アスカは四角い台の上に腰かけて、ぼうっとシンジの様子を眺めていた。
 内股気味に足を閉じて、その上に肘を突いて顎の支えを作っていた。
 最初は下着を着けていない事から注意していたものの、余りにもシンジが気にしないものだから、今はすっかり油断し切ってしまっていた。
「ねぇ」
「なに?」
 真っ白な部屋の中央で、石版の置かれた台を操作しているシンジに問いかけた。
「なにやってんの?」
「ん〜〜〜、修理」
「修理?」
「そう、この船のね」
 操作板に手を走らせる、その動きに合わせて光が勢いを着けて流れて行く。
 アスカの目にも最初の頃に比べてぎこちなさが無くなっているように感じられた、それもその筈で、これもまた拡大した認識力の成せる技の一つであった。
 世界を紡ぎ上げている糸、それらに比べれば電気の流れなど余りにも直線的過ぎて単純だった。
 この作業の前には試すついでで外装甲板を創造して見せている、アスカの目には魔法というよりも神様の奇跡のように写っていた。
 だから、どこかシンジじゃないと言う気もしていた。
「そう言えば、さ」
 探りを入れる。
「レイが心配してたけど?」
 訝しむ。
「あんた……、もしかして」
「なに?」
「今なら……、話せるんじゃないの?、あの『声』とかってので」
 返事が無い、やっぱりか、と嘆息した。
「何考えてんのよ?」
「色々とね……」
「色々?」
「うん」
 神妙な面持ちが余りにも似合わな過ぎた。
「どうやってみんなを助けようかって、そんなことさ」


 状況は刻一刻と進展していく。
 しかし己のしている事が本当に正しいことなのかどうか、疑問を持ち始める者も居た。
「果たしてこれが許される事なのかね?」
 日本、第三新東京市ネルフ本部発令所。
 メインモニターには世界地図が表示され、様々な光点が発生していた、その全てが現在、戦闘が行われている地区である。
 スーパーコンピューターMAGIはあらゆる回線を使って世界の軍事施設をハックしていた、いや、クラックかもしれない、その全ての機能を掌握して行くのだから。
「許されざる事ではないな、これは」
 何のための戦なのか。
 それは子供を拐うための進撃であった。


 森を切り開いて作られた村。
 ベトナムの中には無数にこのような村が散在している、その内の一つだ。
「変わったな、ここも」
 加持は感慨深く辺りを見回し、紫煙を吹いた。
 かつてこの地で、一人の子供の死を看取った。
 その少年は魔物の子として廃棄され、墓さえ作られることは無かった。
 それでもここにその魂はあると加持は感じていた。
「終わりましたよ、加持さん」
「渚君」
「はい」
「俺達は……、何なんだろうな」
 加持の悩みは深く、重い。


「何なの、これ……」
 ミヤはその光景に肌を粟立たせ、青ざめていた。
 二足歩行形の機械兵器は肉食竜を思わせる、その上搭乗者が『天使』であれば、壁の力も手伝ってこれに勝てる兵器など無い、正に無敵であった。
 ゴジュラス。
 そのコードネームを持つ自律思考型兵器の試作品、それでも村人に与える恐怖感は絶大であった。
 殺傷兵器は排している、放たれたミサイルはただのガス弾だ、あっという間に周囲五百メートルのあらゆる生物を昏倒させた。
 死にはしない、が、苦しみに呻いて悶える事にはなる。
 そんな中を、細菌兵器対策用の特殊防護服を着込んだ兵士達が行進し、子供を見付けてはトラックに詰み込んでいた。
 十四万四千人と言う、途方も無い数の子供を集め、『保護』するためにこのような強攻策が取られていた。
 もはや時間が無いのだ。
 説得している暇が無い以上は、仕方があるまい、しかし。
「何なの……」
 ミヤには見ている事しか出来なかった。
 ゴジュラスを起動しているリキの事が信じられなければ、同時にこの光景も信じたくは無かった。
 今直にでもこの防護仮面を外して逃げ出したかった。
 今も担架に乗せられた子供が運ばれていく、涙や鼻水、涎を垂らして、苦しさから喉を掻きむしっていた。
 助けてと足掻いて、暴れようとしていた。
 ままならぬ体で逃げようとしていた。
 それはかつての自分なのでは無かろうか?
(酷い……)
 酷過ぎた。
 だがこうでもしなければ彼らを救えない。
 果たしてそうだろうか?
 あなた達のためだと言うのは簡単だ。
 だが口に出来ない、どうしてか?
 ミヤは目を閉じたままで空を仰いだ。
 雨が降り出している、ガスは意外と早く消えるだろう、でも。
(こんなの、酷過ぎる……)
 かつて自分達が、仲間たちが拐われたのは何故だったのか?
 絶滅の危機を逃れ、来世に命を繋ぐため?
 そのためならば悪魔のような所業も正当化されるのだろうか?
 ここは森の中だから良かった、だが街中では銃撃戦になっている都市もあるだろう。
 どうせ死ぬのだからと、大人は殺し、子供は拐う。
 そこに生まれた怨念や、苦しみや悲しみが一生癒える物では無い事を、誰よりも良く分かっているはずなのに。
(あたしどうして、こんなことを手伝っているの?)
 それも今は仕方が無いんだと説得されてしまう気がして。
 ミヤは問いかけることが出来ないでいた。
 彼らに自分の知り合いの顔を重ねながら。


