Episode:30 Take6



 サァアアアアア…
 潮風が黒髪をなびかせる。
 それを片手で押さえ、サヨコは海を眺めていた。
 背後の新オペラハウスでは、内外に関らず人々による暴動が起こっている。
 ドォン…
 どこかで火の手が上がった。
 燃え上がる車。
 バチバチバチ…
 巨大プロジェクター、そのスクリーンの裏側で火花が散った。
 だがサヨコはまるでそれらのことを外界のことと捉え、別の世界に遊離しているかの様に、ただじっとして海を眺めていた。
「イサナ、お願い…」
 呟いたのはその一度だけであった。






 ウオオオオオ…
 腹の底から響くような音が、風に乗って流れて来た。
「何ですか、加持さん!?」
 脅えるシンジ。
「人の喚声…、いや怒号?、まあどちらにしろ良いものではないな」
「そうですか…」
 暗くなる、暗たんたる気持ちでシンジは遠くの陸を眺めていた。
「こんなことじゃ…、偉そうなこと言ったって…」
 ミヤに何と言っただろうか?
 きっとなんとかなる?
 自分の能天気さに呆れ返る。
 綾波?
 綾波が手を重ねて来た。
 頷く。
 なに?
 シンジは綾波の視線を追った。
「あれは…」
 目を細める。
 白波が立っていた。
「魚…、違う、人だ」
 人?
 シンジは自分の目を疑ってしまった。
「…シンジ君、君の気持ちはわかるが、現実から目をそらしちゃいけない」
 加持に肩を叩かれて、シンジははっと綾波を見た。
「あの人も?」
 尋ねると、小さく頷いた。
 加持がジェットスキーの速度を落とすのに合わせて、シンジは視線を戻した。
「あれ?」
 居なくなってる?
 きょろきょろと、大きく上下する波間に探す。
「わっ!」
 ズルッ!
「シンジ君!」
 慌てて加持は手を伸ばしたが遅かった。
 シンジの手が、加持の手をすり抜ける。
 ボチャン!
 シンジは海の中に姿を消していた。
「レイちゃん、シンジ君を!」
 振り返る、だが綾波も姿を消していた。
「こりゃ…、まいったな」
 肩をすくめる。
「…さて、どうするか、なあ?」
 加持は月を見上げた。
「君はどう思う?」
 そこには、無言で宙に浮いているテンマの姿があった。






 ゴボボボボ…
 シンジの口から空気が漏れていく。
 溺れる!
 意識が恐怖に彩られた瞬間、シンジは強く抱きしめられていた。
「ブハァ!」
 一気に水面まで持ち上げられる。
「はぁはぁはぁ…、え?」
 シンジの腰を抱き、水面に持ち上げている。
「誰?」
 シンジが尋ねると、彼女はニカッと豪快に笑った。
「ごめんねぇ!、友達と遊んでて遅くなっちゃった」
「友達?」
 シンジは大きな波のうねりにはっとした。
 何かばかでかいものが、自分達の下を通り潜っていく。
「あ、そうだ綾波、加持さん!」
 その恐さに、シンジは大事な人達がどうなったか心配した。
「レイは後ろにいるわ」
 振り返る。
「よかった、無事だったんだね?」
 手を伸ばす、綾波はその手をつかんだが、視線はシンジを抱き込んでいる女に固定していた。
「さ、行こう?」
「え?、行くって、どこへですか?」
 シンジは不安げに彼女を見下ろした。
「サヨコが呼んでる、力を借りたいって」
 サヨコ?
 シンジの中で、記憶にある女性と重なった。
 ミヤ、リキ、サヨコ…
 そっか、サヨコさんも来てるんだ…
 柔らかな匂いと、暖かな温もり…
 少々だらしなくシンジの鼻の下がのびた。
 いてっ!
 手に小さな痛みを感じた。
 綾波?
 口先が尖っているような気がする。
「どうして…」
「いっくよぉ!?」
「うわっ!」
 ズルッと言う、飲み込まれるような感覚に驚く。
「うわあああああああ!」
「だいじょぶじょぶ!」
 夜の暗闇よりもなお暗い海の中に、シンジ達は飲み込まれ、消えて行った。






