
「とは言っても、治療が終わったわけじゃない、協力してもらうのが終わりって事でね…、ありがとう、悪かったね?」


 帰り道、もう夜のとばりが降りはじめている。
 レイはスキップしてしまいそうな勢いで急いでいた。
「これでも元どおりに戻れる!」
 まず何からシンジに話そうか?
 レイは考えをまとめようとした。
「治療…、あたし達に関係のある事だから、ないがしろにはできなかったし…」
 でも事情が複雑だったし、シンちゃんを巻き込みたくもなかったもんね?
 心配もさせたくなかったし、と言い訳してみる。
「早くシンちゃんの所に帰ろう、早く…」
 ついに我慢しきれなくなって、レイは駆け出していた。
 シンちゃん、シンちゃん、シンちゃん…
 あ…
 前方に見慣れた人影。
 シンちゃん?
 もう一人、ミズホ。
 やだ…
 足が遅くなる。
 どうして?
 親密そうに  手を繋いで歩いている。
 なぜ?
 あたしとも…、アスカとだって嫌がってたのに。
 なんで?
 どうしてそんなに嬉しそうに手を繋いで歩いているの?、シンちゃん…
 レイの中で、不安が大きく膨らみはじめていた。







[BACK][TOP][NEXT]

新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q