A transfer
『どう、シンジ君、調子は?』
「……いいと思いますけど」
『あいまいねぇ?、どうしたの』
「はあ、まだちゃんと慣れてなくて」
 ちょっと調子に乗り過ぎてたのかもしれない。
 あきらかに疑われてる、でもまあ、もう護魔化してどうなるもんでも無いし。
 あれだけいかがわしいこと、口にしちゃうとなぁ……、まあこれもしょうがないか。
『それじゃあ、インダクションモード』
「はい」
 感覚は共有できるんだけど、視点って言うのはあくまでプラグ内に映ってる映像だから、射撃なんかじゃ、目標から微妙にズレる事がある。
 それをさけるのがインダクションモード、つまりレバーを握って撃てって事。
 普段は考えた通りに動くエヴァも、この時だけはコンピューターで制御される。
 前はなんでこんなことをやってるんだろうって思ってた。
 だから訓練なんて嫌いだった。
『うまいもんねぇ……』
 でも、受け入れると結構楽しい事に気がついた。
 下手なゲームよりリアルだし、面白い。
「でも無駄なのに」
『何か言った?』
「……これって、ほんとに効くのかなって」
『……次、行くわよ?』
 リツコさんはあんまり期待してないって事か。
 剣よりも銃、銃よりも爆弾の方が強い、それって人の持つイメージの問題なんだろうけど。
 銃弾を弾く盾があるだけで、もう通じなくなっちゃう話なんだよね。
 相手も弾切れで焦る、なんてことはない、なら、結局は懐に飛び込まなくちゃダメなんだ……



第参話「鳴らない、電話」



「じゃあミサトさん、行ってきます!」
「行ってらっしゃあい、ゴミ、よろしくねぇん」
「……だったら夕べのうちにまとめといてよね」
「ごみん……」
 まあそんなとこもミサトさんだから……、諦めてるけど。
 一人で学校に向かう、まだ友達は居ない、作るつもりも無いけど。
 でも楽しい、学校に向かうのが楽しい、晴れてるのが楽しい、アスファルトが焼けていくのも。
 変に期待を抱かなくなった分、僕は一人でいる事を楽しく思うようになった。
 好きな音楽を聞いて、屋上で雲を見上げてぼうっとして。
 学校の帰りにはゲームセンターで遊んで、ミサトさんのためにご飯を作って、お風呂を沸かして。
 そこには他人なんて居ない、唯一の例外はミサトさんだけだけど、それだってこんな風に喜んでくれるだろうなって、勝手に考えちゃってるだけだ。
 でもいいんだ、それで。
 僕が思ってた通りの礼を言ってくれて、ビールを飲んで、お風呂に入る。
 そんなミサトさんを見てるだけで楽しくなるから。
 教室に入ると、すぐに綾波の頭が目に入った。
 そうなんだ、いつも綾波は外を見ている。
 だからめったに顔は見れない、何考えてるんだろ?、ちょっとは聞いてみたい気もする。
 とりあえず席に座ってポケットに入れていたウォークマンを机に置いた。
 聞きっぱなし。
 授業中も聞いてる。
 一度生徒指導室に呼び出された。
 注意されたんで、ついネルフのあれでって冗談を言ってみた。
 でも嘘を吐くなって頭から否定された。
 そのことにムッと来た僕は、じゃあ聞いてみますか?、と脅しをかけた。
 一応守秘義務に触れるんで、僕はよくて独房、先生は拘束されて尋問ってことになりますけどって。
 ばかばかしい、いくらなんでもそこまでするはず無いじゃないか。
 でも先生は信じたみたいで、忌ま忌ましそうに解放してくれた。
 ……ネルフって、どんな風に見られてるんだろ?
 まあトップがあれだからしょうがないか。
 しばらくして騒がしい声が聞こえた。
「味方が暴れてどないするっちゅうねん!」
 トウジ……
 苦笑する。
 上手くやったつもりなんだけどな……
 この後のことは想像できた。


「やっぱり殴られちゃったか……」
 とりあえず言い訳しなかったから一発ですんだ。
 その分だけ綾波が呼びに来るまで間が空いたけど。
 トウジの妹さんには、もう謝りに行ってある。
 トウジはそれを知らないみたいだ、まあ、妹さんも僕が同じクラスだなんてまだ知らないんだろうけど。
 でもこれでいい、別に知ってもらって、許してもらおうなんて思わない。
 そう思えるようになっただけ気は楽なままだった。
 そうなんだ……、諦めるのと、こだわらないのと。
 この二つを守るだけで、こんなに楽になれるだなんて知らなかったな。
「一人の方が、幸せな事だってあるんだ……」
「碇君」
「綾波……」
 大の字になったまま首だけ上げる。
「……非常召集、先、行くから」
「わかった」
 もう一度仰向けになって、ふうっと息を吐いてから立ち上がる。
 この辺りの頃は良い思いなんてしない、それはわかってる。
 だからせいぜい居心地好くするんだ、自分のために。


