暗闇の中、少女は一人うずくまったまま、ただ脅え、震えていた。
「独りは嫌、独りは嫌、独りは嫌……」
 ミシリと音がする、家鳴りだ、建材が冷え、収縮した時に断てる音。
 普段なら気にもしないような音なのに、やけに耳に付いて聞こえ、彼女はびくりと震え上がった。
「いやっ!」
 さらに小さくなろうとする。
「シンジ!」
 パシッと音。
「カヲル!」
 それは脳神経の焼き切れる音。
「抱いてくれない、キスもしてくれない!、どうして?、なんで何もしてくれないの!?」
 温かな家、眠る時、天井の向こうに見える幻は、幼馴染の安らかな寝顔。
 冷たい病室、眠る時、壁の向こうに感じるのは、同じく不安を抱える少年。
 心がぐらつく、思いが揺れる。
『生きて』
 幻聴が聞こえた。
『死んではいけないよ』
 確かに聞こえる。
『死なせない』
 嘘の声。
「カヲル!?」
 分かっているのに、分かっているはずなのに、彼女はそれでも顔を上げる、だが。
「あ……」
 そこにあるのは、暗闇と寒々しさ。
「う、あ……」
 耐え切れず、恐れおののき、喉から声を絞り上げる。
「あ、あ、ああ!」
 引きつりが吐き気を催させる、虚空を凝視するまなこからは涙が溢れ、その目は血走ってしまっていた。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'137

「せつない笑顔」


「そんな、ことが……」
「あったんだよ」
 浩一は深く頷き、言葉を無くしたシンジをさらに追い立てた。
「彼女は、泣いているよ、独り、寂しく……、そう、だって、君に捨てられてしまったからね」
「そんな!、捨てたなんて……」
「そうかい?」
 視線を鋭くする。
「君は、彼女が裏切ったと、そう勘違いしたんだろう?、なら彼女だって、独り置いて行かれた事に、同じような思い込みをすると、どうして気が付かないんだい?」
 言い訳しようとして……、シンジは止めた。
「どうなんだい?」
 答えられない。
(だめだ、だって……)
 釈明は、言い訳以上のものにはならない。
(信じなかったのは、ほんとなんだから)
 すっと……
 ミズホを抱きかかえたままのシンジを庇うように、間に綾波が立ちはだかった。
「碇君は、悪くないわ」
「そうかい?、では、悪いのは誰なのかな?、彼女かな?、彼女の自業自得なのかな?」
 浩一は引かなかった。
「君は酷い人だね……、彼女にも同情の余地はあるだろうに」
「そう?」
「なら聞くけどね」
 すっと手を持ち上げ、シンジを指差す。
「君は、どうして彼の元を選んだんだい?」
「それは……」
「碇ゲンドウに導かれたから?、違うね、君には出て行く機会が幾度もあった、それこそ、何度もね、なのに君は彼と共にあることを選び続けた、嘘、欺瞞が多過ぎる、君は……、いいや、綾波レイ、『君達』は、誰のためでも無い、居たいんだろう?、シンジ君の側に」
 知ってか知らずか?、浩一が言い放った言葉は、アスカに告げたものを否定するものである。
「わたしは……」
「シンジ君は、君達を物理的に保護、守護する力を備えてはいない、秘めてはいるけどね」
 薄ら寒く笑う。
「では何を求めているんだい?、それは温もりだ、そう、真冬の身を切るような風に晒され、暖を取る焼け石から立ち去れないように、ただ留まった、その事実を、感情を、否定したままに彼女を責めたてるのは、少々おかしいんじゃないのかな?」
 彼女は険を立てた。
「憐れんでもらうために、ここに居るわけではないわ」
「ならどうして?、心地好かったんだろう?、縁遠かった物、愛情と思慕と同情、媚を売らなかったと言い切れるのかな?、甘えを得ようと、受け入れてもらおうと頼らなかったのかな?、慰めてもらいたいと、震える夜は無かったのかい?」
 空を見上げる。
「美しい夜だ……」
 星が瞬いている。
「なんの脅えも無く、この心地好さに身を晒せる、なんて素晴らしい事なんだろう」
 目を戻す。
「そう感じられるようになったのは何故だい?、彼の元であるからだ、彼に対しては甘えられるからだ、その真実を、その気持ちを、過去の思いを、昔の感情を、今更思い出したくないからと拒絶し、その好意を打ち払い、傷つける、それは許されざる行為だよ」
 険しく視線をぶつけ合う。
「シンジ君はそりゃ優しいさ、けど気にしていないはずは無い、違うのかい?」
 最後の問いかけはシンジに対する物だった。
「答えてくれないかな?」
「そりゃ、少しは……」
「だろうね、でも訊ねない、理由は?」
「そんなの」
「決まってる、か、そうだね、余計な詮索はただ傷を広げるだけだ、守る、保護をする、助ける、……余程の覚悟が無くては聞くわけにはいかないさ、知ってしまっては逃げられなくなるからね、それが恐いと言えば嘘になる、そうだろう?」
 シンジは顔を背けた。
「そうかもしれない」
「だから……、君は惣流アスカに訊ねる事が出来なかった」
 綾波を見る。
「君もまた触れさせることが出来なかった、知られると都合が悪かったからさ、君にとって」
「あの人が……、わたしの過去を知る必要は、ないわ」
「彼女が、じゃない、シンジ君がだろ?」
 にやりと笑う。
「君は、シンジ君に変って欲しくなかったんだ、いま十分満ち足りているのに、妙に意識して、ぎこちなくなってしまうのを嫌った」
「違う……」
「いいや、違わない」
「どうして」
「そんな事が言えるかって?、簡単だよ」
 再び指差す、だが、今度はシンジの向こう側だった。
「彼らが、その証拠だよ」
 振り向いて、シンジは小さく悲鳴を上げた。
「なんだよ……、なんだよこれ!?」
「魂さ」
 簡潔に答える。
「迷い子達のね」
 ざわざわと耳障りな音がした。


