時に西暦2022年。
碇シンジ、21歳。
廊下にたたずむ少女、碇アスカ6歳。
「おいで、アスカ」
クスッと笑うシンジ。
「うん、パパ!」
トタトタと走り、シンジの膝の上に座り込む。
その足が汚れている事に気がついた。
「スリッパは?」
「面倒なんだもん」
やれやれと苦笑し、ドアが開けっ放しなのに気づく。
廊下の電気に、影が一人分伸びていた。
「おいで?、レイ…」
青い髪の女の子が入って来る、赤い瞳、碇レイ、同じく6歳。
赤い髪と青い瞳のアスカとは、まるで対照的な女の子だ。
「……」
無言でシンジの隣に座る。
シンジは居間で、一人月見を楽しんでいた。
それを今度は三人で眺め見る。
シンジは懐かしげに。
アスカは楽しそうに。
そしてレイは無言のままに。
しばらくしてから、シンジは二人に切り出した。
「明日晴れたら、遊園地に行こうか?」
ピクッと過剰に反応したのはアスカであった。
「パパ!、またお仕事に行っちゃうの!?」
アスカの言葉に驚くシンジ。
「どうしてわかったんだい?」
レイもじっと、シンジを見ている。
「だっていつも、お仕事の前に約束片付けちゃうんだもん」
すねたように口を尖らせる。
そうだっけ?
思いだし、苦笑する。
「そっか…、ごめん、今度は長くなるんだよ」
寂しげに二人を見やる。
「その間はミサトさんが来てくれる」
「ミサトおばさんが!?」
「ああ、だから良い子してるんだよ?」
ポンとシンジはアスカの頭に手を置いた。
アスカはそれでも、怖々とだが問い返す。
「…良い子にしてたら、早く帰って来てくれる?」
シンジはやや迷ってから答えた。
「うん、わかったよ」
「ほんと!?」
「うん…」
「ほんとにほんと?」
「きっとだよ、約束する」
「うん!、わかった」
アスカは満面に笑みを浮かべる。
「あたし、いっぱいいっぱい、良い子にしてる!」
アスカははしゃぎながら座り直した。
ふと、横から重みがかかってくる。
レイがもたれてきたのだ。
シンジはその両方の体を抱いて、またじっと月を見上げた。
ごめんと一言、謝りながら。
それから半年…
「おいで、弐号!」
ランドセルを背に元気に駆け出していくアスカ。
玄関から飛び出し、庭に向かって大声を出す。
ゲション、ゲション、ゲション…
奇妙な音がした。
ぬっと現われたのは、身長1メートルちょっと、二等身のエヴァンゲリオン、弐号機だった。
頭の割に体が丸い。
ゲショ、ゲショ、ゲショ…
もう一体、今度はオレンジ色のエヴァンゲリオンが現われる。
その上に乗っているレイ。
「行きましょう、時間が無いわ」
「レイがゆっくり食べてたからじゃない!」
「あなたが起きるのが遅いのよ…」
「もう!、どうしてお姉さんに逆らうの!」
「わたしの方が早生まれだもの、お姉さんはわたしよ?」
むー!
これにはアスカも反論できない。
「こらこら、早くしないと遅刻しちゃうわよ?」
「あ、いっけなーい!」
アスカは笑って見下ろしているミサトに、ペロッと舌を出して弐号機に向かった。
「おすわり!」
ゲションっと、ほんの数センチだけ沈み込む。
「とう!」っと、アスカはその背に乗った。
「いってきまぁす!」
「行ってきます…」
「はい、気をつけてね?」
笑顔で見送る、片手を振って。
髪は腰まで長くなり、それを三つ編みでまとめていた。
ミサトも年を取った分だけ丸くなっている。
ゲショ、ゲショ、ゲショ、ゲショ、ゲショっと走っていく二体のエヴァ。
「さ、あたしも急がなきゃね?」
だがその悪巧みをする目は、全く変わってなどいなかった…
うらにわには二機エヴァがいる!
