NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':113 


「これは何のご冗談ですか?」
 とあるビルの最上階。
 特別な会議室にカヲルは居た。
 長机を挟んだ向かいに居る男は、机に突いていた肘を崩し、真っ直ぐカヲルの赤い目を見つめ返した。
「わたしの目する所ではない、わたしとて、あの男が何を考えているのか知りたい所だ」
「だからと言って、これは酷いジョークですよ」
 カヲルは立ったままで、テーブルに置かれている資料に目を落とした。
 秋月ミヤ。
 街中をアイスを舐めながら歩く彼女を写した写真。
 手前の電柱がぼやけている、逆に対象である彼女は酷く小さい。
 それは盗撮である事を示していた。
「僕は確かにあなたを信じていますが…、だからと言って、命令を受ける義務はありませんよ」
「もちろんだ、だが伝えなかった事で君は何と言うかな?、『何故黙っていたのですか』『何故騙したのですか』、それではわたしが不本意と言うものだ」
「やはりずるい人だ、あなたは」
 カヲルは皮肉るような笑みを浮かべ、口の端を吊り上げた。
「わかりましたよ、その代わりと言ってはなんですが」
「命令は受けないのでは無かったか?」
「これは正当な契約でしょう?、なら、報酬は必要だ」
「わかった、わたしとて、妙な恩は借りたくないからな」
「それはお互い様でしょう?」
 カヲルと男は…、ゲンドウは不敵に笑い合った。
 双方共に、善人とは言い難いものがそこには潜んでいた。






 アスカは牛乳を冷蔵庫に戻しながら言った。
「あんた一つ勘違いしてるんじゃない?」
「え?」
 バンッと戸を閉じ、アスカはビシッと指を突きつけた。
「あんたはあくまでピンチヒッターって事よ!」
「ピンチヒッター?」
「そうよ!、あんた客引きを手伝えって呼ばれただけでしょ?、それもカヲルとレイのおまけ付きで、それをなに?、いつの間にか自分が尊重されないからって、いい気になって」
「違うよ、そんなつもりは!」
「ヒカリ達は来年の後輩狙いでウケを狙ってたんじゃないの?、だから、元々そういう連中相手に組んだグループなんだから、あれはあれで成功してるんだし、あんたが気にかける必要はもうないのよ!」
「そうなの、かな?」
 アスカはそうよと頷いた。
「どうせ相田が目論んだんでしょ?、希望通り、ミーハーなバカ共が引っ掛かったわ?、そこそこのレベルがあるって事も、ちゃんと音楽をやって来た人達には分かったでしょうね?、それで十分じゃない、レイとカヲルは永久メンバーに決定だったわけ?、あんたは?」
「違う…、ね」
「そうよ、それでシンジ、あんたはどうするのよ?」
「どうって…」
「それなのに、勝手に拗ねて、揚げ句にやめちゃうの?、音楽」
 シンジはかぶりを振った。
「わからない…」
 アスカが唐突に突きつけて来た事実に、シンジは酷く混乱していた。
「いい加減ね、あんた」
「…だってみんなが言ってくれるほど、自信があるわけじゃないんだよ?」
 シンジはアスカではなく、弦を操る手のひらを見つめた。
「でも…、でも嫌だ、認めて貰えないからって逃げ出すのも、嫌なんだ」
 アスカはそんなシンジに、満足げに頷いた。
「だったら、どうなのよ?」
「うん…、頑張りたいんだ、頑張りたいんだと思う、だって諦めたら今までと同じだもの」
 ねぇ?、とシンジは問いかけた。
「どこまで頑張ればいいのかな?」
「それこそあんたが決める事でしょ?」
「そうだよね…」
 シンジの口元に微笑が広がった。
(いつもそうだ…、勉強で、容姿で、なんでも、アスカ達に追いつけなくて、諦めて…、でもそれは嫌だった、今はもっと嫌なんだよ、負けたくないのかもしれない、ここで逃げちゃったら、今までと何も変わらない…、それじゃダメだ、ダメなんだよ、もう…)
「シンジ?」
「なに?」
 アスカは花を散らすように微笑んだ。
「あたしはあんたのギター、好きよ?」
「え…」
「それにね?、一緒に歌うのはもっと楽しいわ…、レイだってそうよ、でもあんたがレベルとか、技術とか言い出すから、練習しないと付き合っていけなくなっちゃったのよ、それ、考えたことある?」
「気軽に…、付き合っていられないって事?」
