『全ての地球人に告げる』
 その放送は唐突に行われた。
 あらゆる電波、信号を介さず。
 直接脳に送信された。


『人間よ、愚昧な精神を捨てよ、蛮行治まらぬ時、我がこの世を闇に閉ざす……、我が名はクルス、かつて『ヨミ』と呼ばれた神人』
 下級階層の人間ほどその名に心当たりは無かっただろう。
 だが上層に行けばいくほど、大国の王になればなるほど戦慄と共に迎えられた。
 かつてジャイアントシェイクの直後に行われた小規模戦争。
 それは『リバースバベル』と呼ばれた聖地の盗掘に伴う物だった。
 その地に何が眠っていたのか?、それは秘せられたままである、しかしだ。
「碇……」
「ああ」
 知る者は、知っているのだ。
「離反したか」
「待てなかったようだな」
「彼は我々よりも人を信じているのだな……」
「画面の向こうの人間の傷みなど、計れる物ではありませんよ」
 それは未だに、ただ見ているだけの自分に向けられた嘲りだったのかもしれない。
 海を渡ってフィリピン沖。
 水上翼機がディバスナーガに接舷していた。
 パイロットの手を借りて降りて来たのはアスカである、甲板に出ていたレイとミズホ、加持にカヲル、ミサトの一同は歓喜から駆け出した。
「アスカ!」
 一番乗りはレイだった、だが。
 −パン!−
 振り向いたアスカの顔は怒りに強ばっていた、一方的な喜びなど迷惑なだけだと張り手でレイを叩き倒した。
 装甲板の下は空洞だからだろう。
 妙に、倒れた音が大きく響いた。
「あす、か?」
「何やってんのよ……」
 アスカの怒気は凄まじかった。
 何をするのと問いかけようとしたまま黙るしか無かった。
「こんなものに乗って、何やってんのかって聞いてるのよ!」
「あ、アスカさぁん……」
「うるさい!」
「アスカちゃん、落ち着いて……」
「うるさい、うるさいっ、うるさい!」
 目が血走っていた。
 狂えるほどに、猛って。
「たくさんの人が死んでた、たくさんの人が泣いてた!、あんた達なんかに助けられたって、なんにも嬉かないわよ!」
「アスカ……」
 呆然とはられた頬をさするレイ。
「そんな言い方は無いんじゃないのか?」
 珍しく、強い口調を使う加持。
「みんな、君のことを心配していたんだぞ?」
「あ、そ」
 だがアスカは、この尊敬していたはずの人に対しても遠慮しなかった。
「どうだって良いわ、そんなこと」
「何を言っているんだい?、君は」
 使徒に拐われたはずのアスカが、何故だか喜びを感じていない事に、カヲルは僅かに洗脳、あるいは催眠と言う嫌な予測を打ち立てた。
 しかし。
「なんであんた達のために、あんた達なんかに伝言伝えるために、シンジに捨てられなくちゃならないのよ」
「……なんだって?」
 全員の疑問を、代表してカヲルが問うた。
「シンジ君?」
「そうよ!」
 アスカは喚いた。
「帰して!、帰してよ!、あたしをシンジのいた所に、帰してよ!」
 もう伝言のことなど忘れていた、いや。
 本当にどうでも良くなってしまったのかもしれない。
 アスカは取り乱したまま、誰の言葉も聞き入れなかった。






 −引いて、くれた?−
 各地に散っていた天使達は、それぞれの敵が去った事に呆然とした。
 圧倒的な力の差を持ちながら、決定的なところでは見逃し続けてくれた。
 残ったのはただの疲労。
「……からかわれた、わけじゃないだろうが」
 リキの呟きは、最も皆の心の内を表わしていた。
 この直後だった。
 脳に直接、『声』が叩きつけられたのは。
 それは思念とも、思考ともつかない、区別すら出来ない『意志』だった。


 バビルと呼ばれる地中潜航艇は、直立した状態で突端を開き、天に向かっていくつものパラボラアンテナを展開していた。
 第三新東京市最強の治安部隊、SSSですらこの塔には侵入すら果たせないでいた。
 絶対不可侵領域、『壁』が展開されていたからだ。
「通常の五十倍の数値を誇ったシンジ君の上を行く力とはな」
 塔が発しているバリアは、それだけの出力を誇っている。
「地中はどうだ?」
「駄目です、おそらくは球形に展開されているものと。
「ふむ……」
 打つ手を見いだせない冬月、だが唯一の上役が積極的に動こうとしない以上は、無理に干渉する事もできなかった。


