NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':120 


「少々、騒ぎが大き過ぎやしないかね?」
 ここ、ゼーレ日本支部には驚いた事にアレクの司書室が用意されている。
 別名隔離小屋、『種馬』『万年発情鬼』の被害を少しでも抑えるための処置であった。
 その鍵を持つのは冬月である、元々用意したのはゲンドウなのだが、からかいついでにちょくちょく顔を出し、揚げ句大喧嘩、鍵を盗まれ脱走された経緯があるのだ。
「必要な処置だったと」
 アレクは澄ました声で言った、が、顔は積まれた資料と書類で見えなかった。
「あの子達の『信仰』は恐ろしく根強い、それが親離れを疎外しているのは間違い無いでしょう?」
「だからと言って、この被害」
 部屋の隅の長椅子に腰掛けていた冬月は、バサリと新聞の上半分を折り倒して見せた。
 そこには、第三新東京市のドームにおける事件のあらましが記載されていた。
「シナリオはB−21、またも真相は闇の中ですか」
「それも限度がある、こう度々ではな」
「しかし、呪いとは面白い」
 アレクはくぐもった笑いを漏らした。
「第三新東京市は、山を崩して土地を確保していますからね」
「山の神、狐の神、一番面白いものでは、やまびこの悪戯と言うものがあるよ」
 冬月は鼻で笑った。
「やまびこ、か、あのようなものでも、江戸時代辺りまでは狐、タヌキ辺りの仕業と信じられていたからなぁ」
 話題に乗るアレク。
「神の正体などそんなものですよ、知識が足りないばかりに思い付かず、神格化して護魔化す」
 珍しく男に対して、柔和な笑みを浮かべて言った。
「アスカが得意げに言っていましたよ、冬、部屋が乾燥する理由を」
「ほう?」
 教鞭を取っていた時代の顔を覗かせる。
「なんと言っていたかね?」
「テレビを見ていて思い付いたようですが……、要はペットボトルに付く水滴ですよ」
 思い出しながら語る親馬鹿アレク。
「大気中の空気がジュースに熱を奪われて結露する、冬のそれは逆で、暖かい部屋の空気が外気に熱を奪われて、湿気が水になる、結果、室内の空気が乾燥する、そう思ったようです」
 冬月は笑った。
「面白い子だ」
「ええ、あまり自慢気に話すものですから、褒める事しか出来ませんでしたよ」
 うんうんと、好々爺然として頷く。
「頭が良い、いや、実際詰め込まれたものをそのまま口にするのではなく、与えられた情報から自分なりの結論を導き出す所が面白い」
「本来、頭の使い方はそうでしょう?、高校、大学の名を聞いただけで格付けする人間も居るが、行けないもの、行かずとも学ぶもの、それ以外の場を求めるもの、様々なはずです」
「何が言いたいのかね?」
 怪訝そうな冬月に、アレクは整理の手を止めて背もたれに体を預けた。
「与えられた教材が全てではないって事ですよ、大人は都合の良い教育材料だけを選び過ぎる、むしろ子供には分別と判断能力を磨かせるべきだ」
 冬月は同意した。
「情報は溢れているからな」
「小学生に古典を教えても何にもなりませんよ、むしろ読解を思い付く発想能力を開発させておくのが、知能指数の向上に役立つとは思いませんか?」
「調べる能力さえあれば、資料は自分で探し出す」
「電卓もあります、むしろ端末もない環境の方が珍しいでしょう、計算ソフトがあるのに、なんのために紙で計算しろと?、火を手にした事を誇るのなら、同じように自らが持ちえた道具を、息をするのと同じように、自然と利用すべきだ」
 冬月は理解した。
「彼らにも、それを望むというのかね?」
「まだ間に合う……、僕とキョウコの間に生まれたアスカは、弱いながらも反応を見せている、なら、……確認されているだけでも十七、十八体?、これが子を生み、その子がまたつがいになるとして、いつまでも隠し通せるものではないでしょう」
「近い将来、かね」
 アレクは目を閉じて息をついた。
「『老人』方がそうであるように、人はしばしば手に余るものを神格化する、最初にも話しましたが……、いつか彼らの中から、神が現われるかもしれない」
