Take care of yourself.
「外は雨か……」
 僕は一人歩いていた。
 天蓋部からの光は弱い、だから雨なんだと分かる、ついでに冷えるし。
「雨、憂鬱な気分、僕の気分みたいだ、好きじゃない」
 いっそ外に出た方がいいのかもしれない。
 雨にうたれて、靴を汚して、そして情けない自分に酔うのも、面白いのかもしれない。
「父さん……」
 どうやら行ってしまったらしい。
 その小さくなった背中が印象的だった。
「リツコさん……」
 半歩後ろを、捨てられそうな子猫のように追いかけて歩く姿が、悲しかった。
「加持さん」
 また夢を追っているらしい、僕の忠告は無駄じゃなく生きてた。
 でも、やはりミサトさんを選べないようだ。
「みんな、群れてなきゃ生きられない、人は一人で生きていけないのに……」
 だから辛くて……
 だから寂しくて……
 だから、心を、体を重ねたくて。
「一つになりたいのね」
「うん……、って綾波!?」
「何を願うの?」
 う、そのお願いする様な目は……
「何が欲しいの?」
 あ、ちょっと待って、なにリボンほどいてんだよ!
「何を求めているの?」
 あ、シャツのボタンが……、って、ま、まずいよ!
 ジオフロントの森の中、当然、こんなところに人気なんて無い。
 でも監視カメラは一杯のはずだ!
 見える、見えるよ!、ミサトさんが発令所で大写しにして期待してる姿が!
 で、でも……
「あ、あ、あ、綾波ぃいいいいい!」
「ってあんたバカァ!」
 ガン!
 なにやら強烈な物を食らった感じで頭がくらくら来た。
「はっ、夢!?」
 っと目を見開くと……
「ようやくお目覚めね?、ばかシンジ」
「なんだアスカか……」
 制服姿のアスカが……、って、なんで朝から本部に?
「ほぉら、今日から学校に行けるんだから、さっさと遅刻しない内に起きなさいよ!」
「うん、ありがと……、だからもう少し寝かせて……」
 でも僕の頭はエヴァほど早く起動できない。
 何だか気だるい……
 僕はシーツを被り直したんだけど、あれ?
 なんか、変だ。
 なんだこれ?
「なぁに甘えてんの!、もうっ、さっさと起きなさいよ!」
 めくられるシーツ。
「な、あ!」
 何だか温くてあったかい物があるから抱きついたんだ……、け、ど。
「うわわっ、綾波!」
「碇君……」
「いやあああ!、エッチバカ変態!、信じらんなぁい!」
 うう、ほんとに覚えが無いのに……
 僕は叩かれ、ベッドの上から転がり落ちた。
 でも。
 綾波の肌は、すべすべしてた。



