(君が、僕?)
「同時に君は僕でもあるけどね?」
 シンジは自分と同じ顔をしたものの言葉に耳を傾けていた。


ウルトラマンエヴァ 第七話『再生編』


 ドォン!
 轟音と共に倒れ伏す。
 見た事も無い夜の街。
 シンジの知らない巨大なビル群。
(これは…)
「エヴァンゲリオンだよ」
 頭骸を貫かれビルに縫い止められるエヴァンゲリオン。
 光の鞭によって宙高く放り投げられるエヴァンゲリオン。
 超高熱によってとかされるエヴァンゲリオン。
 次から次へと、エヴァンゲリオンと使徒との戦いがリフレインされていく。
 それはシンジの知らない世界での戦いだった。
(これがエヴァンゲリオン…、でも違う、これは僕の知ってるエヴァじゃない)
「それも違うよ…、知っているのは君で、知らないのは僕だ」
(え…)
 キョトンとするシンジに、彼は蔑むような笑みを与える。
「良く思い出して見て?、ほら…、聞こえるだろう?」
『気持ち悪い』
 それは良く聞き知った声だった。
 さらには、これ程までに人は人を排斥できるのと思えるような音だった。
(がっ!)
 シンジは頭痛に呻いて崩れ落ちた。
 口や鼻、目からだらだらと照れ流れるものを押さえられない。
 張り裂けそうになる鼓動に息を荒げる、その狭い視界に、もう一人のシンジの靴が滑り込む。
(思い…、だした)
 脅えるように彼を見上げる。
(そう、だ、僕は…)
 アスカの首に手をかけて…
「殺せなかったんだ、君はね?」
 フラッシュバックが起こった、溢れ出したのは、魂に封印していたはずの、無くしてしまっていた記憶であった。


 アスカに頬を撫でられたシンジは嗚咽を漏らした。
 なにが悲しいわけでもなく、辛いわけでもなく、泣いてしまっていた。
 赤い血に彩られた世界に二人は立った。
 誰も居ない、何も居ない世界だった。
 二人は並んで浜辺に座り、壊れた綾波レイの像を眺め続けた。
 顔半分だけが稜線の向こうに見えていた。
 巨大さゆえに距離感が狂うのだが、洋上に沈んでいるのは間違い無かっただろう。
「ねぇ…、これからどうしようか?」
 シンジは何となく話しかけた。
「…知らない、もう、どうでもいいしね?」
 答えは何となくで返って来た。
 双方共にわだかまりは消えていた、それは許すとか許さないとか、心の交流があったわけではない。
 もっと単純に、アスカの言葉通り、お互いもう何もかもがどうでもよくなってしまっていたのだ。
 価値を示すべき相手はおらず、手に出来る物も見つからない。
 価値観の崩壊が心の奥底を蝕み、無気力感を与えていた。
 強くなることは出来なかった。
 強さを求める理由を無くしてしまったから。
 孤独からの逃避さえ忘れていた。
 逃げ込める相手はもういないのだから。
「エヴァンゲリオン…」
 幾日か、あるいは何年も、そうしてただうずくまっていた。
 そんなある日、不意にシンジはポツリと漏らした。
「なに?」
「約束したんだ…、綾波や…、カヲル君や、母さんと」
「なんて?」
「…辛くても、苦しくても、もう一度会いたいって、みんなに」
「みんな?」
「…誰の事なんだろう?」
 シンジはアスカを見つめた。
 アスカもシンジの瞳を覗き込んだ。
 お互いの目に、互いの顔が写り込む。
 それは合わせ鏡となって、何処までもお互いを映しあった。
「もう、いいのね?」
 柔らかい微笑みだった、初めて向けてもらえた感情だった。
「うん…」
 それだけに悲しくもなった。
「ごめんね?、引き止めて」
「じゃあね、バカシンジ」
「うん…、さよなら」
 途端に。
 ザァッと塩の柱と化して、アスカだった物は崩れ落ちた。
 そして塩の粒、一つ一つから赤い光が立ち上っていく。
 それはこの世界に生きていた人の数と同じだけの輝きだった。
「もう一度会うんだ…」
 シンジはそれらの光が空を昇って、星々に散っていくのをいつまでも眺めた。
 最後の一粒が飛んでいくまで、眺め続けた。


