GenesisQ’Voltage2「魔法少女アスカ」

「はっ!?」
 飛び起きるシンジ。
 ごちん!
「きゃうん!」
 ベッドの下で誰かの悲鳴。
「え?、ああ!?」
「きゅう、ですぅ」
 ベッドからシンジに蹴り落とされたミズホが、頭を打って気絶していた。
「ミズホ…、また潜り込んでたのか…」
 あきれてそのまま見捨てるシンジ。
 そして天井を見上げて、ため息をついた。
「知らない、天井だ…」
 石作りの天井。
「ん?、濡れてる…」
 手元を見るシンジ。
「ああ!」
 ミズホの持ち込んだ枕が涎で濡れていた。
「またこれかぁ!」
 シンジは慌ててシーツで拭いた。


「ミズホも看病づかれで寝ちゃうんなら、ちゃんと自分のベッドに戻ればいいのに…」
 勝手なことを言ってシンジは、幸せそうなミズホを自分の代わりにベッドに寝かせた。
「むにゃ…、シンジ様ぁ」
「これで…、よしっと」
 そしてシーツを被せると、いかにも誰か寝てますよと言う風に仕上げをしてみせた。
「これで父さんのいたずらはミズホに向かうとして…」
 なかなか酷い奴である。
 シンジはふと開いている窓に目を向けた。
 向こうはテラスになっている。
「逃げよう…」
 シンジはこそこそとテラスを覗き見た。
 そしてこっそりと隅を選んで移動する。
「高いな…、でも飛び降りられない高さじゃ…」
「熱は夏いねぇ…」
 どこからか聞こえて来た古いボケに、シンジはビクゥ!っと派手に脅えた。
「だ、誰!?」
「ボケはいいねぇ…」
 テラスは隣の部屋とも繋がっていた。
 そこの手すりに、いつの間にやら少年が一人腰掛けている。
「ボケは人の心に笑いをもたらしてくれる、まさに人類のゆとりの証しだよ」
 そうは思わないかい?とは言えなかった。
 ベシ!
 問答無用でその顔面に靴を投げ付けるシンジ。
「おっと…」
 などとなんとか助かったような声を出しながら、少年は手すりの向こうへ落ちていった。
「…よかった、誰も居ないや」
 見なかったことにするシンジ。
「酷いね、君は」
「!?」
 這いつくばって移動するシンジの背中に、少年の声が投げかけられた。
「う、浮いてる!?」
「そう、浮いてるね」
 彼はシンジの少し後ろ、床から一メートルほど上に浮かんでいた。
「き、君は一体!?」
「僕かい?、僕はカヲル、渚カヲル、君はシンジ君だろ?」
「ど、どうして僕の名前を…」
 まさか父さんの手の者!?
 シンジは身構えた。
「もちろん知っているさ、これが教えてくれたからね?」
 その手には、何故なんだかハリセンが握られていた。
「うわぁ…」
 この人もかぁと、常識人を求めるシンジ。
「これはスタンプ・オブ・エヴァンゲリオン」
「スタンプ?」
「そう、君の持つエヴァと対をなす、もう一本のエヴァさ」
 もう一本のエヴァ…
 シンジはあの剣を思い出した。
 あれって…、そういう類のものだったのか。
 思わず頭が痛くなって来る。
「…なるほど?、失礼だけど、あまりにも君は何も知らされていないんだね?」
 そう告げると、カヲルは問答無用でハリセンを振り上げた。
 スパァン!
「何するんだよ、痛いじゃないか!」
 涙目で頭を押さえるシンジ。
 カヲルは「おや?」っと首を傾げた。
「おかしいね、現れない…」
 そう言って、ううむと首をひねっている。
「今のうちに…」
 逃げ出そうとするシンジ。
「そうか、そう言うことかシンジ君」
 ビクゥッとシンジ。
「さあボケてくれ」
 カヲルはまたもハリセンを振り上げた。
「ええ!?、な、なんでだよ!」
「天然こそが君の持ち味だからさ、結果、人がおへそで茶を沸かしてもね?」
「わからない、僕には君が何を言っているのかわからないよ!」
「インド人もびっくりってことさ」
「い、いんど?」
「これはお誘いだよ、シンジ君」
 カヲルは何やら悩ましげな視線を贈った。
「誘い!?」
「そう!」
 勢いよくハリセンで街の外を指し示すカヲル。
「あれは…」
 シンジは目を凝らした。
 街の外の平原、その先の山裾に、野営の火が見えていた。