 そんな風に。
 時間の経過と共に、善意の名の元に人の心は狂って行く。
 誰もがそれを間違っていると思いながらも、正す事も出来ず、強迫観念に狩られてひたすら事務的にこなして、混乱を拡大していった。


「人は、どうしてここまで……」
 浩一はそんな人間の有り様に深い悲しみと慟哭の意を表していた。
 −ナカナイデ−
「わかっているよ……」
 水の中の彼女に顔を上げる。
 −アノヒトガ−
「わかっているよ」
 性別を持ち始めた彼女の言葉が、誰を指しての物なのか気付いていた。
 碇シンジ。
 どうやら彼女は、自分達ですら感じられない彼の存在を、どのようにしてか身近に感じているらしい。
 −ナカマ−
「シンジ君が……、呼び掛けているんだね?」
 少女はとても嬉しそうに頷いた。
(この悪夢を止めるためになら、僕だって迷い無く力を使えるさ)
 浩一はどちらにつくのか、迷うことなく決心した。


「来る」
 誰ともなく感じた事を、テンマはぼそりと呟いた。
 ニューヨーク、自由の女神の上である。
 遠い空から飛翔して来るものがあった、真っ白な体を惜し気も無く晒している。
 その背中に羽ばたくは翼だ。
 くるりとローリングして、そのまま一直線に降下していく。
 その様は正に、閃光だった。


 ニューヨークのビルの谷間では、子供達を守ろうとして銃撃戦が展開されていた。
 州軍も動きを見せているのだが、昼日中からの騒ぎでは一般人が多過ぎて小火器の使用が精一杯であった。
 対して、人類補完委員会を名乗る集団は一切の遠慮をしなかった、ヘリで、あるいは車両で、そして地下鉄などは徒歩でガスを散布して行った。
 昏倒し倒れていく人間の姿は容易にパニックを生む、無差別発砲が始まり既に相当数の死者が出ていた。
 後に誰かが名を付けるであろう、凄惨な光景であった。
「ママぁ!」
 一人の少女が対ガス特殊装備で固めている兵士の腕に抱えられた。
「アリス……」
 ガスのせいで意識が朦朧としているのだろう。
 久しぶりの子供とのショッピングの最中に襲いかかった悲劇。
 誘拐は殺人以上に残酷だ、目の前で殺されたのなら泣く事も出来るが、連れ去られたのでは何処でどんな酷い目に合っているのかと、不安で気が狂いそうになる。
 この母親もそうだった、娘の行く末に胸が苦しくてとても気などは失えなかった。
 そんな二人の間に、白いものが舞い降りた。
 怒りの表情でふるわれた拳がガスマスクをへこまし、少女を残して転がった。
 母親はその背中を見て、少女はその者の腕の中で身じろぎをして。
 同時に呆然と呟き、短く十字を切っていた。
「My GOD...」


