INTRODUCTION
「すみませぇん!」
 学校からの帰り道。
 いかにもって感じの、軽薄そうな女の子達に声を掛けられた。
「この辺にぃ、アスカさんの家があるって聞いたんですけどぉ、知りませんかぁ?」
 第三新東京市全域が今や観光地化してはや数ヶ月。
 一番の観光スポットは、やっぱりチルドレンのマンションらしい。
「ここを真っ直ぐに行って、二つ目の信号を右に曲がったらすぐですよ」
「ありがとうございますぅ」
 っても第三新東京市に『入園』するためのチケットは、この先三年分売り切れ状態らしいんだよね。
「あ、テレビ局の車が沢山いるから、気をつけてね?」
「はぁい」
 きゃいきゃいとはしゃぐ彼女達に手を振ってあげる。
「シ〜ンジぃ……」
 背後からとても陰鬱な声が聞こえた。
「ずぅいぶんと、愛想良いじゃなぁい?」
「……なに隠れてんだよ?」
 ビルの隙間角に齧りついてさ……
「大体ずるいのよ!、なんであんただけ」
「……アスカと綾波は目立ち過ぎるんだよ」
 カヲル君もだけどね?
 かっこいいってのも大変だと思う、自分で言うのも何だけど、僕は何処にでもいる顔をしているから、普通にしてれば気付かれることは無いんだよね?
「そういえば、あいつは?」
 きょろきょろとするアスカ、多分カヲル君のことだろう。
「学校だよ、今日はデートだって言ってた」
「デートぉ?、あいつがぁ!?」
「何事も勉強だってさ?、とりあえず僕とアスカぐらいには仲良くなって来るって言ってたよ」
「あ、あたし達って……」
 何赤くなってるんだか……
「別に僕達って何でも無いのにねぇ?」
 こういう事を言う僕は意地悪なんだろうか?
 もちろんアスカの気持ちに気付いてないわけじゃない、けど、アスカの好きってなんか小学生が初めて出来た友達にじゃれついてるって言うか、そんな感じがするんだよね。
 理由もきっちり分かるんだ、寂しいだけだって。
 でもアスカは『大人』だから、表現的にそっちに走っちゃってるんだよね?
 かまってもらうって行動がそのまま独占欲に直結して、その独占する行為が恋人だとかなんとか……
 なんとなくだけど……、僕はそう感じてる。
「ちょっとなに黙り込んでんのよ、ばかシンジ!」
「あーーー!、惣流さんだ!!」
「なにぃ!?」
「ひゃ!」
 みんなに見つかってアスカは小さく悲鳴を上げた。
「覚えてなさいよ!」
 って悪役みたいだよ、アスカ……
 いやぁ、人気者は大変だねぇ?
 学校はほとんど寝てるかサボってた僕だから、ろくな写真が出まわらなかったらしい。
 こうしててもみんなアスカを追いかけて、僕になんて目もくれない。
 おかげで平穏無事に暮せてる。
 ……無事?
 僕はアスカを追って行く集団を見送りながら、ちょっとだけ首を傾げて歩き出した。


「よぉ、シンジぃ、邪魔してるぞぉ」
「それはいいけどさ……」
 体面上の問題ってのがあって、僕はアスカ達とは道を挟んで反対側にあるマンションに引っ越した。
 防犯上の問題から、十階建のマンションは二つとも僕達以外の住人はいないという、実に贅沢な話で、その上八階から十階までは全フロアーぶち抜きで繋がっている。
 このマンションに入れるのはごく一部の人間だけで、何故かケンスケもその一人だった。
「毎日よく来るよね、そんなに暇なの?」
「トウジの奴が委員長とあれだろう?、友達居なくてさぁ」
 友達……、って言うか、理解者だろう。
「いいけどさ……、お願いだからベランダにカメラ並べるのやめてよ……」
「運が良けりゃアスカ達の着替えぐらい写せるからさ、この間もコピーしてやったろう?」
「そりゃ貰うけどね」
 僕はそう言って着替えのために九階へ上がった。
 ここに住んでいるのは僕とカヲル君の二人だけで、はっきり言って広過ぎる。
「けどいいよなぁ、チルドレンってだけでこんなにいいとこに住めるんだもんなぁ」
「だったらケンスケもやればいいじゃないか、チルドレン……」
 ネルフの情報公開のおかげで候補生が保護の名目で集められていた事も知られてしまった。
 ケンスケはそれ以前から気が付いてたみたいだけど……
「ケンスケだって、なりたがってたじゃないか、パイロット」
「そうだけさ……」
 楽なパンツに履き代えて戻って来ると、差し入れってコーラを貰った。
「ほら、エヴァの仕様書が出まわっただろう?」
「ああ、あのエヴァ大全って奴?」
「そうそう」
 冗談のような話だけどホントの事だ。
 中には僕の知らないような事まで書いてあった、まあ、マヤさんも知らなかったって笑ってたから、かなり怪しい代物なんだけど……
「あれ見てて冷めちゃってさ……」
「冷めた?」
「俺が思ってたようなのとは違ったって所かなぁ?」
 そう言ってケンスケは頭を掻いた。
「エヴァって結局さ……、大艦巨砲主義と同じなんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
 ケンスケは大袈裟に頷いた。
「例えばさ、エヴァは無敵かもしれないけど、足元でちゃんばらやってる敵味方を選り分けて追い払えるか?」
 それは答えるまでも無く無理だった。
「それじゃあ百メートル間隔でN爆弾を落とされたら?、エヴァが守れるのなんて一発二発の範囲だろう?」
「そう言う事か……」
「そう言う事なわけ、エヴァだけが無事でもな……、それにLCLだよ」
「え?」
「そう長く浄化能力が保たないんだろう?、あれって……」
「大体二十四時間くらいかな……、よくても」
「で、LCLの交換が間に合わなかったらアウト、交換用のLCLが無くてもアウト」
 ……そう言えばそうだよな。
 浄化ユニットが壊れたからって、交換してもらった事もあったし。
「結構不便なんだなぁ……、エヴァって」
「そうなんだよなぁ……、俺さ、もっとかっこいいと思ってたんだよ」
 理想が崩れて夢も破れたって所なんだな……、きっと。
「そろそろ経済学者が騒ぎ出すと思うぜ?、エヴァに国家予算級の金つぎ込むより、他にやる事があるだろうって」
 ケンスケは結構気楽に笑っていたけど……
 僕はそうはならないだろうなと思っていた。



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