NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':111 


 私服の少年少女が連れ立って道を歩いていく。
 その数が多いのは学校が側にあるからで、そう言う理由でこの喫茶店は繁盛していた。
 その入り口付近の席に彼は座っていた。
 年齢的に確実に浮いている、しかしそれ以上に髪の色で注目を集めていた。
 かけているサングラスが、ファッションなどではなく、単に怪しさを際立たせるお遊びだと知ったら、彼の印象はどう変じるだろうか?
 カランとまた鐘が鳴った。
 ドアが開いた、いらっしゃいませのマスターの声。
 男は顔を上げると、一つはにかんでサングラスを外した。
 入って来たのは赤い髪の少女であった。
 彼女は真っ直ぐに怒り肩で歩み寄ると、どかっと正面の椅子に腰を落とした。
「なにやってんのよ?」
 アスカは非常に不機嫌な声で、ニヤつく父につっかかっていった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'111
「スレイヤーズ」


「……」
「なによ?」
「あの日か?」
 ぶばっ!、げほっ、ごほ!
「ななな、なに言ってるのよ!」
「ジョークだよ…、ははは、パパが悪かった、許せ」
 椅子を振り上げた娘に頭を下げる。
 その顔にはびっしりと冷や汗が浮き上がっていた。
「なに、ほんとは援助交際でも申し込めないか、とな」
「バカなこと言わないで」
 アスカは実に良く父の性格を知っていた。
「嫌よ、パパのせいで退学だなんて」
 彼が冗談でそう言う事を言う性格だとは知っている、知っているが問題は援助交際では無く本当に引っ掛けて付き合ってしまうと言うのが問題であった。
「まったく、これだから日本の学校は…、了見の狭い」
「そう言う問題じゃないでしょ」
「父を信用しなさい、失敗はしないから」
「なんのよ!」
「気にするな」
「するわよ!、大体、昨日は何処に泊まったのよ!?」
「ホテルに決まってるじゃないか」
「…何処のホテルかは聞かないでおくわ」
 実に微笑ましい親子の会話である。
「大人になったなぁ、アスカ」
「なりたくてなったわけじゃないわよ…」
 これまた複雑な会話である、含んだ部分が。
「これも俺の教育の賜物だな」
「まあ…、否定はしないわ、その通りだもん」
「だったら感謝しなさい、目が吊り上がってるぞ」
 どうやらアスカの方が堪忍袋が切れるのは早いようだ。
 あの母とこの父から生まれて、どうしてこれだけ短気なのかは不明なのだが。
「パパがもうちょっとだけでも人生真面目に生きてくれたらそうするわ」
「俺は至極真面目に生きてるから何も心配することは無いぞ」
 アスカははぁっと大仰に溜め息を吐いた。
「それで…、今度はなに?」
「なにって…、何がだ?」
 落ち着いた物腰に、アスカはダンッとテーブルを叩いた。
「こんなとこで、何やってるのかって聞いてるのよ!」
「アスカを待ってた」
「あたしを?」
「ああ、ここで待っていればきっと見付けてくれるだろうと思ってな」
 そう言って楽しそうに外を見た。
 確かに見付けやすい場所に席を取っていた。
 だがアスカは怪訝そうな顔になった。
「いつから待ってたって?」
「三十分くらい前からかな?」
「三十分って…」
 ちらりと時計を見る。
 もう四時半だった。
「とっくに授業、終わってたじゃない」
「そうだが…、クラブがあるだろう?」
「今日は休み…、真っ直ぐ帰ってたらどうするつもりだったのよ?」
「どうするも何も、現実にアスカは今ここに居る、それで十分なんじゃないか?」
「そうやって行き当たりばったりに護魔化して…」
「なかなか良い感じだぞ?、俺はこれで失敗したことは無いからな」
 どっと疲れた様子で、アスカはテーブルに突っ伏した。
「それで…、なんの用なのよ」
 アレクは娘のためにレモンティーのガム抜きを注文し、ついでにコーヒーのお代わりも頼み、それからようやく切り出した。
「ま、視察って所かな」
「視察ぅ?」
 怪訝そうに眉をしかめるアスカ。
「シンジ君のだよ」
 そう言って楽しそうに片目をつむる。
 アスカは露骨に嫌そうな顔をした。
 あまり触れたくない話題なのだ、特に自分の口からは。
「で、どんな様子だ?」
「どうって…」
 アスカはちょっと微妙な表情をした、秀麗な眉を歪めて腕組みをする。
「その様子だと、芳しくないようだな」
「ええ…」
 アスカは身を乗り出して声を潜めた。
「パパ?」
「なんだい?」
「…どうして、シンジに」
「あんなことを言ったのか、かい?」
 アスカはコクリと頷いた。
「そりゃあシンジのギターって凄い時は凄いけど…、そんなに大したもんでも無いでしょ?」
「いいや」
 これには、アレクははっきりとかぶりを振った。
「彼のギターは本物だよ」
 そして力強く訴えた。
 アスカの目が丸くなる。
「そうなの?」
「実際、カイザーが認めてるからね」
 そう言って含みを持たせてアレクは笑った。
「ま、もっとも昨日の話は…、ちょっとやり過ぎたかなって反省しているけどね」
「え?」
「シンジ君のギターが世界を救うって話だよ」
「なっ…」
 アスカの顔が赤く膨れ上がった。
「パパ!、それ!!」
 茶目っけを込めて舌を出すアレク。
「じゃあどうしてあんなことを言ったのよ!」
「だから言ってるだろう?、彼のギターが魅力的だからだよ」
