少年は語る。
 あの日、シンジが初めて自分から殴り合いの喧嘩を選択した日のことを。
 あれからの事を。
「彼の心は驚くほど隙だらけで、僕が幾ら覗いても恐がる事さえしなかった」
 碇シンジと言う名のパーソナル。
「でもその心の奥底、根底でとても矛盾した物が見つかった、変わろうとする自分、変わってはいけない制限、そこにあったのは理想と現実、そう、渚カヲルと言う名の見本と手本、そして三人の女の子から与えられた幻想だった」
 その一致。
「彼女達が願っていたのは、どこかで君のように場を和ませてくれる存在だった、辛い時、悲しい時、苦しい時に慰めてくれる存在だった、頼り甲斐のある懐の深さだった、シンジ君は度々手に余るような事態に直面していたね?、それを救ったのは誰だったかな?」
 渚カヲルからの忠告。
「そう、それは気付いてはいけないことだった、彼自身、そんな風には解釈していなかった、自分でなくてもいいなんて」
 でも。
「君が手本であり、君が見本であるならどうしてシンジ君でなくちゃいけないんだい?、碇シンジの姿を借りた渚カヲルで良いのなら、碇シンジの価値は何処に有るんだい?、……もちろん、それは僕の勝手な解釈であって彼の考えなんかじゃないよ、でもね、いつか彼は君を越えて、君以上の存在価値を示さなくてはならなくなるんだ、そうなった時、君は嫉妬しないで堪えられるのかい?、君の手を離れてしまった事に対して、寂しさも感じずに、彼からそれは間違っていると口にされて、素直にそれを受け入れられるのかい?、こんなにも彼は泣いているのに!」
 衝撃波を収める。
「そう、彼は泣いているよ、聞こえないのかい?、『世界が悲しみで覆われていく、こんなに苦しいことは無いよ』、僕はそれを止めるためにDG細胞を放った、死んだ人間さえも呼び戻した、これ以上悲しみを広げないためにね」
「シンジ君のためだと言うのかい?」
「そう、そして僕のためでもある、君と同じ自己満足さ」
 浩一はカヲルに良く似た笑みを浮かべた。
「わかるかい?、君はシンジ君にとっていつか越えなければならないハードルだ、越えられないのなら、壊してでも進まなくてはならない障害なんだよ、それが『彼女達』の望む事だから、そうやって大人になることが」
「いや……、シンジ君はそんなことは」
「しないだろうね、そう、それこそが問題なんだよ、気が付かないのかい?、越えなければ変われない障害、そして越えてしまってはいけないハードル、心の何処かは知っているのさ、現状こそが最も上手くバランスが取れているんだとね、でもそれももう、限界に来ていた」
「限界?」
「今の仲を維持するためには、自分はどこか頼りなくて、他人に手を借りながらも、当てにされる存在で無ければならなかった、でもそんな自分に掛かる期待は、それを維持しなければならないのに巨大化し過ぎた、もう今の自分ではいられない、だから変わろうとした、でもその度に進んではいけないと、『今』に固執して立ち戻り、止まっていた、彼の成長は常に君達によって『阻害』され続けて来た、ぬるま湯のような関係と、ドラマのような成長物語、その軋轢が今になって噴き出している」
「だからと言って、これを許容しろと言うのか、君は」
「君達が狂わなければ、ここまでの事はしなかった、……順番をすり替えて責任をなすり付けるとは君らしくないね」
 カヲルは顔をしかめた、ミサトと違って受け入れる辺り、カヲルの方が精神的に大人なのかもしれない。
「君は……」
 君は?
 君はなんだろうか?
 カヲルは言いかけた言葉の重要さが引っ掛かった。
 言わなければ、訊ねなければならないというのに、言葉にならない。
 そして気が付く。
 足留め出来るほどの衝撃波を放てるのなら……
『使徒』との連携によって止めが刺せるはずだと言うことに。
「……君は、何を遊んでいるんだい?」
 口から吐いて出た疑問の言葉に。
 カヲル自身が驚いた顔をした。
(僕は今、なにを訊ねた?)
