NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':70 


 言霊と言う言葉がある。
 言葉に意味を持たせ、音に力を与える。
 シンジの叫びはそれと同じ効果を持っていた。
 歌う必要は無かった。
 ビシッ!
「クッ!」
 浩一が何かに弾かれるように倒れた。
「い、今のは…」
 とっさに庇った腕が痺れている。
 サイコバリア、精神波の壁が貫かれていた。
 シンジを見る。
 その前にはカヲルが浩一と同じように倒れていた。
 どうやらカヲルの壁も撃ち抜かれてしまったようで、呆然としている。
 やつらは!
 ハッとする。
 だが襲いかかっては来なかった。
 …目標を殲滅、か。
「シンちゃん!」
 ドサッと倒れたシンジに焦る。
 レイは抱き起こして脈を確かめた。
「息はしてる…、けど、酷い早さ!」
 心臓が破れるのではないかと思うほどに脈打っている。
「がっ、はぁ!」
 吐血。
「シンちゃん!」
 全身に青い血管が浮かび上がり、ドクドクと何かを運んで蠢いていた。
 ふぅ…
 状態は悪そうだが、死にそうには無いと考えて、とりあえずは置いておく。
 浩一は立ち上がると、左腕を行動不能に陥った化け物達に向けた。
 勾玉がひび割れ、色を失い、灰色の石に変わっている。
 ドス、バス。
 その一体一体に浩一は黒い銃弾を撃ち込んだ。
 見れば先程撃ち倒した怪物が黒い繭によって覆われている。
 かつて浩一とシンジにそうした様に、ロデムが簡易治療ポッドを作り出したのだ。
「これでいい…」
 次々と撃たれた怪物達も包まれていく。
 浩一は気を引き締めた。
「来たね?」
 キクが立っていた。
 全身がぼうっと青白く光っている。
「キクちゃん!」
 レイが叫ぶが、反応は薄い。
 冷めた目をわずかにレイの腕の中のシンジへと向けただけだ。
 そしてしばらくしてから口を開いた。
「ママ…、行こう?」
 一瞬自分に言っているのだと気がつかなかった。
 なに?
 何を言っているの?
「…キクちゃん?」
 その差し出された小さな手を訝しむ。
「ママはわたしと生きるの、他に何も要らないの」
 とても遠い所に居るのに、すぐ側で会話しているように耳に響く。
「なにを…、言っているの?」
 キクの無表情に近い微笑みと、その瞳の真剣さが、どこか正常と異常を等分に折り混ぜていて恐怖を感じさせる。
「ママ、わたしと行きましょう?」
「…嫌」
 レイはシンジの頭をぎゅうっと抱いた。
「なぜ?」
「ここに居たいから」
 帰れなくなる。
 そう感じる。
 だからシンジを実感する。
 抱きしめて。
「…わたしを捨てるの?」
「…そうかもしれない」
 その温もりの方が大事だから。
 レイはキクを睨み返した。
「だめ…」
 手を下ろすキク。
「ママはわたしと行くの…」
 その態度を怒っている。
「キクちゃん?」
「わたしと、生きて…」
「どうして…」
「一緒に、死んで…」
「どうして!」
「わたしと、居てほしいから…」
「ずうっと一緒になんて居られない!」
「だから一緒に死んで欲しいの」
「キクちゃん!?」
「一緒に生きて、一緒に死ぬの」
 ママ。
 頭に流れ込むイメージ。
「一緒に死んで…」
 一人にしないで。
「一緒に生きて」
 さよならしないで。
「だからこっちへ来て…」
 寂しいから。
「キクちゃん!」
 キクはレイを見下した。
「ダメなのね…」
 それは決別を表す態度。
「あなたも、違うのね…」
 ママじゃない…
 キィン!
 レイの壁に思念が突き刺さった。
「…いまの?」
「キクちゃんの体には勾玉と同じ分子が微細に入り込んでいる」
「そんな…、カヲル、なんとかできないの?」
「無理だね…、シンジ君なら何とか出来るかもしれないけど」
 先程のように。
 しかしシンジはまだ苦しげに呻いている。
「だめ…」
 レイは庇うように抱く腕に力を込めた。
「そうだね?、無理があるよ」
 カヲルもその行為を正しいと認める。
 二人は目に見えるほど強力な壁を展開した。
「恐い物だね…、人の想いというのは」
 底無しの暗さを感じる。
「これが、キクちゃんの…」
 想いの深さ。
 第七の器官によって、精神が物理的な現象を起こし、レイ達を排除しようと高まっていた。


