地球、ネルフ本部は大混乱に陥っていた。
「凄い…、敵が七分に空が三分、大軍団ね?」
 リツコが吐き捨てている最中にも、巨大宇宙生物は次々と宇宙怪獣を吐き散らしている。
「まだ増えますね…、やばいっすよ」
「そうですよ、これだけの数、トールハンマーを出力最大で壊れるまで使用したとしても、何%を落とせるか…」
 オペレーター達の気弱な発言が続く。
「それでもやるしか無いのよ、人が生きていくためにはね…」
 リツコはちらりと指令塔を見上げた。
 角度が悪いためにゲンドウの姿は見えない、だが…
(何故黙っているの?)
 指示も出さず、何かを待つように沈黙している。
 リツコはその事を訝しんでいた。


ウルトラマンエヴァ 第八話『飛翔編』


 かつてそこには一本の巨大な樹が浮かぶ事になった。
 逆さに舞う樹のうろには、一人の少年が供物として捧げられた。
 そして樹は、全ての生命に未来への道を示した。
 それは死と消滅では無く…
 還元であった。
 生命の樹。
 その瞬間、全ての命を内包したその樹は、世界の中心となったのだ。
 腐り落ちる世界、それでもその樹はそこに在り続けた。
 同様に一つの物体が漂っていた。
 それは女の死体であった。
 樹は根で女の死骸を絡み取った。
 やがては垂れ下がって来た枝によって、内包されるように覆い尽くされ、女の体は見えなくなった。
 血を吸った赤黒い樹は、丸い天体へと姿を変える。
 黒き月の誕生である。
 女の遺骸は腐り落ちることは無かった、逆にそこからは小さな蟲達が沸き出した。
 蟲は地を割って世界へ沸き出した、そこには何も無い大地が広がっていた。
 地上は蟲達で満たされた、その中からは地を這うもの、潜るもの、空を飛ぶものと、様々な力を見せる蟲が現れた。
 蟲はさらに進化した。
 そこに相応しい形、より強く他を捕食できる力を求めてだ。
 女の体はどれだけ蟲を生み出しても一向に小さくなる様子は無かった。
 逆に大地は蟲達の死骸によって一回りも二回りも大きくなっていった。
 腐った蟲からはガスが発生し、大気が生まれた、雨が降り始め、蟲からさらに小さな命が芽吹いていった。
 空と海と陸と命の誕生である。
 その頃になると女から蟲は生まれなくなっていた。
 代わりに一対の人間が産み落とされた。
 最初の人間、アダムと呼ばれるウルトラマンであった。
 生き残っていた蟲達が眠りの時期を迎える頃、ウルトラマンは地上に立った。
 そして自分と蟲達が、いかにこの世界では巨大で強大であるかを知った。
 ウルトラマンは小さくなるために自分の体を半分に分けた。
 リリスの生誕である。
 しかしそれでもなお、二人はあまりに全能であり過ぎた。
 リリスは蟲達と戯れ、出来損ないの蟲を産み落としていった。
 出来損ない達は、小さきものを弄び、苛め過ぎた。
 多くの死を前にアダムは嘆いた、だからだろう、アダムはリリスとその出来損ない達を空へ封じるために力をしぼった。
 アダムは一人になってしまった、そんなアダムを小さきもの達は嘆き悲しんだ。
 自らの悲しみが皆に不安を与えていると知ったアダムは、優しさと慈愛の心だけで構成された女を、自らの血肉を分けて生み出した。
 イヴの誕生である。
 アダムとイヴにはもはやリリスほどの力も大きさも残されなかった。
 だがそれでもこの世界で生きていくには、十分過ぎる力、『知恵』を持ちえていた。
『生命』はリリスと共に『宇宙怪獣』となった。
 だがこの星には、まだ残されているもの達が眠っていた。


