NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':111 


「……」
 商店街から少し外れた河原の近くに、趣味で開いているような小さな小さなギターショップがあった。
 客引きのためにショーケースに飾られているギターは、どれも安物で、高くても上は三万程度であった。
「う〜ん…」
 アスカがアレクと深刻な話をしているころ、レイはその前で腰を折り曲げていた。
 最初は値段を見ていたレイであったが、いつの間にやらそこに映っている自分の瞳を見つめてしまっていた。
 じっくりと見ていると、頭の中で何度もくり返されていた言葉がまた思い浮かんで来た。
『レイの事は分からないんだ』
 それはカヲルに放たれた台詞であった。
(わからない?、分からないって何よ…)
 レイはそれをおかしく思っていた。
 長い長い付き合いなのだ、それに今では一緒に暮らしている。
(認めたくないって、きっとこんな気持ち?)
 下手をすればシンジ以上に理解があることになる。
 レイはそう分析して、自分で自分に落ち込んだ。
(おかしいの…)
 以前は、カヲルよりもシンジの方が分かりやすかった。
 なのに今では、シンジの考えを理解しきれなくなっている。
 気持ちを…、かもしれないが。
(知ってるなら、教えてよ…)
 この…、っと、レイは小さな拳でガラスに映った自分を小突いた。
『僕は、シンジ君じゃないからね』
(わからない…、わからないわよ)
 困惑してしまっていた。
(シンちゃん…)
 シンジにギターを教えてもらった。
 もっと教えてもらえば、同じものが見えて来るのかもしれないと思う。
 同じものを感じて、考えられるようになるかもしれないと思う。
「シンちゃん…」
 つい声に出てしまった。
 だがもし、と言う不安が付きまとっていた。
 バンドに置き去りにされてしまったように、もし無下にされてしまったら?
 ううんっとレイはかぶりを振った。
(シンちゃんは…、そんなことしない)
 きっと笑って教えてくれると思う、邪魔になってもだ。
(シンちゃんのバカ…)
 そんな想像のシンジに苦笑して、レイは微笑をこぼした。
 空想のシンジは、自分にも着いていけるようにギターを弾いてくれている。
 その和やかな雰囲気、穏やかな雰囲気は、確かにカヲルとの間には疎通できなかった物だった。
 シンジとカヲルの何処が違うのか。
 シンジと何が違うのか。
 それがどうして、シンジに劣ることになるのか。
 シンジで無ければならないと言う理屈になるのか。
(シンちゃんでなきゃダメなのに…、それが説明できない、分からないままじゃ…)
 シンジにどう甘えていいのか分からない。
 レイの不安は色々と絡み合っていて複雑だった。
「それじゃあ、また」
 そんな声が聞こえた。
 店から誰か出て来る、レイは腰を真っ直ぐに伸ばして、なんとなしにその人物を横目に見た。
「あ」
「レイちゃん」
 果たして出て来たのは見覚えのあるロンゲの青年であった。
 青葉シゲル。
 彼はちょっと驚いた顔をして、続いてレイに話しかけた。
「シンジ君は?」
 レイは答えられずに俯いた。






 ある意味、シンジはとても余裕を無くしていた。
 カヲルが、レイが、自分が居なくてもみんなと楽しく過ごしている。
 そう完全に思い込んでいた。
「はぁ…」
 だからシンジは自分のことを考えるので精一杯になってしまっていた。
 ジオフロントの屋上、空中庭園。
 シンジは柵にもたれて空を仰いでいた。
 晴れてはいるのだが、薄く雲が張っている。
 白く煙るような青空というのは、冬独特の感じがしていた。
 トウジや、ケンスケ、みんなの楽しげな声が耳で木霊さないと言えば嘘になる。
 それは自分が居なくても何とかなったと言う証しだからだ、なら自分は初めから必要なかったのか?
 そこまで自虐に陥りはしなかったが、あと一歩で踏み込んでしまいそうな雰囲気は持ち合わせていた。
「何にもやる気…、しないや」
 つい漏れた言葉こそが本音であった。
「マイちゃん達、か…」
 先程、楽譜を漁るついでにCDショップに寄って彼女達の歌を視聴して来た所だった。
(やっぱり、上手いよなぁ…)
 歌もそうだが、曲も良かった。
 そうなると自分の稚拙さが耳に付くような感じであった。
(やっぱりプロなんだよな、二人って)
 それが逃げであると分かっていても、シンジは諦めに似た負けを感じざるを得なかった。
(なのに僕に何をやらせようって言うのさ…、おじさん)
 胸の内をアレクの過大な期待が掻き乱す。
(そんなの…、無理に決まってるじゃないか)
 シンジは白い吐息を空へと吹いた。


「そうか、そんなことになってるのか」
 青葉は苦笑しながらコーヒーに口をつけた。
 アレクとアスカよりも健全なカップルに見えたかもしれない。
 それだけ歳が近いと言う事もあるのだが、二人は河原に腰掛けていた。
 青葉が奢りだと買った缶コーヒーはもちろんホットだが、寒空を選択する辺りに懐の事情が見えていた。
「笑い事じゃないです」
 レイはすねて口を尖らせた。
「そりゃまあ…、そうだろうけどね」
 青葉は思い詰めているレイに頭を下げた。
「でもまぁ…、俺にも覚えがあるからね」
「え?」
「そう言う事にはさ」
 照れの様な物を浮かべて、青葉はレイに笑いかけた。
「下らない話だよ」
 そう前置きしてから、彼はそれを語り始めた。