 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる…
 暗い感情が内から吹き出す。
 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる…
 どこか遠くのようで、近い所から鳴り響く声。
 これは君の?
 それとも僕の?
 わからない。
 だが不思議とその韻は心地好い。
「そうだ…」
 殺してやるんだ。
 共鳴し、共振する。
 魂の奥の心同士が。
 オルバの口元が醜く歪んだ。


 狂気に取り憑かれたキクから表情が消える。
 あえて言うのなら無表情では無く笑っている。
 能面の様な笑みなのだが。
「浩一君、なんとかできないのかい?」
「…無茶だね」
(これほどまでとはね?)
 声を出すのも億劫になり、浩一は念話に切り換える。
(君達と違い僕の力は純粋に精神力に依存している、それはキクちゃんと同じなんだよ…、そして残念な事にキクちゃんのそれは、僕よりも、強い…)
 息を荒くしても膝はつかない。
 気を抜けば一瞬で精神崩壊まで追い込まれる、そんな予感以上の確信があった。
 シンジ君を回復させて…、だめだ、まだこの後にも一仕事してもらわないと。
 これ以上消耗させられないと判断する。
 肉体の損傷は治せても、精神の疲労までは手が出せない。
 どうすれば…、いい?
 心が削られていく様な疲労感に、浩一の意識は途切れ始めた。


 エアコンのかかっていない部屋は夜の中で寒さを増していく。
「ん…」
 寝返りと共に赤い髪が絡まる。
 無意識の内に布団を手繰り寄せるアスカ
「うう、ん…」
 その眉間には皺が寄っている。
「シン、ジ…」
 うなされている。
 アスカは夢を見ていた。
 シンジのためだったら何でもするわよ!
 だから捨てないで?
 違うわよ!
 そんなバカ女になりたくない!
 アスカは叫ぶ。
 そう…、なら僕はアスカなんて要らない。
 ショックが走る。
 アスカが全部僕のものにならないなら、アスカなんて要らない。
 なんでよ!
 アスカはアスカ一人で生きていけばいいよ。
 一人で楽しく生きていけば?
 でもレイ達はそうはいかないでしょ?
 みんな家なんて無いんだよ…
 だから僕はレイ達といるよ。
 じゃあね?
 嫌ぁ!
 それは不安。
 消えたシンジの代わりに、別のシンジが現われる。
 アスカ。
 シンジぃ!
 胸に飛び込む。
 なんだよ?、どうしたのさ?
 え?
 変だよ?、何かあったの?
 いつもの自分のこと以上に気をつかってくれるシンジの顔に安堵する。
 な、なんでもないわよ!
 そう?
 今ひとつ納得していない顔。
 そうよ、そう…
 なんでも、ないの。
 シンジの胸の中で、一人よがりな事を思う。
 他なんて関係無いわよ。
 あたしがこうしたいんだから。
 だから邪魔する奴なんて要らない。
 え?
 レイもミズホも要らない。
 ええ!?
 お邪魔虫なんて、死んじゃえばいいのに。
 そんな事考えてない!
 認めたくない想い。
 助けて、助けて、助けて…
 誰か、助けて…
 アスカの目尻から涙が流れる。
 こんなあたしなんて嫌い。
 こんな事を考えるあたしなんて嫌い。
 だから殺すの。
 嫌いだから。
 殺してしまうの…
 醜いから。
 抱いてはいけない想い。
 悩んではいけない悩み。
 そうよ…
 あたしと、レイと、ミズホと、シンジで…
 みんなで幸せになるんだから…
 こんなこと考えちゃ、いけないんだから…
 いままで浮上しなかった方がおかしい感情だった。
 しかし浮き彫りになってしまった感情は、もう隠せない。
「気持ち悪い…」
 こぼれる寝言。
 それは嫉妬と言う感情であった。


続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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