(思い出した…)
 記憶の逆流が止まった。
 脳味噌を直接掻き回されたような激痛も収まり出した。
「そして君は眠りに付いたんだよ」
 話しが再開される。
「綾波レイ、彼女を模したものの骸でね?」
 筏を作り、海を渡り、彼女に泳ぎつき、その首元で丸くなって。
「長く長く眠り続けた君の体は、堅く乾いてミイラになった、それは風雨に曝されて、最後にはただの丸い石になってしまったんだ」
 それからの光景を見せ付けられる。
 削り取られたシンジの体、その破片、灰のような塵が、赤い海へと飲み込まれていく。
 そして生き物となって蠢き出した。
 微生物から始まり、リリスと多くの人々の血によって育まれ、新たな生き物に進化して。
 その姿はどこか使徒に似ていた。
 あるいは使徒が生物の進化の足跡を辿っただけだったのかもしれない。
 やがて人が生まれた、この時既に、数億もの時を経ていた。


 地球の核を目指して沈んでいくのは、エヴァンゲリオン、初号機だ。
 その体はATフィールドによって完全に守られている。
 溶岩を裂くように分けて進んでいく。
 その顎の中、舌に弄ばれるようにして綾波レイが丸くなっていた。
 歯と歯の隙間に背を預けるようにして。
 生臭く、吐き気のする口臭に息が詰まる。
 腰から下は唾液のプールに浸されている。
 それでもレイは、口の外に見える光景に見入っていた。
(この先に…)
 死んだ自分の記憶は継承できなくとも、その想いや苦しみ、悲しみは電波のように受け取れる。
 新世界。
 綾波レイであった少女は、別の星でごく普通に生まれ、生きていた。
 その頃の彼女はまだ、ウルトラマンエヴァではなかった。
 ごく平凡に生きる少女だった、畑の収穫を待ち、篭一杯に穂を積んで運んで微笑むような…
 だが、ある日。
(なに?)
 突然に空が赤く染まった。
 炎が大地をなぶりつくしていった。
 多くの怪獣が一斉に舞い降りてきた。
 レイは傷ついて落ちて来たウルトラマンエヴァに驚いた。
 変身の解けたウルトラマンエヴァは、自分に良く似た女性であった。
『逃げなさい』
 彼女は言った。
『継ぎなさい』
 さらに命じた。
『わたしは、もう、だめだから…』
 わけがわからなかった、ただ絶望感に打ちひしがれた。
 成す術もなく、悲しみを堪え、感情を押し殺した。
 その女性の目に、頷く事しか出来なかった。
 星の崩壊が始まった。
 大地が裂け、例の育てて来た作物が、実りある大地が、折れ曲がるように飲み込まれていった。
 ウルトラマンであった女性と共に。
 やがて…、時間が過ぎて。
 星は自転による遠心力で、砕けるように散っていった。
 レイは…、レイであったウルトラマンは、その中に漂いながら涙していた。
(もう、何も無い…)
 レイは暫くその宙域を漂っていた。


 どれぐらいの時をそうしていただろうか?
 やがてレイは、怪獣達の動きの流れのようなものを感じた。
 その先にあるものも、だ。
 そしてそれが自分に力を与えてくれている事を知った。
 星が砕けても自分がエヴァでいられる理由。
 レイは復讐よりも、まずそれが知りたいと切望した。
 なにもないから…
 なにかが欲しかったのかもしれない。
 そして彼女は地球で見付けた。
 碇シンジを。
『ああ…』
 感慨、だった。
 いずれ宇宙怪獣が追って来る、この力は手放せないと、妙な波動を追いかけ、守るために探した。
 その果てに見付けたものが、赤く輝く玉だったのだ。
 魂が震えた、『彼』を手にしろと何かが命じる。
 導きに従って、レイは彼を飲み下した、直後…
 電流が走るように、体を『魂の記憶』が貫いた。


 人のイメージが物を生み出す、綾波レイが碇ユイによってイメージされたように、だから彼女は、彼のために祈りを捧げた。
 一つ一つ、碇シンジを形作った。
 自分の子宮に。
 だが不幸だったのは、それによってエヴァとしての大半の力を削がれてしまった事だろう。
 人外としてのものの姿、翼を彼女は地球人に見つかってしまったのだ。
 だが彼らにはレイを殺せるだけの力は無かった。
 そこで封印したのだ。
 この地の底に。
 彼女は彼女で休息を必要としていた。
 だからあえて逆らわずに封じられたのだ。
 そしてまた二千年程度の時が経ち…
 彼女は力の回復を待つと共に、シンジを託せる者が現われるのを待ち続けた。