 それがカヲルの思考の全てだった。
 一瞬の直感、そしてそれが正しいと叫ぶ心。
「さっきから、君は何処かで手を抜いている、僕を殺せない?、違う、君は僕達生きている存在が邪魔だと言った、ならDG細胞で取り込む事も出来たはずだ、なのにそれをしないで、なにを会話に興じているんだい?」
 浩一は答えない。
「まるで会話を楽しむように、一方で僕の頭を覗いて何かを確かめるように、知ろうとするように言葉を交わして、何を望んでいるんだ、何がしたいんだい?」
 フラッシュバック、脳裏にちらついた画像はシンジの姿を取った浩一。
「まさか……、成り代わろうというのか、シンジ君と!?」
 浩一の顔から笑みが消える。
「そう、僕と言う存在、理想を取り込み、完璧なシンジ君にでもなろうというのかい?、そんなこと、出来るはずが無い!」
「どうして?」
「上辺を幾ら取り繕った所で、僕達がそれを見抜けないとでも思っているのかい?、第一、機械化した世界で君がシンジ君として立った所で」
「戻せるとしたら?」
「……なんだって?」
「機械昇華はあくまで生物に自己進化を促しているに過ぎないんだよ、進化の究極、ただ急ぎ過ぎたために歪んでしまっているけどね」
「それを、戻せるだって?」
「ああ、破滅の時を免れ、そして後の世に生物として回帰させるターンシステム、それこそが僕の役割……」
「……でも、でも彼女達がそんな違和感のある存在を見逃すとでも思って」
 はっとする。
 −ナゼ、カノジョハサラワレタ?−
 浩一の顔が肯定している。
「だから……、アスカちゃんだったのかい?、だからアスカちゃんが連れ去られた、レイでもミズホでもなく、最も長く接して来た彼女が納得すれば、全てを欺けるから!」
「さあ?、彼がどこまで何を考えているのか、僕にもわからないさ、僕が知っているのは計画の手順と役割だけだよ、それこそが与えられた使命だからね」
 髪を掻き上げる。
 ウザッたく。
「その全てを聞いたのは、惣流アスカ、彼女だけさ」
 カヲルはくっと顎を引き。
 そしてディバスナーガでは……
「アスカ……」
 ミサトの詰問が再開されていた。


「アスカ、答えなさい、アスカ!」
 立ち上がろうとするミサトを加持が制する。
 だが。
「俺も聞きたいな、何を話して来たんだ?」
 アスカはちらりと、蔑むような目を向けた。
「話す事なんて無いわ」
「アスカ!」
 実際、浩一が語ったほど多くのことを聞いた訳ではない。
 ただ感じた、いや、感じさせられただけなのだ。
 あのお別れの時、無理矢理感情を叩きつけられた、それは『声』でもなんでもなく。
 純粋に心だった。
 再燃しかける、あの時の感情が。
(この馬鹿共が!)
 いい加減ミサトがうっとうしくなって来た、それを覚ますような、冷たい気配が背後に立った。
 レイだった、いや、綾波か……
「何を話したの?」
 溜め息を吐く。
 彼女には話すしか無いから。
「大丈夫、きっと上手くやってみせるから、……それだけよ」
「何を?」
「あんた達の言ってる、壁って奴を地球に張るの、直すんだってさ、歪みを」
「どうやって……」
「さあ?、アタシが知ってるのは、地球の中心でそれをするってことだけ」
「地球の中心ですって!?」
 勝手に割り込むミサトだ。
「どうして止めなかったの!」
 爆発する感情。
「止めたわ!、止めようとした!、でもそこまでしなくちゃならないほど追い込んだ馬鹿は誰よ!、シンジがそこまで思い詰めてる間、あんた達は何をしてたのよ!」
 アスカはレイとミズホに振り返った。
「あの馬鹿は全部無かった事にするつもりよっ、よくわかんないけどね!」
 全部、が何処までを指すのか、あるいはどうやってそれを成すのか、それがわからないのか。
 アスカの心の内もまた、皆には分かりはしないだろう。


「さあ、カヲル君」
 浩一は迫った。
「僕は、君と言う存在を消すことは出来ない、君は必要な存在だからね、だから君にも機械昇華を受けてもらうよ」
「どうするつもりなんだい?」
「記憶を消すのさ、僕と言う人間の記憶をね」
「そして君がシンジ君として生きるのか」
「彼は死ぬつもりだからね、代役は必要だろう?」
「それがわかっていて、止めないのかい?」
「君と同じだよ、それ以外にこの現状を打破する方法が思い付かない」
「……」
「君が多くの命を見捨てたように、僕は彼一人が犠牲となる事を良しとした」
 爆発の閃光が二人を黒と白に彩った。
 大半は用をなさなくなったスクリーンに、炎を吹き上げ落ちていくGRの姿が映っている。
「言ったよね?、ベストではないけどベターであると、君達の個人的感情さえ省けば、全ては丸く収まるんだよ」
「シンジ君を騙る君を友人として?」
「それが嫌なら僕達以上の案を示して見せるんだね、渚カヲル、いや!」
 浩一は踊りかかる。
「タブリス!」
 壁を展開するカヲル、しかし驚愕に目を見開いた。
 浩一が……
 その壁を割ったのだ。
「僕の壁を!」
 手刀が危うく届きかける、下がったカヲルの胸を浅く裂いた、切れるシャツと、うっすらと滲む血。
「僕は彼だけを探し、彼に考えを知ろうとし、そしてこの選択を決断した!、君達のように状況に流されてただ手持ちのカードを切り続けた訳じゃない!、展開を見定めることなく目の前の問題を場当たり的に対処していた君達にはもはや手札なんて無いだろう!?」
 逃げ下がろうとしたカヲルは背中に熱を感じて横に転がった。
「くっ、う……」
 無残に裂けた背中が血で染まる。
 使徒だ、赤く染まった爪を見せつけていた。
「僕達を否定するというのなら、僕達以上の考えを示して見せろ!」
 叫びをくり返す。
 まるでそれを望むかのように。
「浩一、くん、君は……」
 震動が響いた、船が海に落ちたのだ。
「くっ!」
「……僕はもう、その名を捨てる」
 激震に揺さぶられ、艦胸部の上部装甲が割れるように引きはがされていった。
 覗き込むのは巨人の顔。
 ネプチューン。
「僕の名はヨミ」
 空に舞う怪鳥、ガルーダ。
「根源的破滅招来体」
 ネプチューンの肩に黒豹。
 アキレス。
「全ての災厄は僕と共に」
 −そして希望は彼と共に−
「現実は夢に」
 −そして夢の終わりに現実を取り戻し−
「終わりは始まりへと」
 −だから−
「僕がこの世を滅ぼすよ」
 そして破滅が始まった。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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