 初めて耳にした時は首を傾げた物だった。
 オーストラリア、あの現場にはそれなりに著名人も席を与えられていた。
 アレクの元に届けられた資料の中に、その曲のデータも存在していた。
 雑音をクリーニングしたためか、音は今ひとつになっていた。
 それでも気が付いた時には指でリズムを取ってしまっていた。
 それだけの弾き手である、アレクは情報を求めてカイザーにその曲を聞かせた。
『考えるまでもない』
 カイザーの答えは簡潔だった。
『シンジだ』
 その名前にアレクは唖然としたものだった。
「彼女達の歌がいま世界を席巻しているのは本当だよ、きっと流行廃りを越えて語り継がれるだろうな、でも、だ、誰が歌ってもその歌は彼女達と同じ感動は作り出せない」
「そうなの?」
「それはそうさ」
「ふうん…」
 多くを語ろうとしない父をアスカは不審に思ったが、深くは追及しなかった。
 あまり良い予感がしなかったのだ。
 聞かなくて正解であっただろう、『力』による精神干渉だなどと知って平穏で居られるはずが無いからだ。
 実際、ただのズルである。
「それで…、シンジに何をさせようっての?」
 アスカの意識はそちらへずれた。
 だがアスカに肩透かしを食わせるように、アレクは小さな微笑を浮かべた。
「別に?」
「別にって…」
 アスカは呆れた。
「あれだけ煽っておいて…」
「決めるのは彼さ、わたしは生で聞いてみたいだけだよ」
「ほんとに?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「そんなにシンジ君が心配か?」
「そ、そうじゃないけど…」
 アレクの罠にかかって、アスカは赤くなってそっぽを向いた。
 こういった扱いの上手さが父である証拠だろう。
「なあ、どうだろう?」
 アレクは勢いを逸らした所で、問いかけた。
「アスカから頼んでみて貰えないかい?」
 そのお願いには、アスカはゆっくりと首を横へ振った。
「あの様子じゃ…」
 アレクはがっかりとした。
「少々、脅かし過ぎたかな?」
「ちょっとどころじゃないわよ」
 アスカは溜め息を吐いた。
「ねぇ…、どうしてあんなことを言ったの?」
「それはさっきも」
「そうじゃないわよ」
 アスカは目線を鋭くした。
「脅かすだけなら、もっと他にもあったはずじゃない…、どうして、『あの二人』を出したのよ」
 天使達の名前は一種の呪縛になる。
 何かが起こっていると予感させる、少なくとも勘繰らせる、平静ではいられなくなる。
「わざと…、でしょ?」
 父に対してもその剣呑さは少しも陰りを見せない。
 アレクはやはり肩をすくめた。
「いずれは気にしなくてはならないことだからね…」
「あの二人のことを?」
「それもある」
 表情を改めてアレクは言った。
「自分の音を追究していくのか、それとも人の期待に応えていくのか、わかるかい?」
 わかんないわよ、とすねるアスカにアレクは心の内で苦笑した。
 本当の所は、天使達のエンジェルヴォイスは通信機器を通すと基本的には『ただの歌』になり下がってしまうと言うところにあった。
 これを回避するためには、特殊な機械の存在と『何者か』によるサポートを不可欠とし、さらには生で歌う事まで条件付けに定義される。
 それに対して、シンジのギターは記録媒体で聞いても素晴らしい物だ。
 単純にビートとリズムで楽しめるだけに、『力』を抜きにしても楽ませるものがある。
(まあ、弾くためには力の発現が必要なんだろうが…)
 この点をアスカに悟られないようにするために、アレクは適当に護魔化した。
「わたしの、カイザーの希望、あるいはアスカにでもいい、逆なら自らを訴え上げてもいいさ…、そのどれを彼は自分を表現する音と見定めるのか」
「でも…、シンジ、ギターをやめちゃうかもしれないのよ?」
「それはないな」
「なんでよ?」
 何で分かるのよ、と、アスカは面白くないと口をすぼめた。
「シンジ君は自分を言い表すために、言葉の代わりに歌を選んだ、ならそれをやめてしまうのは、心を塞ぎ、自分を殺して生きていくのと同じことさ、音の全てを捨ててしまうようなら、人の目を気にして、お前達の機嫌を伺って、そうやって生る事を選んだって事だ…、シンジ君はそんな子供だったかい?」
 アスカはかぶりを振った。
「パパは…、シンジにそうあって欲しいの?」
「そりゃあ、未来の息子だからな」
 アスカは赤くなって俯いた。
 もごもごと何かを言ったが、最期の『バカ』、しか聞こえなかった。
「さて、そこでだ」
 アレクは完全に主導権を握った上で話を進めた。
「シンジ君のギターは主にバラードにまとまりつつある…、でも彼の本当の技量が生きるのはロックだよ、そう思わないか?」
「でも…、いつでもあんなギターが弾けるってわけじゃないのよ?」
「それでも、俺達が望んでいるのはあのギターだから、過剰なプレッシャーをかけたんだよ、その上で彼にも選択の余地を残しておいた、何かを決めれば、彼は何かを手に入れる、それがどんなものかは、どんな価値が在るのかは、生み出した本人の満足度にかかるべき問題だからね」
 アレクの淡々とした物言いに、アスカは不安と憤りを抱えさせられてしまった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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