GenesisQ’Voltage2「ファンタジア」


「父さん、ずっと行方知れずだったのに、急に呼び出すなんて…、一体こんな所でなにをやってんだよ、父さん…」
 自由都市連合ネルフは、現在「帝国」と称される軍隊と戦争状態にあった。
 ここはその前線のうちの一つ、城塞都市ジオフロントだ。
「何もこんな時に呼び出さなくてもいいのに…」
 今は城の避難所へ向かっている所だった、ジオフロントをぐるりと囲む城壁、その外からは兵の雄叫びや怒号が響いてきている、戦争が始まっているのだ。
「でもでも、お父さまがご無事で良かったですぅ!」
 並んで歩く女の子、ミズホが気合いのポーズを入れた。
「どうしたの?、ミズホ?」
「え?、はっ!、な、なんでもありませ〜ん」
 涎を拭き、笑ってごまかす。
「あ、そう?」
 深く触れてはいけない、シンジはそんな気がした。
(あ、危なかったですぅ、シンジ様のお父さま…、ふふふ、絶好のチャンスですぅ!、今こそシンジ様のお気持ちを確かな物にする時!)
 そんなミズホの野望にも気づかずに、シンジは凄い勢いで往来を走ってくる馬車を見ていた。
「あ、ミズホあぶ…」
 ドカ!
「はう〜ん!」
「おーっとっとっと!」
 派手にドリフトする馬車、乗っているのは近衛騎士らしい女の人だ。
 バキ!
「はうわ!」
 車軸が折れた、転がる荷台。
 狙ったように酒屋に突っ込む馬車を尻目に、シンジは慌ててミズホを抱き起こした。
「み、ミズホ、大丈夫?」
「はう〜ん、お星さまがぁ〜☆」
 目がぐるぐると回っていたが、シンジが覗きこむといきなり焦点を合わせた。
「はっ!、シンジ様ったらこんな道端のド真ん中で何を!?、あ、でもシンジ様なら、はう…」
「ななな、なに言ってんだよこんな時に!?」
 人目を気にして、ミズホを小脇に逃げ出すシンジ。
「シンジ様、いずこにぃ?」
 どう答えても勘違いされそうで恐かった。


「よく来たな、シンジ…」
「父さん!?」
 避難所に突然現れた父、ゲンドウ。
「はうはう、この方がシンジ様の?、あ、はじめまして、わたしミズホと申しマスですぅ」
「そうか、君がコウゾウ先生の所で下働きをしていると言う…」
「はいですぅ!」
「そうか、それは可哀想になぁ」
「え?、でもあの、コウゾウ先生は良くしてくださって…」
「ああもう!、そんな事はいいんだよ!」
「なんだ、ガールフレンドぐらい紹介せんか」
「何言ってんだよ!、違うよ!、そんなんじゃないよ!」
 真っ赤になるシンジ。
「うう、シンジ様ぁ〜…」
 涙目になるミズホ」
「サイテーだな、シンジ…」
 蔑むゲンドウ。
「ああもう、はいそうですよ、どうせ僕はさいて〜なんだぁ!」
 シンジは開き直った。
「それよりなんだよ急に、こんな所に呼び出して!」
「シンジ、父が子を呼び出すのに、理由が必要なのか?」
「父さんのおかげで先生にいじめられてたんだよ、もう何年もほったらかしにしてたくせに、いきなりなんだよ!」
「む?、養育費まで取っておきながら、コウゾウめ…」
「養育費ぃ!?、料金着払いで送られてきた10クレジットが、一体なんだって言うんだよ!」
「なんだシンジ、ちゃんと届いていたんではないか」
「10クレジットじゃアメも買えないよ!」
「ちなみに送料は1000クレジットかかってましたが…」
 ミズホの遠慮がちな声に「しん…」となる。
「ま、親はなくとも子は育つ、立派に育ったな、シンジ」
「ごまかさないでよ!、僕が払わされてたんだよ、返してよ!」
「それよりお前にはやってもらわねばならんことがある、来い」
「ごまかさないでよ!」
「いいから来い、そうすれば返してやろう」
「本当ぉ?」
 疑惑の目。
「こいって、何処にさ?」
「この城の地下…」
 足元を指差す。
「大聖堂へだ」


