何かとても恐い夢を見たような気がして目が覚めた。
 まどろみの中で呻くように身じろぎをし、体を丸める。
 そうしてようやく気が付いた。
 布団が自分のものと違ってざらついていた。
「……」
 鼻を擦り付け、匂いを嗅いで薄目を開く。
 どこかで予感があったのかもしれない。
 だからさほどには驚かなかった。
「夢じゃ……、ないんだ」
 見た事も無い部屋、初めての部屋。
 石作りの壁などテレビの世界のものだと思っていた。
「映画のセット?」
 そう考えられるだけ、幼馴染の少年よりも性格がしっかりとしているのだろう。
「きゃ!」
 別に誰かに何かをされたわけでも無いのに、少女は赤くなって自分の体を抱き締めた。
「何よ、これ……」
 髪の色と同じように肌が赤く染まってしまう。
 麻で出来た粗雑な服は、どこかざらついて肌を擦るように痛かった。
 下着も脱がされていた、大きな胸が形悪く弛んで肩に重い。
 少女は……、アスカはベッドの上から周囲を見渡し、人気が無い事に寒気を感じた。
「何処なのよ、ここはぁ……」
 泣きそうな声を出してベッドから降りる。
 小さな四角窓から外を覗いて絶句した。
 廃墟とおぼしき光景が広がっていたからだ。
 倒壊した建物はどれも瓦礫と石ころの区別が付かないほど風化していた。
 その上には緑の芝が根を張っていた。
 薄暗い空であっても、のどかながらに薄ら寒い光景が見渡せた。
 ごくりと喉を慣らしてしまう。
 それは人の気配が、全くと言っていいほどしなかったからだ。
 いや……
 遠い、遠くの岩の上に、何か動くものが見て取れた。
 後は言い訳の連続だった。
 ここが何処か調べなくてはならない。
 あいつを捕えて吐かせてやる。
 こんな物に着替えさせた罰を。
 人の体を勝手に見た。
 何かされたのか、確かめなくては。
 それらが全て、人恋しさから来る感情だと分かっていながらも、言い訳を探さずには居られなかった。
 なのに。
「え……」
 愕然としてしまった。
 岩の上で、少年と少女は抱き締め合い。
 そしてその片方が消えたからだ。
 思わず隠れ潜んでいた岩の影から出てしまったのは。
 決して、人が消えた事への驚きからでは無くて……
「シンジ、なの?」
 逢瀬とおぼしき行いに未練を残した人物は、とても見覚えのある顔をしていた。


GenesisQ'149
「こっぱみじんの恋」


「アスカ?」
 シンジは怪訝そうな顔をした。
「なんでここに」
「なんでって……」
 間抜け面を晒しかけて、慌ててアスカは言い繕った。
「あんたこそ!、さっきの女は誰なのよ!」
「え!?」
「朝からどっか行ってると思ったら!」
「ち、違うって、誤解だよっ」
「レイだって心配して、ちょっとそっち登るから待ってなさいよ!」
 どうしよう、逃げようか?
 アスカの剣幕に、ついそんな事を考えてしまった。
 その同時刻。
「久しぶりだね」
 真っ暗な議場に、数人の老人が集まっていた。
 いや、中には老人と口にするには若い者も居た。
 碇ゲンドウである。
「今更召集とは、正直驚きましたよ」
「時間が無い、手短に話そう」
 バイザーゴーグルを付けた男は重々しく切り出した。
「我らは今や、運命共同体と言って良い状況にある」
 冷笑するゲンドウだ。
「底の抜けた船は沈むのみですよ、恐怖は容易に伝染し、冷静な思考を奪います」
「浸水はもはや止められん」
 男はその比喩的表現に乗った。
「穴はあまりにも大き過ぎる、現状の混乱した状況では協力し、水を掻き出す事さえままならん」
「そして」
 別の男が繋いだ。
「救命ボートの数は限られている、我々はこれに人を乗せねばならん」
「しかし一等船室の乗客から、と単純には行えん」
「今更の偽善ですな」
 揶揄する言動に乗るだけの余裕はないようだった。
「方舟は保険でもある、希望は紡がねばならん、この見解は一致していると思っていたが?」
 ゲンドウは深く頷いた。
「現状は把握しています」
「結構、切迫した状況下にあっては、情報が全てに優先する」
「碇君、些か不本意ではあるが」
「我々には君以上の人材に心当たりが無い」
「恐縮です」
「では本題に入ろう」
 男は一層深く、声を沈めた。
「我らの計画は既に瓦解した」
 認めたくは無いであろう事をすんなりと口にした。
「しかしシナリオは既に発動している」
「これは後の人類補完計画に繋がる大切なプロセスの一環でもある」
「だがこれを嗅ぎつけた無能者共は、人類の希望を奪おうとしておる」
「己の保身のためだけに」
「それが希望を閉ざす事になろうとも、だ」
「碇君」
 重々しく頼み込んだ。
「その手による協力を願うぞ」
 ゲンドウはいつものように手で橋を作り、顔を隠したままだった。
 会議は返事を待たずに閉幕する、全ての参加者のホログラフィが消えると同時に、室内はいつもの執務室へと変貌した。
「大変な事態ではあるな」
「ああ……」
「で、どうする?」
 部屋の角隅に控えていたのは冬月とアレクであった。
「確かに状況は悲観的だ」
「ジャイアントシェイクは起こる、止める策など無い、なら彼らに協力するのが最も現実的な作業ではあるが」
「作業をこなすだけではそれ以上の結果は得られん」
 冬月は嘆息した。
「まあ、どう手伝おうと最後は死を感受するしかない立場だ、わたしは構わんがね」
 だが冬月ほどには、アレクは黙って居られない様子であった。






