「カヲル君、どう?」
 訊ねたシンジに、カヲルは控え目にかぶりを振った。
「そう……」
「入り込むのは難しいね、こう大事にされてしまうと」
「みんなは」
「無事は無事だよ、それは浩一君が確認してくれている」
「浩一君が?」
「他にも……、ね、大丈夫、でも最悪の事態が避けられるかどうかは」
「最悪……、って」
 青くなったシンジに、そうではないとカヲルは不安を告げた。
「人質になっているのはマイだよ」
「マイちゃんが!?」
「中は良い、口止めしなくともわきまえている人間ばかりだからね、でも外に出て来た場合が問題だ、こうも人が多いところで、マイが銃弾に曝されたら」
「銃を……、持ってるの?」
「ああ、まだ話してなかったね?、そうだよ、どうやら強盗犯は銃を持って立てこもっているらしい」
「でも、どうしてマイちゃんが」
「ミヤに連れられて来たらしいよ、こうなってくるともうお祭りだからね」
「ほんっ、とに!」
 シンジはざりざりと靴の裏で砂を踏みにじった。
「シンジ君……」
「何かあるって言うなら、我慢もするけどっ、どうしてこんな事にまで!」
「そうだね」
 カヲルもつられて嘆息する。
「こんな下らない事にまで、正直巻き込まれるとは思わなかったよ」
「……ゴメン」
「どうしたんだい?」
「マイちゃんが捕まってるのに」
「それを言うならレイ達だってあの中さ、心配なのは同じだろう?」
「そうだけど、ね」
 悩み、訊ねる。
「ねぇ……」
「なんだい?」
「僕は……、何かをするべきなのかな?」
「ん?」
「……こういう事は、専門の人達に任せたほうがいいのかな?、それとも」
「確かに……、ね」
 カヲルもその意見には賛成だった。
「僕達はいくら荒事に慣れていると言っても、こういう事は専門外だからね……、力付くでどうにか出来る問題でもなし、第一、犯人の心理状態を把握し、読み取ることは出来ない、そのためにはそれなりの経験と勉強が必要だからね」
「黙って見ているしか無いのか、僕は……」
「シンジ君」
 思い切って訊ねる。
「悔しいのかい?」
「情けないんだよ」
「何が?」
「……力だとか、何だとか、それだけならまだしも、こんな『普通』のことにだって手が出せない、僕は」
「情けない、か」
 確かに、と思う。
「そうかもしれないねぇ、確かに僕も、情けないよ」
「カヲル君?」
 カヲルは苦笑をして見せた。
「シンジ君の言う通りさ、力を振るって恫喝することは出来ても、突発的な事態や現在進行している事象に対して、先を読み、対処する事が出来ないでいる、『アドリブ』が利かない僕は、きっと本番に弱いと言うことなんだろうねぇ……」


