−−シンジ、シンジ、シンジ。
 どこからか鈴の鳴るような声が呼び掛けて来る。
 −−シンジ、シンジ、シンジ。
 ああ、と思う。
 起きなきゃ、と。
 −−アナタノ、ナマエハ?
 碇シンジ。


 はっと目覚める、見慣れた天井、『中学』時代の。
「ようやくお目覚めね、バカシンジ」
「アスカ?」
「何ボケボケッとしてんのよ!、さっさと起きて、顔洗って!」
 布団を剥いで……
 赤くなった。
「きゃああああああ!」
 バシンと引っぱたく音が鳴る。
「えっちばかへんたい信じらんない!」
(なんだこれ?)
 シンジの意識が浮上する。
 −−あなたが、あなたであるために。
 −−あなたは、あなたを思い出すの。


 二度目の目覚め。
 今度はロフトの天井だった。
「あれ?」
「もー、バケツの水こぼれちゃったじゃない」
「アスカがお布巾取るから!」
「シンジ様のお体はわたしが拭くんですぅ!」
 そんな声が上がってる。
「え?」
 最初に上がって来たレイと目が合った。
 ばしゃんと音、バケツを落としたのだろう。
「ちょっとレイ!」
「シンちゃん!」
「え!?」
 ばたばたと慌てて部屋に上がり込む、レイはそのまま飛び付いた。
「え?、レイ?」
「シンジ様ぁ!」
「ミズホ?」
「……」
「アスカ?」
 濡れ鼠のまま、一人恨めしそうに顔だけを覗かせる。
 しかしもう二人も抱きついた状態では、自分は邪魔なだけだと判断したのだろう。
「おばさまー、シンジが起きたぁ」
 そう言って下りていった。
「……夢、だったのかな?」
 シンジは良く分からないまま二人の体に腕を回して、その背中を撫で付けた。


 がちゃりと受話器が下ろされる。
「シンジ君が目覚めたそうだ、記憶に若干の混乱が認められるがな」
「精神汚染か?」
「いや、ただ疲れているだけだろうとの報告だ」
「そうか……」
 ふう、とゲンドウは珍しく人前で息を抜いた。
 それも執務室と言う珍しい場所で。
 冬月はそんなゲンドウに苦笑した。
「疲れたな」
「ああ……」
「どうやらシンジ君はあれが夢では無かったのかと思っているようだぞ?」
「直に世界の現状を知って追認識するさ」
「肉体の実に四割が謎の細胞に汚染されていたのだからな、実際、よく山を越えたもんだよ」
「……彼らの細胞が死滅する寸前に最大限の生命維持活動を行った、それだけのことですよ」
「彼らが彼を生かしたか、ま、いい、被害報告はどこだ?」
「ここだ」
 ふむ、と冬月はそれに目を通した。
「かなり大きな破壊が行われた箇所を除いては完全に事前の状態に回復しているのか」
「ああ、死者もゼロだ」
「まさに神の奇跡だな」
「科学の力だよ」
「神……、か、心、精神の産物、目に見えぬものも塊になれば触れることができる、彼らの力は自分と言う存在の余波に過ぎないのかもしれないな」
「だからこそ通じ合える」
「今の人類では難しいがな、アレクはどうした?」
「ゼーレ関連の企業株を買い漁っているところだ、トップが退陣したからな」
「その内会長と呼ばねばならなくなるか……」
「ああ、間違いなく俺に対する嫌がらせのつもりだ」
「碇……」
「奴にトップは取らせんよ」
 ニヤリと笑うゲンドウだった。


「世はおしなべてこともなし、ま、平穏無事になんにもないことが一番って事よね」
 世界規模の集団幻覚というには証拠が多過ぎ、逆に本当に現実だったのかと証明するには荒唐無稽過ぎて手も出せない状態だった。
 補完委員会の実行部隊についても実際の被害は器物損壊程度で収まり、一部に誘拐が組み込まれる程度である、しかしそれも自らの手により解放、自宅に送り届け自首して来たとなるとそう重い罪にもできはしない。
 深い山の中、粗雑な山小屋の前、まき割り用の切り株に腰を据えていたミヤは、コンバットナイフを手に汗を流しているヨウコを見やった。
 タンクトップシャツとショートパンツ、上は黒で下は赤に白いライン。
 その両方がとてつもない汗を吸って弛んでいた。
 空気を断ち切るようにナイフをふるい、時には鋭い蹴りを出す。
 だが、力は使おうとしなかった。
 他の誰にもわからなかったものを、二人だけが見せられていた。
 それは『声』と言う名の存在達が見せた理想と現実。
 そこから紡がれる可能性。
 二人は確かに未来を見たのだ。
(それを現実にするのは自分か)
 ミヤは一通の手紙を手にしていた、そこにはカヲルのサインがあった。



続く







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