とてもとても、とても優しい声が聞こえた。
 くすぐったさを感じる子守り歌。
 世界中に吹く風は、あまねくその声を乗せて運んだ。


 僅か数秒の心の交流は、シンジに掛けられていた呪縛を完全に駆逐してしまっていた。
「レイ!」
「シンちゃん!」
 転移直後、灼熱の地獄。
 燃える衣服、飲み込まれていく彼女の姿に悲鳴を上げる。
 −ダメだ!−
 泣きそうになる。
 −こんなんじゃ、こんなことになっちゃ!、僕はまだ伝えてないのに!−
 何を?
 人づてに頼んだくせに、今更……
「レイぃいいいい!」
 かき消える。
 その姿が。
「あ……」
 伸ばした腕は、とても虚しく……
「こんなんじゃ……、こんなんじゃ頑張ったって、こんなことになっちゃ」
 −カレハナク−
「わぁあああああ!」
 −ドウシテ?−
「あああああああ!」
(エヴァなんて要らない、他に何にも要らないから!、レイを返して、返してよぉ!)
 ずんと体が重くなった。
 −シンちゃん!−
 その声にハッとして顔を上げる。
「あ……」
 −レイ!−
 漂うようにしがみ付いて来る。
「シンちゃん!、シンちゃん!、シンちゃん!」
「レイ!」
 ギュッと抱き締め、その髪に顔を埋める。
 頬擦りをする。
 シンジはふと、もう一つの気配に気が付いた。
(ああ……)
 エヴァンゲリオン、彼が微笑んで居た。
(君が?)
(ありがとう……)
 それはシンジにだけ伝わる声だった。
(お別れだよ)
(え?)
(君と一つになることで、僕はたくさんの物を学んだ気がする……)
(何処へ行くのさ?)
 彼は指で上を差した。
(とても高い所だよ……)
(そう……)
(うん、きっと……、きっといつか、君か、君のずっと後の子供達が来ることの出来る世界さ)
(今はまだ、ここで足掻いているのが精一杯なのに?)
(……それでも人は変わるものだから)
(……そうかもしれない)
(僕達は別の道を行く……、僕は少しだけ君の先を歩いていくよ)
(いつか、追いつくよ、きっと……)
 少年は微笑み、消えた。
 その背中に十二枚の光翼を大きく広げて……
「シンちゃん?」
 腕の中の声に苦笑し、シンジは再びきつく抱いた。
「痛い……」
「ごめん、でもこうさせて」
「え?」
「ありがとう……」
「シンちゃん……」
「嬉しくて、たまらないんだ……、だって僕には、ちゃんと迎えに来てくれる人が居るんだ、沢山居るんだ、こんなに嬉しいことはないよ」
 むぅっとレイは少しだけむくれた。
 −代表ってこと?−
 それはちょっと不本意だろう。
「僕にはちゃんと、帰らなきゃいけない場所があるんだ、居なくちゃいけない場所が……、こんなに嬉しいことはないよ」
「そう……」
「うん……」
 顔を離す。
「帰ろうか……」
「良いの?」
「うん、心配ないよ、みんなが助けてくれるから」
「え?」
 シンジの背後に、とても見慣れたゲートが開かれた。
「あ……」
「さあ、帰ろう?、僕達の家に……」
 シンジで胸を圧し潰したまま、レイはそのゲートに身をくぐらせた。
 そしてそれに連動したように……
 世界に再生の時が訪れた。


 世界に残された一割にも満たない人類は、その時、月に重なる人影のような物を確かに見ていた。
 その背から大きく開いた十二枚の翼が、ひとつ、大きく羽ばたいた。
 ……突風が吹いた、まるで春一番のような清浄さで。
 吹き散らされるナノマシン達は、粉よりも粉々に砕けて散った、建物は壊れる前の形を取り戻していた、人々は襲われ、あるいは倒れ伏したその時の、その場所に呆然としたまま再生されていた。
「あ、え?」
 大体が、そう漏らしたものである。
 何があったのか、何がどうなったのか?
 何も分からないままに、彼らは月を見上げて納得した。
 翼はもう見られない、だが何処からか吹く風に乗ってやって来た歌声に、何かがあって何がか終わったのだと、落ち着いていた。
 心の何処かで、納得していた。


「人類補完委員会の投降が始まったぞ」
 そう告げたのは冬月だった。
「抵抗もなく、勧告する前から全面降伏だ」
「……老人達は?」
「方舟を捜索させている、直に捕まるだろう」
「そうか……」
 流石にここまで張り詰めた時を過ごしたからか、ゲンドウは椅子に体を預けた。
 ギシリと鳴る。
 その横で、すっと立ったのは甲斐だった。
「決着はいずれ、その内、直接に」
「ああ……」
 ゲンドウの気の無い返事と、その横ににこやかに立つユイの姿に、甲斐は背を向けて歩き出した。
 その背中に見えた物は、哀愁か、どこか敗北に通じる物が見て取れた。
(ま、いい……)
 それも僅か、一秒に満たない時間であったが。


