「シーン4・テイク2」
 もう一度、レイは走り出していた。
 どうすればいいのかなぁ?
 困惑が顔に出てしまっている、みなは「またか」と呆れ顔。
 その中で、何人が気がついただろうか?
 行け!っと、タタキに背を押された少年が居た。
 スタッフでも何でもない男の子が、しかしスタッフのネームプレートを付けてカメラを構え走っていく。
 レンズが追っているのはシンジとレイだ、山寺は完全に無視してしまっている。
 くくく、この時のために授業をサボらせてもらったんだからな!
 キラリと眼鏡が妖しく光った。
「あの…、今日のお話し、大変参考になりました」
 ありがとうございました!
 そう言って頭を下げる少女、その細い肩に、山寺はポンと手をかけた。
 ……。
 嫌々ながらに顔を上げる、話し的には不意に、だが待ち構えていた通りに影が被さる。
 レイは我慢するように目をつむった。
 シンジ君が見てるよ?
 ドクン!
 とっさにレイは山寺の手を振り払っていた、身を引くように後ずさる。
「あ……」
 山寺は驚いたような顔を「している」
 こうなるのが分かってて、どうして!?
 一瞬だけ山寺の目が横に動いて戻ってきた。
 その方向にはいるのはシンジだ。
 行け!
 そう言っているような動きにはっとした。
 いつも通りにする?
 ばっと振り向き、レイは逃げ去ろうと駆け出した。
「レイちゃん!?」
 山寺の「ワザとらしい」制止の声を振り切り、レイはシンジに向かって息を切らせた。
「シンちゃん!」
「レイ!?」
 レイは飛びつき、その首に噛り付いた。
「やっぱりやだ!、こんなの嫌!」
「レイ…」
 驚きに目を白黒させる、だがやがてシンジは「しようがない」とばかりに微笑みを湛えた。
 その背に優しく手を回し、落ち付けようと軽く叩く。
 ぽんぽんと…
「演技でもこんなのしたくない!」
 そこにテロップが急に重なる。

なりたい君はそこにある?
第三新東京市立第三高校四類芸能文学科


「って、なんだこりゃあ!?」
 視聴覚室で、出来上がって来たフィルムを見、シンジは驚き立ちあがっていた。
「タタキさん、これは一体どう言うことなんですか!」
「すまんシンジ君、あのフィルムでは他に繋げようが無かったんだよ」
 タタキはしれっと、嘘をついた。
「だからって、こんな…」
 これを見て、アスカとミズホは何と言うだろうか?
 隣のレイは、未だに浮かない顔を続けている。
「あの…、でもあたし、契約、破っちゃって…」
「ああ、そのことなら心配ない」
「え?」
 レイはタタキに顔を上げた。
「ま、お節介な大人が多かったって事かな?」
 タタキはシンジとレイを、そのウィンクでからかった。






「で、ありまして、そのぉ…、素人を起用したのはタタキ君であり、しかし出来上がりに関しましては十分なクオリティをもって…」
 赤い眼鏡がキラリと光る、局長はびくっと首をすくめた。
 顎髭を組んだ手の上に置き、ゲンドウは局長を睨み付ける。
 もちろんゲンドウが座っているのは、会長室の椅子だった。
「君には失望した」
「そ、そんな、会長!」
「出直したまえ」
「お、お待ちを、会長!、どうか、どうか!」
 ずるずると黒服のガードマンに引きずられていく。
「やれやれ、全てはシナリオ通りと言うわけですか?、碇会長」
 テレビ局の最上階会長室、その窓から景色を眺めていた加持は、振り返るなりニヤリと笑って壁にもたれた。
「まだ計画の初期段階にすぎない」
「現場へのお咎めは無し、レイちゃんから…、いや、あなたから支払われた違約金はあなたの元へと返って来る…」
「社から社へだよ、必要経費として計上してある」
「懐は痛まず、膿みは吐き出せた…」
「…あの男については、新人アナウンサーからの訴えが多かった、なるべく穏便に済ませたつもりだが?」
 穏便に、ね…
 加持は苦笑する。
 レイを話しに乗せること、嫌がるだろうこと、逃げ出す先はシンジであること。
 そのシーンが使われること、それにあのフィルムを見せるターゲットは学生だ。
 予定はほぼ消化されていた。
「後はシンジ君ですか?」
「ああ…、レイの事はいい、決断はレイ自身に委ねる」
 ニヤリ…
 ゲンドウの狙いは、始めからシンジ一人にしぼられていた。






