Episode:31 Take7



 はぁはぁはぁ…
 伯爵は地下駐車場へ向かっていた。
 そこからさらに潜水艇のあるドッグへ向かうつもりなのだ。
「ここで、ここまで来て、わたしは…」
 エレベーターが止まる、あと一息だ、伯爵は最後の一駆けをするために息を吸い込んだ。
 ガー…
 エレベーターの扉が開いた。
「な!?」
 一歩踏み出し、たたらを踏む。
 理解を超える惨状だった。
 車が炎上してしまっている。
 ひっくり返り、何かに潰されているものもあった。
 弾着の付いているもの、ひしゃげているもの…
 煙と炎、伯爵は口元を押さえ、目を涙で滲ませた。
「JA!?」
 ブィン…
 独特の蜘蛛のような目が煙の向こうで光っていた。
「何故だ!?」
 狂気の目が伯爵を捉える。
「う、あ…」
 背後でエレベーターの扉が閉まりだした。
 ガシャガシャガシャ…
 JAが走ってくる。
「ああ…」
 カメラは曇っていた、ヨウコの吹き付けたスプレーが固まっているのだ。
 見えなくするのではなく、魚眼レンズのように歪ませている。
 だからカメラの故障と認識されることは無かった、そのためJAは正常な対象の判断ができなくなってしまっているのだ。
 慌てて扉の間に手を差し込み、強引にこじ開けようとする。
「あああああ!」
 ガァン!
 ようやく半身を差し込めた所で、JAが背後から半ば扉を押し開くように追突して来た。
 伯爵をエレベーターの中に押し込むように押し潰す。
 ゴォン!
 JAからも火が吹き出した。
「ふ、はは、ははははは!」
 伯爵は哄笑を上げた。
「燃える、燃えていく、全てが!」
 JAの炎ごしの光景に心を高ぶらせる。
 車の残骸がシドニーの未来として映りこんでいた。
 ギ、ギギ…
 JAはまだ動こうとしている、伯爵を完全に潰そうと前に進む。
 傷が酷いのだろう、伯爵にはもう下半身の感覚がなかった。
 血まみれだ。
 タン!
 非常階段を降りて来たヨウコが、その光景に眉をひそめた。
「世界の終末だ!、ここから新しき世が始まる!」
 ヒュン…
 ヨウコの右手から光の鞭が伸びた。
「例え幻でも…」
 それをお前に見せるわけにはいかない…
 サーベルのように伸びた鞭が、伯爵の眉間に刺さってビィン…としなった。
 グッ…
 JAが最後のひと押しをした。
 ガコン!
 エレベーターが落ちる、JA、伯爵と共に。
 落下事故防止措置用のダンパーも、JAの自重には耐えられなかったようだった。
 大きな爆発が、地下駐車場を炎で満たしていた。






「酷い旅行だったわね?」
 くすりと、サヨコは炎上する屋敷を眺めながら呟いた。
「まったくだ」
 サヨコに引き上げてもらったヨウコだったが、もう動くのも気だるいらしい。
 座り込んで動こうとしない。
「ミヤは?」
「ムサシ君と一緒よ?」
 植木を挟んだ向こう側のヘリポートにいるらしい。
「不幸…、誰にとっての不幸なのかな?」
 横たわっているマイとメイの髪を、ヨウコは優しく撫で付けた。
「その子達に本当のことは?」
「知らなければそれで良いだろう…」
 いずれ本当のことを知らせる時が来る…、その時までは、そっと…
 サヨコはヨウコの胸の内を、優しく微笑んで受け入れていた。


「じゃ、もう行くね?」
 立ち上がるミヤ。
 その手をムサシはついつかんでしまっていた。
「ミヤちゃん?」
「ん?」
 ミヤは首を傾げる。
 その瞳が輝いているのは、下で見た時から気がついていた。
「…そっか、やっぱり」
「なにが?」
 ミヤは不思議そうに尋ね返す。
 ムサシは悔しげに笑った。
「盗まれちゃったんだね?」
「なにを?」
 ますますわからない。
 ムサシは笑顔のままで答えた。
「ハート、誰かに」
 ミヤははっとなった。
 笑顔でいられるわけ。
 頑張れたわけ。
 強くなれたわけ。
 それが一人の少年の笑顔に集約される。
 ミヤはゆっくりと微笑みを作った。
「うん!」
 もうムサシは引き止めなかった。
 走り去るミヤの背に、ちょっとだけ名残惜しさを感じるだけだ。
「まいったな…」
 バタンと、ムサシは仰向けに転がった。
 その視界に映るはずの星空が見えない。
「あれ?」
「なぁにが「ハート」なんだか…」
 懐かしい声と、暗闇に慣れて来た目に白いものが映ってしまう。
 苦笑するムサシ。
「相変わらずなんだから」
「そっちだって、いいかげん白の無地は卒業すれば?」
 ゲシッと、マナはムサシの顔を踏ん付けていた。


