何が起こったのかは問題では無かった。
 腕を振るうシンジが居た、何かが飛んで来るのが見えた、少女がそれを受けて仰向けにのけぞって行った、続いて痛みに襲われた。
 ここまで守って来てくれた見えない壁が弾けたように見えた、飛んで来た物は無数のガラスの破片に思えた。
 それらが肉を裂き、骨を断ち、内蔵に食い込む。
 そんな感触。
 叫ぼうとした舌も切り取られてしまった、髪が散り、つんのめった時には支えてくれる手も足も無くしてしまっていた。
 −シン……、ジ−
 手を伸ばそうにもその手が無い、だからアスカは……
(……)
 何かの言葉を、『心』で伝えた。


「アス……、カ?」
 アスカが盾になってくれたからか、レイの傷はそれ程でも無かった。
 またミズホもさらに後れたことから無事だった。
 信じられない物が転がっていた。
 ミヤと、アスカのばらばらの死体。
 見るも無残な……
「……」
 震えながら、顔を上げ、呆然と立ち尽くしている少年に目を向ける。
「……、はっ、はは……、は」
 少年は自分の頭を鷲づかみにすると気を違えたように口にした。
「だい、じょうぶ、大丈夫さ、だって……、ナノマシンがあるから、DG細胞で生き返るんだ、アスカは、だから」
「シンちゃん!」
 レイの声に虚ろな目を向ける。
「あ……、ダレ?」
 レイは踏み出しかけた足を止めた。
 激情も一瞬で冷めてしまっていた。
「シンちゃん?」
「シンジ様?」
 さしものミズホも、いつものようには飛びつけなかった。
「シンジ様ぁ、どうなさったんですかぁ?」
 だめ、とレイの制止は無駄になった。
 ミズホの足元から竜巻が上がって、一瞬でミズホを灰色の柱に変えてしまったのだ。
「ミズ……、ホ」
 よろめく様に足を出す、と、その震動が伝わったのか、ばらばらと柱の外壁は崩れ落ちた。
「ひっ!」
 そこには、鋼鉄と化したミズホが歩み出した時の形のままで固まっていた。
「シン……、ちゃん」
 見るとシンジは、力無く腕を動かし、何かを操る素振りをしていた。
「大丈夫だよ、アスカ、ミズホ……、きっと……、きっと二人とも幸せになれるよ、だって」
 レイは信じられない言葉を聞く。
「だって……、そこには、僕は居ないから」
「シンちゃん!」
 レイは駆け出した、これ以上シンジがおかしくなるのを見ていられなかったから。
 狂気。
 それがどこから来て、シンジを犯しているのかわからなかった。
 恐怖。
 それでも放っておけなかったから。
 そしてそれが奇跡を起こす。
 シンジを無数の鉄の茨が覆い隠していく、巻き付き、卵と化していく、それは甲羅だ、恐ろしく強固な。
 転移は口にするほど容易な物ではない、物質と物質の狭間、クウォーク単位以下での隙間に、核となる転送元の構成素材を滑り込ませることから全ては始まる。
 その核を中心に、次々と単細胞生物が増殖していくように、原形を再構成していくのだ、隙間を押し広げ、場所を確保して。
 当然、密度の高い空間になるほど圧力に負けて転移は失敗しやすくなる、転移空間先を確保出来なければぶつかるか重なるかのどちらかとなり、対消滅を起こす事になるからだ。
 例えばサヨコのゲートなどは、この隙間を力任せに広げて『安全域』を確保するものである、故に漆黒の闇が形成されてしまうのだ、それは完全な有を受け入れるための無の領域である。
 そしてシンジを包む茨もまたゲートの一種であった、転移先に刺からの順で転移し、わざと対消滅を起こして爆圧による安全域を確保する。
 そうでもしなければ地球の中心などと言う途方もない圧力の中に、一瞬でも存在する事など不可能なのだ。
 シンジはその計算のためだけにこれだけの時間を浪費して来ていた、対消滅による爆発力は想像を絶する、しかしそれでも彼が存在出来る領域を衝撃波によって確保していられる時間は、僅か十数秒から数十秒にも満たないだろう。
 この短い時間の間に、力を解放し、全てを終える。
 そのためのシュミレーションに費やした時間は計り知れなく、また、それだけにイレギュラーには非常に弱い。
 後のことはすべて『方舟』が行う、安心して消滅することができる。
 その思い込みはどこから来たのか、それはともかく。
 −レイ?−
 茨の隙間から見えた、必死に手を伸ばす少女の青い髪に気を取られ……
『シンちゃん!』
 一瞬、そう。
 僅か千分の一秒ほどの思考の隙間を、彼女のことで満たしてしまっていた。


「始まった、ね?」
 居心地を悪そうに、友人、マナのことを心配していた山岸マユミは、正面のベッドに腰かけていた女性の言葉に顔を上げた。
 よちよちと赤ちゃん言葉で赤ん坊の手を遊んでいる。
 ……マユミだけかも知れない、気が付いたのは。
(寝もしない、泣きもしない、おむつを取り替えた所も見たことがない)
 そんな気味の悪い子供をあやしながら、聖母のごとく微笑む女性。
 サヨコ。
 だからと言って、彼女の微笑に対してそれを指摘する事などできなかった、いや。
 犯し難かったからだ、その雰囲気が。
 紡ぎ出される不思議な旋律、それは唄だった。
 どこかで知っているような、マユミの知らない曲と詩が織り成す不思議な波長。
 声と『声』、二つの声音が心をくすぐる。
 落ち着けと優しく語りかける。
(大丈夫、なんとかなるわ、だって……)
 −シンジ君だもの、ね?−
 そして地上の者達は……
「はぁ……、あたし、まだ生きてる」
 ぷかぷかと浮かぶGRの外装の上に横たわった霧島マナは、空に金色の光が波紋のように流れていくのをぼんやりと眺めていた。