「ええいこん畜生、抜けないわねぇ!?」
「ミサト、また酔ってるわね?」
「あははは〜ちょっち酒屋に突っ込んじゃってさぁ」
 ぽりぽりと頭をかく、脱いだ鎧を放り出し、下着姿で祭壇の上に彼女はいた。
 祭壇の石櫃に突き立てられている一本の剣。
 白衣姿の女性が、その剣相手に格闘している幼馴染を白い目で見守っていた。
「何をしている?」
「あら司令…、その子ですか?」
 後ろについてきたシンジを見る。
「あ、ども…」
「冴えない子ね」
 ムッとするシンジ。
「わぁ、凄いですぅ!」
 地下にある大聖堂、広さは半径100メートル、天井は10メートルほどだろうか?
 明かりを取り入れるための天窓があった。
「さあシンジ、行け」
「行けって、どこに?」
「あそこだ」
 祭壇を指す。
「そしてあの剣を抜くのだ」
 ゲロゲロゲロっと吐いてるミサト。
「うっ、マジ?」
「シンジ、逃げてはいかん」
 と言いつつ下がるゲンドウ。
「やだよ!、せっかく面白そうだと思ったのに、そんなのないよ!」
 だが逃がしてくれない。
「これはチャンスだ、シンジ、英雄になるのだ」
「英雄!?」
 ピキーンと反応するミズホ。
「そうだ、ミズホ君、どうかね?」
「はいですぅ、シンジ様、いざ英雄への第一歩を、ささ!」
 ミズホの頭の中では、白馬に乗ってカボチャパンツを履いたシンジが、ミズホを抱きしめながら剣を高く突き上げていた。
 現実的にはゲロまみれの剣をつかむのが第一歩なわけだが。
「うい〜っぷ、なんで抜けないのよ、このこのこの!」
 ゲシゲシと蹴ってるミサト。
「ミサト、それ一応護神体よ?」
「さあ抜くのだシンジ」
「嫌だぁ!、離して、離してよぉ!」
 ミズホとゲンドウに両脇を抱えられ、剣の前に突き出される。
「どうした?、シンジ」
「うう、せめて雑巾とバケツを…」
「だめよ、今は帝国撃退が最優先なの、抜きなさい」
 シンジの服で口をぬぐう。
「うわぁ、ゲロが、ゲロがぁ!」
 慌てて上着を脱ぎ捨てる。
「むぅ、埒があかんな…」
 ゲンドウはリツコに声をかけた。
「レイをここへ」
「使えますか?」
「死んでいるわけではない、連れてこい」
 程なくして、衛兵二人に両脇を抱えられ、無骨な鎧をまとった戦士が連れ込まれてきた。
 その鎧は不細工な程に太った作りだったが、色だけは美しく純白に塗られていた。
「レイ、もう一度だ」
「はい…」
(女の子!?)
 驚くシンジ。
 兵士が手を離す、とたんに少女は、力尽きたように膝を折った。
「ちょっと、ねえ、大丈夫!?」
 シンジはここぞとばかりに剣から離れ、レイの元へと駆け寄った。
「ちょっと君!」
 抱き起こそうとする、重い!
 背中に見つけた「ダイエット中」の貼り紙…
 ガシャン、あう!
 シンジは呆れて少女を見捨てた。
「わかった、僕が抜くよ…」
 逃げ場を無くして引きつり笑い。
 そんなシンジを兜の中から…
「好き」
 …とレイが呟いたのは秘密である。


