NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':113 


 階段を上って、その部屋に入ろうとしたシンジはハッとした。
 −−レイ?
 ギターを手に、惚けるように窓枠に腰掛けて、ベランダの外を眺めている。
 景色に溶け込むような、まさにそんな言葉が似合う雰囲気であった。
 足を踏み出せなくなって、シンジは立ち尽くした。
(なんて寂しそうな顔…、してるんだよ)
 ふいにアスカの喚きが蘇って来た。
 −−あたし達のこと見てなかったじゃない!
 シンジは再び叱咤されたような気分になった。
(このままじゃ、だめなんだ)
「レイ…」
 シンジは勇気を振り絞って声を掛けた。
 レイに気付かれるよりも先に、そこに意味があるような気がしたからだ。
「あ、シンちゃん…」
 だが考えはまとまり切っていなかった。
 だからシンジは、目に付いたものに話題を振った。
「レイ、そのギター…」
「あ、こ、これは!」
 レイは慌ててギターを立てかけた。
「ごめんなさい、勝手に借りちゃって…」
「ううん」
 シンジはかぶりを振った。
「いいよ、レイなら」
「…え?」
 隣にストンと腰掛けたシンジに、キョトンとした顔を見せる。
「レイなら、僕がどれだけ大事にしてるか知ってるでしょ?、それ…」
「うん…」
「だから、いいんだ、レイなら、大切に扱ってくれるから、別に…」
(シンちゃん…)
 レイはジン…、と目を潤ませた。
 −−信じてくれてるんだ。
 だがそんなレイの感動は的外れであった、単にシンジは話題を切り出すタイミングを探すのに必死で、妥当な受け答えをしただけだったのだ。
「レイ?」
「あ、はい!」
 レイは紅潮した頬を隠しもせずに顔を向けた。
「ごめんね…」
「え!?」
「僕…、自分のやってる事が、レイの迷惑になってるなんて、思わなかったから…」
 シンジは落ち込むように項垂れた。
「レイに押し付けるつもりじゃなかったんだ、僕は、ただ…」
 続きは口にしなかった。
 −−これも僕の都合じゃないか!
(押し付けてどうするんだよ、ズルいじゃないか、そんなのは…)
「シンちゃん…」
 レイは不安げに、シンジの手に手のひらを重ねた。
「そんなことないよ…」
「でも、僕は…」
「あたしは楽しかったもん!」
 レイはさっそく、アスカに教えてもらった言葉を使った。
「あたしは、楽しかった、楽しかったよ?、楽しくできたもん…」
 だがそんなレイの言葉は何処かが切羽詰まっていて苦しかった。
「本当に?」
「シンちゃん?」
 シンジはレイの声音に溜め息を吐いた。
 それはもちろん、自分に対しての嘆息であった。
「本当に、僕が居なくても楽しかったの?、僕が居なくても…、レイは歌う事が楽しかったの?、レイは歌いたいだけで、歌えるなら、誰とでもいいの?」
 言葉に詰まらされた。
「シンちゃん…」
「僕のためとか、思って、頑張ってなかった?」
「それは…」
「僕はギターを頑張りたいと思っただけなんだよ」
 シンジは考えをまとめるように、ゆっくりとこぼし始めた。
「だから頑張れたんだ、辛くても…、でもレイは違う、違うと思う、僕みたいに我慢することはないんだ、そうでしょう?」
 シンジの寂しい笑みに胸を痛める。
「じゃあ!、じゃあ…、シンちゃんは、あたしが居なくてもいいの?」
「そんなこと言ってないよ」
「言ってる!、違うなら、どうして一緒に、一緒に頑張ろうって言ってくれないの?、くれなかったの?、置いて行っちゃったの?、ねぇ!」
「だって…、これは僕の我が侭だから」
 その答え方に、レイははぁっと息をついた。
「…我が侭って、難しいね?」
「え?」
「シンちゃんがギターを頑張るのは我が侭?、だからあたしを付き合わせてるのは悪いと思ったの?」
「うん」
「じゃあ、あたしは?」
 レイは畳にのの字を書いた。
「シンちゃんの足手まとい、邪魔になる…、だから我慢したの、追いかけなかったの…、けど一緒に居たいの、これも我が侭でしょ?」
「そんなことないよ」
「だってシンちゃん言ってること、同じだよ?、だからあたし、みんなの所に残ったんだもん、我が侭はいけないって」
 レイはニコッと笑った。
 力無く、元気なく。
「変じゃない?、だってシンちゃん、あたしが側に居たら、喜んでくれるんでしょ?」
「うん…、嬉しいと思う」
「あたしもシンちゃんと一緒に居たい…」
 レイはシンジの腕に組み付き、頭をもたげた。
「なのに…、二人とも我が侭だって言って、避け合ってる」
「変だね?」
「変よね?」
 二人は鼻先が触れ合うような距離で微笑み合った。
「ね?、シンちゃん…」
「なに?」
 レイは唇が触れ合うように角度を変えた。
「あたしは…、ここに居てもいいよね?」
「はいはいはいはいはい!」
 パンパンと打ち鳴らされた手が、おかしな雰囲気になりかけているのをぶち壊した。
「アスカぁ」
 恨めしげな声を呻き、レイはゆっくりと首を回した。
 その目がおどろおどろしている。
「だ〜め〜よ!、シンジを焚きつけて上げたけど、別に譲るつもりは無いんですからね?」
「むぅううう」
 ぷくっと頬を膨らませたレイを軽くあしらう。
「それよりシンジ、電話よ?」
「電話?、誰から?」
「秋月さんよ」
「ミヤ!?」
 驚いたのはレイであった。