『ゴルディオンロケットー!』
 どかんと白い鯨型船体の壁を突き破って、オレンジ色の何かが飛んでいった。
「思うんだけど……」
 その穴から這い出して来たのは……
「転移装置とかってのどうなったのよ」
 アスカ、ミヤ、それにミズホ……
「エネルギー切れみたいですぅ」
 ふきゅうと穴の縁に掴まって、なにやらジタバタともがいている。
「ううううううううううー!」
「はいはい、ミヤ、あんたも手伝ってよ」
「はいはい」
 二人で腕を持って引っ張り上げる。
 大怪我の痕などどこにもなく……
「まったく、なぁんか気味悪いわ」
 ふいーっと、一仕事終えたかのようなさっぱり顔で汗を拭うミズホに蹴りを入れつつアスカは言った。
「手と足を切られた覚えがあるんだけど」
「あたしも……、けど、カヲルだって千切れた腕を繋ぎ直すくらいのこと出来るもん、ナノマシンも手伝ってくれたみたいだから」
「服はぼろぼろになっちゃったけどね」
 はぁっと溜め息。
「どっちみち、あの馬鹿にお仕置きしてやんなきゃ」
「お仕置き?」
「このあたしに怪我させるなんて」
 ぱんっと拳を手のひらに打ち付ける。
「なにさせようか?」
「あたしに聞かれても、それより」
「なによ?」
「……ここから、どうやって帰るの?」
「へ?」
 たらりと汗が流れ伝う。
 左右に見えるは空と海原。
「……あのサヨコとかって人に頼むのは?」
「それしかないかな……」
 船はゆっくりと降下する。
 何も無い海のド真ん中に、ゆっくりと。


「よっ」
 波間に漂っていたマナは、気さくな声に目を開いた。
 眩しい太陽に逆光になって、一瞬誰だか分からなかった。
「校長先生?」
「良く焼けたな」
 苦笑していた。
 起き上がる、水上バイクが傍にあった、寝ていたからか気付かなかった。
 さらに傍にはディバスナーガが漂っていた。
「俺一人じゃどうしようもなくてな、操舵、できるんだろ?」
 手を貸して引き起こす。
「終わったのかなぁ……」
「たぶんな」
 加持はポケットからタバコを出すと、安物の百円ライターで火を点けた。
「ふぅ、祝杯の代わりに一服ってのがこだわりでね」
「そう言う美学っての、好きですけどね」
 マナは「んっ」と伸びをして、浩一はどうしただろうかと思い出した。


「よ、っと、ありがとう」
 カヲルに手を貸し、引き上げる浩一。
 二人は意外と近い場所に居た、加持達が居るのとは反対側の、ディバスナーガの縁である。
「憑き物が落ちたとはこういう状態を言うのかもしれないね」
 そんなカヲルの苦笑に浩一も付き合う。
「躍らされているようでは、世界の王としての器が知れるね」
「努力次第で変われるさ」
「頑張るとするよ」
 シュッと姿がかき消える。
「忙しい事だねぇ」
 カヲルはその場に腰を下ろすと、大の字になって寝転んだ。
「疲れたよ、今は」
 直に聞こえたのは、寝息であった。


「出来れば最初に合う奴は、出来るだけ美人が良かったな」
 そう言ってニヒルに笑ったつもりになったのはライだった。
「……逃げ回っていた奴のセリフじゃないな」
 テンマ。
「で、見たいものは見れたのか?」
「おおよそは」
「そりゃ結構、っと」
 後ろポケットに手を入れて歩き出す。
「どうする?」
「歩いて帰るよ、ぷらぷらとさ」
 どこに、とは聞かずにテンマは浮いた。
「なら、俺も帰るとしよう」
 やはり何処へ、とは口にせずに行ってしまう。
 ところでこの場所にはもう一人ばかり居た筈なのだが……
「おお〜い」
 二人ともすっかり忘れていた、もっとも。
「おお〜い」
 同じように忘れ去られた大男も居たのだが。
 流石は仲間と言う所だろう。


 そしてリヴァイアス。
「待ってヨウコ!」
 シーツを体に巻いて、レイ。
 叫ぶが、ヨウコは怒気を収めようとせず、その前には……
「……」
 ギュッと唇を噛んで、シンジが彼女を睨み返していた。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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