 落ち着け、落ちつくんだ…
 一番うろたえているのはシンジだった。
 一般に公開されることは無いんだから、黙っていれば分からないはず…
 だがそんな考えは甘かった。


「なによこれぇ!」
 自室でネットに潜っていたアスカは、そのサンプル画像に食い入っていた。
 見ているページは、もちろんケンスケのホームページだ。
 いつの間にやら、「今週のレイちゃん情報」と言うコーナーが作られている。
「なんでシンジとレイが抱き合ってるのよ!」
 数枚のショットが飾られていた、走り寄るレイ、驚きと共に受け入れるシンジ、子供をあやすように、優しく抱きしめる姿。
 一般公開されないだの、レア物だのと色々煽る話が書き込まれている。
「ちょっとこれなによ、バカシンジィ!」
 どたどたどた!
 アスカは部屋から飛び出した。


 こそこそですぅ。
 その頃ミズホは忍んでいた。
 シンジ様…
 寝ているシンジを起こさぬように、そっと布団に潜り込む。
 ふふふですぅ、この間は遅れを取ってしまいましたが、今日は何故だかお疲れのご様子…
 早く寝てしまったようなので、その隙を逃さずミズホはこそこそと潜んでいた。
 ああ、これがシンジ様の温もりなんですねぇ…
 気分は完璧に変質者のそれだった。
 はうはう、シンジ様ぁ…
 その腕にぴったりと引っ付く。
「バカシンジィ!」
 そこへアスカが駆け上がって来た。
「って、ああ!」
 アスカの目に飛び込んで来る。
 かけ布団がちょうど二人分盛り上がっていた。
 その右っかわから覗いているのは、ミズホの長い黒髪だ。
「ちょっとあんた達何やってんのよ!」
 ガバァ!
 布団を跳ね上げるアスカ。
 シンジ様、きゃっ☆
 一層見せつけようとしがみつく!
 向こうからも抱きしめられて、ミズホはちょっと驚き喜んだ、が!
「ああシンジ君、そんなに僕を離したくないのかい?」
「って、あうう!、なんでカヲルさんなんですかぁ!」
 愕然としているのはアスカも同じだ。
「あ、あんた達、そんな関係だったのね?」
「あううううう!、ち、違います、誤解ですぅ!」
「いいわ、別に邪魔しないから、幸せにね?」
「はううううううう!」
「ああん、シンジくぅん!」
「いつまでしがみついてるんですかぁ!、さっさと正気に戻ってくださいぃ!」
 とんとんとんっとアスカは降りてく。
「あ、待って、見捨てないでくださいぃ!」
「さよなら」
 あほくさ。
 残されたミズホは不幸を命一杯噛み締めていた。


 ズズン!
 振動、いや激震がシンジのお尻を跳ね上げた。
 なんだろ?、まさかアスカにバレちゃったのか!?
 がくがくと震える体を抱きしめる。
 落ち着け、いつものことじゃないか、きっとカヲル君が撃沈された程度だよ。
 その予想は当たっており、カヲルはミズホによって階下に思いきり蹴落とされていた。
「シンジくぅん」
 階段を逆さに落ちたのか?、首が変な方向に曲がっているのだが、それでも本人はまだ夢の中。
「はぁ…、でもどうしよう」
 シンジは月を眺めていた。
 今日は良く晴れている。
 続いて膝の上を見る。
「う…ん……」
 レイが眠っていた、ただまだ不安なのか?、眉が苦しげに歪んでいる。
「僕の方が不安だよ…」
 そっと髪を撫で付けてから、シンジは深くため息をついた。
 空を仰ぐ、明るい月。
 二人は屋根の上に居た。
 見つかったら、これもただじゃすまないよな…
 シンジの心は、空ほど晴れてはいなかった。



続く







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