「抜かなくちゃ、いま抜かなくちゃ、たぶんもっと酷い目に合わされるんだ…」
 ゲンドウのニヤついた笑みに悪寒を感じるシンジ。
 ガチャン!
 その時、天窓が破られた。
「やつらめ、ここに気がついたのか!?」
 ドガッシャーンっと、巨大な物体がおちてきた。
「な、なん?」
 両腕で頭を庇っていたシンジが腕を開くと、そこには緑色でとぼけた仮面付きの鎧が立っていた。
「使徒か!?」
「使徒、あれが?」
 シンジも聞いたことがあった。
 帝国の中でも特に選ばれた者だけが身に纏える鎧だと。
「シンジ、早く剣を抜け!」
「で、でも…」
 目前の汚物に躊躇するシンジ、その手をミサトが取って、酒臭い息を吹きかけた。
「いい?、シンジ君、魔剣エヴァは使う人を選ぶの、君が適格者だったら、剣はあなたを助けてくれるわ」
「え?、じゃあ、違ってたら?」
「その時は、あなたの命で補うのよ?」
「えええええ!?」
「大丈夫、ただあなたの命を力に変換するだけだから、寿命がちょっと縮むだけですむわ、安心なさい」
「できるわけないよ!」
「寿命の数%で英雄になれるんだから、安いもんじゃないのよん☆」
「全然安くないよぉ!」
「シンジ様ぁ!」
 悲鳴に振り返る。
「ミズホ!」
 鎧に取り込まれようとしていた。
「いかん!、彼女は天使候補生だったのか!」
「天使候補生!?、なにそれ…」
 鎧はまるで重力を無視するかの様に浮かび上がり、ミズホの前へと降り立った。
 ミズホの顔面をつかみ、持ち上げる。
「きゃああああああああ!」
「ミズホぉ!」
 甲冑の正面が開いた、その中はがらんどう。
 そこへと取り込まれるミズホ。
「天使へと戻るのか、空へ還る資格を持つ者が」
 甲冑のみぞおちの辺りに赤い玉が現れた。
「シンジ様ぁ〜!」
「ミズホぉ!」
(ああ、まるで恋人同士みたいですぅ、シンジ様ったら、あんなにも真剣な眼差しで私のことを心配してくださって…)
(うう、いまなら判ります、私ってばシンジ様の敵だったんですねぇ、でもそんなの嫌ですぅ…)
(運命に引き裂かれゆく二人…、その恋心はまだ淡く、お互い確かめあってもいなくって…)
(きっと手にかけた後に、失った物の大切さに気がついて…、うう、ちょっといけてるかもって感じですねぇ、でも死にたくないですぅ!)
 …を断腸の思いで「シンジ様」の一言に集約するミズホ。
「逃げちゃダメよん、シンジ君」
 ベチョ!
 ミサトは一瞬の隙をつき、剣の柄を握らせた。
「うわああああ!」
 慌ててつい引き抜くシンジ。
「抜けたわ!」
 おめでとう!
 っと、拍手するミサト、その顔面にも剣をつたって飛んだゲロがべちゃっと付いた。
「わわわわわ!」
 暴走!
 慌ててポイっするシンジ。
(ああ、やはり私たちはこうなる運命にあったのですね?)
(さようなら、シンジ様、私は永遠にシンジ様の胸の中で生き続け…)
うわぁん!、そんなのヤッパリ嫌ですぅ!
 サク!っと行けば面白かったが、そうはならなかった。
 唐突に暴れ出すミズホ、そこへちょうど放り投げた剣が飛んできた。
 偶然にも胸の紅玉につき立つ。
「むっ、コントロールコアに亀裂が!」
 割れるコア。
「勝ったな」
 バゴーン!
 小さな爆発、崩れ落ちる鎧、後には黒スケミズホが…
 一瞬で我に返る。
「ああっ、やっぱりシンジ様が助けてくださいましたぁ!」
 瞳をうるうると潤ませる。
「ちっ!」
 忘れ去られていたレイが小さく舌打ちした。
「シンジ様ぁ!」
 抱きつくミズホ。
「うわっ、ミズホ離れて、あう…」
 カクンと気を失う。
「シンジ様?、シンジ様、シンジ様ぁ!?」
 ミズホは気がついていなかった。
 あの鎧が「生ゴミ」のような腐臭を放っていたことに。
「鼻がやられちゃったのね、あたしでもわかるわ」
 その匂いに再び込み上げてしまうミサトであった。



続く








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