希望なのよ。
希望?
ヒトは互いに分かり合えるかも知れない、と言うことの。
好きだと言う言葉と共にね。
でもそれは見せかけなんだ、自分勝手な思い込みなんだ。
祈りみたいなものなんだ。
続くはずないんだ。
いつかは裏切られるんだ。
僕を見捨てるんだ。
でも僕はもう一度会いたいと思った。
その時の気持ちは、本当だと思うから……
ビュウ!
風が哭いた。
ヒュンヒュンと揺れる電線よりも、僕は彼女に目を奪われた。
「綾波……」
ゴゥ!
「うわ!」
風に晒されペタンと腰を抜かす。
「使徒!?」
目の前に巨人、撃墜されて落ちて来るヘリ。
恐ろしくて、恐くて、両手で庇った所に、見覚えのある車が滑り込んで来た。
ミサトさん?
「ごめん!、遅れちゃって」
第壱話「使徒、襲来」
これは一体どういう事?
もう一度やり直してるって事なの?、それともあれが全部夢だったの?
でも……
「なぁに?」
「あ、ごめんなさい……」
ついちらちら見ちゃった。
「あのねぇ?、そんな顔でちらちら見られてたら、こっちも気になって運転どころじゃないんですけどねぇ?」
違いが無い……、わからない、けど、嬉しい。
「あ、あの……、さっきの、なんだったのかなって」
「ああ……、あれね?」
使徒、国連軍、それにN2地雷……
間違い無い、僕の記憶通りだ。
「あれが人類の敵って奴よ」
「はあ……」
曖昧に護魔化しておく、たぶん、黙ってた方がいい……
処世術って言ったかな?、それを僕は覚えたのかもしれない。
嘘は……、嫌だ、散々騙されたから。
でも護魔化せるような演技なんてできない。
結局、無口になるのが一番って事なんだよな……
僕は車がカートレインに接続されても、ぼうっと窓の外を眺めていた。
「……これが人類に残された最後の希望、汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオン、その初号機よ?」
僕は黙っていた。
結局これが何のために作られたのかは分からなかったけど、一つだけ確かな事があるんだ。
「よく来たな、シンジ」
「……父さん」
また付き合わなくちゃいけないのか……
その戸惑いをどう受け取ったのかはしらないけど、父さんは嘲るような笑みを浮かべたんだ。
だからムッと来て……
「これに乗れって言うの?」
「そうだ」
「……母さんだけじゃ足りないって言うんだね?」
思った通り、父さんは言葉を無くした。
リツコさんも固まっている、ミサトさんは?
「ちょっとリツコ、どうしたのよ?」
「なんでもないわ……」
「僕に死ねって言うの?」
「お前がやらなければ人類は滅亡する」
「そう……、ねえ父さん?」
「なんだ、早くしろ、でなければ」
「僕に……、命をかけなきゃいけないほど大事な人が居ると思うの?」
結局はなにも答えてくれない……、そう言う人だって、分かってるけど……
「冬月、レイを起こせ」
『使えるのか?』
「死んでいるわけではない」
『わかった』
その通信はこれみよがしに聞こえた。
「……また逃げるんだね?」
父さんの足が止まる。
「そうやって、母さんを追いかけて、どう扱ったらいいのか恐くなって僕を捨てて、ねえ?、いつまで逃げれば気がすむのさ?」
「シンジ君……」
気づかうような声が聞こえた。
でもそれはストレッチャーの車輪の音に紛れて消えた。
「綾波、レイ」
「え?」
僕の呟きがリツコさんを疑わせる。
なぜわかるの?
そんな目で見られた。
ガァン!
「奴め、ここに気がついたか」
なんだか次々と起こる事が、上手く僕から注意を逸らしてくれて助かる。
リツコさんの疑問も吹き飛んだみたいだ。
「危ない!」
鉄骨が落ちて来る。
「うわっ!」
僕は反射的に自分を庇おうとした。
ザァ!
ガン!
