Episode:33 Sequence1



 旅館。
 和子だけが部屋に残り、一人ごろごろと転がっていた。
 口には一枚のせんべいを咥え、手には「夜の街ガイドブック」
 何のために必要かって?、とかく女の子には秘密が多いものなのよ。
 誰にでもなく、一人ぼけをかましてしまう和子。
 そこへ帰って来たのが薫だった。
「おっかえりぃ…って、あにぼうっとしてんだぁよ?」
 志村調でぼけてみたのだが、やはり薫には通じなかった。
 いきなりその場でストンと座り込む。
 心ここにあらずと言った感じだ。
「おーい?」
 怪訝そうに和子。
 しばらくしてようやく、薫はもそもそと口を動かした。
「…しちゃった」
「あん?」
「キス、しちゃった…」
「……」
 腕組みして、和子は数秒考え込んだ。
「…京都は出るって言うもんねぇ、で?、どんなお化けだったの?」
「赤い目の…」
「人面犬?」
「肌が白くて…」
「油すまし?」
 全然あってない和子。
「和子も知ってる…」
「あたしも知ってる?」
「カヲル君」
 無言、無音の時が流れた。
 ゆっくりと視線を合わせる二人。
「…そっかぁ、そんなに飢えてたのかぁ、なにも鏡とすること無いでしょうに」
「和ちゃん、現実はね?、認めた方が楽だよ、辛いけど…」
 またしても空白の時。
「この裏切りものー!」
「ごちそうさまでしたー!」
 この後、間接キスを狙う和子から、唇を守るために徹夜してしまう薫であった。

GenesisQ’+33
「はじまりの呪文」

「世の中理不尽なことって多いよねぇ…」
「なに鹿相手にたそがれてるの?、和ちゃん」
 奈良、国立公園。
 緑の芝生が美しい場所である。
 ジャイアントシェイク以降、一時は野放しになった鹿の異常繁殖により、全滅しかけた自然でもある。
 よって公園内の自然には、必要以上の気をつかった手入れが為されていた。
「んーこ座りはやめた方がいいよ?、見えるから」
「ちょっとぐれたい気分なのよ」
 和子は丸めたレシートで、タバコを吹かす振りをした。
「そんな大袈裟な…」
「親友だと思ってたのに…、AもBもCも一緒にしようね?って誓いあった仲なのに」
 そんな誓い立ててないって。
 一筋の汗をハンカチで拭う薫。
「ちょっと勢いでしちゃっただけじゃない、別にカヲ…」
 と、そこで薫は、聞き耳を立てているクラスメートに気がついた。
 そっか、カヲル君の迷惑になっちゃう…
「懐かしくって、それで…」
「懐かしいって、なにがよ?」
 とうとうあぐらをかいて座り込んでしまう和子。
 …鹿のふんが。
 と思ったが、薫は黙っておくことにした。
「思い出したの」
「あん?」
「退院前のこと…」
「それで、あんたの王子様が渚先輩だったとか?」
「……」
 無言で頷く薫。
 和子は大袈裟に肩をすくめた後、にやけた笑みで薫の肩をポンと叩いた。
「…あんた、そんな都合の良い話しがあると思う?」
 へらへらと、完全に小馬鹿にしきってしまっている。
「だって!」
「実はすっごい女ったらしで、調子合わせて騙されたぁ…なんてことは?」
 言い返そうとしてできなかった。
「ほらみなさい」
 勝ち誇る和子に、悔しげに口を尖らせる薫。
 だって本当なのに…
 しかし、断言できない理由もあった。
 あの時…、確かに全部思い出したのに、寝て起きたら半分ぼやけちゃってて…
 まるで夢を見た時のようだった。
「まあでも「しちゃった」ってんなら、それは厳然たる事実なのよね?、それは認めましょう…」
 和子は腕で涎を拭った。
「ちょ、ちょっと和ちゃん?」
「ちょっとで良いから、感触わけ与えなさいよぉ!」
「そんなの無理に決まってるじゃない!」
 鹿の背後に隠れる薫。
「あんたばっかり美味しい目に会うなんて許せないの!」
 こうなったら自爆覚悟で不幸に巻き込んでやる。
 和子の目はイってしまっていた。
「もうやめよぉよぉ!、ほら鹿さんも困ってるじゃない、ね?」
「鹿がなんぼのもんだってのよ!」
 バン!
 この一撃がいけなかった。
 調子に乗って鹿のお尻を叩いてしまったのだ。
「な、なによ?」
 ギロリと和子を睨む鹿。
 その目は釣り上がり、危険な色と共に血走ってしまっている。
「お、やる気?、こら!」
 シュッシュッと、ボクシングの真似をする和子。
「和ちゃんってば!、ね?、ごめんなさい鹿さん、お願いだから…」
 薫は鹿の首に腕を回して、なだめるように喉元を撫でた。
「あんたねぇ、鹿相手になにやってるのよ」
 だが効果はあったようで、鹿は荒い息を納めると、親愛の情を示すように、薫の顔を舐め始めた。
「ばっちい!」
「そんなことないよぉ、ね?」
 鹿と戯れる薫。
 そんな薫を見ている者たちがいた。