「そうよ、レイはそれでもあんたと歌いたいからいいでしょうけどね?、次はこの歌だから覚えて来てね?、なぁんて言われてまで、あんたと歌いたくないもの、あたしは」
 ねぇシンジ?、とアスカはシンジの頬に手を当てた。
「あたしは、あんたが何をしたいのか、分かるつもりよ?、でもね、本当にそれでいいわけ?」
「え…」
「考えてみて…、頑張って頑張って、胸を張れるようになった時には、きっとあんた、みんなには誉められても、あたし達は失ってるわよ」
「どうしてさ…」
 手先の震えが、脅えているのだとシンジに知らせていた。
「だから考えなさいよ、想像してみて、今はどうなってるの?、レイは置き去りにされて泣きそうになってる、あたしはあんたがのめり込んでる間、暇だったからテニスをしてたわ?、ミズホは?、あの子だって前ほどべったり出来なくなったじゃない、それなのにあんたは気にもしない、あたし達もあんたのことが気にならなくなってしまってた、…それでもあんたが自分のために何かするのを止めるつもりはないわ?、そんな権利はないでしょうしね、けどね?、どうしてあんたは頑張りたいって思ったの?、どうしてそこまで思い詰めたのか…、その事だけは、忘れないで欲しいのよ」
「アスカ…」
 アスカはシンジの声に、跳びついた。
「アスカ!?」
「お願いシンジ!、あたしを捨てないで!!」
「ちょ、ちょっとアスカ!?」
 首に回された腕に手をかける。
「アスカ、何を…」
「あんたがやってることって、そういうことなのよ」
 アスカはシンジの耳に囁いた。
「あたしやみんなを捨ててまで追いかけたいの?、なら、あたしは、あたし達は頑張ってねって、言うことしか出来ないんだもの」
「アスカ…」
「頑張って、カッコ良くなってよね、あたしに釣り合うぐらい…、そう思ってたけど、だめね、あたし、嫉妬深くて」
「え?」
「なんでもないわよ、バカシンジ!」
 アスカはシンジを突き放した。
「シンジは…、どう?」
 アスカは自分の胸に手を当てて言った。
「シンジが知らない所で、あたしが男の友達を作って、楽しく笑っていて、それでも平気なの?」
「そんなこと…、ないよ」
「ほんとにそう?」
「なんでそんなこと言うのさ?」
「だって、今、あたしにそういう友達が居るって言ったらどうするのよ?」
「え!?」
「あんたは好きな事を好きなようにやってて、あたしは友達も作っちゃいけないってわけ?、そんなの勝手じゃない?」
「アスカ…」
「情けない顔しないで!」
 アスカはぴしゃりと言った。
「ほら、あんた何も感じてなかったんじゃない!、あたし達のこと見てなかったじゃない!、あたし達を捕まえてくれてなかったじゃない!」
「ごめん…」
「謝るなんて卑怯よ!、それが嫌なら、誰か一人に決めて付き合えばいいじゃない、ずっと側に居ろって、繋ぎとめておけばいいのよ、でも嫌なんでしょ?、そんな自分勝手が嫌なんでしょ?、自分からそうして欲しいって思ってない?、そう思わせるくらいの価値が欲しいって、なら!」
 再びアスカは抱きついた。
「あんたが選んだのは…、そういう、面倒なことなんでしょう?」
「うん…」
 そっとその肩を抱きしめる。
「ごめん…」
 ぎゅっと力を強く込める。
「そうだよね…、自分のことに手一杯で、だからって、どうして頑張りたかったのか、それを忘れて、そんなのいけないよね…」
「ええ」
 アスカは気付かれないように涙を拭った。
(だめねあたし、感情的になってる)
 心の中で深呼吸をする。
「さ!、レイが上で待ってるわよ!」
「え…」
「ちゃんと話して来なさい!、わかった!?」
 いつもの調子に、シンジは苦笑した。
「わかったよ…」
 だが何を話せばいいのかまだ迷いがある。
 体を離したシンジは、背中を向けてから、もう一度だけ感謝した。
「アスカ…」
「なによ?」
「ごめんね?」
「バカ…、今度謝ったらぶつわよ?」
 その笑いを交えた調子に、シンジは再び口にしかけて、噛みつぶしに苦労した。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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