Hedgehog's Dilemma
「あの二人、とりあえず打撲程度ですんだそうよ……」
 それが誰のことを指すのかわかってる。
 学校は二人のことで異様な雰囲気だった。
 違うか、僕のことで、だ……
 僕を見て、ヒソヒソと声がする。
 二人は戦闘に巻き込まれて休んでる、その噂で僕への印象は一変したみたいだった。
「シンジ君、いつまで休んでるつもりなの?、訓練にだけ出ればいいってものじゃ……」
「いいじゃないですか……、どうせ一生ネルフに監視されるんだし、エヴァのパイロットって事で給料と住居費用貰えるように話し付けて来たし」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
 はぁ……っと言う溜め息が聞こえた。
「午後からのハーモニクステスト、遅れないでね」
 パタンと戸が閉じるのを待って、僕はふて寝から起き上がる。
 あの二人がシェルターから抜け出したのはみんな知ってるはずなのに……
 結局、悪いのは僕だけか。
 学校は楽しくなくなった、でもまあいいと思う、どうせ授業なんて一回は全部やってるんだし。
 それに失敗したらアウト、世界の終わり、上手くいってもサードインパクト、なら勉強なんかやってるより、遊んでるほうがいいじゃないか……
 僕だけが知ってる理由で屁理屈を作り上げる。
 わかってるんだ……
 結局、トウジ達を見捨てた事が嫌なんだ。
 助ければ良かったのかな?
 立ち上がった時か、駆け出した時か……
 どっちかの土砂に巻き込まれたらしい二人は、ネルフの医療班に引き取られていった。
 おかげで怒られることは無かったみたいだ。
 頬を撫でると、まだ痛い……
 友達をなんだと思ってんのよ!
 病院でのやり合い。
 起きている僕を見付けて、真っ先にミサトさんが叩きつけたのはその言葉と平手打ちだった。
 友達?
 殴られた事しか無いのに?
 ……最近、知ってることと記憶が混ざり始めてて、自分がよく分からなくなって来てる。
 これからの半年分のことを僕は知ってる。
 だから何度も考えた、僕の目……、他人の目でそれを追ってみた。
 だからだと思う、あの時、一瞬トウジ達を助ける事よりも、悪いのは向こうだって考えちゃったんだ……
「さて、と……」
 部屋を出る。
「ミサトさん?」
 居ないみたいだ、もう行っちゃったのかな?
 部屋を覗いて、一冊の本に気がついた。
「監督日誌?」
 素行調査記録らしい……
「よく調べてるなぁ」
 苦笑する、なんだろ?、怒る気にもなれないや……
「そう言えば」
 山の方をうろついて、ケンスケに会ったんだっけ。
 時間を確認する。
 ……テストが終わってから、行ってみよう。
 ただなんとなく、そう思った。



第四話「雨、逃げ出した後」



 やっぱりって言うか、なんて言うか……
「碇?」
「なにしてんの?、こんなとこで」
「それはこっちのセリフだよ」
 なんで笑ってくれるんだろう?
 あんな目に合わせたのに……
 僕はその事を不思議に思った。
「まあ……、自業自得ってとこかな?」
「そうだね……」
「冷たいんだな?」
「死にたく、ないから」
「そっか?、……街を守る正義のヒーローって所か」
「そんな偉そうなもんじゃないよ」
「じゃあなんだよ?」
 カレー、ご馳走してもらってるし。
 そう思うと口も軽くなる。
「僕が、死にたくなかっただけなんだ……」
「酷い奴だなぁ……」
「……じゃあさ」
 これは一度は誰かに聞きたかったんだ。
「相田君は、話した事も無い人のために、死ぬようなことになってもいいの?」
 僕は嫌だ。
「でも、俺達はこうして話してるじゃないか」
「そうだね」
 なんだろう、おかしいな……
 ケンスケも同じなのかもしれない、笑ってる。
「トウジが、さ……、心配してた」
「鈴原君が?」
 トウジって言えない事が少し苦しい。
「ああ……、妹に怒られたそうだよ、なんでそんな危ない所に行ったんだって」
 普通はお父さんかお母さんに怒られそうなもんだけど……
 事情は知ってる、だから口にしない。
「それに、さ……」
「なに?」
「碇……、一番初めの戦いがあった後、お見舞いに行ったんだって?」
 バレちゃったのか……
「……別に、あの子にだけじゃないよ」
「でも行ったんだろう?」
 居心地悪いや……
 とても誇れるような事じゃないから。
「学校、来いよ」
 物思いに沈んでて、ちょっとした時間が過ぎてた。
「いまさら……」
「トウジが……、俺もだけど、あれは俺達が悪かったって、碇は助けてくれたんだぞってちゃんと説明したからさ?」
「いいよ、嘘吐かなくても」
「碇……」
「僕は確かに、あの時二人とも見付けてた……」
 嘘というのは、その部分のことだ。
「でも僕は二人を無視した、あのままじゃやられそうだったからね?」
「ああ……、危なかったの、見えてた」
 かっこ悪いとこ見られてるんだな……
 ちょっと恥ずかしくなって来た。
「だからさ……、思ったんだよ、碇ってこれからもあんな風に、死にそうな目に合うんだなって、それに……」
「それに?」
「綾波だよ」
「え?」
 それは予想外の名前だった。
「いつも包帯してるだろ?、一年の時から怪我が多かったし、それでさ……、多分碇は名前覚えてないと思うけど、洞木ってのが「ロボットの操縦してて怪我したの?」って聞いたんだよ」
 委員長が……
「愛想悪いけどさ、綾波もそうだって答えてたし、大変ねって洞木はお茶濁そうとしたんだろうけど、あれには驚いたよ……」
「あれって?」
 凄く興味が湧いて来た。
「綾波がぼそっとさ……、お前の次は、自分かって」
「え?、それって、どういう……」
「ん〜、なんかお前見てて嫌になったんじゃないのか?、お前らが戦ってくれないなら俺達死んじゃうのにさ……、それで頑張っても目の敵にされるんだし」
 違うな、絶対に違う。
 僕はその時、学校に居なかった事を少し残念に思った。
 綾波、どういうつもりだったんだろう?
 綾波がクラスメートの名前を暗記してるとは思えない。
 そう、暗記なんだ、顔と名前を一致させるだけの作業なんだ。
 クラスメートなんて記号ですらない、そんな綾波が、他人の目なんて気にするだろうか?
「碇、これからどうするんだ?」
「え?、あ、もうこんな時間だし、そろそろ帰る……」
「いや、そうじゃなくてさ」
 言いづらそうに、なんだろ?
「学校はどうするんだって」
「ああ……」
「ああってなんだよ?」
 苦笑してしまう。
「いいよ、別に……、楽しくないから」
「……そっか」
 嫌な目に合うとか、変な目で見られるとか、そんなことはどうだっていいんだ。
 ただ楽しくなくなった。
 それだけで僕には十分だった。



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