NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':115 


「泊まり!?」
「ええ」
 シンジは母からその話を聞いて目を丸くした。
「へぇ、珍しいわね?」
「ミズホがシンちゃんに言わないで行っちゃうなんて……」
 一度帰って来たミズホだが、また出かけて行ったらしい。
 行く先も告げずに、だ。
 その行動に、シンジのみならずアスカも、レイも目を丸くした。
「どうしたのかしら?」
「さあ?、シンちゃん……」
「僕だって……」
 困り顔で助けを乞うと、母も困惑しているようだった。
「お泊まりで出かけて来るって言うから……、てっきりシンジ達と一緒だと思ったんだけど」
 電話を受けて、そそくさと出ていってしまった。
 結局みなにわかったのは、たったそれだけのことだった。






 −−ブォオオオオ……
 ぼうっとした表情で頬杖を突き、流れていく景色を眺めやる。
 ミズホはふと、目の焦点を景色から車窓に写る自分へと合わせた。
(シンジさま……)
 ミズホは落ち込んでいた。
 サヨコの話にショックを受けたまま帰宅した。
 それから一時間。
 二時間。
 三時間経って午後八時になっても、誰も帰って来なかった。
 その間ミズホは独りぼっちであった。
 真っ暗の子供部屋で、何をしようとも思い付かずに、ただ寂しく隅で膝を抱えて待っていた。
『今こうしている時にも、シンジ君はレイとキスしているかもしれない、抱き合っているかもしれない、そんな時にミズホ、あなたは独りきりでなにをしているの?』
 何もできなかった。
 何をしようとも思わなかった。
(わたしには、待つ事しかできませぇん……)
 良くも悪くも、シンジのために、あるいはシンジとのために、何かをして来たミズホである。
 その間にシンジ達が何をしていようとも、前だけを見ていたから、さほど気にして来なかった。
 だが、振り返らされた瞬間、自分がどれだけ細い道を歩いて来たのかに気付いてしまった。
 横道のない、まさにまっすぐの道だった。
 シンジも確かに隣を歩いていた、だがシンジの行く先には沢山の道があって、結び合っていた。
 その中には、ミズホの道と交差するものも当然あった、が、それはシンジから向かって来る道だった。
 その道を辿れば、わずかながらに逆走する事になってしまう。
 その間にシンジは先に行ってしまうだろう、背中を追いかけて、追いついた時には、間に合わないかもしれないのだ。
 せめて前に出られる道であったなら、シンジが来るまで待ってもいられように。
 その道は、ない。
(シンジさまぁ)
 ぐしゅりと鼻をすすってしまう。
「辛気臭いわね」
 その人は、タバコを咥えてから苛立たしげにそう言った。
 カーライターで火を点けて、深く吸い込み煙を吐く。
「そんなことだから無視されるのよ」
「ふぇ……」
「泣かない!」
 泣きぼくろの上の目が、きつくミズホを睨み付けた。
 車を運転しているのは赤木リツコであった。
「あなたね、好きなら好きと言うだけで済む話でしょう?」
「もう言いましたぁ」
「じゃあ覚悟が足りないだけね」
 ミズホはふえ?、っと首を傾げた。
「覚悟、ですかぁ?」
「そうよ」
 窓を開けて灰を捨てる。
「あなた、シンジ君に捨てられるなんて危機感、持った事が無かったんでしょう?」
 正にその通りだったので、ミズホは素直に頷いた。
「はい」
「それが間違いだって言うのよ」
「ふえ?」
 リツコの苛立ちは、何故だか頂点に達しているようだった。
「あなたが安心なんてしているから、あの子もこれは大丈夫だなと思って、危なそうな子に傾いてるの、少しは放っておかれてるって不満そうに拗ねてみなさい、可哀想だなと思ってかまってもらえるわよ」
 ミズホは小首を傾げた。
「そうでしょうかぁ?」
「これで振られたら最後、諦めるようなつもりで、そうね、体でも投げ出してみなさい」
「体?」
「お願いしますって、三つ指付くのよ、裸でね?」
「ふっ、ふえ!?」
 かーっとミズホは赤くなった。
「そんな、そんな……」
 ごにょごにょと言いつつ小さくなっていく。
 そんなミズホにも、リツコは冷たかった。
「シンジ君は真面目な子なのよ、一度でも関係してしまえば本気で愛してくれるわよ、それこそ責任を取ろうとしてね?、多分そうしなければならないって、自分でも自分を追い込んでいくのがわかってるんじゃないかしら?、だから何もしようとしないのかも」
「はぅ……」
 まだ茹で上がっている。
「せめてキスぐらい当たり前にしてみることね、あの子、そういうの余り経験無いんでしょう?」
「どうしてわかるんですかぁ?」
「わかるわよ」
 呆れ返る。
「あれだけ簡単に狼狽するのを見ていれば」