 全世界に巻き起こる混乱、ネットワークの切断と錯綜する情報、その中の虚偽と真実が織り成すジョーク。
 悪魔と天使。
 フォトが配信されるに当たって、その希望の灯は世界を照らした。


「リープタイプが敵と見定めたか」
「ああ……」
 碇ゲンドウは短く答え、思考の海に沈降した。
 嘆息し、冬月はアレクに相手を求めた。
「どう思う?」
「彼らの意に沿わぬと言う事でしょうね、こんな方法は」
「ネルフとゼーレの違いは口にするだけ無駄だろうな」
「世界はやがて気が付く」
 ゲンドウが言った。
「この街だけが、世界から取り残されていると言う事をな」
 第三新東京市は、今だ平穏の中にある。


 常識と非常識と日常と非日常が加速度的に変容していく。
 そんな中でも、穏やかな空気の中にある場所があった。
 狭い部屋の中で、サヨコが赤ん坊をあやしていた、真っ白に塗られた部屋の中、パイプベッドに腰かけて、胸に赤ん坊を抱いて静かに子守り歌を歌っている。
 月の唄。
 その声は僅かに開かれた扉から漏れ出して……
 静かに、殺気立った人達の心に染み入って行く。


「さて、アスカ」
 シンジは振り返って台にもたれた。
「お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん……、みんなに」
 嫌な予感。
「みんなに、元気でねって伝えてくれない?」
 ぎゅっと胸が縮んだ気がした。
「あ、あんたね……」
 へらっと笑ってしまった。
「冗談はやめなさいよ、そんな……」
「冗談なんかじゃないよ」
「止めろって言ってんのよ!」
「だめだよ」
 だめなんだ、とシンジ。
「見て」
 シンジは世界をスクリーンに映し出した。
 ひっと息を飲むアスカ。
 緑が、あるいは灰色だった世界が血の赤に染まっていた、いや、森や街だけでなく。
 川も海も濡れ始めていた。
「ジャイアントシェイクを止めるんだ」
「え……」
「みんながそれを感じてる、だからこんな事になってるんだ」
 アスカはその凄惨な光景に、沈没する船から逃げようと小舟に移って溺れていく鼠の姿を連想してしまった。
「だからって……、あんたにそんなことが出来るはずないじゃない!」
 言いながら、なんて虚しい言葉だろうとアスカは思った。
 分かっていた。
 今のシンジには出来るのだろうと。
 シンジが悲しく笑ったから。
「今なら分かるんだ、この壁の力のこと」
 手のひらの上に小さな光を産んで見せる。
「これって、僕が僕である範囲の中で、意識を集めて発光させてただけなんだよね」
 自分を編み上げている構成物質、それらが生み出すエネルギーの余波が存在力場として体の周囲に放射されている。
 その『糸』を集めて壁を編み上げれば良い、たったそれだけの『物理的現象』だった。
「世界が震えてる」
 シンジは言う。
「日本の周りで不自然に自然の力が絡んだままほどけなくなってたんだ、それがもうすぐ、千切れて弾けようとしてるんだよ」
「聞きたくない!」
「聞いて……」
 シンジの声に、逆らえない。
 アスカは泣きそうな顔を上げた。
 悪い冗談だと思う、いつものように笑って無視すればいい。
 なのに出来なかった。
「今の僕なら世界を包むくらいの大きな壁を作ることができる、その中で紡ぎ直して上げれば、正してあげればきっと……、でもね?」
 最悪の想像。
「僕を中心にして生まれるものは球体になる、地球も丸いんだ、じゃあ、僕は何処でそれをすればいいんだろう?」
「やめて……、やめて、駄目よ!」
 縋り付こうとしたアスカだったが、壁によって拒否されてしまった。
 壁を叩く。
「シンジ!」
「そのために、この船を直したんだ、大丈夫……、後のことは、浩一君に任せてあるから」
「シンっ」
 サヨコが作るようなホールが出現してアスカを飲み込んだ。
 一瞬のことだった。
 落とし穴に落ちて……、彼女は消えた。
「アスカ……、レイとミズホに伝えてね」
 シンジは気が付いていなかった。
 融合したことと、余りにも非常識過ぎる常識からくる真実に、自分の精神が失調してしまっていたと言うことに。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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