THE BEAST
「はっ!」
 たくさんの情報、たくさんの映像、たくさんの音。
 それが一杯流れ込んで来て僕は目覚めた。
「やだな……」
 またこの天井だよ。
 見慣れた病室、でも僕はそこから逃げ出したくなった。



第弐話「見知らぬ天井」



 制服とか……、どこにあるんだろ?
 あの時は僕が気がついたからって、持って来てもらったんだ。
 でも今は早く逃げ出したい。
 でも逃げ出せない僕が居る。
 綾波が来る。
 それを期待して待ってる僕が居る。
 綾波なら……、何か知っているのかもしれない。
 そんな期待が胸にあったんだ。
 不安なんだ。
 何がどうなってるのか、分からなくて。
 ……来た。
 簡易ベッドの上に寝かされた綾波は僕から目を外さなかった。
 何を考えてるんだろう?
 でも一つだけ分かった、あの冷めた瞳、他人を見るような目。
 綾波は、僕のことを知らない……
 落胆している自分を感じる、勝手だよな、僕って。
 綾波には責任なんて無いのに、そう考えると、もう綾波のことは意識の外に放り出せた。
 ……父さん?
 顔を上げると、綾波に声を掛ける父さんがいた。
 心配、してるのか?
 でもいい、もういい。
 こだわればこだわるほど、傷つくのは自分だって分かったから。
 だからどうでも良いんだと思う、なのに……
「シンジ」
 話しかけないでよ。
 父さんは通りすがりのまま立ち止まり、僕は振り向くほどの勇気を持てない。
「何を、考えている」
 そう、それが恐いんでしょ?、結局……
 諦めるって事を覚えた分、僕は客観的な視点を持てたのかもしれない。
 自分に照らし合わせることができるようになった。
 結局何を考えてるのか?、それがわからないから、従わせようとするんだよね?
「別に……」
 だからあえてそう答えた。
 僕は父さんの恐怖、そのものなんだと思うから。
 そこから出ようとは、思わなかったから。
 僕も父さんが、まだ恐かったから……
「父さん……」
「なんだ?」
 歩き出しかけた足を引き止める。
「……綾波が大事?」
 返事は無い。
 どんな顔をしてるんだろう?、少し、見たい気もする。
「いいけど……、肝心な時に、捨てられないようにね?」
 無視するように歩き出したから、僕はもう一つだけ意地悪をした。
「母さんの時みたいに」
 またも止まる父さんの歩み、でも今度は僕が無視してやる番だった。


「シンジ君ねぇ?、あたしのマンションで引き取ることにしたから」
 どうしようかって迷いはあったけど……
 ミサトさん、悪い人じゃないんだ。
 だからお邪魔させてもらおうと思った、多分……、僕は追い出されるタイミングを知っているから。
 それはずっと先のことになるだろうけど。


 前の生活では半年の間に随分と背が伸びてた。
 それに訓練だなんだって、そのおかげで体も軽くなってたんだけど、今はそうもいかない……
 それを感じたのは料理を始めてからだった。
「うん!、結構イケるじゃない?」
「そうですか?」
「なぁに?、自分で買って出といて」
「いえ……、なんだか調子が狂っちゃってて……」
 出来れば美味しい物を食べてもらいたかった。
 前の僕は人に好きになってもらいたかった。
 それは今でも同じなんだ……、料理をしながらずっと考えてた。
 喜んでもらえるかな?
 それだけで幸せに浸れた、僕って結構、お手軽な人間だったのかもしれない。
 でも思ったように体は動いてくれなかった。
「ま、無理も無いわよ、あんなことの後じゃ……」
「すみません……」
 大して意味も無くそう口にする。
 好きになってもらいたい、でも好きになりたいとは思わない。
 好きになってもらいたいけど、だめだったら……、まあそれは諦めればいい、でも。
 好きになって、でも嫌いだって言われたくない。
 そうなったら、きっと……
 きっと立ち直れなくなってしまうから。
「でもまあ、食べられないものよりはマシですよね?」
「まあねん」
 ちょっとイヤミを混ぜたんだけど、だめか……
 ミサトさん、自覚ないもんな。
 そんなやり取りが駆け引きっぽくて楽しかった。
 僕は……、何かを諦める事で強くなれる事に気がついた。


「知らない、天井か……」
 本当は知っているはずの天井なんだけど、あまり馴染みはない気がする。
「そっか……」
 住んでたのが最初の頃だけだったからだ。
「すぐに追い出されちゃったんだよな……」
 そしてこの部屋は、もう一人の同居人のものになってしまった。
「……それまでの命か」
 今度は逆らおうとは思わない、出て行けと言われれば出て行くつもりだ。
 少なくとも、その方が上手くいく気がする。
「結局……、あれが悪かったんだよな?」
 同居。
 息を抜く場所が無かったこと。
 ずっと顔を突き合わせていたこと。
 あるいは別々の場所に住んでいたなら……
「きっと僕はただのサードチルドレンだったはずなんだ」
 そう、それは確信に近い。
 アスカはサードと碇シンジってのを中途半端に混ぜちゃったんだ。
 他人と同居人、他人であるサードなら蹴落とすだけで満足できたはずだ。
 ……いいわけ、考えておかなくちゃ。
 僕はシンクロ率が高い、でも上手くエヴァは扱えない。
 アスカよりも頭は悪い、運動神経も良く無い。
 ……情けない、かな?
 いいんだけど、あれは今でも心に引っ掛かってる。
(加持さんはもういないんだよ!)
(嘘……)
 あの時のアスカの顔……。
 僕はベッドの上に起き上がって膝を抱えた。
 自己嫌悪。
 忘れられない。
 完全に八つ当たりだよな……
 気にかかることは他にもあるんだ……
(何もわかってないくせに、わたしの側に来ないで!)
 あれは幻想だったって分かってる。
 綾波とカヲル君を見た辺りからあやふやだったけど、僕が抱えてた恐いって言う思いが全部吹き出して……
 僕には他人の気持ちなんて分からないよ、わかるはずもない。
 だから聞こう、今度からは……
 ちゃんと聞いて、答えてもらおう。
 なにも話してくれない人を理解するなんて、僕には絶対に無理だから。
 今度は、なんとかしてみよう。
 せいぜい、うまくやっていこう。



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