「はぁ」
「とにかく普通に求めてどんなことでも許してあげればいいのよ、あの年頃の子は、心の中ではそう言う行為に憧れているから、それこそ様子を見てはさせてくれって言い出すわよ、それで責任を取らせる所まで追い込めば勝ちなんだから、簡単じゃない」
「……大人って汚いですぅ」
「何か言った?」
「いいぇえ」
 恐かった。
「大体、残りの二人が寝取られたくらいでおたつくと思う?、寝取られたら取り返すタイプよ、間違い無くね」
「そうでしょうかぁ?」
 リツコは口元に皮肉を張り付けた。
「じゃあ想像してごらんなさい」
「はい」
「まず、あなたは結婚した」
「はい」
「それで小さいながらもマンションを購入して暮らし始める、3DKの狭い我が家よ?、買い物に出るあなたが居て、その間シンジ君は生まれたばかりの赤ちゃんをあやして待っている」
「赤ちゃん……」
 何を考えたのかぽうっとし出した。
「するとそこに来訪者が」
「はう?」
 不安げになる。
「呼び鈴も鳴らさずに上がり込んだのはアスカよ」
「はう!?」
 さらに動揺した、胸元を押さえた。
「あなたがいないから、今の内よ、なんて抱きついてシンジ君の耳に息を吹き込んで誘惑してる、目に見えるようね、背中に当たる感触に、トチ狂ってアスカに襲いかかるシンジ君が」
「はうーーー!」
「そして職場」
「うえ?」
 ミズホはもう泣きそうになっている。
 だが手加減はしない。
「出勤すると、一杯のお茶が差し出されるの、もちろんレイよ」
「うええ!?」
 OL姿のレイも中々似合うような気がした。
「仕事場で、帰りの道で、毎晩遅く帰宅して、何処で何をされてるのかしらね?」
「あうーーー……」
 妙に誘惑に弱いシンジに、滂沱の涙を流してしまう。
「で、ある日、二人とも大きなお腹をしてこういうのよ、認知してって」
「はうはうはうーーー!」
 身悶えするように嫌々をする。
「力関係と性格から言って、あなたが正妻くらいでちょうど良いと思うわよ?」
「そうでしょうかぁ!?」
 目を輝かせる。
「ええ」
(他の人にこの子を任せるって言うのも不安だし)
 妙な教師根性を発揮して無責任な御墨付きを与えるリツコである。
「ま、不安になる気持ちはわかるわ、ただ、取り越し苦労よ」
「はい?」
「またバンドで忙しいのね、あなたにはお呼びがかからないの?」
「あの……」
「そうね、お稽古ごとで忙しいものね、そうやって『暇です』って姿を見せていないから、シンジ君が気を回すのよ」
「ふえ?」
「今忙しいみたいだから、邪魔しちゃいけないな、目に見えるようだわ」
「はーうー」
 裏目に出ていたのかと、シートの下を覗くように頭を抱えて涙を流す。
「まあ、わたしとしては、話に乗ってくれるのならありがたいけど」
「あのぉ……、なにを」
「着いたわ」
 リツコは何も言わずに、その廃ビルのような建物の地下駐車場に車を入れた。
(冷んやりしますぅ……)
 人気が無いからかも知れない、ヘッドライトに写り込むコンクリートの床は、埃がかなり積っていた。
 良く見れば、わずかなタイヤの跡も二種類に限定されていると気が付いたかもしれない。
「ふえ?」
 無言で車を停めたリツコが、エンジンを切らずにサイドブレーキを引いただけでドアを開けた。
「ふぇえええええ!」
 寒かった、気のせいでは無かったのだ。
「ななななな、なんですか、ここはぁ!」
 まるで冷凍庫の中だった、吐く息が白く煙る。
「よく、おいで下さいました」
「ひぇえ!」
 ミズホはピョンッと飛び上がった。
 暗闇からぼうっと浮かび上がった日本髪の少女に。
「何を驚いているのよ」
「ふ、え?、ふぇえ……」
 ミズホはほっと胸を撫で下ろした。
「山岸さんですぅ」
「こんばんわ」
 マユミは大真面目に挨拶をしたが、その口元が引きつっているのをリツコだけが確認していた。






 そして今。
 閉じていた目を開く。
 セットの裏側と言うのは意外と安普請なものだが、ゲストがゲストだからだろう。
 こちら側にもかなり気合いが入っていた。
 ここから出て行けば階段がある。
 それを降りて歌えばいい、それだけだった。
 ミズホは人の視線を感じて、目だけを動かした。
 マイとメイ、見た顔が訝しげにこちらを見ていたので微笑みを返した。
 向こうに与えたのは戸惑いだけであったが。
 それぞれにはそれぞれの思惑があって、ミズホは今、ここに居た。
 それは利用と言っても過言ではない、ただ……
(シンジ様、今、お側に参りますぅ)
 ちょっとだけ日本語を間違えているミズホの真意を、いま知る者は居なかった。



続く







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