カヲルから手伝ってくれと口にされたものの、シンジにはやる事など何も無かった。
 病室、アスカの側でカヲルが『力』を行使している。
 淡い輝きが彼女の体を包み込む、それはとても温かく、抱き締めるような光でもあった。
 アスカの顔に歓喜が浮かぶ、シンジは直視できなくなって、顔を背けた。
「シンジ君」
 呼ばれてシンジは、びくりと震えた。
 堪えるために表情を消し、顔を上げる。
「さあ」
 カヲルに導かれて歩み寄る。
 目で促され、シンジはアスカの手を握り込んだ。
 キュッと握り返してくる。
 シンジは少しばかり驚いた、しかし、それさえも直に霧散する。
(嫌ぁ……)
 泣きそうな声、縋る声が聞こえた気がした、良く見れば唇が小刻みに助けてとくり返していた。
 それが誰に向けられた物なのか?、答えは無くとも、これまでのことから想像できる。
 シンジはアスカが縋っているであろう少年の名を意識的に切り捨てた、ここで頭に浮かべては、到底立ち会う事など出来なかったからだ。
 ……逃げ出したくて、堪らなかった。
「アスカ……」
 シンジはなるべく、優しく語りかけた。
「アスカ、起きてよ……」
 まるでそれが、お別れを言うためであるように。
 シンジは厳かに呼びかけた。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'134

「星を墜とすもの」


 翌日。
「シンジ!」
 アスカはお見舞いに来たシンジに、パッと表情を明るくした。
「おっそーい!、なにやってたのよ」
「ごめん……、ミズホが離してくんなくて」
「ミズホが?」
「うん……、昨日ね、ミズホ一人で留守番させちゃったから」
「それで寂しがってるってわけ?」
「うん」
「はぁ……、小動物じゃないんだから」
 まあ良いわ、とアスカはいつもと違って簡単に引き下がった。
「それじゃ仕方ないわね」
 膝を曲げて、シーツを三角の山にする。
 その上に頬杖をついて、アスカは窓の外を眺めた。
「まったく……、もうどうってことないってのに、今度は脳検査だって」
 シンジは苦笑した。
「でも……、ちゃんとしといた方がいいよ」
「けど嫌なのよ、この……、雰囲気が」
「雰囲気?」
「ええ」
 顔をしかめる。
(病院、消毒液の臭い、飾り付けの無い部屋……、どうしてこう、あそこを思い出させる物ばっかり)
 アスカは自身で気が付いていない。
 大丈夫だと言いながら、しっかりとその記憶は擦り込み同然に溶け合って、アスカの思考を汚染していた。
 あそこ、と表現した通り、アスカの中ではあれが現実の出来事として処理されている。
「じゃあ……」
 シンジは差し入れの雑誌の入った袋を差し渡した。
 受け取りながら、残念にする。
「もう帰っちゃうの?」
「うん……、ミズホもうるさいしね」
 アスカはまたも顔をしかめた。
「そう言う言い方、するもんじゃないわよ」
「……ごめん」
「ミズホだって」
(ミズホだって?)
 アスカは困惑した。
(あたし、今なにを言おうとしたの)
 違和感に気が付く。
(ミズホだって、一人……、孤独を恐いと感じてる、それはあんな風な目にあって来たから?、そりゃ忘れたくもなるか、あんなの)
「それじゃあ」
「あ、うん……」
 気の無い返事に、シンジは無意識の内に足を早くして部屋を出てしまっていた。






「重傷だね」
 呟いたのはカヲルであった、シンジが去ったのとは、逆方向の廊下の角に隠れ潜んでいる。
「シンちゃん……」
 レイはきつくなる目を抑えられなかった。
「わかったの?」
 覗き見を止めて詰問する、が、否定されてしまった。
「駄目だね、何を聞いても教えてくれない、言い辛そうにしてね」
 肩をすくめる。
「正直、僕も恐いのさ、彼女の中でどんな考えが働いて、あんな風に僕を呼ぶような感情にまで発展したのか、それを知るのがね」
「だからって……」
「じゃあ、正面から訊ねろって言うのかい?、その結果、シンジ君に敵視されるような事になっても?」
「今だって変わらないじゃない」
「大違いだよ、いいかい?、アスカちゃんが僕への感情を肯定したとしよう、その場合拒否すれば彼女を傷つけた事になる、シンジ君が許してくれると思うかい?」
「それは……」
「逆に受け入れたとしてもだ、シンジ君はそれを許容するために心を閉じていく、彼女が否定したとするとどうかな?、僕達には話せない、話してはいけないと感じている何かを隠しているのかもしれない」
 また角から廊下を覗く、もうシンジの姿は見えない。
「好意から隠そうとしてくれている事を、全てさらけ出させようというのかい?」
「でもこのままじゃ」
「僕だって辛いさ」
 目線を戻し、カヲルは真っ直ぐにレイの瞳を覗き込んだ。
「僕だって、ね……、これじゃあ、もうシンジ君に偉そうな事なんて言えないね」
「え?」
「だってそうじゃないのかい?、僕はシンジ君の救いになればと思って、今まで相談ごとにも乗って来たよ……、でも良く分かった、僕の言葉なんてしょせんは空論さ、頭の中で整然と並べられた理屈にすぎない、その証拠に、感情が絡んだ立場に立たされている今、僕は理屈通りに行動できないでいる」
「そんなの、当たり前じゃない」
「その当たり前が分かってなかったって事さ、結局……、僕も愚かものの一人だったって事か」
「カヲル?」
 レイはカヲルの瞳の中に、酷く危険な色を見た気がした。