第壱話「バグ、襲来」
ゲション、ゲション、ゲション、ゲション、ゲション。
住宅街を二体のエヴァが駆け抜けていく。
「アスカちゃん気をつけてね?」
「うん!」
「レイちゃん、落っこちるなよ!」
「……」
皆が優しく声を掛けてくれる。
時折物珍しげな目も投げかけられるのだが気にしない。
家並みの向こうに見える巨大なドーム、それは「黒き月」と呼ばれるリリスの卵の頭頂部。
第三新東京市は復興も終わり、現在は主に住民の受け入れが進められていた、ただしあの地底空間は形を変えて存在している。
サードインパクトは「起きた」
だが最悪の結果は「免れた」
ゼーレは委員会メンバーの「消失」により、ネルフとの政治戦略に対抗できず「消滅」
これによりネルフは、特務機関から世界統一保護機関へと名前を変える。
世界全ての政治はMAGIとその同系機により代行が行われた。
ネルフは実質、世界に君臨していると言っても良い状態を手に入れたのだ。
「あ、相田に鈴原!」
前方にクラスメートを発見する。
ここはそのネルフのお膝元であるがゆえに、アスカとレイのエヴァのようにおかしなものも、そこら中で姿が見られた。
「よお、碇」
「またエヴァに乗って来たの?、頼むよぉ、一回乗せてくれよぉ」
相田シンスケと言う、誰かにそっくりな眼鏡の少年が泣きついた。
「嫌よ、弐号機はあたしだけの弐号機なんだから!」
無言だが、レイも同意見のようである。
「いいかげん諦めえやシンスケ」
「うう、トウタは良いよな、トウタのお父さん、昔エヴァのパイロットだったんだろ?」
羨ましげな目でトウタを見やる。
鈴原トウタにシンスケ、二人とも「親父にそっくり」である。
「あーーー!、碇さんまたそんなの乗って来てぇ!」
そこへお下げ髪の少女も駆け寄って来た。
「やば、アカリぃ、ちゃんと洞木校長の許可は貰ってるんだから、ね?」
「ダメです!、いくらママが許したって、みんなのおもちゃになっちゃってるじゃない!」
アカリが切れているのにも理由があった。
「今日は音楽の時間があるのにぃ…」
良く潰れるのだ、授業が。
ちなみにアカリは、音楽、特にハーモニカが好きだった。
「まったくもう!」
「今日だけ、ね、ね?」
「いつもでしょ!」
「アカリィ、わしがビシーッと言ったるさかいに、な?」
「う…ん、鈴原がそう言うんなら」
トウタの言葉には、わりとあっさり引き下がる。
それを見て、アスカはにたりと二人を笑った。
「ねえねえ、あんた達のお父さんとお母さん、再婚するって本当なの?」
それはミサトから仕入れたネタだった。
「うん、この間一緒に住むお家見て来たの」
ねーっと、アカリはトウタに笑いかけたが、トウタはぶすっとしたまんまで返事をしてくれない。
「どうしたのよ?、こいつ」
それを訝しく思ったアスカはシンスケに尋ねた。
「子供部屋が一つしか無いって、すねてるんだよ」
「おっ子様ぁ!」
呆れ返るアスカ。
「わしゃ子供じゃ!、シンスケ、バラすな言うたやろ!」
「良いじゃないか、それで、ベッドはどっちが上取るか決まったのか?」
トウタは偉そうに腕を組んだ。
「男が上に決まっとるわ!」
「前時代的ぃ」
「お前ほんまに小学生か!」
アスカとトウタが言い合っている内に、みんなは学校が目に入る所まで進んでいた。
ジオフロントは埋め立てられている、その中心部に向かってすり鉢状になっているのが今の第三新東京市の姿であった。
「第24区画にてバグ発見!」
「駆除に成功、洗浄部隊は急ぎ衛生処置を…」
ネルフ第一発令所に、地上へ向けての命令が飛び交っている。
ネルフの統治が公に認められている理由は二つあった。
一つは先にも説明した通り、MAGIによる統括統治。
ほぼ全てのライフラインが断たれた世界で、MAGIによる混乱の収拾にはめざましいものがあった。
そしてこれらの維持は、事実上ネルフでなければ不可能である。
そのためのシステムは、実は後のことを考えたゼーレの残したものであった。
「有効利用…、と言う言葉があるわね」
ネルフ、第二発令所。
ことりとマグカップを置くリツコ。
「でも問題も残っちゃいましたけどね」
相槌を打ったのはマヤだ、現在は「日向マヤ」
「使徒のことね?」
通常は「バグ」と呼ばれている。
使徒ではイメージに問題があるからなのだが、その正体はMAGIオリジナルと共存している第11使徒が生み出している存在であった。
「食糧難を乗り越えるための合成たんぱく質生成工場」
「はい、その過程で時折「使徒に良く酷似したもの」が生み出されています」
その情報はおそらく、MAGI内部にある戦闘記録から再現されているのだろう。
「まあサイズは大きくても1メートル半、人の手で駆除できる分には問題無いんだけどね…」
そこにミサトも口を挟んだ。
「でもいま工場を失うわけにはいかないわ?」
「そうね、で、あっちの方はどうなの?」
ミサトは実に楽しそうな笑みを浮かべた。
ミサト、リツコ、マヤに日向に青葉、それに冬月にゲンドウ。
旧ネルフの主立った面々が、エヴァのケイジに集まっている。
「僕のわがままです、すみません」
昔のままの初号機がそこにある。
プラグ内に入っているシンジ、だがシンクロはスタートさせていない。
「しかしシンジ君、失敗は死を意味するかもしれないんだぞ!、下手をすればエヴァとの再シンクロだって…、それに現最高司令官である君が居なければ、これからのネルフはどうするつもりなんだ!」
日向が最後の説得にかかっている。
「大丈夫です、引き継ぎは全てミサトさんにお願いしましたから」
「それが心配なのよ…」
こめかみに指を当てて頭を傷めているリツコ。
「はい、シンジ君が居なければ、何するか分かったもんじゃありませんからね…」
「ほほぉ…」
ミサトは腕組みして引きつった。
「それは一体どういう意味かしら?」
「あ、あの…」
「やあねミサト、幻聴?」
「あんたねぇ!」
まあまあと押さえる青葉。
「僕はあの二人を見ていて思ったんです…」
シンジも苦笑しながら続けた。
「取り戻したいのね…」
「はい」
神妙な声がスピーカーから流れ出た。
「あの二人に頼られて、僕はいらない子供から必要とされている大人になれました」
「だからやり直してみたいのかね?」
「普通の子供としての時を取り戻したいのね?」
「父さん…」
「ああ」
「後のことは、お願いします」
「問題無い」
碇…
そっと耳打ちする冬月。
まずいのではないかね?