上がる巨腕、弾く鉄骨。
僕の手の動きをそのまま初号機も追ってくれた。
「そんな……、エントリープラグも挿入してないのよ?」
別に疑問は感じない、僕にとっては当たり前のことだから。
走り、綾波に駆け寄る。
「くうっ!」
血だ……
抱き上げて思った。
重いし、温かいし、血も流れてる。
……どうせ人間だって使徒なんだ。
ミサトさんも言ってたじゃないか、十八番目の使徒なんだって……
開き直りなのかな?、自分でもよくわからない、けど、恐さはもう感じなかった。
おかしいな……、あんなに恐くて、逃げてばかり居たのに。
「僕が、乗るよ」
そう答えた時、父さんが思い通りになったって余裕の笑みを浮かべたみたいだった。
『エントリープラグ注水』
『A10神経接続開始』
『双方向回線開きます』
『シンクロリ……』
そこでオぺレートが中断された。
『マヤ!』
『あ、はい!、シンクロ率、九十六%で安定』
『うそ!?』
『ハーモニクス、全て正常位置にあります……』
そうか……、母さんは僕を認めてくれるんだ。
僕にはもう、エヴァを恐がったり拒絶する必要なんてないもんな……
なら便利に使われよう、その内好い事もあると思うから。
『いけるわ!』
『発進!』
何もかもが僕には慣れた作業だった。
『シンジ君、今は歩くことだけを考えて』
うっとうしい。
僕の思考はその一点で凝り固まった。
だから無視した、手順なんか守ってられない。
『初号機プログナイフ装備!』
『うそ!、リツコ!』
『そんな!、まだ装備については……』
カッ!
使徒の眼孔が光るのと、僕が右腕をスウィングするのは同時だった。
ゴッ!
少々の震動と爆炎。
『初号機、ATフィールドを展開!』
僕は炎をフィールドで吹き散らしながら肉迫する。
『あ、だめ!、シンジ君待ちなさい!』
うるさい!
懐に飛び込み、ナイフを突き上げる、コアに刺さる。
『初号機、位相空間を中和しています!』
『凄い、シンジ君、彼にこんな戦い方が出来るなんて……』
『あり得ないわ!、まだ何も……、何も教えていないのよ!?』
ガァン!
背中に衝撃、使徒が両手を組んで叩き付けたのだろう。
『プラグを狙ってる!』
『シンジ君、離れて!』
光の剣、いくらなんでもあれで貫かれたら死んじゃうだろうな……
『笑ってる……』
笑ってる?
『シンジ君、気をしっかり持って!』
僕の事なの?
ぎりぎりとナイフをねじ上げながら、右の肩を前に倒す。
『ニードル射出!』
右肩の武器庫を開き、その上部から数本の針を打ち出す。
それは使徒の仮面と肩の辺りに深く刺さった。
何本かは貫いてその先端を反対側に覗かせている。
『自爆する気!?』
使徒が丸まろうとした、でももう遅いよ。
それは僕の勘……、いや、もっと親しんだ……、そう、経験からくるものだったのかもしれない。
使徒はその手足を中途半端に収縮した。
使徒が自爆するよりも早く、バキンとコアに亀裂が入った。
赤いコアが灰色になる。
自爆は無い。
『勝ったの!?』
わあああ!
呑気な歓声が聞こえて来た。
なんだろう?、この人達……
僕は呆れた。
死にたくないのかもしれない。
でもそれは僕だって同じなんだ。
同じなのに……
この人達はそれを分かってくれてるんだろうか?
恐いんだ、こんなに……、なのに。
『しょ、初号機パルス逆流!』
『えっ!?、リツコ!』
『精神汚染が始まっています!』
『回路遮断、塞き止めて!』
『ダメです、コントロールを受け付けません!』
『そんな!、あり得ないわ!?』
『損傷箇所のチェックは!』
『重大なものは認められません!』
『シンジ君!』
なんだろう、みんな焦ってるよ、おかしいな……
助かったから?、だからいま死なれたら後味が悪いのかな?、そうなのかな?
違うの?、でもわからないよ。
みんなは僕の事なんて何も知らないんだよ?
知らない人だから、こんなのに乗せられるんでしょ?
それとも、父さんみたいに。
みんな、平気なのかな……
自分以外の誰がどうなろうと。
違うの?、母さん……
答えてよ。
僕の意識はまどろんでいった。
とても温かい、温もりに包まれて。
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