「ムサシ・リー・ストラスバーグです」
人懐っこい笑み。
「正月前までオーストラリアに居たんだ、どうせなら、新学期からってことで、転校しようってね?」
気安い態度。
「友達はこれから作る予定だけど、恋人だけは、なって欲しい人がいるんだ」
切ない表情が惹きつける。
「まあ、応援してよ」
毒にも薬にもならない、そんな下馬評。
「で、まあ、本心を悟られないための演技、ねぇ?」
「痛い、痛いって」
「まったく……」
ここにも懐かしい顔が居た、ケイタだ。
細胞活性スプレーをムサシに吹き付け、治療を施している。
「このスプレー嫌なんだよな、熱出て来るだろ」
「しょうがないよ、細胞が働きが活発になるんだから、その分、治りも早いんだし」
「そうだけどさ」
ぶつくさと言っている、場所は第三新東京市には珍しい、ありふれたアパートだった。
「マナの奴……」
ムサシの呟きに、ケイタは首を捻った。
「いつから趣旨替えしたのさ?」
「そんなんじゃないって」
「でもオーストラリアじゃ、人工呼吸なんてキスの内に入らない、とか言ってなかった?」
「そこまで言ってないよ」
「そうだっけ?」
「俺なりに考えたんだけどなぁ……」
ムサシはあぐらを組んで、頬杖をついた。
「仕事の都合で本気になれないってんなら、マナって最高だろ?」
呆れるケイタ。
「そういうの、打算的すぎない?」
「一応本気なんだけどな」
赤くなっているのだが、肌が黒くて良く分からない。
「でもムサシって、もっとかっこつけるタイプじゃなかった?」
「うるさいよ」
ぶすっくれる。
「マナ相手にそんなことしてみろ、全部冗談だって笑われるだけだぞ」
「だから正攻法?、それも失敗してるじゃないか」
「だからうるさいってんだよ、お前は」
ますますふてくされる。
「どうしてこう、女運ないのかな、俺って」
「そりゃ仕事中に探すからだよ、女の子を」
ケイタの突っ込みは的確だった。
まあ、それだけ暇が無いと言うことなのだが、マナがムサシに言った、『泣かれても、捨ててたの?』の台詞は、まだ歳若い少年には強烈過ぎた。
それは男の子と女の子の、精神的な成長速度の差から出た隔たりなのだから。
ムサシにとって、マナは横並び、同格の相手でも、マナにとっては、ムサシもオトコノコだったのだが、それは両者共に認識できる意識の下方に沈んでいる感覚だ。
例えればシンジである。
アスカと結婚したとしよう、尻に敷かれて、今までと何も変わらない、と考える。
これはムサシと共通のものだ。
逆にアスカは、ユイやその他を参照している、かしずくわけではないが、家庭を守る女の姿を知っている、これは碇家に入る、イコール『シンジのものになる』を差してしまう。
もちろん、アスカには『もの』などと卑下させはしないだろう、だが、姓を変えるとはそう見れるということなのだ。
世の中には、確かにそれを喜びとする女性も居るだろう、貴方のものにして下さい、わたしは貴方のものだから。
問題は、シンジも、ムサシも、その対象である相手が、そうしおらしくはないと思っている点にある。
つまり、逆なのだ、『オンナノシアワセ』などを例え彼女達が求めていたとしても、オトコノコは、そんなものを想像の埒外にしてしまっている。
あるいはこれまで、物扱いされた経緯があるからか?、とにかく、大人しく三つ指をついてくれるなどとは思っていない。
伏せた顔は恐ろしい笑みを張り付け、にたりと笑っている、その方が似合うと感じる。
酷い話しであるが、それが二人の、女性に対する認識なのだ。
付き合うということは、他に対する規制や制約が増え、その対応への気の配り方が増える以外なにもない。
本来であれば、そこに、相手に対する枷が増えるはずなのだ、例えば、俺、わたし以外の異性とは、あまり話しをしないで欲しい、など、微笑ましい程度のものが。
だがそれを言い出したとて、なぁんでそんな約束をしなくちゃ、と切り返されるのが落ちだろう。
そう思い込んでいる。
幸か不幸か、どちらなのかは分からないが、とにかく男として、彼女達は一個人として強力過ぎる自我を確立し、個性を見せていると感じているのだ。
男にとって都合の良い女だとは思っていない、都合よく扱えるとは思えない、もっと我の強い人間なのだと、尊敬すらしているかもしれない。
だがあえて言おう、マナも、女の子なのだ。
もし真顔で、真正面から手を握って、愛の告白をされたなら?