「神、か……」
「もちろん、それが本物の神であるはずが無い、シンジ君のように純粋に力の大きさを言うものでも無い、分かり易い理屈で、人を乗せるだけの狂言士ですよ」
 ふむ、と顎を撫で付ける冬月。
「どうとは言えんな、その戯言から全ては始まっているのだから……」
「神への道、神を生み出そうとして、作られた彼らは、僕達と同じように悩む人間でしたよ」
「……人の過ちは、人の手で正さねばならんか」
「我々の過ちは我々が、ですがあの子達から誤り始めた道は、あの子達で舵を取り直さなければなりません、そこまで干渉するのは、ただの過保護だ」
 アレクの言葉に冬月は同意した。
「つまり、これはそのための授業料だと言うわけだな?」
「あの子達を守ると言いますが、むしろあの子達に自分自身を守らせた方がよっぽど良いとは思いませんか?」
 確かにそれは、その通りだった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'120
「りざべーしょんぷりーず」


 眺めている窓から、チャーターしていたヘリが飛び立っていった。
 ゲンドウはそれを見送りながら、口を引き結んでいた。
「冬月め……」
 ここぞとばかりに、むさくるしい男のお目付役でも付けて、アレクを苛め抜こうとしていたのだ。
 ここは北海道、佐呂間である。
 サロマ湖は現在、海の底にあり存在していない。
 国の再復興計画の中に、佐呂間への国際空港誘致が含まれていた。
 冬ともなれば雪に閉ざされる土地である。
「ふん、金で買った政策か……」
 ゲンドウには、むしろ地下鉄による都市圏からの交通整備が妥当であるとの構想があった。
 もちろんそんな事をすれば、何年かかるか分からない。
 それでも、だ、空と陸がだめなら、地下に求める。
 観光地としての価値はまだ十分にある。
「旋風寺と話を付けてみるのも面白いかもしれんな」
 この時代になっても、日本と言えば寿司、天ぷら、芸者に腹切りだと思っている外国人が多い。
 彼らはアメリカの州のように、それらは日本という一つの土地の習慣だと考えているのかもしれない、しかしだ。
 日本と言う国は北から南まで、実に多様な習慣を守り続けている。
 同じ国の民族でありながら異常なほどだ。
 これに対するために居るはずの知事には、実務レベルでの権限は与えられていなかった。
 全て、中央である『国会』が仕切るというのである。
 都市圏の人間が地方民の心情を推し量ることは出来ない、首都の住民が田舎の生活の苦しさを想像できないように。
「無理な話か」
 少なくともゲンドウはそう考えている。
 この軋轢は一世紀を経て悪化しているのだ、近代化、情報化に伴って、親近感が増してしまったためだろう。
 どうしても、同一視してしまうのである、自分と同じだと。
「住む世界が違えば、常識も変わる、この程度の理屈が理解できないようではな……」
 そして政治家は、この土地で阿呆な外国人を釣り上げようというのだ。
 北海道でも日本は日本だ。
 ここに江戸村でも作れば、それで満足して帰るだろうと。
 あまりにも人を舐めている話である。
「計画は初期段階で頓挫だな」
 それが折衝が始まる前からの、経営者としてのゲンドウが出している結論だ。
 故にこんな仕事は、本来冬月に押し付けたい類のものだった。


「いやいやいや、お待たせいたしまして」
 果たして、この寒い時期に汗を掻きながらやって来たのは、脂ぎった太り気味の男であった。
 剥げた頭に残った髪をとぐろ巻かせて、無理矢理バーコードを作り上げている。
「辺鄙な所で驚かれましたでしょう、道も雪のために難儀しましてな」
「指定された時間は五分前のはずだが?」
 応接室の中、ゲンドウは座りも、振り向きもせずに言った。
 後ろに組まれている手には、白い手袋が握られている。
「はは……、ご容赦を、どうですかな?、時間も時間ですし、なにか腹に」
(領収書は、こちらの名前で切れというのだろう?)