「ごめん!」
 シンジは開口一番謝った。
「レイが着いて来るって、どうしても聞かなくてさ」
 ミヤはシンジの背後に首を伸ばした。
「レイは?」
「家で待たせてる、それで、用ってなに?」
 夜中に出歩くには少しばかり離れた場所にある喫茶店だったが、それについてはシンジは別段文句を言わず、彼女の正面の椅子を引いた。
 ミヤにしてみれば随分な遠出であるのだから。
「実はね?」
 ミヤはメイとマイがやって来ていること、それにコンサートに向けて準備をしていることを告げた。
「もう来てるんだ…」
「そうなの、で、ね?」
「なに?」
 声を潜めるように身を乗り出したミヤにつられて、シンジも体を前に倒した。
「シンジ君、アレクって名前に心当たり、ない?」
「アレク!?」
「やっぱりあるのね?」
 ミヤは溜め息を吐いた。
「一応確かめたいんだけど、その人って金髪でやたら軽薄そうで、女の人にはだらしなくない?」
「うん…、だけど、秋月さんがどうして?」
「実は…、ね?、プロデューサーらしいのよ、その人が…」
「おじさんが!?」
 シンジは少々大きな声を出して驚いた。
「でも…、おかしいよ、そんなの…」
「でも電話で、惣流って口にしてたし…」
 シンジは首を傾げて考え込んだ。
(どう言うこと?)
 そんな話は聞いていないと、急激に不信感が募り始めた。
(おじさんは二人の音楽がどうのこうのって、それで僕に話をしたんじゃなかったの?)
 だが幾ら考えて見た所で、答えが見つかるはずもない。
「それでね?、シンジ君」
「え?」
 シンジはミヤの声に引き戻された。
「気をつけて欲しいの」
「うん…、わかってるつもりだけど」
 ミヤは大袈裟な溜め息を吐いた。
「今度のこと、あたしも良く分からないから…」
「分からない?」
 ついキョトンとしてしてしまう。
「あたし、一応敵とかになってるんだけど」
「あ、ああ、そうだっけ」
 シンジはぽりぽりと頭を掻いた。
「そう言うとこ、可愛い」
「からかわないでよ、もう!」
 シンジは拗ねた。
「そうじゃなくてさ、分からないって何さ?」
「うん…」
 何故だか暗くなった。
「あたしがこの街で暮らすのが許されたのって…、このためだったのかなって」
「え?」
「この準備のためって言うか、受入先の確保に利用されたとか…、なにか関係あるんじゃないかって思うと、気分が悪くてたまらないの」
「そんなことはないんじゃ…」
 シンジの根拠の無い言葉に、ミヤはかぶりを振った。
「今までと、違うのよ」
 そして真剣な目でシンジを見つめる。
「あたしは、自分からお願いして、ここへ来たの、なのに、だからってあたしを無視して、勝手に何かをしているのよ、都合がいいからって、利用されてる、そんな感じがして、だから、嫌なの」
「秋月さん…」
「別にどうこうしてくれってわけじゃないけど…、シンジ君に迷惑かかっちゃったら、あたしも何かしたみたいで、嫌だし…」
 シンジはミヤの気遣いに照れた。
「うん…」
 てれ笑いを浮かべる。
「優しいんだ、秋月さん」
「う、うん…」
 無防備な微笑みに赤くなるミヤ。
 シンジはそんなミヤに感謝はしたが、同時に諦めてもいた。
(多分、もう巻き込まれてるよ)
 それは確信に近かった。


「で、何の話だったのよ?」
 帰りつくなりの詰問に、シンジはミヤからの忠告を伝えた。
「ふぅん…、やっぱりね」
 アスカの感想は簡潔だった。
「やっぱりって何さ?」
「なんとなくねぇ…、おかしいと思ったのよ、いくらなんでも、いきなりシンジを担ぎ出して、カイザーと、あの二人で三すくみさせようってのよ?素人を引っ張り出したって、そんなの上手くいくわけないじゃない」
「うん」
「それにね?、あたしはこう思うわけ、確かにあの二人の曲はいいかもしれないけど、でも静かな曲を聞きたい時もあったら、勢いのある歌を歌いたい時だってあるじゃない?」
「あの二人だけじゃ満足できない?」
「レイだってそう思わない?」
「あたしはシンちゃんの歌の方がいいけど…」
「それは贔屓でしょ?、まあいいわ、シンジ」
「なに?」
「あんた、もう一度歌ってみない?」
「え…、なんでさ?」
「一泡吹かせてやりたいのよ…、なんとなくね?」
 アスカは本性であるかの様な、野生動物さながらの笑みを見せた。
 レイとシンジは、そんなアスカに、奇妙な脅えを抱いて見を見交わしていた。



続く







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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