「シンジ様ぁ!」
 帰宅するとミズホが飛びつくように抱きついて来た。
「ただいま」
 シンジは苦笑しながらも受け止めた。
「ふきゅ?」
「どうしたの?」
「いいええ」
 ミズホは怪訝そうにした後で、にこぱっと笑顔を浮かべて、頬もちょっと赤くした。
(シンジ様、凄いですぅ)
「み、ミズホ?」
 ミズホはシンジの背に腕を回すと、きゅっと抱きついて首元に顔を埋めた。
「どうしたのさ?」
 幸せそうに目を閉じている。
「なんでもありませぇん」
 シンジは彼女の喉の震えをくすぐったく感じた。
(やっぱり、昨日のがまだ響いてるのかな?)
 思い出す、帰って来た時、一人真っ暗な家でミズホはぐすぐす泣いていた。
(泣きつかれて寝ちゃうまで、シンジ様、しか言わなかったもんな)
 仕方ない、と溜め息を吐いて、シンジはちょうど良い位置にあったミズホの尻尾髪の先端を掴み、くりくりと回して時間を潰した。
(シンジ様、逞しいですぅ)
 ちなみにほんとの所は、単純に、よろけもしなかった事に対して感動していた。


「そうですか、アスカさん、まだ」
 ミズホはエプロンの上にお盆を抱いたまま、シンジの横に腰を落した。
「うん……、怪我は無かったんだけど、頭を打ったかもしれないから、検査するって」
 ミズホが運んで来てくれた味噌汁に口を付ける。
「でもでも、車にぶつかっても怪我一つしなかったなんて、さすがはアスカさんですぅ!」
「流石って……」
 苦笑するシンジに力説する。
「走って来た車を張り飛ばすアスカさんが見えるようですぅ」
「はは……、いくらアスカでも、そこまでは」
「でもでもぉ」
 ミズホはふいに顔を襖に向けた。
「どうしたの?」
「誰か帰って来たみたいですぅ」
「え?」
 部屋と言っても玄関すぐだ、ただいまが聞こえないはずは無いとシンジは訝った。
「ただいま……」
 遅れて襖が開けられる。
 レイだった。
 それもかなり消沈している。
 シンジはいつも通りに問いかけた。
「おかえり、遅かったんだね」
「うん……」
「どこか行ってたの?、学校、アスカから電話があってね、雑誌買って来てくれって頼まれて、一人で行って来たんだよ?、アスカさ」
「シンちゃん!」
 レイの叫びに、シンジは目を丸くした。
「な、なに……」
 涙目で、何かを堪える、レイはぎゅっと引き結んでいた唇を開いた。
「どうして、シンちゃん……、平気で居られるの?」
「え?」
「平気な振りなんて出来るの?」
「な、何言ってるのさ……」
「シンちゃん!」
 シンジの『本当』は、顔を背けた事からすぐに分かる。
「だって、だってアスカ、シンちゃんを使いっ走りにしてっ、でも、アスカは!」
「やめてよ!」
 シンジは、今度は呻くようにしてくり返した。
「やめてよ……」
「シンちゃん」
「良いんだ……、どっちでも」
「シンちゃん?」
「だって、だってさ、どうでも良いじゃないか、そんなこと、どうだって……、友達ならさ!、それぐらいの用事、頼むでしょ?、それだけだよ、それだけ……」
「シンちゃん……」
 痛ましいと見つめる。
「う、ふきゅ?」
 ミズホはそんな二人に着いていけず、一人困惑し、見比べていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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