 そのバビルの塔の内部である。
 九つのプラグ型の円筒管が、斜めに倒れた形で中心から放射状に並べられていた。
 中央にはあの少女が立っている。
 もはや性器は女性の物のみとなっていた、髪を下ろしているからか、それとも肉体の成長に伴うものか、顔つきはミズホに似ていると言った程度に変貌していた。
 どこか精悍さを感じさせる、その背中にある翼は四枚だ。
 息づくように膨らみ、萎む。
 翼というよりもまるで呼吸器官の一部である。
 彼女は足元を見つめていた、正しくはそこに映し出されている映像をだ。
 竜巻が起こっていた、海上に。
 その中に何か巨大な、黒い影が見える。
 それは巨大な顔から蛇のような胴を伸ばしている、奇妙な機械巨人であった。
 下半身であろう大きな顔は、触手代わりか自分と同じ顔をした触手をうごめかせていた。
 そんなものが、泳ぎ、進んでいく、竜巻を生んで。


 この異常気象は世界各地で観測されたが、先の警告と合わせて考える人間は少なかった。
 ここでもまた、人類は判断を誤ったのだ、いや、ただ後れただけかもしれないが、それは致命的なことであった。
 竜巻に紛れて、大量の粒子が天に向かって舞い上がっていた、これは気流に乗って風と共に、あるいは雨と共に地表に舞い積ることだろう。
 DG細胞。
 世界中が恐怖におののいた、第二歩であった。


「こんなことって……」
 なんとかアスカを部屋に連れ込み、ディバスナーガは再び潜航していた。
 ミサトは世界の様子を映像で見て愕然とした、これほどの悪夢があるだろうか?
 死んだはずの人間が再び蘇るなどと、それも、例え四肢が引きちぎれていようとも、再生、あるいは再結合して立ち上がるのだ。
「機械昇華しようっての?、この星を……」
 雨、あるいは雪のように降るDG細胞。
 これが取り付いた有機物は生死問わずに侵食され、姿を変えていった。
 感情鳴く笑みを浮かべた顔、白い肌、赤い瞳、それに……、背中の一対の翼。
 その姿は正に。
「使徒……」
 隣の席で加持は呻いた。
「まだ、始まったばかりだ」
 天使達はさらに多くの人に向かって、翼より光を振りまいた。
 あるいは翼を振り乱して、DG細胞と言う名のナノマシンを繁殖させた。
 最初は恐れから逃げ回って居た人々も、ひとたびその輝きを受けると共に、顔に恍惚とした喜びを浮かべて、自らも使徒に成り果てた。
 ナノマシンによって構成された、生体に。
「これをあの子がやっているのか」
「あの子って?」
「浩一君だよ」
「流石は過去の遺産ってわけね」
「……その言葉、シンジ君達にも言ってみるか?」
 ミサトは顔を背けた。
「ごめんなさい……」
 だが背けた先にはマユミが居た、無表情を保つその顔が、一層責めているようだった。


「これは……、腫れるね」
 カヲルはレイにアイスパックを渡しながら顔をしかめた。
「仕方ないわ」
 その口調は、もう一人のものだった。
「悪い、僕のせいだね……」
 アスカを閉じ込めた隣の部屋に二人は居た。
「責任は僕にある、それをはっきりとさせていれば」
 彼女はかぶりを振った。
「同じことよ、あの子は止められない自分を責めていた、そしてあなたを嫌い切れない弱さも嫌になっていた、その結果に閉じ篭ってしまっただけだから」
 レイと言う名のパーソナルは、今や岩戸の中に篭ってしまっていた。
 連れ出すためには、それなりの相手が必要となるだろう、それに。
 楽しげな世界の宴も。


「アスカさん……」
 ミズホはただおろおろとうろたえていた。
「ごめん、ちょっと静かにしてて」
「はい……」
 しゅんとする、何がどうなっているのか分からないのはミズホも同じなのだが。
 意志疎通が無い状態では、そんな立場など理解し合えるはずも無い。
 ベッドの上で、アスカは膝を三角にして抱え込んでいた。
 右の親指の爪を苛立たしげに噛んでいる。
 普段なら絶対にしない様な事を二つ犯していた。
 靴を履いたままシーツに乗ること。
 爪を本気で噛むということ。
 シーツを靴で汚すなど、日本人には躊躇してしまう行いである。
 爪の形がおかしくなって直せなくなるほど噛むというのも、身だしなみを人一倍気にして来たアスカにとっては、精神状態の不安定さを感じさせるものだった。
(ふぇええん、ですぅ)
 何がなんだか分からない上に、この様に神経質な猛獣同然の存在と同室に放り込まれてしまったのだから。
 ミズホとしても、不幸と嘆くしか他には無かった。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q