「帝国軍さ」
「帝国…」
「そう、「吉本帝国」、その尖兵隊だよ」
 そう言う戦いなのか…
 げっそりとするシンジ。
「さあ行こう、僕の相方になる人は君しかあり得ないんだ!」
「なんでそうなるんだよ、渚君!」
 ハリセンを振り上げるカヲル。
「カヲルでいいよ、この世界をお笑いで満たすことこそが僕たちの使命なんだよ」
「そんなのわからないって言ってるだろ!」
 シンジは転がりながらハリセンをかわした。
「さあシンジ君ボケてくれ!、君がボケてくれないとつっこむわけにはいかないんだよ、お願いだからこのでっかい精神注入棒を…」
って、パンツ下ろしてんじゃないわよ、あんたわぁ!
 ゴキィン!っと、カヲルのもの凄い所がもの凄い衝撃に襲われた。
 股間を押さえて悶絶するカヲル。
「く、くは…、今のはハイパーヨーヨー・オブ・エヴァンゲリオン、そうか君が西の国のスケバンアスカだね?」
「誰がスケバンよ、誰が!」
 月光の中に人影が浮いていた。
「飛んでる…、いや、吊ってるのか」
 どこからかは深く考えないシンジ。
「とう!、…ってちょっと行きすぎよ!、戻って戻って!」
 何だかお約束な事をする子だな…
 シンジは尻餅を付いたままで感想を持った。
 カヲルを見ると、くっと何だか悔しそうにしている。
 頭が痛くなるシンジ。
 アスカもテラスに降りて来た、一瞬だけ月光に糸が光り、上へ上へと消えて行く。
 頭上に不自然な雲の塊があったのだが、シンジはあえて聞こうとはしなかった。
「ソウリュウ国は第一王女アスカ!、お呼びでなくても即参上!」
 ヨーヨーの腹を突き出す、ぱかっと開いて紋章が現れた。
 ズガァン!
 さらにそのバックに爆炎が上がる。
 夜空が赤く燃え上がった、帝国軍が燃えていた。
「…ちょっと火薬の量を間違ったかしら?」
 小首を傾げて自己反省に入るアスカ。
「基本的なお約束を展開するんだね、君は」
「それはあんたもでしょうが」
 バチバチッと火花が散る。
 バックに竜と虎…ではなく、金糸こうとタンチョウ鶴がにらみ合っていた。
「あのぉ…、いいの?、帝国軍全滅しちゃいそうなんだけど…」
 恐る恐る声を掛けるシンジ。
「そうそう、早く帰んないとあんたの「くっだらない」おちゃらけで笑ってくれる、貴重なサクラが居なくなってしまうわよ?」
 アスカはそう言って、にんまりと笑った。
「知っていたのかい?、意地が悪いね、君は…」
「このバカに!」
 シンジの頭をつかむアスカ。
「べたな笑いを仕込もうってあんたの計画、これで潰させてもらったわ!」
「痛い痛い痛い!」
 ぐりぐりとこめかみを「ぐー!」で押さえつけられて泣き叫んでしまうシンジ。
「ふ、君に足りないのはセンスと教養だね?」
「なんですってぇ!」
「例えそれがサクラでも、10万人が笑えば、それは本物のブームになるのさ」
「そんな作り物のお笑い、あたしは認めないわよ!」
 アスカはキュルルルル…っとヨーヨーから糸を出した。
 そしてその端を口に咥え、糸を指でつま弾く。
「…ここまでのようだな」
「誰!」
 シンジとアスカは、突然の声に慌てて空を見上げて見つけた。
「あれは…でんでん太鼓!?」
 呆然とするシンジ。
 空中に巨大なでんでん太鼓が浮かんでいた。
 その上にバンダナを巻いた少年が居る。
「天使…、ついに来たのね」
「ついにって、さっきから僕が居るじゃないか」
 やはりカヲルは突っ込み役らしい。
「それじゃあ今日の所は仕方が無い、シンジ君、また来るよ」
 もう来なくていいよ…
 シンジはどっと疲れていた。
「じゃ、帰ろうかテンマ」
 ふわりと浮き上がり、カヲルはでんでん太鼓に乗って飛んでいってしまった。
「勝ったわ!」
 シンジは疲れたまんまの表情でアスカを見上げた。
「燃えろ〜、燃えろ〜、もっと燃えろ〜、炎よ燃〜え〜ろぉ♪」
 アスカは恍惚として、適当な歌をでっち上げている。
「先生の所に、帰りたい…」
 切実に願うシンジであった。



続く








[BACK][TOP][NEXT]