人が逃げ出して来る、それも大慌てで。
「何かあったのかな?」
 いつもならそう口にするのはシンジであろう、だが、今日はカヲルが彼に訊ねた。
 もちろん答えを持つはずが無い、ないのだが、しかし。
「シンジ君?」
 きつく唇を噛み締めているシンジに、カヲルは不可思議な物を見た。
 それは憤りだろうか。
「何を怒っているんだい?」
 肩をすくめる。
「まだ、『そう』と決まった訳じゃないだろう?」
「だけど!」
 カヲルはシンジの肩をぽんと叩いた。
「行こう……、確かめてからでも考えることは出来るさ、それに」
「?」
「君が居て、僕達が居る……、他にも沢山の人達が居る、問題が起きない方が不自然なのさ、そうだろう?」
「だね……」
 シンジは無理矢理納得した。


GenesisQ'145
「HANABI」


 状況を整理するとこうなる。
 男が銃を片手に、小脇に抱えるように少女を人質に取っている、ある意味必死なのだろうが、おかしな事に少女は余り恐がってはいなかった。
 脅えた風を装って遊んでいる、それが正しい、時折『ヤッホ』と小さく手を振っている。
 テーブルや椅子は蹴り倒されていた、椅子はともかくテーブルは安普請が幸いした、人がぶつかっても怪我させることなく壊れたからだ。
 大半の人間は外へと逃げ出した、不自然な事に扉は全て閉ざされている、男がそう指示した訳ではない、内側に残った人間がさり気なく隔離したのだ。
 残っている数は意外に多かった。
 まず壇上の主役の二人、加持とミサト、それに神父を合わせた三人。
 客賓の碇ゲンドウ、その妻ユイ、三人の娘と、冬月コウゾウ。
 赤ん坊を抱いているサヨコも居る、それから両手で余るかどうかと言った人数で、男女が隅や入り口付近で震えていた。
 いや、震えている風を装っていた。
「手際のいい事だな」
 そう呟いたのは冬月だった。
「壇上の二人は仕方がない、身重ではそう機敏には動けまいからな、後は『事情を知る者』ばかりだ、万が一の時にも『あの子』であれば」
「冬月先生?」
「な、なんだね、ユイ君……」
 にっこりと詰問する。
「あの子達であれば危険な目に合っても良いと、そうおっしゃられるんですか?」
「いや……」
 フッと笑うゲンドウだ。
「人質に取られた者がただの子供では悪く、あの子であればいい、その考えは危険だな」
「すまん」
 そんな短いやり取りに子供達は関心の目を向けた、ただ、赤ちゃんの手をだぁだぁと遊んでいるサヨコの微笑みだけは崩れる事は無かったが。
 その代わり、幾分やわらかみが増していた。
 キィンと外からハウリングが聞こえた。
『あ〜〜〜、聞こえるかね!』
 どうやら警察らしい。
「うるさい事だ」
「無駄だろうな」
「何故かね?」
 ゲンドウはクイと顎で指し示した。
「説得で改心するのであれば、最初から自首している、何があったかは知らんが相当錯乱しているな」
「警官は逆効果か」
「ああ、ここにも追い立てられて来たのだろう」
 冬月はさっと視線を巡らせた。
「保安部員を混ぜ込んでおいたのは正解だったな、どうするね」
「様子を見る」
「あの程度なら、取り押さえるのは容易だが?」
「彼の意向だ」
 ゲンドウの目は加持へと向かう。
「花嫁には知られたくないのだろう」
「警護をか?、しかし今更だろう」
「いや、もちろん警護そのもののことは知っているはずだが、規模までは知らん」
「そう言う事か」
 どれだけの重大事になっているのか、そこまで心配させたくは無いのだろうと推し量る。
 二人が剣呑な会話を続けている間も、男はかなり苛立った様子を見せていた。


 男の視点から物事を見ると、通常な精神状態にある人間はまず間違いなく酔うだろう。
 壇上のウェディングドレスとタキシード、白と黒、隅で脅えている男性と女性の集団、手元の少女、いやもっと神経をささくれ立たせるのは、この様な状況下であるのに気にすることなく平然と、それどころか和やかにしている家族連れとおぼしき一団だろうか?
 銃口を何処に向けるか、それだけでもさ迷わせている、いい加減少女も邪魔になって来た、抱きすくめるにしても小さいし、かといって抱き挙げているには重いのだ。
 こんな時、誰かが話しかけて人質を離せとでも言うのが常識なのだろうが、生憎とこの場に居合わせた者達でそれを定石と思っているのは少女達だけであった。
「おい!」
 膠着状態、何も反応を示さない周りに最も苛立ったのは男であった。
「お前!」
 男は少女を引きずるようにして歩き出した。
 加持に向かって。
「車を用意させろ!」
「どうやって?」
「どっ」
「悪いが、この状態でね、外への連絡手段なんて無い、話すなら直接外の連中と」
「うるさい!」
 がちがちと鳴っているのは引き金の音だった。
 男の指の震えが鉄をかち鳴らせている、銃の先端も狙い定まらずふらついていた。
 加持はその銃を見て安堵した、それは知っている銃だったからだ。
 手のひらにその感触と引き金の重さが蘇る、興奮しているのならまだしも、相手はまだ迷っているように見られた、なら思わず引いてしまうと言ったことは無いだろう。
 それ程までに引き金とは堅い物だ、弾みで引いてしまえるほど軽い造りはしていない。
 人差し指でそれを引き絞るためにはそれなりの意志が必要なのだ、激情を誘わなければそう問題は無かろうと思われる。
「何をやったんだ?」
「黙ってろ!」
「そう言われてもな……、そっちと同じでこっちも恐いんだ、話してないと気が狂いそうになる」
 良く言うわ、とぼそりと聞こえて加持は苦笑しかけてしまった。
「あなたねぇ」
 加持の脇からミサトが口にした。
「見て分かる?、結婚式なの、邪魔されたくないの」
「結婚式?」
「そうよ」
 へっと男は笑い飛ばした。
「結婚式?、学校で?、嘘だろ」
「悪い?、教え子にお祝いしてもらってる最中なの、邪魔しないでくれる?」
「それじゃあこいつも大事な教え子って訳だ!」
 ごりっと少女の頭に銃口をこすり付ける。
「痛い……」
 少女は……、マイはぷぅっと頬を膨らませた。
 目でちらりと確認を求めている、サヨコに。
「とにかく、車を!」
「ここには無い」
「分かってる!、用意させろ!」
「だから連絡の手段も無い、誰かが交渉に出るしかないな」
「そっ、それはだめだ!」
「じゃあどうしようもない」
「なんとかしろぉ!」
 半狂乱になって喚き立てる、その目尻には涙さえ浮かんでいる。
 当人もかなり切羽詰まっているらしい。
「撃つか?」
「いや、まだだ」
 訊ねたのは神父で、加持はそれを小声で押さえた。
「警官が居る、銃での解決は面倒が多い」
「力付くとなると人質の安全は保証出来ないが?」
「ああ……」
 加持は目を細めた。
「分かっているさ」
 加持の認識は冬月よりもむしろゲンドウに近く好ましい物であったのだが。
 それでも場合によってはと考える冷徹な部分を瞳の奥に、きっちりとミサトは見抜いて顔を険しくしかめて見せた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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