 ぱんっと手で叩いたまでは良かったが、アスカはその結果に唖然とした。
「あんた……」
 何処かで見た、金色の輝きで弾かれたからだ。
「……ごめん」
 シンジは何となく謝った。
 アスカの手を跳ねのけてしまったのだと言う罪悪感が言わせたのだろう。
 それも『力』で。
「避けようと思って避けたつもりじゃないんだけどね……」
 アスカは痺れる手を振りながら、鋭い目をして問いかけた。
「話しなさいよ」
 分かったと頷く。
「来て……」
「え?」
「こっちだよ」
「ちょ、ちょっと!」
 実際、シンジに何か考えがあった訳では無かった。
「ここはね……」
 だからただ、アスカにも自分が聞いたのと同じ話しをしていった。
 しかしその途中で訪れた変化に気が付いていた。
(なんだろう、これ……)
 時々指に糸のようなものが漂って来ては引っ掛かるのだ。
 それは青だったり、赤だったり、色々な色だったりした。
 手を振るまでも無く、するりと絡まらず飛んでいく。
(違う……)
 幾ら鈍くても、こうなってしまっては気付くしか無かった。
(これって……)
 見える物全てが糸だった。
 岩も、方舟も、自分の手も、空気ですらも、多色な色によって編み上げられていた。
「どうしたの?」
 アスカの声に振り向いてぎくりとしてしまった。
「な、なによ……」
「ごめん、何でも無いんだ」
 実際、そう言うしかないだろう。
 アスカが無数の糸で編み上げられた人形に視えるだなんて口には出来なかった。
(……これって、彼の目で見た世界なんだ)
 漠然とだが、認識出来た。
 ……知識の階梯と言う言葉がある。
 人間にとって空気は空気でしかない、吸って、吐ける、ただそれだけのものだ。
 大半の生物にとってはそのように認識されている代物だろう。
(土を握って泥団子にするのと同じ理屈か)
 今なら分かる。
 空気ですらもこの様な糸で編み上げられている。
 それは色それぞれに、酸素だったり水素だったり二酸化炭素だったりするのだろう。
 あるいはそれらも、もっと細い糸をより合わせて組み上げられていた。
 人間……、有機物、無機物問わずに、全てがこの糸によって編み上げられているのだ。
 光すらも、糸として流れていた。
 人と言う段階、階梯にあってはこれを認識することは無い。
 感じられないから、あるいは視認できないからだ。
 知識の階梯、生物として階段を踏み上がるとはこのような事であった。
 今、シンジの目には空気も土も、同じ糸によって編み上げられた物として写っていた、ならどうして空気は掻き分けられて土を掻き分けることは出来ないのだろうか?
 水には浮けるのに、大気中は浮かべないのだろう?
 認識がずれるということはそのまま常識が覆されると言う事だった。
 今、シンジの常識は明らかな非常識の域にあった。
 この糸を掴んで、あるいは集めて編み上げれば、踏み台にして宙にだって浮かべるのだから。
(神様って、一体どんな世界を見てるんだろう?)
 それこそ想像を絶するだろう。
(確かにこんな風に全てを感じられるんじゃ、形になんてこだわらないよな)
 ぼんやりと会話の内容を思い出していた。
 片手間にアスカに語りながら。
 地上に捨てられた子供達の説話を。
「……じゃあ」
 それを聞き終えたアスカが聞いた。
「おばさまも?」
「違うと思うよ?」
 シンジは極自然な調子で答えていた。
「だって、こんな風に見えてるんじゃ……」
「え?」
 アスカには分からないんだ、と思い直した。
「ごめん……、だって姿形にこだわらない人達が、地上の人間と同じ姿にしておいた方が良いなんて思うのかな?、一々、そんな面倒な事をさ」
「そうね……」
 実際にはもっと深い話しだ。
 方舟の中に入る。
 氷付けの怪物達に脅えたのか、傍よって腕にしがみ付かれた。
 歩きにくいが、文句は口にしなかった。
 怪物達もまた違って視えた、ただ、その姿は不細工に見えた。
 糸の編み上がり方が不自然だったからだ、獣の形に縫い合わされ、結ばれた糸は自然と絡まるように塊となっている『アスカ』に比べて、固結び以上に強引に視えた。
 この程度に編み上げるのがやっとの人達では、人にそっくりなものなど到底作り出せはしないだろうと思えたのだ。
 それが母は違うと感じた理由の正体である。
(それにしても……)
 世界を織り成している糸が、どこか引きつっているように視えるのは、決して勘違いなどではないだろう。
(世界が、壊れかけているんだ)
 絡まり合って結び目になってしまった糸にヒステリーを起こして、誰かが引っ張り引きちぎろうとしている。
 そんな感じに『風』が視えてしまって、シンジは『彼』の不安の正体に至るまでを思い悟った。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q