その時はどうなってしまうか分からない、赤くなり、真っ白になった頭で、思わず返事をしてしまうかもしれないのだ。
愚かな事に、ムサシの正攻法は、その点で大いに間違っていた。
マナに対して必要なのはポーズではない。
誠意なのだから。
そしてムサシのポーズを破砕する切り札を、マナはしっかりと握っていた。
●
「碇シンジ!」
翌朝、学校、正門。
「俺と勝負しろ!」
「へ?」
「俺が勝ったら、マナからは手を引け!」
シンジは首を捻り、空を仰ぎ、下向き、さらに首を傾げた。
「どしたの、シンちゃん?」
さすがにレイは突っ込んだ、こういう時、同じクラスだと不便だ、見捨てて先に行く事も出来ない。
シンジは、ようやく答えた。
「……うん、去年も、こんな事があったような」
ポンと手を打つ。
「ああ、鰯水君?」
遠い目をする。
「良い人だったけどねぇ……」
既に二人の中では過去の人のようだ、憐れである。
「何をごちゃごちゃ言ってる!」
苛立ち交じりの怒りに、シンジは素直に謝った。
「ごめん……」
「それより、勝負は……」
「それは良いんだけどさ」
シンジは恐る恐る訊ねた。
「それって……、僕が勝ったら、どうなるのかな?」
「くっ!」
涙を流す。
「断腸の思いで、お前とマナの交際、認めてやる」
本気らしいと察して困ってしまった。
「認められてもさ……」
「シンジ!」
「わっ、マナ!?」
一体どこから、とは聞けなかった。
その向こうで呆れてさっさと教室に向かっているアスカと、そのアスカに腕を取られて引きずられているミズホが見えたからだ。
(あ、振り返った……)
アスカの唇が、あんた馬鹿?、と言っていた。
確かに、一々付き合ってしまう自分は馬鹿かもしれない。
「シンジ!」
「え?、あ、なに?」
意識を引き戻された。
「頑張って!」
「へ?」
「勝つの、何としても!」
「そんなこと言ったってさ……」
「シンジが勝てば、あたし達、晴れて校内公認の」
「そんなわけないって」
これはレイだった。
「やめとけばぁ?、勝っても負けても、ろくなことになんないよ?」
「いや、僕もそう思うんだけどさ……」
腕に組み付いたマナは、どうやら解放してくれそうに無い。
「ねぇ」
「なんだよ?」
「マナと……、どう言う関係なわけ?」
ふふんと勝ち誇り、ムサシは幼友達の特権を持ち出した。
「俺とマナはな……、一緒の風呂に入った仲だ!」
「ふうん、そうなんだ?」
横合いからの声に、ムサシはぽかんと口を開いた。
ぎこちなく横向く首からは、ガラスを引っ掻くような異音が擦り響き、漏れていた。
少々大人になった彼女、だが見紛うはずが無い。
ムサシは、その名を口にした。
「ミヤ、ちゃん?」
「お久しぶり、元気してた?」
笑っているのだが……、笑っていない。
どこがと言うと、口には出来ない。
大体、怒る筋合いは無いはずなのだが……
「さぁて、修羅場だぞぉ?」
面白げに言ったのはマナだった、また人の不幸を笑っている。
それを聞いて、シンジは思った。
(秋月さんも、知り合いだったんだ)
シンジはレイと目配せを交わし合い、二人で同じ疑問符を抱いていた。
続く
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Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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