「しょ、初号機から通信です!」
 オペレーターの青葉が慌てた声を張り上げた。
「反応、人間、シンジ君です!」
「そうか…」
 一同が慌てる中、ゲンドウだけが落ちついた対応をして見せた。
「メインモニターに回せ」
『父さん!』
 途端に、元気なシンジの声が木霊した。
「シンジ…」
 ゲンドウは続けようとした言葉を、一旦舌が乾いていたかの様に押し止めた。
「今何処に居る?」
『えっと…』
 シンジはそのそっけない態度に、実に素直な反応を見せた。
『地球の中心…、いま…』
「神の骸があるのだな?」
 ゲンドウの言葉に、シンジは一瞬だけ驚きを見せた。
『父さん…、どうして』
「サードインパクトで『跳ばされた』のはお前だけではない」
 ああ、と、シンジは深い納得の声を出した。
 他の誰もがその会話には着いていけないまま…
「この世界の我々には、それぞれの役目がある」
『わかってる、でもどうすればいいの?』
 ゲンドウは胸の内で安堵した。
 覚醒したシンジが以前のように反抗するかもしれないと、心の何処かで脅えていたからだ。
「彼女を起こせ」
『え?、でも…』
「彼女の覚醒と共に地上は大混乱に陥るだろう…、だがそれでも、そうでなければ地球は崩壊するのだ」
「司令!、一体なにを…」
 リツコの脅える目を、いや、その場の一同、全員の視線を感じて、ゲンドウは一度言葉を切った。
「…全ての始祖たる者の目覚めにより、『地球怪獣』が目覚めるのだ」
「なっ!?」
 ゲンドウの声が大きく響く。
「数は圧倒的に少ないだろう…、だが地球怪獣は宇宙怪獣の親に当たる、『彼ら』の力なくして地球は守れん」
「危険です!、おやめください!!」
「地球怪獣はこの星と共に生まれた、この星『以前』から生きる者達だ、心配はいらん…」
『父さん…』
「レイはそこに居るな?」
『うん…』
「彼女はお前の知るレイではない…、もちろんわたしのエゴで生み出したレイでも無い」
『わかってる、綾波は綾波だよ…』
「そうだ」
 ゲンドウは深く頷いた。
 悔恨の全てをうち捨てて。
「最後の判断は彼女に任せろ、お前は…、お前に出切る事をすればいい」
『わかったよ、父さん』
「全ての鍵はお前に託す…、行け!、お前の願いを果たすために!!」
 言い放ったゲンドウは司令席に背を向けた。
「何処へ行く?」
「後は頼みます、冬月先生…」
「先生?、何を言ってるのだ」
「いえ…」
 ゲンドウは苦笑しながら眼鏡を持ち上げた。
『ユイ君によろしくな…』
 あの時の冬月の言葉が、耳の奥でリフレインしていた。


「うわぁあああああ!」
 シンジは初号機でその巨人に突入した。
 腐蝕したような肉汁が、初号機の口から喉へ、皮膚から血液へと紛れ込み、内から外から侵食しようと試みる。
 とろけるような感覚、自分が自分でなくなっていく、溶かされる、しかしシンジはそれを一度経験していた。
「あああああああ!」
 ATフィールドが発生し、初号機を、いやシンジを女から切り離す。
 シンジは彼女の子宮に届いた所で静止した。
「…綾波」
 ぽうっと白く浮かび上がったレイが、初号機の目を通してシンジを見つめた。
 シンジもまた、初号機の目を使ってレイを見つめる。
「碇君」
 レイの体が四散した。
 その肉片は急速に周囲に吸収されていく。
「うぉおおおおおおおおおおおあああああああああああ!」
 シンジは溢れ出る力に、自分らしくない雄叫びを上げた。
 初号機の背中に翼が広がる、それはバンッと羽ばたくように片側六枚、十二枚に一度に分かれた。
 その輝きに呼応するように胸の赤い玉も光り輝く。
 血脈の浮いた核からは、赤黒い二股に割れた槍が抜け出した。


「地球全土で地震を観測!」
 青葉が突然悲鳴を上げた。
「本部近辺でも地中より熱反応が上がって…」
 日向はゴクリと生唾を飲み下すために言葉を切った。
「な、なんてエネルギー量だ…」
「一つの反応が恒星に匹敵するエネルギーを内包しています!」
「攻撃しないように徹底させて早く!」
 リツコは悲鳴を上げた、その報告が本当であれば、不用意に手を付ければそれは世界を一瞬で崩壊させる事になるからだ。
「本部周辺…、四体、出ます!」
「うわっ!」
 ゴゴゴゴッと激震に見舞われる。
「ただの地鳴りだ、ショックアブソーバーで吸収できる!」
 しかし冬月の場を落ち着けようと言う配慮は無駄に終わった。
「う、あ…」
 本部を取り囲むように四つの怪獣が地から這い出していた。
 それはこれまでの怪獣に比べても巨大だった、まさに天を突くような巨体をして、雲をも貫いてそびえていた。
 目が三つあるもの、羽根のあるもの、腕が四つあるもの、下半身が四本足であるもの、どれも異様な風体をしていたが、共通して人の形を持っていた。
「碇司令!?」
 誰かが叫んだ。
「司令!」
 リツコも驚く、ゲンドウは本部の外に居た、それも怪獣達の足元に。