 浜へと下りる階段口から道路へと、闇に溶け込み、蠢いていたのは、浩一が手に抱いているのと同じ、無数の巨大蛭の群だった。
 後ずさるシンジ、シンジを庇いながら綾波も下がる。
「綾波レイ」
 そんな彼女に語りかける。
「君は嘘吐きだね」
 取り合わず、少女は蛭の群を睨み付けた。
「彼らはシンジ君を狙っているわけじゃないよ、君の心の暗部に惹かれているのさ」
「!?」
 動揺した綾波に代わって、シンジが問うた。
「暗部って何さ!」
「優しくされたい、温もりを得たい、守られたい……、依存したい甘え、それは誰にでもあるものだろう?、共通する感情、共感する想いに惹かれているのさ、そう、彼らはまさに亡霊だから」
「亡霊って……」
「生きているよ?、けれど知能と呼べる物は無い、死よりも辛い目に合わされた彼らは絶望の果てに自我を放棄したのさ、自分を見失えば傷みは感じなくなるからね?、彼らは死んでいる、それでも意識は心を狂わせた時のままに、今も想いを抱き続けている、それは恐怖ではない、泣き言だよ」
 少女を憐れむ。
「世界に絶望し、希望を見失いながらも、それでも期待する、その心が、想いが、君に分からないはずが無いだろう?」
 浩一は手の内の蛭を、取り囲むように移動した一団の中に放り入れた。
「だって、君は、この子たちと同じように苦しんでいた一つの命を救うために、手を貸してくれたんだからね?」
 穏やかに、やけに穏やかに。
 浩一はシンジに語り始めた。
「僕はとある海で、一つの命を拾い上げた」
 シンジはミズホを引きずるように抱き下がり、壁にぶつかった。
「その命はこの子たちと同じように、生きる意志と言う物が欠けていた」
 防波堤にぶつかり、逃げ場を失う。
「僕はその命に、とある形を組み込んだ、元は同じ物だからね、組み込みもまた容易かったよ、君は知っているだろう?、君に良く似た、髪の長い女の子を」
 しっかり聞いていたのだろう、答えた。
「山岸さん!?」
「そう、だけどそれだけでは精神が安定しなかった、形状が幾ら人真似をしても意味が無かったんだよ、そこで僕は、心の形を、生に対する本能を、綾波レイ、彼女の手を借りて学習させ、記憶させた、君はその時の僕達を見て、密会と間違えていたね?」
 それがいつ頃の話か思い出させる。
「あの時に……」
「同じ物で出来ているんだからね、心が無ければ同調できるさ、まあ、結果から言えば、擦り込みに近かったからね、少々過剰な愛情を……、母に対する思慕の念を、潜在的に抱いてしまったようだけど」
「それが、何の関係があるのさ!」
「言ったろう?、彼女と、この子たちは同じなのだと、なら、やる事もまた同じことさ」
 手をかざす。
「立ち上がれ、リリム、悪魔達……」
 ざわざわと集まり、一つに纏まっていく。
「考えた事が、あるかい?」
「う、あ……」
「僕達と、君達の違いを、あるいは僕らと、人類の違いをさ」
 遠い目をする。
「人間と同じだよ……、少なくとも見た目はね?、けれど人は僕達に抗う術を持たず、服従するしかない、なのに僕達は孤独が恐くて、彼らに飼われる事で安寧を得ようとしてしまう、強過ぎる猛獣は、常に飼い主に脅えられ、警戒されてしまうだけなのに」
 蛭の表皮がとろけて混ざり合っていく。
「ゲームを例に上げれば、僕達は人間界に巣食う魔物なのさ、人の姿を借りた、ね?、けれど人類にはそれを見分ける術が無い、安心するためには最後の一人になるまで隣人を殺し尽くす他ないんだよ、でも僕達は力を通じて分かり合える」
 肉達磨はこね上がり、人の姿を形成していく。
「けれど僕達を作り出したのはその人類だよ、当然、彼らはそのような状況も想定していた」
 痩身の少年か、少女か、二人の前に立ちよろける。
「では何を用意しようとしたのか?、そう、悪魔達を統べ、全ての頂点に経つ魔王……、あらゆる物の長であり、束ねる者、絶対の存在、父たる強者」
「アダム、カドモン……」
 呆然とその名を呟いたのは、綾波だった。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q