 −辛くない?−
 誰かが言った。
 −生きているのは、辛くない?−
 だから誰かが答え返した。
「でも、楽しい事の方が多いから」
 −あなたは、何を望むの?−
 答えるまでも無く。
 彼は、自らの心を抱き締める。


 朝。
「おはよう、シンちゃん」
 覗き込む少女、その腕は頭の両側に突かれていて……
「あー!、なにやってんのよ!!」
「ずるいですぅ!」
「って馬鹿ミズホぉ!」
「うきゅうううう!」
 ジャンプして自分もと乗っかろうとした所、目測を誤り少女に着地。
 結果、落ちた顔は下敷きになった少年の顔とぶつかって。


 学校、校庭、いつもの面々。
 ギターを抱えて輪になって座り……
「じゃ、次あれ弾いてよ、あれ」
「え〜?、でもまだちゃんと覚えてないのに」
「いいじゃない、別に、だぁれも上手く弾けるなんて思ってないって」
「酷いや、もう……」
 拗ねて見せるが、もちろん冗談。
 からかった少女も、やはり冗談。
 だが交わし合う目には、何か心が通じていて。
「いたぁああああ!」
 両側からお尻をつねられ、少年は悶えるように腰を振った。


 夕暮れ時。
 少年の腕に組み付いて、幸せそうに尻尾髪をしきりに振って……
「だからぁ」
「そうじゃなくてぇ」
 数歩後ろで、青と赤、対照的な髪の色をした少女達がケンカ中。
「幸せですぅ」
 そんなほけっとした声に一瞬だけ殺意めいた目を向けるものの、少女達は再び言い合いに舞い戻る。
 そちらはそちらで大事だが。
 今のこの一時も、大事な大事な時間であるから……


 誰かが問いかける。
 −本当に良いの?−
 それで良いのかと問いかける。
「あなたは、あなたがいなくなってしまっても、それでいいの?」
 わからない。
「あなたは何処にも居なくなってしまうのよ?、それでもいいの?」
 わからない。
「怖いのね、結果を出す事が」
 なに?
「怖いのね、夢や理想が、想像のままに終わる事が」
 なにを言うの?
「何も成せなかったなんて、見捨てられたくないから」
 やだ。
「でもあなたのこれは」
 言いたくない!
「自己満足よ」


 綾波=レイの意識が瞼を開く。
 跨がるようにして彼の腰に乗っていた。
 二人はまったくの裸であり……
 その下半身は、『融合』していた。
「ここは……」
「心の世界」
「心の?」
 シンジの質問に答え、『自分』は頷く。
「心の壁が溶け合った、二人だけの曖昧な世界」
「……だから、全てが金色なのか」
 まるで浅いプールに浸っているようだった。
 下には地球が沈み、空には月が浮いていた。
「不安なの?」
 自分は先の続きを問いかけた。
「一人になりたくないから、夢であろうとするの?」
「夢?」
「あるいは幻……」
「そうかもしれない……」
 彼は目を閉じ、溜め息を吐いた。
「キスしたかった、その先にも進んでみたかった……、でも嫌われたくなかった、軽蔑されたくなかったから」
「焦っていたのね……」
「……本当の僕は馬鹿で、どうしようもなくて、厭らしいだけの奴だから」
「そう思い込んでいたのね」
「よくわからない……」
「誰でも持っている劣等感を、気付かない内に抑えていたのね」
「……みんなは僕に望んでくれてた、その理想があったから」
「それを演じる事を、第一にした?、自分を殺してまで」
「わからない……、自分のことなのに、わからないんだ」
 そんな彼に手を這わせて、その胸に押し当てる。
 するとずぶりと両手はめり込んでいった。
「あなたのホントウは、ここにあるわ」
 あたたかい物を両手で掴む。
「夢や、希望や、幻想や、押し付けや、期待、上手く形に出来ないもの、形にならなかったもの」
「……だから胸が苦しいのかな?、こんなに圧迫されているから」
「でももう、夢は終わるの」
「夢?」
「理想を膨らませる時は終わり、現実と言う名の苦しみが始まる、その中であなたは、あなたが蓄えた可能性を形にしていく、例え他人に望まれた姿でも、自分の憧れたイメージであったとしても、それを選ぶのはあなた自身よ」
「……まだわからないのに?」
「あなたは誰?」
「……碇シンジ、だと思う」
「ならもう大丈夫……、あなたはもう、誰でもない、自分で立って、歩くのよ……」
 −他人の勝手に、惑わされないで−
 レイは叫んだ。
 −シンちゃんは、シンちゃんで良い!−
 シンジの目が見開かれる。
「レイ?」
 −誰かのためとか、頑張るとかじゃなくて!−
 叩きつけられるイメージ、それは。
 −あなたはあなたのままの、あなたで居て!−
 シンジは慟哭を激しくした。
(ああ、どうしてかな……)
 不意に涙が込み上げる。
(みんなの望みなんて、ちっぽけで……)
 みんなが楽しく、笑ってる。
(僕はちゃんと、応えてるじゃないか、応えられていたのに)
 何を焦っていたんだろうと。
 両手で顔を被い、しゃくりあげた時。
 優しい歌声が、耳に届いた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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