Episode:31 Take6



 悪夢だ、これは…
 伯爵は頭痛を堪えていた。
 熱も出ているかもしれない。
 別段、寒空を飛んで来たからではない。
 館の地上部分は、その半分が炎上していた。
 突如現れた巨大な爆弾によって瓦礫と変えられてしまったらしい。
 伯爵はなんとか残った自室で頭を痛めていた。


「いつも女には苦労する…」
 テンガロンハットを深く被るライ。
「は?、何の話?」
「いや、こっちのことさ」
 サヨコはライを目印としてJAを移動させたのだ。
 もちろん、急いだからである。
「対象の分からない場所に空間を開くよりは、目印のあった方がやりやすいからな…」
 もしそれで俺が死んだら、どうするつもりだったんだか?
 もちろん、サヨコはライのことを信頼していた。
 それぐらいで死にはしないと分かっているし、空間もライのいる地下では無く、ちゃんとライがいないはずの数メートル上に開いていた。
 サヨコなりの気づかい、そう、ライのいるのが地下で無ければ問題無いはずだった。
 そして「ごめんなさい」で終わりか、まったく…
 言葉とは裏腹に、その信頼関係に頬が緩んでしまっている。
「…なにニヤけてんのさ?」
「嬉しいんだよ…」
「この状況がぁ!?」
 ケイタは呆れ返ってしまった。
 大量の武器を入手できたものの、後はじり貧だった。
 走る、逃げる、後ろからは銃弾が飛んで来る。
 敵の数は増えている。


「逃走者もまだ片付いておらん、それどころか被害は増えている、まったく…」
 伯爵は通信機の向こうで頭を下げているジョドーを冷ややかに見下した。
 そしてついでにテレビを見やる。
「ここ、新オペラハウスでの暴動もようやく沈静化の動きを見せており…」
 警察やレスキューがおっとり刀で駆けつけ、消火、救助を開始していた。
 発表は重軽傷などの負傷者は居るものの、奇跡的に死者はゼロだと言う。
「これはどういうことなのだ?、ジョドー」
 警察などの関係各機関には、あらかじめ上層部の人間に後催眠を施していた。
 新オペラハウスでの出来事に関しては動かぬよう…
 それが動いていると言うことは…
「すなわち、全ての暗示が解かれたと言うことだ…」
「はは、不手際が続きまして…、このジョドー、もはやお侘びのしようも…」
 卑屈におそれいる。
「なら死ね」
 冷笑が浮かんだ。
 パン!
 通信機から銃声が聞こえた、伯爵の暗示でジョドーが引き金を引いたのだ。
「行くぞ!」
 伯爵は所々壁に残る弾痕に眉をしかめながら、地下への廊下を歩き出した。
 途中執事や侍女によって、服装が取り返られていく。
「お二人とわたしの力さえあれば、再起は可能なのだからな…」
 伯爵の前髪がほつれて落ちた。
 伯爵は自分への言い訳が、疲れを増大させていることに気がついていなかった。






 ギィン!
 鋼鉄でできているかの様なドアに亀裂が入った。
 ドォン!
 蹴り倒される、その重みに地響きが上がった。
「…もう少し静かに入ってこれないの?、リキ」
 眉をしかめるカスミ。
「悪い、ま、天岩戸の最後は力づくって決まってるしな?」
 リキは豪快な笑みを浮かべた。
「みんなは?」
「わからん、ばらばらだ」
 状況を把握するのが面倒臭いだけなのだが、リキはその言葉で片付けた。
「しかし…、マイとメイのマインドコントロール、この中だけで済んでたんだな…」
 外のサイレンに耳を傾ける。
 張り詰めていた雰囲気が無くなったことで、リキは危険は去ったと判断していた。
「…可聴領域の音がキーじゃないからね」
 甲斐がゆっくりと振り向く、いつものにやけた笑みを張り付かせて。
 カスミとリキは同時に首を捻った。
「あれも君達の「声」の応用だよ、人の意識下に届けるために歌と言う手段を取っているだけだ…」
「声…」
「そうだよ?」
 カスミに微笑みかける。
「だから普通の機械ではいけない、ただの録音再生機で出せるものでもない…、直接聞きでもしなければ、そうそうかかるものではないさ…」
 でも…と、カスミは質問してしまいそうになった。
「もちろん君達の…、いや、イロエルの助力があれば話しは別だけどね?」
 甲斐は子供のように笑った。
 ジュンイチの?
 顔を見合わせてしまうリキとカスミ。
 以前レイ達を苦しめたように、悲鳴をレコードできたように、決して録れない音ではないのだ、「声」は。
 問題はその周波数をどう集音し、再生するかであるが…
 コンピューターを使用してのレコード、プレイ、それに複数の音源機器を用いての催眠効果など、それはジュンイチならばこそ可能な技であった。
「…この結末の全てを、甲斐さんは読んでいらっしゃったのですか?」
 珍しく、険しい目を向けてしまう。
 仲間を危険な目に合わせたことには、少しでもいい、カスミは弁解を欲しいと思った。
「まさか」
 そんなカスミの想いを知ってか知らずか?、甲斐は肩をすくめておどけてみせた。
「伯爵がやたらと危険なものを用意していることを知っただけだよ、それとイスラフェルを利用しようとしていることもね?」
 ぴくっと、リキの眉が一瞬跳ねた。
「イスラフェル抜きでも伯爵は事を起こしただろう…」
 だからわたし達を?
「可哀想なことをした…」
 甲斐はようやく笑みを消した。
 マイとメイに向けているような言葉だ…
 だが二人はまだ捕まっている、その言葉はまだ早い。
 甲斐の目は、どこか遠くを見ているようだった。