 その時、青葉は高校生であった。
「YAH!」
 派手にピックで弦を弾いて腕を上げる。
 それに合わせて教室の外から女の子達の嬌声が飛んだ。
 ロングヘアを掻き上げていた赤いバンダナを外して、青葉はミネラルウォーターのボトルを咥えた。
「やっぱこっちで良いんじゃないか?、曲」
「そうだよな、これと、あと一曲やらせてもらえるんだっけ?」
「最初の曲次第だってさ」
 たった三人のバンドだが、次の曲はまだかと待ちわびているギャラリーが示す通り、校内での人気は、それなりに勝ち得ていた。
「なんたってデビューライブなんだから」
「気合い入れていこうぜ!」
 三人の顔には笑顔があった。
 自信にも満ちあふれていた。
 だが…、結果は惨澹たるものだった。


 いたたまれない、とはこういう時に言う言葉だっただろう。
「それじゃな…」
「ああ…」
 それぞれのみちに分かれて帰宅の途に着く。
 この時、青葉は真っ直ぐ帰らずに公園に寄ったのは、出かけ際、家族に対して大口を叩いて来た事もあった。
「くそ…」
 ブランコに座って、強く拳を握り締める。
 正面に立てかけているギターケース、その黒い色と波打つように反射する光がやけに目に付いた。
 苛立った。
 耳の奥で、延々とブーイングがくり返されている。
 曲は悪くなかった。
 演奏にもミスは無かった。
 だが、ノリは最悪だった。
 メインのバンドにはけなされた、前座が場を荒らしやがってと。
 店長にもたしなめられた、空気を読んで曲を選べと。
「なんだよ、俺のせいかよ…」
 怨嗟の声を搾り出してしまう。
 暫くギリギリと歯を噛み締めていたが、しばらくしてから、はぁと吐息を着いて力を抜いた。
 明日を思うと気が重い。
 ライブハウスには学校で見た顔もやって来ていた。
 その口からはどんな噂が語られるのか。
 三人、無口になってしまっていたのは似たような事を考えていたからだった。
 すなわち、やめてしまおうか、だ。
 がしゃりと鎖が揺れる、青葉は立ち上がるとギターケースからギターを出した。
 そのままブランコを取り囲む柵に腰掛け、ビンと一つ弦を弾いた。
 後はなんとなく流れのままだった。
 なんと紡ぎ出せるフレーズを、何度か手を加えながらくり返す。
 それからおもむろに、適当に思い浮かんだ言葉を繋げた。
 それはとても雑な歌だった。
 だがその高低や、心苦しさからくる声の裏返りは、何故だか強く胸に響いた。
 泣いてしまいそうな声で歌い上げた。
 それはいつものかき鳴らすだけの曲とは違っていた。
 弾き始めと同じように、彼は一つ強く弾いて曲を閉めた。
 満足できるものではなく、自慰と同じで自己満足のためだけに歌ったような物だった。
 こうでもしないと今の感情を吐き出してしまえない、押さえつけて苦しいよりはいいと、そんな感じで歌ってしまったものだった、なのに…
「え…」
 ゆっくりと両手を打つ人が居た。
 白い髪の男性だった、初老の一歩手前の。
「先生…」
 拍手を送ってくれたのは、彼のクラスを担当している数学の教師だった。
「なにやってんスか、こんな時間に」
「散歩だよ、見ての通りさ」
 そう言って彼は、紐で繋いでいる小さな犬を見せた。
「どうしても飼うんだって、孫がね…、だが飽きたらしくてな、今じゃこのとおり、年寄りの相手をしてもらってる」
「まだそんな歳じゃないでしょうに」
 青葉は苦笑したが、ゆっくりと彼はかぶりを振った。
「歳だよ…、その証拠に、君達がやっとる音楽のことなど分かりもせん」
「そう…、ッスか」
 青葉は複雑な表情をした。
 つい先程、分かってくれるはずの人達にけなされて来たばかりなのだ。
 教師は青葉の曇った表情に何かを感じて声をかけた。
「何かあったのかね?」
「いえ…」
 ふてくされるように口にする。
「大したことじゃないッスよ」
「そうかね…」
 何を察したのか、数学教師は言葉を控えた。
「まあ…、それでも今の歌はなかなか良かったよ」
「お世辞なんて…」
「世辞ではないよ、そりゃあロックなんてうるさいだけだと口癖にしてしまっているがね、この歳になると、どうしても演歌や…、大人しい曲でないと落ちつかん」
「そういう…、もんスか?」
「好き嫌いぐらい君にもあるだろう?、偏見かもしれんが演歌は聞くかね?」
「はあ…」
 正直聞きはしないのだが、正直に答えるのもはばかられて青葉は言葉を濁した。
「そんなことは…」
「嘘はいかんぞ、嘘は」
 彼は笑った。
「それでもな、上手いものは上手いし、良いものは良い、好き嫌いだけでは口にしちゃいかんと思うとる、ま、娘に文句を言われたくないから、そうしとるだけだがね」
 そう言って相好を崩した。
「音楽は好きかね?」
「ええ…、そうッスね」
「じゃ、何か聞かせてくれんかね…」
「え…」
「こんな機会でも無いと、聞かせてもらう事もできんからね」
 にこにこと邪気の無い顔をされて、青葉は毒気を抜かれたように苦笑した。
「いッスよ…、大人しいのが良いンスね?」
「そうしてもらえると助かるよ」
 それから、青葉の独奏会は一時間に及んで行われた。
 彼の孫娘が、遅いからと言って迎えに来たので中断となったのだ。
 あれだけ塞ぎ込んでいた青葉だったが、気分良く弾けた事ですっきりしていた。
 そしてそれは、とても重要な事だった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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