翌早朝。
昨夜早く眠ったためか、あるいは疲れのために深く昏睡したからか。
夢を見る前に寝疲れからレイは目を覚ましていた。
「ん……」
一階が騒がしい。
んっと体を伸ばした後で、勢いもよく跳ね起きる。
襖を開けると、玄関口に気配がしていた。
「おはよー」
階段を降り、いつもの調子で呼び掛ける。
相手はゲンドウとカヲルだった。
「やあ」
「うむ」
「では」
「ああ、頼む」
「カヲル?」
レイの呼び掛けに、カヲルはいつもの笑みを浮かべた。
「シンジ君なら、ちょっと出掛けてるよ」
「え?」
「大丈夫、じゃあ」
そう言って出て行く。
レイは、はてと首を傾げた。
幾つかの違和感が刺のようにささくれ立った。
何故自分を避けるようにするのか、何故シンジのことを持ち出すのか、それに。
(大丈夫って、なにが?)
いつもならからかうはず、いつもなら冗談が混ざるはず。
なのに何故、いきなり安堵させようとするのだろうか?
ちらりと養父の顔を窺う、しかし。
「はやく顔を洗って来なさい」
「はい……」
こちらはあまりにもいつも通りで、心の内までは読み取れなかった。
GenesisQ'147
「海底二万マイル」
ミヤは赤ん坊を抱くサヨコの姿に、はぁっと深い溜め息を吐いた。
「はまりすぎ……」
胸に抱いてあやしながら、ん〜?、っと赤ちゃんに話しかけている。
そんな様子を見ていると、その大きな乳房が母乳を蓄えていないなど嘘のようだ。
「赤ちゃんなんて預かっちゃって、大丈夫なの?」
「ええ……」
サヨコは、それにと続けようとした言葉を飲み下した。
「ミヤ?」
「ん〜〜〜?」
「甲斐さん……、あの人達も、こんな気持ちだったと思う?」
「はぁ?」
きょとんとするミヤ、彼女には何を言いたいのか分からなかったようだ。
(その方がいいのかもしれない)
その考えもまた、大人達に重なってしまったと感じた。
(自分が何であるのか、自分がどんな存在なのか……)
何も知らないでいられるのなら、それを知る人間も少ない方が良いのだ。
自分達がそうであったように、子供は特別な目を敏感に察知する、自分は普通ではないのだと、『まとも』ではないのだと自覚して、どんどん自虐的にはまっていく。
(この子にそれを気付かせないためには、そんな風に見る人間を作らない事が一番良い)
しかしだ。
ちらりとテーブルの上に放置していた携帯電話に目を向ける。
もうミヤの目には触れないように、削除してしまったが。
(シンジ君……)
事態は確実に進行していた。
「先手を打たれるとはね」
言ったのは浩一だった。
「シンジ……」
「碇君の居所、掴めないんですか?」
沈痛な面持ちのマナに同情してか、マユミは訊ねた、しかし。
「分からない」
「浩一さんでもですか?」
「僕とて万能ではないからね、もちろん、手段が無い事は無い」
「だったら早く」
「駄目だよ」
浩一は頭を振った。
「君も分かってるだろう?、シンジ君一人と、人類全体と、どちらを取るか、その決断は僕一人では出来ない、それに」
「ジャイアントシェイク、ですか」
「そうだ、十五年前のそれは余震に過ぎなかったって事だよ、地震だけじゃない、今世界で磁気異常が多発している、その原因は言うまでもないだろう」
マナは食い下がった。
「でも……、でも地震なんて、どうにも出来ないじゃない」
狂った事を言う。
「だったら、だったら!」
どうせ危機的な状況に陥るのなら。
シンジのために、もう一つ増えた所で。
「駄目だ」
「浩一!」
「マナの気持ちも分かるよ、僕だって人類よりはシンジ君を取りたい」
理由を説明する。
「人間では駄目だ、人間は僕達を隷属させようと考えるからね、僕達の力を道具として手に入れれば世界も操れると、馬鹿だよね、人知の及ばない力をどうやって捕らえようと言うんだか」
苦笑。
「だからと言って僕では駄目だ、他の誰でもね?、僕達の力は人に恐怖を与えるだけで、抑え付けることは出来ても、従わせてしまうだけになる、けれどシンジ君なら」
「わかってる!」
マナは言う。
「シンジはあたし達を……、そんな風に見ないって、分かってる」
「だね……」
言いたいことは共通していた、もし、浩一が次のジャイアントシェイクの後に生き残っていたのなら、きっと主として台頭してしまう事だろう。
その時、自分達は弱者として媚びへつらわなければならなくなる、そうでもして頼らなければ生きてはいけないのだから。
マナにとって、浩一とはそんな存在だった、彼には何故人間のためなんかにと言う意識が見えていたから。
だがシンジは違う。
シンジなら、そんなことはどうでも良いと、自由に力を操れないくせに必死になってくれるだろう。
誰の、ためにも。
「そんな碇君だから、好感が持てるんですね……」
マユミはしみじみとして言った。
確かにそうだ、この力は無視出来るものではない、マナですらどこか自分に対して注意している部分があると感じられる。
なのにシンジはどうだろう?
彼にとって大事なのは『人格』で、『存在の定義』ではないのだ。
誰もが、恐怖を克服するために決定づけようとするというのに。
自分自身ですら、なのに、シンジは『自分』を知ろうともしない。
「時間は限りなく零に近い、それでも今しばらくの猶予はあるさ」
「だけど本当に、ノアの方舟なんてものが実在するの?」
「……リバースバベルが存在したようにね」
「あ……」
「どこかにはあるよ、何処かの誰かが作っている紛い物ではない本物が、そしてシンジ君は恐らく、そこに居る」
「その位置を特定するための」
「そう、最終手段がこの」
−地球制止作戦−
「僕一人では決められない、だけど誰に相談すればいい?、こんなことを……」
こんな時、自分と同一の立場に立てる同志、あるいは仲間が居ない事に、浩一はほぞを噛む思いを味わっていた。
しかし悔いているのは彼らばかりではない。
「俺に、何をさせるつもりだ?」
重く、強い意思の力が込められた声。
リキ。
「君だけじゃない……、いや、正しく言うよ、君だけじゃ『足りない』」
喧嘩を売っているのはカヲルであった。
「テンマを始め、もう何人も連絡が着かなくなっている、それぞれの道を歩んでいる」
「俺には、それが無いと言いたい訳か?」
一歩歩み寄っただけで、その身長が熊のような巨漢に錯覚させた、そこには殺気と怒気も含まれていたが。
「僕にも引けない理由がある」
カヲルは拳を握り込んだ、それは珍しい仕草だった。
これまでであれば、いつものように笑みを浮かべたまま、自然に『力』を見せて恫喝していたことだろう、なのに、力を使わず、感情に任せているのだから。
「それほど大事か?、あいつが」
リキは口にした。
「お前は、連中のことを知っているのか?」
「……」
「俺は、知ってる」
「……」
「俺はテンマと協力してあいつらを追っていた」
「テンマと?」
「ああ……、碇シンジの誘拐はある程度予想されていた事態だった」
「リキ!」
「慌てるな、予想と言っても予測の域は出なかった……」
「では聞くよ、あれは何だい?」
「……天使だ」
「天使?」
「そう、天使だよ」
リキの言葉には、どこか重々しくて、苦渋に満ちたものが見えていた。
あるいはそれは、憎悪であった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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