「終わったかな?」
 加持はもう自分の出番は終わったとばかりに、のん気にタバコをくゆらせていた。
「君は行かなくていいのかい?」
 テンマは答えず、巨人の消えた海を眺めている。
「ま、いいさ」
 加持は歩き出した。
「じゃ、縁があったらまたその内」
 後ろ手に手を振って、加持は林の中に姿を消した。
 テンマはそれからもしばらくの間、海をじっと眺めていた。
 高光熱に溶解した巨大な砲身は、時折押し寄せる波飛沫によって、ようやくその熱を失おうとしている所であった。






 そして我らが真なる英雄はと言えば…
「…こ、困ったね?」
 シンジはベッドの端に腰掛けて、頬をぽりぽりと掻いていた。
 ベッドの反対側にはレイが居る。
 堅く強ばった体、手は膝の上で揃えられている。
 髪で表情は見えないのだが、頬の赤さときつく引き結ばれている唇から、恥ずかしさのあまり緊張しているのが見て取れた。
「あ、あのさ、今日は、ありがと…」
 話題に困って適当なことを言うシンジ。
 レイはブンブンと勢いよく頭を振ったが、お互い背を向けているので当然その行為は分からなかった。
 緊張の原因は二つ、一つはホテルが同室であったこと。
 もう一つは、巨大なベッドが一つしか無かったことだった。
 こ、混んでて部屋が取れなかったってのは分かるけど、だったらレイがシングルの部屋使ってもいいんじゃないか…
 そう言って逃げようとしたのだが、「あんなことの後で不安だろうし、暴漢が来ないとも限らない」っと、タタキに同じ部屋に放り込まれてしまったのだ。
「あはは…、今日は、疲れたよね?」
 レイが返事をしてくれないので、シンジはベッドから立ち上がった。
 ギシッと軋んだベッドに、レイがビクッと体を震わせる。
「じゃ…、あの、とりあえずシャワー使ってもいいかな?」
 特に深い意味はなかったのだが、レイの顔はぼん!っと限界まで赤くなってしまっていた。
 ぴーんぽーん…
 インターホンなんてあったっけ?
 シンジは首を傾げた。
「ぴーんぽーん」
 廊下からおかしな声がする。
「お、おかしな事をする人がいるね?」
 シンジは乾いた笑いを残してドアに向かった。
 レイはちょっとだけでも離れたことで、ほっと息を付いてしまっていた。
 シンジが視界から見えなくなるのを待って、視線を窓辺に向けて緊張を解く。
 ガカッ!
 雲も無いのに雷が鳴った。


「はーい…」
 シンジは「どちらさまですかぁ?」っと気軽にドアを開けた。
シンジ様ぁ!
「うわぁ!」
 シンジはいきなり飛び付かれて、そのまま押し倒されていた。
「み、ミズホ!?」
「シンジ様、シンジ様、シンジ様ですぅ!」
 ゴロゴロゴロゴロゴロっと喉が鳴っている。
「ど、どうしてここに…」
きゃあああああああああああ!
 反対側からは悲鳴が上がった。
「レイ!?」
「シンちゃーん!」
 腰を抜かしたように走りより、レイはシンジに抱きついた。
 がくがくと体が震えている。
「お、鬼婆が!」
誰が鬼婆ぁよ!
 窓の向こうのテラスで、うねうねと意思を持っているかの様に髪が揺らめいていた。
「そ、その声は…」
 シンジの頬をつつーっと汗が伝う。
 腰に手を当てた独特のポーズ。
 雷光に浮かび上がった見慣れたシルエット。
「…鬼婆」
「なんですってぇ!?」
 その頭には、確かに角が生えていた。


 おまけに忘れられた人達のことを明記しておこう。


 新オペラハウス。
「どうせ僕なんて…」
「おーい、ここにもいるぞぉ!」
「生きてるかぁ!?」
 暗い穴の底で、瓦礫に混ざったままツバサは逆さで泣いていた。


 そして伯爵の屋敷の中。
 ドンドンドン!
 銃声はまだ続いている。
「ねえ、なんだか熱いんだけど…」
「戦いはいつも熱いものさ」
 ドンドンドン!
「ねえ、気のせいかくすぶってるような…」
「男の魂はいつも火種を抱えているんだ」
 ケイタは泣きそうな顔をした。
「誰かこいつなんとかしてよぉ!」
「戦いはまだまだ、これからだ!」
 敵もいないのに、ライの戦いとやらはまだまだ終わりになりそうに無く物理的にも燃えていた。



続く







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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