「やはり、ダメか…」
 ヨウコの目の前で、メイが崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「おっと!」
 抱き留めるツバサ。
「…って、ちょっと待ってよ、僕の活躍するシーンは!?」
 もちろんカットである。
「酷いやぁ…」
「酷いのこれからだな」
 群集の争いは続いている。
「うきゅう☆」
 マイはヨウコの肩にかつぎ上げられていた。
 もちろん気は失ってしまっている。
 反対の腕では、なんとかミヤを支えていた。
「大丈夫か?」
「…多分、でもまだやらなくちゃいけないことがあるわ」
 ミヤはヨウコの体を突き放し、自分の足で立ち上がった。
 …だがふらついている。
 消耗が以前とは段違いに酷かった。
「…しかし血から得られる効果は、もう知れているぞ?」
「大丈夫…」
 確信があるかの様に顔を上げる。
「予備が届いたわ」
 ステージ、反対側から人が昇って来る。
 息を切らせて走って来る。
 つい数時間前にあったばかりの少年。
 ミヤの顔から笑顔がこぼれた。






「はぁ、はぁ、はぁ、あー驚いた」
 シンジは胸を押さえて、膝をついていた。
「サヨコ…」
「お久しぶり、元気で良かったわ…」
 綾波を優しく抱きしめるサヨコ。
「あ…」
「濡れて…、風邪を引く前に着替えないと」
 お母さんの匂いがする…
 シンジはそんな声が聞こえたような気がした。
 だけど、今はそれどころじゃないんだ。
 振り仰ぐ、大きく、そしてのしかかるような建物。
 新オペラハウス。
「この中に秋月さんがいるんですか?」
 サヨコはようやく、おしむように綾波を解放した。
「ええ…、お願い、ミヤちゃんを…」
「はい!」
 全部を聞く前に、シンジは走り出していた。
「おっとこのこぉ!」
 明るく陽気なイサナの応援が背中を押した。
「行くのね?」
 同じく駆け出そうとした綾波に声を掛けるサヨコ。
「気をつけて…」
 綾波は返事をするよりも、シンジを追うことを優先した。
「…女の子なのね、もう」
 サヨコは、少しばかり寂しい思いを抱いて見送った。


「うわっ!」
 走るシンジの足元に、殴り合う男達が転がった。
「え?」
 ガン!
 シンジの頬が、強い衝撃に歪んで熱くなった。
「あ、てて…」
 誰に殴られたのかもわからない。
 皆それぞれ、手短な者を適当に殴りとばしているだけだった。
 膝をつく、口の中が切れたのか、血が一筋流れ出していた。
 ぐいっとそれを腕で拭うシンジ。
「行きましょう」
 そのシンジの腕を取って、綾波は強引にシンジを立たせた。
 その凛々しい顔つきに、劣等感のようなものを抱いてしまうシンジ。
「…なに?」
「ごめんね、僕の勝手に巻き込んじゃって」
 結局、自分一人ではなにもできない。
 そのことがシンジに罪悪感を持たせていた。
 綾波を巻き込んだのは、自分だと…
 しかしそれでも走らずにはいられなかった。
 立ち上がり、オペラハウスに駆け込む。
 今は何かをしなくちゃいけない時だから、と…
「舞台は」
「あっち…」
 綾波の指差した方向にシンジは駆け出した。
 顎をくだかれ、足を折られ、血の流れ出る腹を抱え、いろんな肌の色をした、色々な髪の人達がのたうち、転がり、そしてまだ殴り合っていた。
 ミヤの苦しみをもう一度感じる。
 だからこそ、こんな悲しいことに力を使っちゃいけないんだ…
 事情も知らないままに、シンジは舞台に向かって廊下をひた走っていった。






「秋月さん!」
 シンジの心配げな声に、ミヤは微笑むのがやっとだった。
 元気な所を見せたかったのだが、力尽きるように膝を折ってしまったミヤ。
「うわ!」
 シンジは慌てて抱きとめた。
「…ご、ごめん!」
 思った以上の女の子らしい柔らかさに慌てる。
 くすっと、ミヤの笑いが耳元で聞こえた。
「…今日は何だかこんなことばかりしてるような気がする」
 シンジの言葉を肯定するように、背後の綾波はますます無表情さを増していた。
「お願い、シンジ君」
 シンジの肩に手をかけ、体を起こす。
「力を、貸して欲しいの…」
 ミヤの瞳がシンジを見据える。
「…貸すって、でもどうやって?」
 ミヤの目は、シンジの口元を見ていた。
「僕は力の使い方なんて知らないのに…」
 ゆっくりとミヤとシンジの唇が近づく。
 触れ合う瞬間ミヤの小さな舌先が、シンジの口端から流れ出ている血をすくい取った。
 まだ手に持っていたアンプルが落ちる。
「あああああ、秋月さん!?」
 ひぃ!っとシンジは、背後で「ゴゴゴゴゴ!」っと怒りのオーラが燃えているのを感じて恐怖した。
「御協力、ありがと☆」
 微笑するミヤ。
 いけるかな?
 ううん、やらなくちゃ…
 ミヤは気力を振り絞り立ち上がった。
 もう一度、もう一度だけ、歌うために。



続く







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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