NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':108 


 ギャンギャンと音にもならない騒音を響かせる。
 うらびれたスタジオであったが、いくら大きな音を出しても苦情は出ない。
 今のシンジにはそれだけで十分だった。
 必要なのは立派な設備では無く、一人でギターを弾ける場所なのだから。
 壁には奇妙なへこみがあった、剥がれて丸見えになった防音剤を、無理矢理壁紙で隠しているのだ。
 いかに寂れているかがよく分かる側面であった。
(違うんだ…)
 シンジはヘッドフォンを被っていた、が、それはギターの音が鳴っているわけでは無かった。
 以前の、あのバンドフェスティバルの時の演奏が流れているのだ。
(こうじゃない…、こうじゃないのにっ)
 練習を積んだためだろうか?、その音には技術的な未熟さを感じてしまう。
 それは確かにトウジ達の言う、練習によって培い、解決して来た問題であった。
 また音楽的な事にも強くなり、いきなりのセッションでも大体合わせられるようになっていた。
 この音を壊さないよう続けるにはこの音しかない。
 そのような約束ごとが見えるようになったのだ。
(でもこれは違う…、違うと思う)
 カイザーに言われた通りに、無心になってシンジはギターをかき鳴らしていた。
 つい技巧的な部分に走ってしまう、だがそれは論理的な音を紡ぎ出すだけで、とても心を表現しているとは言い難い。
 ルールも、技術も関係無く、ヘッドフォンから流れる曲は、歌は、合唱は。
 確かに魂に響くのだから。
 ガァン!
 シンジは物を叩き付けた様な音を響かせて手を止めた。
 ギターはまだその震動に脅えている。
(レイが居て…、アスカが居て、ミズホ、カヲル君、トウジ、ケンスケ、洞木さん…)
 ヘッドフォンの旋律は誰が作ったわけでも無い。
 言い換えれば、皆が作り上げたものなのだ、なら…
「このギターも…、僕が僕の力で演奏したんじゃないって事なの?」
 シンジは自分のギターを見下ろした。
 サドウスキーのレプリカ、実質的にシンジのものとなった名品である、例えレプリカであったとしてもだ。
 64ビートなどと言うふざけた奏法に耐えられるギターはそうは無い。
(いつもそうだ…)
 シンジはギターを抱え直し、これまでの事を思い返した。
 歌う度、レイが、綾波が側に居た。
 自分一人で人の心に響かせた事があっただろうか?
「僕には…」
(出来ないのか?)
 そんな絶望的な想いが沸き起こっていた。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'108
「ラグナロク」


「ただいまぁー!」
 シンジはギターケースを階段の脇に立てかけると、そのまま台所へと直行した。
 時間は九時だ、とっくに碇家の夕食は終わっている。
「母さん、なにかある?」
「シンちゃん!」
 食器を洗っていたユイが口を開くよりも早く、レイが階段を駆け降りて来た。
「もうっ!、こんな時間までどこ行ってたの?」
 心配げに胸元に手を当てている。
 シンジは押さえられた手ではっきりと姿を見せた膨らみに、つい慌てて顔を逸らせてしまった。
「シンちゃん?」
 それをレイは勘違いする。
「…スタジオ」
 シンジはぼそりと答えた。
「毎日?」
「うん…、ごめん、そっちの練習、サボってばかりで」
「シンちゃん…」
 レイは不安げに尋ねた。
「…バンド、辞めちゃうの?」
 迷うように、シンジの口元は開きかけてはつぐみをくり返した。
 それがなによりもはっきりとした答えの形になってしまっている。
「そうなんだ…」
 レイは諦めるように顔を伏せた。


「むぅ〜〜〜」
「あんたねぇ?」