「…和子ちゃん、あの子は僕と同じだね」
「はい?」
「好きになるのに男も女も関係無いさ…」
 カヲルは実に遠い目をして、今は海外に居る愛しい彼に想いを馳せた。
 シンジ君…、汚されないで、君の気高さを…
 ついでに居るはずの三人が、犯さないとも限らないから心配だった。
 やはり行った方が良かったのか?
 カヲルはちょっとだけ苦悩を抱く。
「でも、不思議な方ですね?」
「なにがだい?」
 カヲルの問いかけに、マユミは困ったように言葉をまとめようとした。
 黒いタートルネックのシャツに、砂色のスカート。
 カヲルは学生服なのだが、デート中の学生として十分に成り立っていた。
「…その、まるで鹿相手に心が通っているみたいで」
 カヲルはもう一度薫を見た。
 ようやく鹿から解放されたようなのだが、和子と鹿はケンカを始めてしまっている。
「相手が動物だったとしても…、愛情を伝え合うのは何も特別なことじゃない、そうは思わないかい?」
 犬が尾を振るように…
 猫が喉を鳴らすように…
「この公園の鹿も、人に馴れているのだから」
「そうですね…」
 まだ納得はできなかったのだが、マユミは手に持つ鹿せんべいに鹿が寄って来てしまったので、それをやるのに夢中になってしまうのだった。


「接触は何度かあったようですが…」
 そんな二人と、さらには薫までも監視している男がいた。
「ターゲットについては良い、けどあの子は、ただの子供にしか見えないんですがねぇ?」
 男は木にもたれ、一人ぶつぶつと呟いていた。
 誰が見ても、鹿せんべいをかじっているから、口がもごもごと動いているように見えている。
 んなことワシの知ったことか、やるなら早くしやがれ…
 声はどこからか聞こえて来ていた。
 だが声の主は何処を探しても見つからない。
「ああ、昨日のあの身のこなし、ただ者じゃないからね…」
 男の脳裏には、薫を助けるために電灯の上に現れた、カヲルの姿が映っていた。
 20歳ぐらいだろうか?、男は鹿せんべいを食い切ると、ジーンで手を拭って歩き出した。






「やあ、また会ったね」
 白々しく片手を上げる、カヲルは薫に微笑みを投げかけた。
 ボッと、夕べのことを思い出して真っ赤になる薫。
 それを見て、カヲルはクスクスと笑った。
「君は純情だね」
「か、からかわないでください…」
 声がか細い、照れている。
「そうですよ、薫さんが困ってるじゃありませんか」
 ね?っと微笑むマユミ。
 …碇君に似てる。
 直感だった。
 だが正しい観察眼だ。
「あの、カヲル君の…」
 つい言いかけて、やめた。
 だってそうですって言われたら…
 恐くなったのだが、マユミはその先を察してしまう。
「違います、だってカヲル君には好きな人がいますから」
 ね?っとマユミ。
 あなたも本当は知っているんじゃ?
 マユミの言葉はそんな風にも聞こえていた。
「へ〜、良かったじゃん、薫ぅ」
 でへへへっと下品な笑いをしながら、和子は薫の背に飛び付いた。
「こいつってば、自分の病気を治してくれた王子様が居るってうるさかったんですよ?」
「か、和ちゃんやめてよ!」
 真っ赤になる薫。
「良いじゃん、…それで、その人が渚先輩だって…」
「そうなのかい?」
 カヲルは薫に意地悪く尋ねてみた。
「それがですねぇ、始めは碇先輩をそうだと思ってたんですよ」
「そうか…、それは残念だね」
 だが表情は全く変わってない。
「でも分かるよ、君が言ったことだからね?、シンジ君も僕と同じように笑う…、僕の中にもシンジ君の笑顔があるのだと…」
 だから間違えたのかもしれないね?
 そんなカヲルの笑みに、薫は「そんなこと言ったかしら?」と首を傾げてしまった。
 ぼやけてしまった記憶がうらめしい。
 もしかすると、もっと大事な約束とかもしてたのかも…
 薫はカヲルが知ってくれているのだと気がついていた。
 だって、あたしの記憶があやふやなの、わかってて話してくれてるんだもん。
 しかし、時々混ぜられる薫の知らない言葉。
 どうして?、思い出させようとしてくれてるの?、何故?
 好きだから…
 思い出して欲しいのさ。
 なんて言われちゃったらどうしよう!?
 薫は勝手にのぼせ始めた。
「薫ぅ、愛しのカヲル君の前だからって、なにぼうっとしちゃってんのよぉ?」
 なれなれしく肩に置かれた腕の重みに、薫ははっと我に帰った。
「し、してないってば!、それよりなんで和ちゃんが「カヲル君」なんて名前で呼んじゃってるのよ!?」
「え〜?、だって薫だってそう言ってるんだしぃ」
「あたしはいいの!、だってカヲル君にそう呼んで良いって、言って貰ってるんだから…」
 薫はおどおどとカヲルを見た。
 カヲルは何もかも許すかの様に微笑んでいる。
 よかった…
 自分の記憶が正しかったことにほっとする薫。
「じゃああたしも!、いいですよね?」
 だが和子の突然の発言に考えがこんがらがった。
 カヲルはにこりと微笑む。
「僕はカヲルで良いと言ったんだけどね?」
「あ〜〜〜、でも呼び捨てだと薫が嫉妬しますからぁ」
「和ちゃん!」
 ホントに重い病気だったのかしら?
 マユミはそんな風に、観察するような目で薫を見てしまっていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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