最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」



 アスカ、惣流・アスカ・ラングレー。
「なんであたしの弐号機を壊したのよ!」
 泣きながら叫んでた。
 僕は許してもらえないと思ってた。
 でもアスカは許してくれた。
「なんでよ!」
「ごめん……」
「それだけじゃ!」
「これが……、僕の限界だから」
 僕は素直に白状した、もちろん、それで納得してもらえないのが分かってて。
「あんたなんでも分かってたんでしょう?、知ってたんでしょう!?」
「でもどうしようもなかったんだよ!」
 僕は泣きたかったのかもしれない。
「でもこれは僕が自分で選んだ事なんだ、もうカヲル君や、綾波、アスカ、ミサトさんっ、リツコさん……、みんなの辛い姿は見たくないんだよ!」
「そうやって、またすぐに自分のせいにしてる」
「違う!」
「他人のために頑張ってるって思うこと自体、楽な生き方してるっていうのよ」
「違う、違う!」
「あんた結局、自分が辛いから嫌なんでしょ?」
「違う、違う、違うよ!」
「そうやって、人よりも自分が傷ついたほうがいい、要するに寂しいのよ、シンジは」
 寂しい?、それはそうだよ、だから好きって言われたいんだ!
「だって……、いいじゃないか、いいことじゃないか!、そうすればみんな幸せになれるんだ、僕だって、辛いことをしなくて済むんだよ!」
「そんなのただの依存、共棲関係なだけじゃない!」
「なにがいけないんだよ!」
 僕には分からない。
「アスカだってそうじゃないか!」
「そうよ!」
 え?っと思った、アスカが、涙を流しているから。
 そしてアスカは俯いて髪で顔を隠すと、吐き出すように切り出した。
「あたしのパパは……、ママが嫌いになったの」
 ママって、本当のお母さんの事なんだろうか?
「いらなくなったの、ううん、最初から好きじゃなかったのよ、最初からいらなかったのよきっと……」
「アスカ……」
「あの時、ママが天井からぶら下がってたの、その顔はとても嬉しそうに見えたわ……、でもわたしはその顔がとても嫌だったの!」
 僕の胸に飛び込んで来た。
「死ぬのは嫌、自分が消えてしまうのも嫌、男の子も嫌、パパも、ママも嫌!、みんな嫌なの!、誰もわたしのこと守ってくれないの、一緒に居てくれないの!」
 ああ、そうか……
「だから一人で生きるの、でも嫌なの!、辛いの!、……一人は嫌!、一人は嫌、一人は嫌ぁ!」
 最初に出会った時からずっとだった……
「わたしを殺さないで……、わたしは邪魔なの?、いらないの?」
 涙目で訴えて来る。
 だから前のアスカはエヴァに頼ってたんだ。
 でも今度の僕は、僕はアスカを守ってた。
 守っているように見えていたと思う。
 一緒に居た。
 居てあげたように思える。
 だからエヴァよりも僕を見たんだ、アスカは……
 エヴァは答えてくれないけれど、僕は答えてあげられるから。
 なんでもして上げられるから。
 なんて簡単なんだろう?、父さんも、ミサトさんも、リツコさんも、綾波も、僕も……
 こんなに底が浅いのに、どうしてこんな簡単な事が分からなかったんだろう?
 近付き方が足りなかったんだ。
 あたしを捨てないで!
 あたしを殺さないで!
「あたしは人形じゃない!、自分で考え、自分で生きるの!」
「寂しいんだ、アスカも……」
「そうよ!、だからシンジ、あたしを見て!」
 僕は幸せなの?
「違う、これは幸せじゃない」
「シンジ!」
「そう想い込んでるだけなんだ、そうしないと、僕らは生きていけないのか……」
 一緒にいないと恐いんだ、人は常に独りだから。
 お互いを拒絶し合っているから。
「不安なのか……」
「独りで寝るのが恐いの……、独りで寝るのは寂しいのよ!」
 耐え切れない孤独を感じる、カヲル君の、人は常に心に痛みを感じているって言葉を実感した、泣きじゃくるアスカの姿に。
「でもそれは僕も同じだ」
「シンジ……」
 僕はアスカを抱きしめた。
「僕だって一人は嫌だ、だから人に好きなって欲しいんだ、好きになってもらいたいんだ!」
 綾波の時とは違った想いだった、でもそれも素直な心だった。
「……ありがとう、僕を好きになってくれて」
 僕はありったけの想いをその腕に込めていた。


「なんやとぉ!、それで触ったんか!?」
「そんな……、ちょっとだけ」
「「なによぉ!、三バカトリオが!」」
「なんで俺が入ってるんだよ……」
 ま、お約束だからね、ケンスケ。
「そんで、お前はどうするんじゃ?」
「どうしたらいいのか分かんないよ」
「自分のイメージっちゅうもんがないんか!」
「それを言うなら好みだろう?」
 ナイスケンスケ、でもないか。
 アスカ、耳が大きくなってるよ……、体もこっちに傾いてるし。
「そうだなぁ……、髪は短い方がいいけど長くてもいいなぁ、色は黒よりも抜けてる方が光できらきらして奇麗なんだよねぇ」
「だめだ、漠然とし過ぎてる」
「なんもつかめへんやないかぁ、よっしゃ!、綾波のことはお前に任せた、だからアスカのことは」
「すぅずぅはぁらぁ……」
 うわ、委員長、闇背負ってるよ、闇!、目も光ってるし。
「すすす、すまん!、冗談やないか!」
 エヴァ並みに恐い委員長に連れてかれちゃった。
「……トウジって、尻に敷かれるタイプだな」
「あんたもでしょ」
「なぁんで僕が尻に敷かれるタイプなんだよ」
「なぁによ、ホントのこと言ったまでじゃなぁいのぉ」
「どうしてだよぉ!」
「見たまんまじゃなぁい」
 僕だってしっかりしたいさ、けど……
(側に居てもいいの)
(ここに居てもいいの)
(わたしのこと、好き?)
 幻聴が聞こえる。
(何を願うの?)
(何を求めるの?)
(幸せではないのね)
 その前に欲しいんだ、僕に価値が欲しいんだ、誰も僕を捨てない、大事にしてくれるだけの……
 好きって言って、ありがとうって答えてもらえる自信が欲しいんだ!
 僕は変われたのかもしれない、でもまだ何かが足りないんだ。
 父さんが、綾波に捨てられたように、リツコさんが、捨てられても父さんの側に居ようとしたみたいに。
 僕にも、なにか価値が欲しいんだよ、でも……
「平和だねぇ」
 と言うケンスケの間延びした声に、僕は焦ることはないか、と力を抜いた。