 カヲルが思い出していたのは先日の甲斐とのやり取りの一面であったのかもしれない、それを落ち着いて反芻出来る程度には心を取り戻していたのだろう。
 その甲斐や、あるいは碇ゲンドウとも渡り合って来たのが加持リョウジである、決して対等に、とまでは口に出来ないが、それでも使われる程度の信頼をかちえるには値する。
「つまり、次男坊として長男と比較され続けて来た君は、今度は彼女の父親にその立場を指摘され、彼女からも卑屈さを衝かれて自棄を起こした、と言うんだな」
 加持は冷静に並べ立てた後で後悔した。
「情けない……」
 ポツリとこぼしたのはアスカであった。
「なんだと!」
「だから馬鹿にされるんでしょうが……」
 時と場合にも寄るだろうが、アスカもそれなりの窮地を経験して来た少女である。
 この程度のことではうろたえない。
「短絡的にお金があればなんとかなるとか、一発大きな事をやってやるとか、そういうせこいこと考えてるからお金も取れずに逃げ回らなきゃならないような、間の悪いことになっちゃうのよ、ばぁか」
 やってられない、とばかりに言い放つ。
「どうせ車を運ばせた後もその子を連れて逃げるくらいの事しか考えてないんでしょ?、で、どうするわけ?、車なんて道の上しか走れないのに、逃げ切れると思ってんの?、ガソリンのことだってある、切れたらまた持ってこいって脅すわけ?、なぁんにも考えてないじゃない、馬鹿みたい」
 辛辣だが、事実でもある。
 白昼堂々、逃走劇を開始して逃げ切れるはずが土台無いのだ。
「つまんないことやってないで自首すればぁ?、その彼女だって、自分の言葉が追い詰めたとかなんとか、同情してくれるかも」
「うるせぇ!」
 銃をアスカに向ける、だが……、思い直したのか、花嫁に向けた。
 ……純白のウェディングドレスに。
「そうだよな……」
 庇うように動こうとした加持を銃口で牽制した、明らかに先程までとは変わっていた。
(まずいな)
 落ち着いた様子で狙いを定めている。
「結婚式、か」
「ええ」
 真面目に答えるミサトに祝辞を述べる。
「よかったな」
「ありがとう」
「俺も結婚したかったよ」
「そうでしょうね」
「でももうだめだ」
「だから?」
「羨ましいのと……、八つ当たりだよ!」
 −ガン!−
 火を噴く銃、アスカ達はガタンと立ち上がった、だがミサトはよろめきもしなかった。
 驚いたのは撃った男であった、外すつもりは無かった、だが実際には大きく外れてしまった。
 プロではないのだ、この距離では当てる方が難しい、当たると思ったが外れてしまった。
 それでもだ。
(避けない!?)
 それどころか、瞼も閉じなかった。
 今も睨み付けている。
 何と言う女か、それは一種の恐怖だった。
「……撃ちなさい」
「葛城!」
 思わず慣れた呼び方をした加持を目で諌める。
 ついでに黙っていろと指示をした。
「撃ちなさい、撃ちたいのならね」
「……」
「その子を放して、両手でグリップを握って、真っ直ぐにホールドして……、でないと、早々当たるもんじゃないわよ?」
 ミサトはゆっくりと歩き出した。
 階段を降り始める。
「あなたが何処の誰だとか、どれだけの悩みを抱えているとか、そんなことは関係無いわ」
 粛々と告げる。
「それでもね……、あなたの自棄に付き合って、簡単に折れるほど弱い性根はしてないのよ」
 もう片腕でも当てられる距離になっていた。
「悩みとか、苦しみなんて分からないけどね、わたしは」
 その大きなお腹を胸を張って見せる。
「絶対にもう、傷つけさせないって決めたのよ」
 言葉の深みは感じられただろう。
 意味は分からずとも。
「だから」
 ミサトは更に前に出た。
「う……」
 男の銃が胸に当たるところにまで。
「撃ちなさい」
 男の方が脅えて下がろうとする。
「撃てっつってんでしょう!」
 ビクリと男は体に力を込めてしまった。
 反射的に引き金が引かれてもおかしくはなかった。
「人殺しの道具を脅しに使うんじゃない!」
 −ゴッ!−
 振るわれた拳が男の頬を殴打する。
 ダンと今度こそ弾みで銃弾が放たれた、僅かにミサトの脇腹を掠め、ウェディングドレスに裂傷を作る。
 どたんと倒れた所に、大勢の『人質』が襲いかかった。
 一気に騒がしくなる、と、ミサトはふぅっと息を吐いた。
「さ、続きをしましょうか」
「お前なぁ」
 呆れる加持だ。
 一方でアスカ達も、そんなミサトに対して驚嘆していた。
「先生、凄いわ……」
「うん……」
「ですぅ……」
 そしてその様子を覗いていたカヲルとシンジも。
「先生、凄いや……」
 コンピューター室である。
 カヲルの操作によって特殊回線に繋がれたパソコンは、そんな様子を克明に捉えていた。
「人の力か」
「ん?」
「シンジ君の言う通りだよ……、僕達にはただの人では抗えない力がある、けれどそんなものが無くても、僕達にはどうしようもない事を人はこうして、解決していけるんだ」
「そうだね……」
 カヲルの言葉は感動が先走っていて、今ひとつ足りていない部分があったが。
「……そうだね」
 それでもシンジは何かを感じ取ったのか、深く深く、頷いていた。



続く







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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