 アスカは人のベッドで人の枕を抱いてむくれるレイに、呆れた溜め息を吐き出した。
「文句があるんなら、直接シンジに言いなさいよ」
 宿題をする手も止まってしまう。
「やだ」
 即答であった。
「アスカズルい」
「なにがよ…」
「…知ってるんでしょ?、シンちゃんが何処に行ってるか」
 アスカは気まずげに顔を逸らして、目前の宿題に向かい直った。
「あーっ、やっぱりぃ!」
「スタジオに行ってるのは本当よ?、それでいいじゃない…」
「よくない!、青葉さんの所じゃないの?、来てないって言うし、他にもスタジオってあるの?、ねぇ!」
「レイ…」
 アスカは溜め息を吐いて椅子を回転させた。
 真っ直ぐにすねた目を見つめ返す、真剣に。
「…シンジが場所を教えないのは一人になりたいからでしょ?」
「そんなのやだ」
「嫌だじゃないって…、あたしだって覗いたり着いていったりしてないんだから」
「うそ」
「嘘じゃないわよ…、あんた達と違って、あたしバンド活動なんかに興味ないもの」
 そう言って机の上の端末を振り返る。
 レイの疑心暗鬼も分かる、だからアスカは隠しごとはしていても嘘は吐いていないと心の中で言い訳をした。
「…それに、助けて欲しかったらシンジから言ってくるって」
 アスカはそう言って護魔化そうとした、しかしそれは余計な傷口を開かせるだけだった。
「…待つのは嫌だもん」
 レイは枕を顔と膝で挟み込むようにした。
「入試の時のこと、覚えてる?」
 俯き、くぐもった声で言うレイ。
「あの時もそうだったもん…、一人で頭冷やして来るって、そのまま」
 アスカも表情を曇らせた。
 あの時の原因は自分がシンジの頑張りを認めていない事にあったからだ。
「シンジは…、頑張ってるのよ」
「わかってる!」
「わかってないわよ…」
 アスカは唇を噛み締めた。
「ねぇ…、レイ」
「なに?」
 枕の陰から目を覗かせる。
「もうすぐ…、バレンタインよね?」
 アスカの視線は、卓上カレンダーに注がれていた。






 翌日の放課後…
 教室では無く、屋上にシンジの姿はあった。
 正確には屋上に呼び出されていた。
「んで、一週間ぶらついとって、気は済んだんかい…」
 柵にもたれて、トウジは詰問するような声音を出した。
 両脇を固めているヒカリとケンスケも、その言い方には険を感じて眉を顰めた。
 殴りかかるかもしれないと、彼の苛つきを感じたからだ。
「別に…、そんなつもりでサボったんじゃないよ」
 しかしシンジはそれを感じているだろうに、毅然とした態度を取っていた。
「ほななんや言うねん?」
 いつもの脅えが見て取れない。
 そのことにトウジも内心、軽い戸惑いを感じていた。
「考えてたんだ…、色々とね?」
(もったいない…)
 ケンスケはそのシンジの表情に、今までと違うものを見つけていた。
 カメラを構える雰囲気ではないのは分かっている、それでも何かをふっ切ろうとしている少年の瞳には、心動かされるものが多々あった。
「色々と考えてたんだよ…、ギターを朝から晩まで弾いたりして、僕はその歌を、曲をどうしたかったのかって、ほんとに僕はその歌を歌いたかったのかって」
「なんやと?」
 目を閉じて空を仰ぐシンジ。
 瞼越しに陽射しを感じているのか、顔をわずかにしかめている。
「…僕は、僕は自分の気持ちを、思いを曲したかったんだと思う、歌にしたかったんだ、でも」
「なんだよ?」
「結局、僕は想いを、気持ちを吐き出したかったんだと思う、言葉とかじゃ上手く口に出来ないから、何とかしたかったんだ…、僕だって色々とあるんだ、アスカや、レイ、ミズホや、みんなに言いたい事が、言えない事だって」
「じゃあ、歌えばいいじゃない」
 ね?、とヒカリはトウジへ振った。
「そや、わしらはそれでかまわん思とる」
「違う…、それじゃだめなんだよ」
