Episode:31 Take5



 シンジ…
 シンジ様…
 空港までは後少し。
 テレビは一旦消されてしまっている。
 だが不安はない、シンジの歌声が今でも聞こえていたからだ。
 え?
 ふえ?
 それが急に聞こえなくなった。
 何かが間に割り込んで邪魔をしている。
 凶悪な意識。
 一瞬で全てを消滅させてしまう悪意。
 シンジの声が聞こえない…
 シンジ様ぁ!
 ミズホは恐ろしさに悲鳴を上げた。


 ミズホ?
 アスカ…
 酷い雑音が邪魔をする。
 これはなに?
 死、死の影?
 言葉では聞いたことがある。
 だがもちろん知るはずはない。
 普通の高校生が垣間見るようなものではない。
 しかしシンジには分かってしまった。
 これは、死だ。
 それが二人に向かって伸びていく。
 死を司るものは、確実に二人を捉えてしまう。
 嫌だ嫌だ嫌だ!
 シンジの歌声が震える。
 シンちゃん?
 シンジ君?
 二人にはその理由が分からない。
 シンジだけが感じている。
 希望は、ある。
 誰?
 誰かの囁き。
 そんなことはどうでも良い!
 光と、飛行機。
 その間の海、その中にたゆたうモノ。
 なに?、これは、なに?
”これ”ではない。
 君は、誰?
 シンジのギターが無秩序な音を奏でた。
「シンちゃん!」
「シンジ君!」
 もはやギターの音ではない、ただの騒音に近い。
 金色の光はまだ輝いている、シンジの喉から出る声は、人としての限界近くまで高められている。
 マイと…
 メイの!?
 共鳴作用、シンジは本来二人で行うはずのことを、声とギターを使って一人でやってのけていた。
 シンジと”それ”とがシンクロする。


 海の中から、何かが現れる。
 それは芦の湖でUMAと騒がれた巨人だった。
「こんな所に居たのか」
 加持は驚きに目を見張ってしまっていた。
 潮が飛沫を吹く、横たわっていた体を前へ倒すかの様に折り、水中から巨人が現れる。
 魚のようにのっぺりとした顔に、笑っているような口元。
 長い頭は中程で折れ、迫って来る光を見ている。
「また成長しているのか」
 腰から下は海の中だ、それを考えれば、全長は10メートルを越えているだろう。
 にたり…
 巨人が笑ったような気がした。
 カキィン!
 陽電子の光が巨人の真正面で、八角形の光に弾かれる。
「あれは?」
 加持の問いかけを遮るように、天から光が降り注いで来た。


 カッ!
 背後からの閃光に、一瞬世界が真っ白になってしまった。
「う、おあ…」
 ゴゥ!
 突如荒れ狂った突風に、慌ててオートジャイロを立て直す。
「な…」
 これで世界が変わる…
 わたしの物になる…
 そう思って悦に浸れたのが嘘のようである。
「まさか、そんな…」
 伯爵は振り返るなり呆然としてしまっていた。
 突然現れたおよそ全ての常識を否定するかのような巨人が、伯爵の怒りの火を天へと弾き返してしまったのだ。
「バカな!」
 続きがある。
 その光は空の暗闇の中で、更に角度を変えた。
 そしてポジトロン砲の直上へ落ちたのだ。
「こんなことが…」
 空には水辺に生まれた波紋のような空間の揺らめきが、星の光さえも歪めていた。
 陽電子の力が消える直前、最後の光が暗闇に飛ぶ金色の鳥の姿を浮かび上がらせていた。


「まいったな…」
 少年は頭を掻いた。
「まさかあんなものがあったなんて…」
 その少年の頭をぽかっと殴る少女。
「あったなんて…、じゃないでしょ!、もしアスカちゃん達に何かあったら、シンちゃんになんてお侘びすればいいのよ!」
 栗色の髪、その下の頬がぷうっと膨らんでいる。
 金色の鳥、その背中。
 風は鳥を避けるように吹いている。
「なんとか間に合ったから良かったようなものの…」
「いや…」
 少年は急に神妙な顔をした。
「間に合わなかったよ」
「え?」
 足元、再び水の中に潜っていく巨人を見やる。
「でも…」
「ポセイドンを動かしたのは僕じゃない…」
「まさか、シンジ君が!?」
 どうして彼の名前が出て来るかな?
 浩一は苦笑してしまっていた。
 でもまあ、当たってるんだけど…
 一応、親切にもマナに解説してやる。
「元々ポセイドンは、彼らと同じ製法を用いられた出来損ないなんだ…」
 出来損ないの部分で、微妙に表情が陰った。
「浩一?」
「…だから塔のコントロールさえ受けていなければ同調できるさ」
 マナはもう一度ポセイドンに目を落とした。
 だがもうすでに、水中に姿を消してしまっている。
「さあ、行こう、彼らの所へ」
 マナは黙って頷いていた。