「あ〜、今日は転校生を紹介します」
「やあ、僕はカヲル、渚カヲル、親しみを込めてカヲル、と呼んでもらえると嬉しいな?」
「「「きゃああああー!」」」
「「「けっ!」」」
「ちょっとぉ!、なんであんたがここに居るのよ!」
「アスカちゃんこそどうしてここに居るんだい?」
「な、なによ!」
「そんなに噛みつかなくても君のシンジ君を取りはしないよ」
「「「えええええー!」」」
「ちょっ、ちょっと何言い出すのよ!、あんたわ!」
「貞淑な妻、家で夫の帰りを待つ寂しさを、送り出す時の口付け、出迎えた時の愛撫で癒す、君は気がつかないのかい?、綾波レイが、学校に登校していないと言う事に」
「嫌ぁあああああ!、フケツよぉ!」
「あ、あ、あ、あっいっつぅ!」
 って出てっちゃったよ。
「ま、君達二人が出来ていないのなら何も問題は無い事だね?」
「大有りよ!」
 あ、帰って来た。
「おや?、じゃあやっぱり君はシンジ君と……」
「ち、違うって言ってるでしょ!、ただのパイロット仲間よ!」
「って言うかシンジぃ!」
「わしはお前を殴らないかん!、気がすまへんのや!」
「ちょ、ちょっとそんなの勝手じゃないかぁ!」
「お前はそんな事でええと思っとんのかぁ!」
「自分が嫌いな人は、他人を好きに、信頼するように、なれないわ」
「あ、綾波……、ちゃんと来たんだ」
「ええ……、ごめんなさい、シーツの染み、落ちなかったの」
「「「ーーーーーー!?」」」
 あ、なんかアスカが綾波を引っ張って出てっちゃった、って、戻って来た、忙しいな、妙に……
「鈴原!、そいつのお仕置き、きっちりやっときなさいよ!」
「おう、任せとけ!」
「シンジぃ、貴様ぁ!、粛正だぁ!!」
 ……トウジよりケンスケが恐いよ。
「逃げんなぁ!」
 逃げるに決まってるじゃないか。
 僕は今日も授業をサボることにした。
 ……このままだと中学で落第って事になっちゃうかもね。
 まあなんだかそれも楽しそうで、ほんとに落第しようかと思ってしまった。


 エヴァ。
 S機関を搭載した初号機は、まさに神にも等しい力を手に入れている。
 そして操れるのは僕だけだ。
 でもエヴァはそれだけじゃない。
 あと九機……
 でもカヲル君はこう言っていた。
「綾波レイのパーツが失われてしまった今となっては、もう魂はサルベージできないからね?」
 そう、綾波はたくさん作られた、みんな魂はあったはずなんだ……
(魂の入った入れ物はレイ、一人だけなの、あの子にしか魂は生まれなかったのよ)
 二人目の綾波で良かった、カヲル君は教えてくれた。
 もし三人目だったら……、魂を削って削って、綾波達をたくさん作って来たのに、また一人無理をして作っていたら。
 綾波はきっと死んでいた、心が薄くて、ATフィールドを保てなくて。
「そしてそれは僕も同じだからね?」
 カヲル君は笑った。
 綾波が使えない今、ダミープラグは全てカヲル君の魂が使われるそうだ。
「僕は使徒だからね」
 それらのエヴァを操るぐらいのことは造作も無い、らしい。
 じゃあ子供が乗せられたら?
「今の君に叶うのかい?、この世で唯一、絶対の本物であるエヴァンゲリオンに」
 エヴァンゲリオン、福音をもたらすもの。
「僕は……、そんな立派なものなのか?」
 僕は悩む。
 でももう逃げない。
 気がつけば、口癖のようにしていた言葉を使っていない自分がいた。


