「うわぁああああ!」
肉体的に幾ら勝ろうとも防戦一方では追い詰められる事になる。
シンジは足を鞭に縛られて、空中高く投げられた。
「ぐっ!」
甲板に叩きつけられる、力で伝えようとするヨウコと、あくまで訴えを続けるシンジ、双方それに感づいてはいるが、互いに何を理解らせたいのか、その事までには思い至れずにいた。
「力なき正義は無力、しかし心無き力は暴力、事態の把握も出来ずに止めるか、手伝うか、決めるべきだったと言うのか?、お前は」
シンジは体中に走る激痛に堪えた。
「だからって、人を殺していいなんてことはないよ!」
「そうやってまごついてる間に手遅れになることもある」
「自分じゃ何もしなかったくせに」
「邪魔をしろと?、正義と大義の前に感情だけを振りかざせと?」
「痛みを忘れたくせに」
「痛みだと?」
「自分の時は酷い目に合ったって世界を恨んで、人にはそれを受け入れろって言うの?」
「……最善策だった」
「間違ってた!」
「結果論だ、あの時点でのベストな方法だった」
「けど間違ってたんだ!」
「代替え案もなしに反対だけでは通らない」
「でも誰も喜ばないよ!、そうだろう!?」
シンジは片膝を立てて訴えた。
「殺された人も、引き離された子供も、生き残った子だって喜ぶはずが無いんだよ!、そんなの、ただの自己満足じゃないか!」
「言うな!」
シンジの腹を鞭で貫く。
「かっ……」
「あの地獄を知らない奴が、何を言う」
その目は怒りに燃えている、殺意に。
「もっとも恐ろしいことは手遅れになる事だ、後は歴史がその正当性を証明してくれる」
「……一難さって、また一難か」
「……」
加持、マナ、カヲルの三人は、その攻防を衛星を通じて見守っていた。
うずくまったシンジ、傍に立つヨウコの姿をコンピューターが処理をかけ、その姿を鮮明にしている。
「……ディバスナーガからの距離は?」
「遠いな、とても間に合わない」
「……まずいですね」
「ああ……」
「このままじゃシンジが……」
マナの震える声に、加持とカヲルは同時に目配せを行った。
互いにこちらも勘違いしてるのかと思ったのだ。
「マナちゃん、それは違うぞ」
「え?」
「危ないのはシンジ君じゃない、ヨウコだ」
「どういうこと?」
「……過去、シンジ君は死に瀕する度に暴走した、最も恐ろしかったのは完全に死亡した直後の復活だった、細胞の再生に伴う活性化が通常の暴走をも越える力を生み出させるんだよ」
「それに、気を失った程度ならまだ良い、暴走中の行動はどこか本能に左右されて敵を見分ける」
「でも死に瀕した場合は別なんだよ、完全に脳から切り離された『肉体』が勝手に自己防衛を行うんだ、細胞の一つ一つが生き延びるために行動する、それはもう、常識では計れない世界だよ」
「なにをやってる?」
ヨウコは冷たく見下した。
「……」
「言いたい事があるなら、戦って証明して見せろ!」
右の鞭は突き刺したまま、左の鞭を振り上げた。
「彼らのした事が理不尽な暴力だというのなら、わたしが彼らを諌めたとしても理不尽な暴力になる!、そして今わたしがふるっているのも暴力だ!、これを前に言葉を持てないお前は『わたし』と同じだ!、見ていただけのわたしとな!」
肩口に入った鞭は鎖骨を砕いた。
「っ!、あ……」
「答える言葉を持たず!、この暴力を前に暴力で返せば、それもまた理不尽なだけの暴力だ!」
さらにひと鞭、右腕を折る、砕けた鎖骨と合わせて奇妙に揺れた。
「わたしには力をふるう理由がある!、お前の言うことが間違いだと感じているからだ!、どうしたっ、碇シンジ!、この理不尽さを止めてみせろ!、わたしが納得できるように、それとも……」
振り上げた手を止める。
「力ずくで叩き潰すか?、わたしの考えを」
−−ドクン……
「正しいと思うから力を使ったのなら、お前も、彼らも同じだ」
−−ドクン……
「違う答えを求めたわたしを除いてな」
−−ドクン……
「彼らが良かれと人を殺したように、良かれと思ってお前がやったこともまた暴力だ、同じ仲間のくせに他人を批判するのか?、なら」
ずるりと右の鞭を引き抜いた。
「お前こそ、度し難い」
「……」
シンジは血の塊を吐いた。
「げっ、え……」
べちゃりと弾ける。
その上にのめり込むように倒れ込んだ。
(耳鳴りがする……)
そしてまた意識も遠くなっていく。
−−シンジ!