 ギュイィィィィン!
 シンジのステージは唐突に終わりを告げた。
「弦が…、切れた」
 元々傷ついていたのか、それともシンジの演奏が乱暴なまでに激し過ぎたのか?
 だがシンジは汗とも水ともつかない、あるいは混ざり合ったもので張り付いた前髪を、非常に満足そうに掻き上げた。
「シンちゃん!」
「うわぁ!」
 ドサ!
 横から急に抱きつかれて倒れこむ。
「れ、レイ!?」
「シンちゃん、すっごいカッコ良かった、もうさいっこう!」
 ごろごろとシンジの頬に髪を擦り付ける。
 レイは仔猫同然に噛り付いた。
「…みんなのおかげだよ」
「みんな?」
 そのレイの髪をくしゃっといじくるシンジ
「うん…、さっきギターをかき鳴らした時、聞こえたような気がしたんだ…」
 加持さん、カヲル君、アスカ、ミズホ、母さん…
 一人ずつ名前を確認していく。
「そして最後に、父さんも…」
 よくは分かんなかったけど…、ほんの少し、ほんの少し…
「父さんも、笑ってたよ」
 にやり、というゲンドウの笑みがレイの脳裏に思い浮かんだ。
「ぷっ」
「あー!、なんだよ笑うこと無いだろぉ!」
 それを誤解するシンジ。
「ち、違うってぇ、お父様のこと想像したら、つい…」
「いいよもぉ!、どうせ僕のギターなんて大したことないんだから」
「あ〜ん、シンちゃぁん!」
 立ち上がるシンジのズボンにレイはしがみついた。
「ちょ、ちょっとやめてよレイ、場所を考えてよぉ!」
 ずらされた。
 そんな二人のジャレ合いをうらやましげに見るミヤ。
 ミヤは苦笑してから、何やら話しているヨウコとサヨコに視線を向けた。
「…行かなきゃ」
 ふらりと歩き出す。
 シンジは行こうとするミヤに気がついた。
「…秋月さん」
 シンジの声に足を止めるミヤ。
「シンジ君…」
 背を向けたままだ、恐くて振り向けなくなってしまっている。
 勢いで頼んだものの、二人の立場は以前微妙な状態なのだ。
 だが…
「また、会えるよね?」
 シンジはそんなことにかまいはしなかった。
 まいったなぁ…
 ミヤは頬を緩めてしまう。
「これで終わりじゃないよね?、秋月さん…」
 ううん…
 シンジの悲壮な声にも、ミヤははっきりと首を振っていた。
「これで終わりよ?、シンジ君…」
 そして言葉でもちゃんと伝える。
 シンジの顔に落胆の色が浮かんだ。
 表情に陰りを見せる、嫉妬の目をミヤに向けるレイ。
 そしてミヤは続けて口を開く。
「じゃ、またね?、シンジ君」
「え?」
 ミヤの言葉の意味が分からなかった。
 いま、終わりって言ったのに…
 キョトンとしてしまうシンジ。
 レイにはなんとなく理由が分かっていたのだが、いじわるして教えてあげなかった。
 どういうことなんだろうねぇ?と言う目をしているシンジに舌を出す。
「そう、これでもう終わりにするのよ」
 こんな恋の仕方は…
 ミヤは歩きながら晴れやかな顔で呟いていた。
「ヨウコー!、サヨコー!!」
 そして手を振る、二人もミヤに気がついた。
「行かなくちゃ、マイとメイを助けなきゃ!」
 ミヤの心に合わせたわけでもあるまいが、スプリンクラーの雨はやんでいた。







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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