 ゲンドウは怪獣を見上げていた。
 また怪獣達もゲンドウを囲んで見下ろしていた。
 お互いに見つめ合ったまま動こうとしない、しかし両者の口元は緩みを見せていた。
「冬月…」
 ゲンドウはその内の一体に語りかけた。
「ナオコ…」
 次へと目を移す、また次にも。
「リツコ君、それにキョウコ君か…」
 ゲンドウは右手を上げた。
「では行こう…」
 手のひらがグニグニと蠢き、奇妙な目玉が生まれ出る。
 ゲンドウ自身の体にも異変が起こった。
 筋肉が膨張し、繊維質状に硬化していく。
 肩甲骨の辺りが異常発達し、第二、二対目の腕、羽根を形成する。
 バサリと飛び上がるゲンドウ、その周囲を守るように、四つの巨獣も宙に浮いた。


 地球と言う星から無数の悪魔が飛び立った。
 その中央に、一際強く輝くものが居た。
 十二枚の黄金の翼を広げる者。
 エヴァンゲリオンの名を持つ存在。
 シンジはエントリープラグの壁越しに怪獣を見ていた。
 しかし怪獣には別の影が重なっていた。
「父さん…」
 小さな怪獣にゲンドウの姿を見る。
「冬月さん…、リツコさん、加持さん、ケンスケ、トウジ?、洞木さん、みんな…」
 シンジは急速に近寄って来た翼あるものに目を和らげた。
「ミサトさん…」
『ようやく会えたわね?』
 ぐいと腕で涙を拭う。
 その怪獣はシンジが死なないように語りかけてくれたあのミサトであり、同時に向こうの世界のミサトでもあった。
『シンジ!』
 シンジは顔を上げた。
「アスカ?」
 赤いウルトラマンエヴァが一直線に飛んで来た。
『シンジ、シンジよね!?』
 ドンッとぶつかった衝撃を、ひと羽ばたきして吸収する。
「アスカ…」
『シンジぃ…』
 ウルトラマンエヴァは、初号機の胸で嗚咽を漏らした。
『碇君…』
「綾波…」
 零号機そっくりのウルトラマンエヴァが近寄って来る。
『皆…、自分自身のイメージで自分を取り戻した人達なのね…』
「そうだよ?」
 シンジは微笑んだ、例え人の姿を失っていても、みんな自分を取り返して今ここにいるのだから。
「さあ、行こう…」
『ええ…』
『どこに?』
 アスカが問いかける。
「僕達の世界を…、月と太陽と、地球を守るんだ、もう一度…、何度でもみんなで会うために」
『分かってるわよ!』
 アスカの声が、一瞬昔のアスカに重なった。
(アスカも…、どこかで生きているのかな?)
 それはわからない、分かりはしないが…
 このアスカは、自分の知っているアスカではないが…
 それでもシンジは、微笑みを浮かべた。
(もう一度会いたいと思った…、思えば、何度でも逢えるから)
 だからみんな、ここに居る。
 無数の怪獣を従えて、いや、無数の怪獣達と『共に』、シンジは天高く舞い上がった。
 外宇宙から飛来した怪獣達の数は、シンジ達の何万倍にも及んでいる、それでも…
「僕達は負けやしない、絶対に!」
 確かな魂を持っているから、自分と言う存在の認識が生み出す絶対の力を持っているから。
「わかるよ今なら、みんなの想い、僕の願い、世界の希望、だから戦える、力を合わせて、幸せを手に入れるんだ、負けるもんか、逃げるもんか、宇宙怪獣、使徒にこんな力がある?、こんなに強い力を繋いで広げられる?、だから僕達は負けやしない、絶対に!」
 シンジは携えていた槍を振りかぶった。
「うわぁああああああああああ!」
 シンジは赤い剣を宇宙怪獣達の中心に向かって投げやった。
 白い閃光、爆発が、直径数十万キロにわたって広がった。
 空から来たる天使達は、地から這い出した亡者によって駆逐された。
 人は人の姿を捨ててまで、心の形と言う不確定なものに魂をやつした。
 それでも人は生きていく、人として、心を抱いて。
 地球に残された人類は…
 この神と悪魔の戦いに、神話の創世を垣間見た。



終わり






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