 一人目、ユイ、母として生きる道を選んだ彼女からの想いを受け取った二人目だったが、その精神は体と共に幼過ぎた。
 そのためシンジへの接し方が分からなかった。
 そして不器用な妹としての少女からの断末魔の波動に、三人目は泣きそうになったのだ。
 夢のように二人目の自分との繋がりを、その関係を教えられた。
 それは悲哀に満ちたものだった、何故このような絆になってしまったのか?
 理由が分からなくて辛かった。
 シンジに会いたい、そのためには目前の敵を倒さねばならない。
 だから渚カヲルを倒したというのに…
(碇君…)
 なのにシンジは死を迎えてしまったのだ。
 だが望みはあった。
(それがこの…)
「エヴァンゲリオン…」
 レイは呟き、自分をすり潰さぬように気を使ってくれている舌腹を撫でた。
 人の頭ほどもあるイボが並んでいる。
 一人目、二人目の詳しい微細な記憶までは受け継げなかった。
 それは間の抜け落ちたアルバムのように、その時期の出来事を想像させて苛立たせる。
 だがアルバムからは伝わって来るのだ。
 いかに二人の自分が彼の事を気にかけていたかを。
「碇君?」
 レイは目を閉じ、甘えるように問いかけた。
「また、会えた…」
(喜んでくれる?)
 一人目の自分がこの世界の成り立ち、終焉と再生、創世の時間を知りえたのはシンジを飲み下したからだ。
『皆に会いたい』
 その中にいる綾波レイ。
 自分と同じ名前の少女。
 自分と同じ顔を持つ子。
 そして自分と同じ魂の輝きが感じられた。
 シンジを飲み下したレイは、赤い光が舞い踊る幻覚を見た。
 それはルビーのような輝きを持つ雪の乱舞だった。
 その粒の一つがレイの中に染み込んだ。
 その瞬間。
 レイは悟ったのだ。
 自分が生まれ変わりである事を。
 シンジが見守り、力を貸してくれていた事を。
 そしてその特異な体験が…
 レイが魂を受け継げる、特殊な体質を手に入れさせていた。


(僕がこの世界を作ったのか…)
 シンジはただ素直に事実を受け入れていた。
「君は望んだだけだよ、…最後まで面倒を見なかったのはいけない事だけどね?」
(でもそんなのはインチキだ)
「そうだよ?、君はみんなに会いたいと思った、だからみんなが勝手に生きる事を選んだのさ、で、こうなってる」
 何処かの星では、地球以上に異常な速さで科学が進んだ。
 あるいは文明からは逆行する形で特殊な能力を手にし、文明を築いていく人々が居た。
 空間を渡る者、時を感じさせずに遠くの者と交信する力。
 様々な能力に目覚めていく人達が居た。
 その中で…
 ATフィールド、心の形の崩れた人達が生まれ出した。
 彼らは一様に『怪物』、『怪獣』と怖れられた。
 シンジが絶対的に導いても良かったのかもしれない。
 だがそれでは都合の良い世界を作るだけで、会いたいと思った人達は違う人間を作り出す事にしかならなかった。
(何故、地球なの?)
 だからシンジはそれを尋ねた。
「ここが故郷だからだよ、魂のね?」
(どうして…、みんなを傷つけるの?)
「もう一度人として生まれ直したいのさ、あるいは仲間が欲しいんだ…」
(繁殖?)
「そうさ、そしてここには全ての生き物に酷似した遺伝子を持つ、つがいになれるたった一つのものが居る」
(エヴァン、ゲリオン)
「だね?」
 にこりと微笑む。
「さあ、これで元凶は君なんだって分かっただろう?、そしてそれを片付けられるのも君だけなんだ」
(でも、どうやって…)
 シンジはハッとして、体の感覚を広げた。
「あ、あ…」
 思念だけだったものが肉声に変わった。
「綾波、レイ…」
 あるいはリリス。
 地球の中心には、胎児のように丸く、金色の繭に包まれている、白い女の肉体があった。


 ゴォン、ゴォン、ゴォン…
 その頃、外宇宙より太陽系に入り込もうとする巨大な生物の姿があった。
 それは正面からは十字架を象っているように見える。
 しかし横からは後方へ流れるように伸びる流線型のもので出来上がっているのが確認できた。
 それが幾重にも重なって、巨大な甲殻を作り上げていた。
「地球か…、何もかも懐かしい」
 十字の中心には大きな紅球が存在していた。
「我々は帰って来た」
 その中では十二体の怪物がくつろいでいた。
「だがあの星には奴が居る」
「碇ゲンドウ」
「幾億の年月と死と再生、さらには生まれ変わりを経てまで我らの壁となるか」
 一同に苦々しいものが浮かび上がる。
「ウルトラマンエヴァはどうかね?」
「魂の破壊者、渚カヲルは討たれた」
「エヴァ軍団、所詮借り物に過ぎん力だよ」
「元を断たれれば脆いものだ」
「だがあの星を壊すわけにはいかん」
「リリス、我らを導くか、あるいは…」
「再び、業の時が訪れよう」
 一同の目には、まだ光りの粒として星々の瞬きに混ざっている地球の姿が、はっきりと映し出されていた。



続く






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