『いい?、敵ATフィールドを中和しつつパレットの一斉射、練習通り、いいわね?』
「はい」
『発進!』
 銃が効かないなんて言ってもわかってくれないだろうし……
 経験に物を言わせる!
『バカ!、弾着の煙で敵が見えない!』
 どうせ効いてない!
 そのままジリジリと下がって距離を取る。
 煙の切れ間に金色の光が見える、動いてない。
『敵に損害、認められず』
『リツコ!』
『ATフィールドの中和距離外なんだわ……』
『これ以上接近させたら、飛び道具なんて意味無いわよ!』
 ダメか!
 光の鞭が来る、被害を無視して逃げてたけど捕まった。
「うわああああああああ!」
『シンジ君!』
 くそっ!、やっぱりこうなるのか!?
『シンジ君のクラスメート!?』
 初号機の指の間に人影。
『なぜこんな所に!』
『シンジ君!』
「この!」
 鞭をつかむ、このままじゃやられる!
 トウジ達を……、だめだ、独房なんて入るつもりは無いよ!
『シンジ君、エヴァを現行モードでホールド、二人を……』
『越権行為よ!、葛城一尉!』
 無視だ!
 逃げ惑うトウジ達が見える、なんでシェルターから出て来たんだよ!
 僕は苛着いた。
 そうだよ、ここに出て来たのはトウジ達の責任じゃないか!
 あの二人って……、根本で前の僕と変わらないんだと思う、死ぬなんて、どこかで他人事だと思ってるんだ。
 腹が立って来た、なんであんな奴らのためにって戦わなきゃいけないんだろ?
 死にたくないのなら、ちゃんと逃げてればいいんだ!
「うわああああああああああああ!」
『シンジ君!』
 言い争っててこっちのことに気が来なかったみたいだった。
 これ、後で向こうの責任にできるよね?、上がはっきりしないからって。
 腹に激痛、使徒の鞭が刺さってる、大丈夫、こいつの攻撃はこれだけだ。
 後はもう何も来ない、前と同じにするだけだ。
「あああああああ!」
 ナイフを突き刺す、これで終わる。
 大丈夫、体の痛みぐらい我慢できるよ。
 こんなのは何てこと無いんだ、なんてこと……
 本当に痛いのは……


 気がつけばまた病室だった。
「どうしてわたしの指示を待たなかったの」
 病み上がりなんだから勘弁して欲しいよ……
「答えなさい!、わたしはあなたの監督責任者なのよ!」
 僕は気怠げに前髪を掻き上げた。
「……なら、なんでケンカなんかしてたのさ」
「わたしのせいだっての!?」
「人が恐いおもいしてる時に……、のんきにケンカなんかしてさ……、死にそうだったんだよ?、何考えてるのさ!」
「言ったでしょ!、わたしが責任者だって!」
「今でしょ?、立場の話なんてしたの初めてじゃないですか!」
 ミサトさんは同情してくれてる、それはありがたいと思う。
 だからこういう墓穴を掘りまくる、なあなあで済ませて、子供扱いしてるから、肝心な所でボロが出るんだよ……
「今度だってミサトさんの言うこと信じたからあの場所から攻撃したのに何だよ!、使徒の方が遠くから攻撃できるんじゃないか!」
「あれは……」
「いきなり出されて、パレットガンの煙だってなんだよ!、あんなの聞いてないよ!」
 僕だって命がけなんだ、いま言わないといけない、きっと直してくれない。
「僕が負けてそれで終わりだって言うなら、もっとちゃんとしてよ!」
 僕だってせっかくやり直せてるのに死にたくないんだ!
「……ええそうね」
 どこか怒りを交えた声だったけど、言いたいことは言わせてもらう。
 だって次の使徒はあいつだから。
 知ってるからって、同じになるとは限らない、僕がこうしてる事だって同じじゃない。
 なら、死にたくない……
「仕事なんでしょ?、ちゃんとやってよ……」
 それが僕の本音だった。



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