−−シンちゃん!
−−シンジ様!
そんな声にぼんやりと思う。
(これじゃあまたくり返しじゃないか)
応えられていないと焦っていた。
応えられていたと確信出来たのに……
また応えられていないと不甲斐なさに苛まれる。
(これから何度、こんな風に……)
くり返し否定され、卑下をくり返す事になるのだろうか?
(結局……、死ぬ迄なんだろうな)
カヲルや加持が思っていたような暴走は起こらなかった。
薄目を開いたシンジの目が濁っているのを見て取って、ヨウコは少々動揺した。
−−死ぬ?
この程度で、と思っての動揺だった。
『これが……、僕の答えだよ』
その『声』はヨウコにだけ聞こえた。
「なに?」
『僕の勝手、あなたの勝手、みんなの勝手……、みんな自分勝手なんだ、僕は勝手な事をしたのかもしれない、あなたに言った事も僕の勝手なんだろうけど、僕は間違ってるとは思ってない、これもまた勝手なんでしょ?、だから……』
ごふっと血。
『ヨウコさん……、だった?、あなたはあなたの勝手を通してよ』
ヨウコは激しく身を震わせた。
「なに?」
返事は無い。
「なんだと?」
やはり返って来ない。
「待てっ、何が言いたい、答えろ碇シンジ!」
無言。
「貴様!」
「やめなさい!」
抱きつかれてヨウコは狼狽した。
「カスミ!?」
「もう死んでるわ」
ゆっくりと目を戻す、レイとアスカとミズホが抱き付いてわんわん泣いていた。
「……うそだ」
カスミはヨウコの呟きに驚いた。
「ヨウコ?」
「嘘だ、こいつがこの程度で死ぬはずが……」
−−ヒトゴロシ!
ヨウコの頭を『声』が叩く。
「誰だ!?」
−−ヒトゴロシ!
「誰だっ、誰の声!」
「ヨウコ?」
ヨウコはシンジを取り囲むようにして立っている者達を凝視した。
残された天使達が皆並んでいた。
悲しげに目を伏せて。
−−アナタサエヨケレバ……
−−ジブンガヨケレバ……
−−ジャマニナレバ……
−−ソウヤッテ。
−−ヒトヲコロセルアナタハ。
−−ソノチカラハ。
−−スバラシイコトノタメニアルモノナノニ……
「やめろぉ!」
「ヨウコ!?」
「やめろ!、これはわたしと、こいつの!」
「ヨウコっ、どうしたのヨウコ!」
ヨウコは一人暴れた、ヨウコの目の先には誰も居ないというのにカスミを振り払おうと必死になっている。
「だったらっ、証明して見せろ!」
幻の子供達は、コクリと頷き、空を見た。
「サヨコ?」
カスミは赤ん坊を抱きながらやって来たサヨコに怪訝そうな目を向けた。
サヨコは黙って赤子を空に掲げた。
「な!?」
赤ん坊がふわりと舞い上がる、くるんでいた布が落ち、その背に小さな羽が見て取れた。
それはキューピットと呼ばれる絵姿の天使に酷似していた。
さらに幻影だった者達が舞い上がった。
皆にも見えた、そして気が付く。
(実体じゃ、ない……)
それらは強度に圧縮された『声』の塊だった。
あまりの力と叫びの強さ故に実体化してしまっている精神体だった。
嘆きと悲しみの詰まった心の幻影だった。
ヨウコにだけ見えていたのは、彼女の心の『声』に応えていたからだった。
(ああ……)
ヨウコは感激から涙を流した。
(時が見える……)
シンジ、と……
呼び掛ける声が辺りに響いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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