 シンジは三人をそれぞれに見てからかぶりを振った。
「…違うってなんや?」
「教えてもらったんだ…、自分の気持ちは自分だけのものだから、それを音に出来るのも自分だけだって」
「なんだよそれ?」
「みんなが僕の我が侭に付き合ってくれるのは嬉しいと思う…、けどさ、それじゃあ駄目なんだよ」
「どういうこっちゃ?」
 話が見えない。
「僕は僕で見付けたいものがあるんだ、でもみんなは…、みんなにはやりたい音楽があるんでしょう?」
 トウジはさらに首を傾げる仕草を見せた。
「お前のんはあかんっちゅうんか?」
「僕は僕の音を見付けたいんだ」
「邪魔や言うんか」
「碇君っ」
 ヒカリはトウジの勢いを削ぐように慌てて尋ねた。
「あたし達が一緒じゃ駄目なの?、一緒にその音を探して行ってもいいじゃない、ね?」
 シンジはまたもかぶりを振った。
「…思い出したんだよ」
「なにをや…」
 シンジは顔を上げ、顎を引き、真っ直ぐに三人を見た。
「バンドフェスティバルの時のこと…、覚えてる?」
 三人は顔を見合わせた。
「そりゃ…」
「あの時は凄かったから…」
「あれがお前の言うとる音か」
 シンジは首を振った。
「違うよ…、あれは、あれはみんなで出した音なんだ」
 三人はキョトンとした。
 シンジのギターに着いていけなかった三人だ、何故あれがみんなの音になるのかが分からない。
「あれはね?、僕が一人で出せた音じゃないんだよ…」
 シンジはシャツの胸元を引きちぎらんばかりに掴んだ。
「アスカが居て…、レイが居て、ミズホが居て、カヲル君、トウジ、ケンスケ、洞木さん…、みんなが一つになれたから出せた…、違う、出来た演奏だったんだよ」
「そやったら、それでええやないか」
「そうよっ、またみんなで頑張って…」
「けど!」
 シンジは叫んだ。
「プロになりたいとか、アマチュアで頑張って行きたいとか、そう言うんじゃないんだ、僕は!」
 俯き、吐き出す。
「何年、何十年かかっても良い、僕だけの音を見付けたいんだ、みんなに自慢できるものが欲しいんだよ!」
「自慢?」
 訝しげなケンスケの問いかけにシンジは応じた。
「そうだよ、僕はこれだけのことをやったって自信が欲しいんだ…、自信を付けたい、みんながいないと何も出来ないなんて、そんなの嫌なんだよ…、独りになりたいんじゃない、みんなとやっても行きたいけど、でも」
「なんやねん?」
 破綻し始めたシンジの言葉に問いかける。
「いつまで、僕に付き合ってくれるのさ?」
 トウジは言葉に詰まってしまった。
「一人じゃ何も出来ない…、みんなとなら凄い演奏が出来るかもしれない、でもみんなずっと一緒に居てくれるの?、付き合ってくれるの?、違うでしょ?、一人でも認めて貰えるだけの価値が欲しいんだ、凄いでしょって胸を張りたいんだよ…、だから一緒じゃ駄目なんだ、みんながいないとできない事もあると思うよ?、でも一人でなにも出来ないなんて、そんなの情けないだけじゃないか…」
「シンジ…」
「碇君」
「シンジ、お前…」
 三人ともかける言葉を失ってしまった。
 シンジの考えが分かったからだ。
 内輪で楽しくやるだけと言う考えはどこかにあった。
 それがいい加減さにも繋がっていた、だから簡単にボーカルの入れ替えなども行ったのだ。
 しかしシンジのやろうとしていることは、その一つ上を行っているのだと気が付いた。
 馴れ合いの枠を抜け出して、一人で何かを掴もうとしていると、だから。
 トウジ達はそれ以上、シンジを引き止めることは出来なかった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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