 何も見えない、何も分からない、自分が何処に居るのか分からない、何もかもが曖昧な世界。
 でも僕の生きてる世界だ、僕が生きてる世界だ、自分で歩いていける世界なんだ。
「ここに居たのかい?」
「カヲル君……」
「教室に戻って来ないって、みんな慌てていたよ?」
 僕達は屋上から街を眺めた。
 ……街のことを説明したら、マナは山の話だって言ったんだっけ。
 だから今度は最初から山のことを言った、でも、結局マナに好きだって、言えなかったな……
 今なら言えるかもしれない、でも今の僕になるまでに言えなかったからって言うのも分かってるんだ。
 言えなかった僕が居たから……
 だから、僕は僕になれたんだ、ただ僕は、好きと言えそうだからって、今からでもみんなに伝えたいって……、贅沢な事を考えてる。
「……前は、ただ与えられるだけだった、何もかもが」
「全て決まり切っていた世界、普通はそうなんじゃないのかい?」
「大人の人が決めて、従うだけの世界だったんだ、生きようとする意思も、死にたいと思う心も、みんな否定された」
「そしてエヴァに乗った……」
「うん……、自分の弱い心を守るために、自分の快楽を守るために、僕は頑張ってたんだ、頑張っていたと……、思っていたんだ」
「違ったのかい?」
 不思議そうなカヲル君。
「僕は他人を見なかったんだ、自分だけだった、どこまでも自分だけだった……、だから死ぬなら、それは当然の事だったんだよ、でも!」
「今は……、生きていたい」
「うん……、やっと、やっと好きって言葉を信じられるかもしれない」
 この半端な世界で。
「嫌いな物を排除し、より孤独な世界を願った、君自身で導き出した、小さな心の安らぎの世界」
「うん、今僕が居るここは……」
 僕自身が導いた、この世の終わりなんだから。
 ここから先は、僕の知らない、新しい世界の始まりだから。
「居たぁ!」
「アスカ!?」
「碇君……」
「綾波も?」
「あんたこの女のと何したのか最初っから最後まで吐きなさい!」
「え、ええ!?」
 フケツ……、汚いわ……
 無様ね。
 嫌らしい!
 汚らわしいわ!
 反吐が出るわ!
「うわああああああああああああ!」
「ほらほらみんなでシンジ苛めてどうすんのよ」
「「「はぁい」」」
 って、仕切らないでよアスカ!
「ぼくはどうしたらいい?、どうしたらいいんだよ……」
「さっさと決めれば?」
「冷たいね、洞木さん……」
「ま、恋の始まりに理由は無いけど、終わりには理由があるって事」
 そう言ってトウジのお尻をつねってる。
「これが……、僕の望んだ世界なのか」
「そうだね?、嫌われる事を怖れた君が望んだ、皆に好かれる世界、そのものだよ」
「ねえ、僕はこれからどうすればいいだろう?、ミサトさん、アスカ、綾波、トウジ、ケンスケ、リツコさん、加持さん、父さん、母さん……、誰か教えてよ、どうしたらいいのか教えてよ……」
 頭痛がして来た、逃げ出したい、でも。
 アスカが叫んでる、綾波が受け流してる、みんな楽しそうに笑ってる。
 みんながふざけ合って、笑い声を上げている。
 母さん、こんな世界なら、僕も生きていきたいと思う。
(もう一度会いたいと思った)
 逢えたんだ、もう一度、僕の会いたかったみんなに!
 さぁ、幸せになってみよう。
 僕の大好きなみんなと共に、みんなに大好きと言える様に。
 僕はもう一度会いたいと思った。
 今、その時の気持ちを、本当のものにできたから……
 僕はここに居たい。
 僕はここに居たいんだ、居ていいのかもしれない、でも僕は僕の選んだここに、自分で居たいととても思う。
 だから、ありがとう、母さん。
 だから、さよなら、父さん。
 そして、全てのヒト達と……
(おめでとう)
 大好きと言う、言葉と共に……



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