「納得できません!」
葛城ミサトは、校長の机をバンッと叩いた。
装飾品の類ががちゃんと跳ねる。
「どうしてこの子たちが処分対象にならなきゃいけないんですか!」
「だが伊吹先生の話では、その子の暴言がきっかけだったということなのだが?」
どうなのかねと目で訊ねられ、伊吹教諭は頷いた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
何かを叫ぼうとしたアスカであったが、シンジに制止されて黙るしかなかった。
そんなシンジに、ミサトは目配せをして、任せてと願う。
「伊吹先生は……、惣流さんの髪の色について、何か言ったそうです」
「あれは!」
「黙ってて!、彼女の髪が、赤いから、彼女はまともな人間ではないと、その彼女の言い分が通って、どうしてこの子たちには釈明の機会が与えられないって言うんですか!」
彼……、冬月コウゾウは、あからさまに面倒だなという顔をした。
本当に問題になるのは、碇シンジの処遇であったからだった。
「惣流君だったね」
「はい」
「君と伊吹先生の問題については、双方の不注意から端を発したことだ、これは理解できるね?」
「はい」
「違います!」
ギロリと睨んだ。
「君が何やら考えごとをしながら歩いていたのを、生徒たちが目撃しているんだよ」
「う……」
それからとシンジに視線を送る。
「碇シンジ君」
「はい……」
「どうして煙草の臭いなどをさせていたのか、説明できるかね?」
……シンジがこの場に引っ張られたのは、そのことこそが理由であった。
「ふぅ……」
失礼しますと部屋を出て、アスカは大袈裟に息を吐いた。
「苦手なのよね、ああいう雰囲気って」
「優等生っぽいもんね」
「優等生なのよ!」
「怒られなれてないんだ?」
「あんたはどうなのよ?」
苦笑する。
「レイが虐められるたびに、喧嘩ばかりしてたからね……、慣れてるよ」
ふうんと鼻で返事をしておく。
「ねぇ?」
「ん?」
「あんた本当に煙草なんて吸ったの?」
「……」
はぁっと大きく溜め息を吐く。
「あんたねぇ、誰を庇ってんのかしらないけどさぁ、それで自分がバカ見てちゃ割り合わないわよ?」
シンジは、そうだねと寂しく笑った。
「どうしてですか!」
そして校長室の中では、今度は伊吹マヤが校長の机を叩いて訴えていた。
「即刻停学、いえ退学にすべきです!」
「軽々しく口にするものではない」
「でも!」
「伊吹先生、君は教師ではないのかね?、生徒を導かねばならない立場にある者が、気に食わないという理由だけで、放逐しようというのかね?」
うっとなる。
「君は頭を冷やすべきではないのかね?」
冬月は完全に言葉に詰まってしまった教員を睨み付け、命令した。
「今週は、休みたまえ」
「校長!」
「この件については、PTAを通して、調べてもらうことにする、今日の授業ももう良いから、自宅に帰りたまえ、わかったね」
「……わかりました」
唇を噛み、唸る様に口にし、退出する。
そして残った冬月コウゾウ校長と、葛城ミサト一教員は、はぁっと同時に溜め息を吐いた。
「申し訳ありませんでした」
「良い、かまわんよ、これも仕事だ」
「ですが、わたしの我慢が足りず……」
「わたしには、我慢が足りなかったのは彼女の方に思えたがね?、学生気分が抜けておらんのだろう」
そう言って、きゅうすから冷めたお茶を湯呑みに注いだ。
「飲むかね?」
「いただきます」
会釈する彼女に湯呑みを渡す。
「しかし、惣流君の言い草も言いえて妙だったな、それが余所の子供を預かっている教師の言葉、か」
「人のことは言えません、わたしも、つい……」
「わかるよ、いや、わかるつもりだよ、君の過去については知っているからね」
「胸の傷が……、疼くんですよね」
たははと軽いジョークにして、腹を掻く、なにかあるらしい。
校長はつい胸の方に注目してしまいそうになって、こほんと咳払いをした。
「しかし、シンジ君は何を隠しているのかな?、彼の友達に喫煙者はいるのかね?」
「いない……、と思いますが」
はてとと彼女も首を傾げた。
「でも隠したくなった理由はわかります、伊吹先生の『校内で煙草を吹かすような人間は即刻退学にすべきです』という言葉、あれが効いたんでしょう」
「ああ、優しいからな、あの子は、ユイ君に似て」
「ユイさん、ですか」
ミサトは少し暗くなった。
「教育委員会に話を上げると言うことは、耳に入っちゃいますね、シンジ君のお父さんとお母さんにも」
「仕方あるまい、だがまあ、自分の息子の不始末だ、尻ぐらい拭ってやるだろう、そのための親だ」
「PTAと繋がりが強いんですよね……、シンジ君のお父さんは」
「いや、実質会長であると言ってもいいだろうな、PTAは形骸化して、今や奴の独壇場だよ」
「はぁ……」
「ついやってしまうのだろうな、あいつは口煩く喚かれると、叩き伏せてしまう癖がある、昔取った杵柄だよ」
「はぁ?」
「チンピラだったからな、あの男は……」
ミサトはそれでかと納得した。
時折見せる、シンジの意固地なまでの頑固さと、暴力や暴言に対する攻撃的な反応の根源は、実は父親の血から来ていたのだなと。
「気がつけば、いつもお山の大将だ、否応に関らず登り詰めてしまった者の責務として、面倒を見て回らねばならなくなって、苦労している、馬鹿な男だよ、あいつはな」
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