「くうううう、このアタシがかまされるなんて、このアタシが騙されるなんてぇ!」
なんだかなぁと、シンジは気付かれないように距離を取った。
学校帰り、一人いきり立つアスカの後に、わざと遅れる。
そんなシンジの両サイドには、ちゃんと妹たちが張り付いていた。
「どうしたの?、綾波……」
「うん……」
レイはジーッと、アスカの背中を見つめたままで口にした。
「思ったんだけど……」
「うん?」
「惣流さんって、実は『おかしい』人なのかもしれない」
「そうね」
そうだねぇと口にしかけて、シンジは慌てて口を噤んだ。
「悪いよ、そんなこと言っちゃ」
でもっと小レイ。
「あの人、楽しい……」
「見てる分にはね……」
シンジは肩を落として、賛同しておくことにした。
カタカタカタカタと途切れることなくキーの音が鳴り続ける。
素晴らしい勢いでキーを叩いているのはアスカであった。
強引に奪った一人部屋、元は小レイのものだったのだが、そのレイはと言えば嬉々として譲ったのだから何である。
──その時には、新参者に優しく対応してくれただけかと思ったのだが。
今になって、いや、夕べになって、その理由について気がついてしまった、そんな憤りも指先に宿って、残像現象まで生み出す始末だ。
ちなみにアスカは、ノートパソコンでチャット中の様子であった、もちろん相手はカヲルである。
何でアタシがこんな目に合わなきゃなんないのよーっ、とか、あんたがばかだからーっ、とか、大体そのような内容が無意味なくらいに延々とくり返されていた。
そして、なんとか言いなさいよ!、の一言に対するカヲルの答えは簡潔だった。
『上には上がいるものさ』
がっしゃんとノートを床に叩きつける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、なんなのよっ、もー!」
ドスドスと歩いて部屋の外へ。
後には壊れたパソコンが寂しげに……、しかしアスカの気遣いが向くことはなかった、なぜなら……
「あ、アスカ」
戸が開けっ放しのシンジの部屋、なのだが、シンジとレイ一号が互いの背中を背もたれにしてくつろいでいた、もちろん、小レイはシンジの膝を使って丸くなっている。
ぐぐぐぐぐっと、血管を浮かび上がらせた拳を持ち上げる、だがアスカはなんとかぎこちなく笑って、通り過ぎるだけに努め、成功した。
(がまんよ、がまん!、無駄に正面から当たっても何も進展しないわ、振り回されるだけよ!)
もう十分に振り回されていることには気付いていない。
「むぅ〜〜〜ん……」
そんな様子を、シンジの背から離れて覗き見ているレイ……、を見ているシンジと小レイ。
「何か面白いものでも見えた?」
「うん」
嬉しそうに振り返るレイである。
……あるいは、扱い方が決まったのかもしれない。
かなりの猫口になっていた。
……ベッドマットの脇に腰かけ、壁にもたれてくつろいでいる。
カヲルである。
彼は色気のある手つきで床に置いていたカップを持ち上げると、一口付けて、目を動かした。
「……」
ちらりとテーブルの上の、ノートパソコンの画面を見やる、しかし相手はLOGOFFしたまま、未だ戻って来てはいない。
「これは……、またやったかな?」
笑ってしまう、こぼしてはいけないと、カヲルは床の上にカップを置いた。
「ほんとうに、からかいがいがあって、楽し過ぎるよ……」
彼は微笑した、苦笑かもしれない。
「でも……、さて、これは困ったね」
カヲルはふむふむと一人で分析し始めた。
「これは……、どうやら僕は、アスカのことが好きらしい」
ふむと頷く。
「久方振りに会ったアスカは、随分と可愛らしくなっていて……、でも」
わざとらしく溜め息を洩らして、カヲルは顎を上向けた。
「アスカは……、シンジ君のことが好きだと言う、そして僕もまたシンジ君に好意を抱いているとなれば」
面白いとばかりに顎先を撫でた。
「すべては、シンジ君次第だということか」
[BACK][TOP][NEXT]