だがゲンドウは忠告を聞き入れない。
これはチャンスなのだ、冬月。
なに?、お前までシンジ君とやり直そうというのか?
冬月は脂汗を流した。
レイ、それにアスカ君を見ろ…、二人とも記憶を失っているではないか。
それはそうだが…
記憶さえ無くしてくれれば、何も恥ずかしがらなくてすむ。
だが碇…
この先は心で思う。
今の「おじいちゃん」と呼ばれてる姿も、かなりキてるぞ…
「それじゃ、行きます」
そしてたたき出されたシンクロ率は、あっさりと400%を突破した。
「じゃ、今日の体育はドッチボールにしまぁす」
ピーッと笛が鳴る。
運動場のような広い面積を取るために、学校は市街の坂の少ない所に作られていた。
「いっくわよぉ、レイ!」
「……」
ばしっと、アスカのボールを無言で受け止めるレイ。
それをほいっと、隣のトウタに投げ渡す。
「こら!、ちゃんと自分で投げ返しなさいよ」
アスカに向かって、冷たい視線を向けるレイ。
「…嫌」
「なんでよ!?」
「丸い物、嫌いだもの」
「そんなのパパにしか通じないんだからね!」
姉妹で言い合いが続くが、いつものことだ。
「それよりアスカ、投げる相手に声かけるのやめなさいよ?」
「どうしてよ?」
アカリが呆れる。
「それじゃ逃げられちゃうじゃない」
「黙って投げるなんて卑怯だわ」
そんなアスカの頭にポコンとボールが…
ていん、ていんと、空しく跳ねる。
「あ…」
やってもうた状態のシンスケ。
「相田ぁ…、覚えてなさいよぉ?」
ゴゴゴゴゴっと怒りのオーラが吹きあがる。
「チャレンジャーやのぉ」
「いや、つい…」
シンスケは言いながら、やるじゃなかったと後悔していた。
そのころ調理室では、給食を作っていたおばさん達が腰を抜かしていた。
ガシャァン!