 ゲンドウは内心で嘲った。
 彼はゲンドウを役人の使いで来た代理業者だとでも思っているのだろう。
 本来ならそうかもしれない、だがこの事業は、本社で受けた直接受注である。
 表向きは、だが。
 裏でどちらが発注したかは明白だった。
 利害度外視、おそらくは第三新東京市同様に、この空港にも別の役目が与えられる……
 これが人任せにできない理由だった。
 冬月で無ければ、自分以外には居なかったのだ。
「既に五分無駄にしている、わたしは忙しい」
 ゲンドウはやはり顔も見ずに言った。
 小役人の顔に露骨な嫌悪が浮かんだ。
 見えないと思ってのことだろうが、ゲンドウはしっかりとガラスに映して確認していた。
「わたしが到着したのは十一時、約束の時間は十一時半、そちらの到着が十一時三十五分」
 ずばずばと事実を指摘していく。
「わたしが到着したと聞いて、慌てて来たのかね?」
 実にその通りだったので、男は喘いだ。
「いや、その様な事は……」
 相手はヘリだ、遅れる。
 風の具合からそう見ていたのだ、実際、当初のフライト予定の通りであれば、遅れていた事だろう。
 だがゲンドウはパイロットを予備席に座らせて、強引に桿を奪ったのだ。
 ゲンドウの操縦は、本職のパイロットを唸らせるほどのものだった。
「わたしは、このような計画には興味は無い」
 この点でのゲンドウの感覚はユイに近いものがあった。
 都会の雑踏に疲れた者が、癒しを求めてやって来る。
 そういう印象を、田舎には持っていた。
 それを維持するために、交通の便を良くする、その土地の味は勝手なイメージを押し付けずに、基本的には住民に任せる。
 ユイの田舎に対する素朴なイメージを、ゲンドウは愛していた。
 故に、このような破壊に荷担することは嫌悪している。
「どの様な談合があったかも、どの程度の金が動いたかもだ、わたしは無駄金をつぎ込むつもりは無い、使途不明金、用途不明の支出なども認めるつもりはない、工事はこちらの専属スタッフを用意する、そちらで選んだ業者の出入りは認めん、以上だ」
 ゲンドウは一方的な宣言をした。
 小役人は青ざめて、口をパクパクさせていた。
 既にいつもの建設業者に渡りをつけて、小使い銭も頂いているのだ。
 もしゲンドウの言う通りにすれば、その金を返すだけでは済まない。
 追及の手は休まず問い詰めに来る事だろう。
「いや、しかしそれでは」
 ようやく喘ぐように言った。
「同じことを言わせるな」
「地元はこの工事だけでも活気付くと喜んでおります、建設業者が……」
「景気回復と称して公共投資を行い、一度でも成功した事があるのか?」
 苛立った声だった。
「成功したのは景気が失敗を許したバブル期だけだ、リスクを税金で補填するにも限度がある、メリットのみを追いかけられても困るな、この計画におけるデメリットは想像以上に大きい、わたしはこれを少しでも低くするために来た、利権のためではない」
 ゲンドウは振り返り、役人と目を合わせた。
「労働者から落ちる金だけでも潤いには足りるはずだ、違うかね」
 冷たい目だった、ゲンドウは話していながらも、相手の存在など認めていなかった。
「建設はボランティアだ、人の脛を齧っている暇があったら、空港の利用計画と街の事業展開でも相談すればいい」
 以上だ、とゲンドウは一人芝居を打ち切った。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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