「お美しい…」
 地下礼拝堂。
 赤い絨毯が、その奥の巨大な十字架に向かって延びている。
 十字架の前には二人の女性。
 一人は年頃の麗人。
 一人はまだあどけなさの残る聖女。
 暗い室内に、純白のブーケが鮮やかに浮き上がっている。
 まるで二つのウェディングドレスそのものが光り輝いているかの様だった…
「終わりと始まりは同じ所にある…」
 とり憑かれたように歩き出す。
 ガシャガシャガシャ…
 絨毯の左右に控える黒づくめ達が一斉に頭を垂れた。
「今回はまだ終わりの時では無かったらしい…」
 脳裏に思い浮かぶのは、あの香港でのテレビ番組の録画風景だった。
 マイ様とメイ様が歌った。
 二人がステージに立った時、また量産アイドルかと正直落胆していた。
 奇麗な者ならいくらでも居る。
 伯爵は二人をよく見ようともしなかった。
 だが妙に引っ掛かるものがあった。
 だから振り返ってしまったのだ。
「それはある意味、正しかった…」
 体を、心を貫くような声だった。
 惹きつけられる歌。
 入り込んで来る音色。
「そう、芯まで痺れるようなあの感覚…」
 伯爵は歓喜にうち奮えていた。
 今も、その時も。
「あの時から、わたしはあなた様方に魅了されてしまったのです…」
「だからこだわったのか?」
 第三者の声に伯爵の顔が引きつった。
 ズル…
 十字架が斜めにズレていく。
「!?」
 伯爵は足を止めた。
 ズガァン!
 倒れこんだ十字架、その背後に人影が姿を現す。
 ヨウコだ。
「哀れな男だな…」
 ヨウコはようやく伯爵の真実をつかんでいた。
 マイとミヤの初舞台、それは二人の力を試す場所でもあったのだ。
 加減無しで放たれた力に、多くのものは耐え切れずに飽和し、気を失ってしまっていた。
「作られた想いだとも知らずに…」
 そう気を失っていれば良かったのだ…
 伯爵は催眠術の使い手でもあった。
 ここで気を失うわけにはいかない…
 最後まで聞くのだ、この歌を!
 自分にかけてしまった暗示。
 気が狂いそうな程に甘美で、とろけるような感覚に身を焦がされる。
 意識をとばしてしまうことも叶わぬままに…
「狂ってしまったのか」
 最後まで、聞く。
 あの歌を。
”最後まで”
「哀れだな」
 再度の呟きと同時に黒づくめ達が動いていた。
 一斉に飛び掛かる。
 ドサドサドサ、ドシュ!
 突き刺す音も混ざる。
「どこまでも邪魔を…」
 体裁を取り繕う伯爵、だがその表情が固まった。
「お前、何をしている!?」
 黒づくめの一人がマイとメイの腰を一度に抱いていた。
「マイ?、メイ…」
 男の体つきなのに、女の子の声が漏れていた。
「可哀想に…、術をかけられているのね?」
 悲しみに震える声。
「貴様!?」
「妬かない妬かないロリコン伯爵?、ヤキモチはコアラだって見向きもしないんだから」
 伯爵の顔が真っ赤に膨らんだ。
「ふざけおってぇ!」
 つかみかかる。
「サヨコ!」
 ミヤの足元に影が広がった、マイとメイを飲み込み連れ去る。
 ミヤは飲まれる寸前に跳んでいた。
「うわっと!、なにこの人、すっごい脚力してる」
 3メートルは軽く跳びあがってしまっていた。
 一気に伯爵を越えて着地する。
 その途中で覆面と服を一度に脱ぎ去っていた、下から現れたのは元気な少女。
「小娘がぁ!」
 ミヤだった。
 ピシュン!
 ヨウコを取り押さえていた黒づくめの山で、一瞬光の帯がダンスを踊った。
 うああ…
 苦悶の声を上げてそのまま起き上がらなくなる影達。
「うおおおおお!」
 伯爵はミヤに向かって体当たりをかけようと突っ込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
 追い詰め過ぎちゃったかな!?
 やけになった伯爵は、脇に構えるように短刀を握っていた。
「危ない!」
「きゃ!」
 ミヤは人影に飛びつかれて一緒に転がった。
「く!」
 伯爵は吐き捨てると同時にナイフを捨て駆け去った。
「わたしが追う」
 後をヨウコが走っていく。
 ミヤは任せたと目で伝えて、自分を救ってくれた人を見た。
「…うそ、ムサシ君!?」
「やあ…」
 何故か苦しそうに呻きを漏らしている。
 ミヤの目に伯爵のナイフが写る。
 血?、血の赤、血が付いてる!
「うそ…、嘘でしょ?、ムサシ君!」
 ミヤは恐る恐るムサシの体に触れた。
「いて!、…大丈夫だよ、腕にかすっただけさ」
 ムサシは「ほら」っと気軽に見せた。
 だが決して浅くはない。
「あたしのために…、あたしのために、ごめんなさい…」
 ミヤはしょぼくれ、うつむいてしまう。
「なにあやまってんだよ」
 そんなミヤに、ムサシは陽気に白い歯を見せた。
「謝るのはこっちだろ?」
 そして体を起こす、心配げにミヤは手を貸した。
「嘘ばっかりついてさ…」
 そのことの方が怪我をするよりも辛いままになっているらしかった。
 だからミヤは胸をいっぱいにして笑顔を浮かべた。
 そっと指で目元を拭う、涙が溢れていた。
「もういいよ…」
 そしてムサシを抱きしめてしまう。
 感激でいっぱいになって。
「でもさ…」
「神様が、見てる…」
 ミヤは強く強く力を込めた。
「きっと許してくれるわ、神様も…」
 ミヤとムサシ、抱き合う二人を見守るかの様に、切り落とされた十字架が光っていた。







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