窓が割れた。
「なに!?」
振り返るアスカ、そこには身長1メートル、丸々と太ったダルマのような物が居た。
緑色に白い仮面。
「サキエルだ!」
シンスケが叫ぶ。
「バグの中でも一番ポピュラーなタイプ」
「みんな早く避難して!」
茶色いショートヘアの先生が叫ぶ、見た目に反して、かなり危険な相手なのだ。
その混乱の中、アスカは密かに「ちや〜んす☆」とニヤけていた。
「ネルフの人達はまだ来ないのかしら?」
運動場の隅っこで、皆はサキエルに脅えていた。
その時だ…
「あれ?、アスカちゃんは」
アカリの一言に気が引き金になった。
「ええ!?、アスカちゃんいないの!」
パニック陥る「マナ」先生。
「レイちゃんもいませーん」
「そ、そんな…、あの二人が居なくなって何も起こらないわけないわ!」
青ざめる霧島先生、まさにその通りになった。
「ほーほっほっほっほ」
高笑いと共に現れる。
サキエルも興味を持ったのか、運動場の真ん中を見た。
いつそこに降り立ったのか?、零号と弐号が胸を張っていた。
その上に赤と白のプラグスーツに身を包んだ少女、ちなみに顔は「うるとら面」で隠している。
プラグスーツはネルフが販売しているおもちゃだ。
「正義の使者!、赤い炎に身を包み、セカンドレッドただいま参上!」
「…ホワイトファースト」
すってぇんとこけるセカンドレッド。
「ちょっとあんた!、それじゃちっともカッコよくないじゃない、もっとハキハキしゃべんなさいよ!」
弐号から落ちかけて、慌てて這いあがる。
「余計なお世話よ、セカンド」
「なんですってぇ!」
「こら、碇ー!」
叫ぶトウタ。
「何しとんのや、さっさと逃げんかーい!」
「だあ!」
アスカは地団駄を踏んだ。
「誰が碇よ、あたしはセカンドレッド!」
「アホか!、そない怪しいもん、お前ら以外に誰がもっとんねん!」
零号と弐号のことを言っているのだ。
「もっともね」
「あ、こら!、仮面を取るんじゃないわよ、正義の味方は秘密が基本なのよ!?」
「やめてお願いアスカちゃん!」
先生も狙いをアスカ一人に引き絞る。
「そや!、お前らが暴れたら、あいつが暴れるより酷いことになるやないか!」
「あんたなに言ってんの、殺すわよ!」
「でも真理だわ」
「あんたどっちの味方なのよ!」
「あっち」
「とにかく行くわよ!」
「怪我しないようにね?」
弐号機を走らせるセカンドレッド。
ホワイトファーストも後ろに続いた。
「ていやぁ!」
弐号の拳がサキエルを捉える。
「あらぁ!?」
ドガァン!っと、やけにあっさり校舎にめり込むサキエル。
「きゃあああああ!、やめてぇ、またお給料から引かれちゃううう!」
ヒカリが校長室で電卓を叩いていることは言うまでもない。
「アスカ、やりすぎ…」
「うるさい!、勝てば官軍、勝利は常に我にありよ!、勝った者が正義なのよ!」
そうよ、パパと良い子でいるって約束したんだから!
一瞬の隙がアスカにできる。
「来るわ」
「え?、あ、きゃー!」
サキエルの目が光った。
「アスカちゃん!」
叫ぶアカリ、だがサキエルの放った閃光は、アスカには届いていなかった。
「え、あたし生きてる?」
目の前に金色に光り輝く壁がある。
「これって…」
「ATフィールドだ!」
叫ぶシンスケ。
「これ、弐号が?」
「違うわ」
レイはサキエルの頭上、校舎の上を見上げていた。
「屋上?」
そこに一人の少年が居た。
黒く短い髪、彼が立っているその足元には…
「まさか、エヴァ!?」
アスカは初めて、零号、弐号以外のエヴァを見た。
「行くよ?」
少年はそう話しかけ、紫色のエヴァにジャンプをさせた。
「きゃーーー!」
「危ない!」
みんなが驚く、だがエヴァは肩のパーツから圧縮空気を吹き出して、姿勢制御をかけて降下した。
そして着地。
サキエルが上半身だけを彼に向け、腕を上げて手のひらを広げた。
カッ!
光の剣が伸びた、だが彼はエヴァを突っ込ませながらも、かいくぐる様にかわしている。
「プログ、ナイフ!」
シャコンとエヴァの肩パーツから出たナイフを少年が引き抜いた。
「ATフィールド中和!」
エヴァが使徒の突き出された腕を払い上げる。
少年のナイフはサキエルがバランスを崩した瞬間を逃さなかった。
「ていやあああ!」
ギャリギャリギャリギャリギャリ!
胸の赤い玉、コアに突き立つ。
ビシ!
コアがひび割れた、光も失われていく。
ふう…
少年は緊張を解くと、腕で汗を拭い去った。
「ありがとう、初号…」
フォンと、紫色のエヴァが返事を返す。
「ちょ、ちょっとあんた!」
弐号機から飛び降り、駆け寄るアスカ。
「やあ、大丈夫だった?」
シンジはナイフを戻しながら微笑んだ、が、しかし憤怒の形相のアスカに引きつってしまった。
「あたしの出番をどうしてくれるのよ!」
「え?、ええ!?」
予想外の言葉に驚く。
「せっかくのデビュー戦がぁ!」
「ご、ごめん…」
少年は素直に頭を下げた。
「あんた一体何処の誰なのよ!」
「ぼ、僕は、い…」
「い?」
本名じゃ、まずいよな…
彼はちょっと思い直した。
そして懐かしい名字を頭に浮かべた。
「綾波…、綾波シンジ」
シンジ!?
父と同じ名前に驚く。
彼はニコニコと微笑んでいた。
黒と茶色、左右の瞳の色が微妙に違う。
その微笑みが段々むかついて来る。
アスカは軽く、はっ倒していた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。